最低な戦争
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翌朝セルジュが起きても、ドニは戻って来ていなかった。
宿泊所内に所在の無さを感じていたセルジュ。予定の時間には早かったが、ドニのベッドを横目に玄関へと進んだ。ドアを開けると、朝日が眩しく目に入る。
偵察部隊の詰め所へと向かう途中、前線基地の真ん中辺りで人だかりが出来ていた。
「何をしているんですか?」
「...見りゃ分かるだろ」
言われて見ると、そこには布に隠された状態で3体の遺体が置かれていた。セルジュは自分の発言の浅はかさを恥じ、逃げるようにその場を離れようとする。だが、足がもつれて祈りを捧げていた兵士にぶつかりそのままバランスを崩し遺体のある所に倒れてしまった。
「何をしている!」
「す、すいません」
怒声を浴びせられ、セルジュに焦りが募る。慌てて立とうとし、遺体を覆っている布が手に引っ掛かっる。布がめくられ、露になる遺体。それを見て、驚愕の表情を浮かべる。
「ドニ...」
「どうしたんだ?」
「戻してやれよ」
兵士達の言葉が背中に聞こえるが、セルジュは膝を着きドニの肩へと手を伸ばす。揺すっても動かない体。目眩に似た感覚がして、くらくらする。
「セルジュ?」
ヴァレリーの声が聞こえた。その声に、セルジュは立ち上がる。そして、兵士達の間を抜け詰め所に向かい始めた。一歩、二歩と歩く内に、息が荒くなる。詰め所に着くと扉の鍵を開け、保管されている魔道銃を手に取った。
だがセルジュは、そこから動けなかった。手に持つ魔道銃は前よりも重く感じる。後ろに気配を感じ、振り向くとヴァレリーがいた。
「何をする気だ?」
「今から、グロンダン王国の奴らを撃ちに行くんです」
「そうか」
「!!止めないんですか?」
「止めて欲しいのか?」
「......」
セルジュは何も言えなくなる。ドニが殺された事に憎しみが湧くのに、あの時の兵士の顔がちらついて怖じ気づいてしまう。それを認めたくなくて、虚勢を張っていた。
「セルジュ、どうしてこの前線基地に診療所があるか知っているか?」
「なんですか急に。普通の事でしょ」
「普通は後方に設置されるものなんだよ。軍医も設備も貴重だしな」
「何の話ですか!」
「まぁ聞けよ」
当初、グロンダン王国の侵攻をルブラン王国軍司令部は外交パフォーマンスと捉えていた。グロンダン王国軍の攻撃も遠くから魔道銃を撃つだけで、土地も荒らす事は無かった。
ルブラン王国軍は、王国の政府同士が交渉して解決するまでの間、形だけ迎え撃つ姿勢を整えておけば良く。兵士達は一種の模擬戦みたいな物だと思っていた。
しかし、行われていたのは実戦に違いなかった。
開戦して5日目、ルブラン王国軍側に一人の死者が出る。当たらないと思っていた魔道銃に撃たれたのだ。ルブラン王国軍の兵士達は怒りに震え、グロンダン王国軍へと攻撃を開始。いくつかの死傷者を出させた。
その日を境に、争いは過激の一途を辿る。
魔道車を持ち出し合い、塹壕を作り、砲弾が飛んだ。
チューリップ畑は荒れ果て、いくつもの風車が倒壊した。
「一人の兵士の死によって憎しみが生まれ、その憎しみが新たな死を生んだ。その新たな死から、新たな憎しみが生まれる。延々と続く」
ヴァレリーが口を曲げて、自嘲するように笑う。
「憎しみはどうしようもないもの。当時、歩兵部隊に属していた俺はそう思った。レノー中尉もレミ少佐も同様の事を思ったんだろう。開戦して3ヶ月が経った頃に、診療所が移設された」
「憎しみを減らす為?」
「そうだと思う」
セルジュはヴァレリーの話を聞き、憎しみのままに行動できない自分を思う。
「私は...ドニを、友人を殺されても、仇を討とうとする事の出来ない、情けない人間です」
「セルジュ、そうじゃない。情けないのは憎しみに囚われ、人を殺してしまう事だ。人を殺す事への忌避感を忘れてしまうなど、人として最低だ」
「いいえ。仲間を傷つけられて、何もしない方が、人として最低です!」
二人の意見は食い違い、どちらも最低だと譲らない。そこにレノー中尉とオレリアン、リオネルの三人がやって来た。
「何を言い合っている」
「レノー中尉!」
「いえ、何も」
「何もという事はないだろ?お前らの言い分は聞こえていた」
「......」
何も答えない二人。レノー中尉は首の後ろに手をやる。
「まぁ、どっちも間違っちゃいない。つまり戦争は最低だってことだ。だろ?」
「全く」
「おっしゃる通りです」
話を振られたオレリアンとリオネルの目元は憂いを帯びており、ヴァレリーも似た表情になる。セルジュとヴァレリーの肩にレノー中尉が手を置いて言う。
「その最低な戦争を拡大させない為に、今日の任務も頼んだぞ」
「はっ、了解いたしました」
気を取り戻したヴァレリーが応え、セルジュもそれに続く。まだドニの事も受け止められていないが、今は、目の前にすべき事があった。
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