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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

処刑悪女の最適解

作者: 黒兎とろ


 拝啓 遅咲きのクレマチスも咲き誇り、華やかな年の暮れをお迎えのことと存じます。


 改めまして、この度はご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありませんでした。

 

 この手紙が読まれているということが、私が成し遂げたかったことが成し遂げられたという証であるのですから、きっと貴方が述べた通り、私は地獄に落ちて、償いの日々を送ることとなるのでしょう。


 そんな地獄に落ちるべき人間である私が、よくもそんなことを言えるなと癪に思われるかもしれませんが、一生に一度のお願いをさせて頂きたく思います。

 まぁ、尊厳も人として当然の権利も、全てを踏みにじられたのですから、そのような権利を主張することも許されたいというものですが。


 さて、そんな一生に一度のお願いとは。私は、この手紙を最後まで読んで頂きたいのです。


 読んでも読まなくても、お願いをした当の本人である私は死んでいるでしょうから、途中で読むことを辞めても誰も咎めはしませんが、この手紙を最後まで読むことは、きっと貴方のためになると思います。事実を突き付けられて気分が悪くなっても、所詮は死者の戯言だと思っても、途中で読むのを辞めることなく、どうか、最後までお読みください。






 それでは、お読み頂く決心はつきましたでしょうか。


 貴方のことですから、決心がつくまでに時間が掛かりそうですが、二枚目の便箋のこの冒頭部分を読んでいるということは、きっと決心がついたということでしょう。これでも、私は貴方の実直な所を信じているので、最後までお読みいただけるという前提で、話をしようと思います。


 

 最初にお話することは、きっと貴方の望んでいることではありませんが、退屈でしかないと読み飛ばすことなく、しっかりと目を通して頂けると幸いです。なぜなら、私が今からお話することこそが、一番最初の過ちで、狂い始めだったからです。


 まず、王都の劇場でも人気の演目としてよく上演もされているようなので知っているでしょうが、貴方はしがない役者であった少女と、婚約者がいるにも関わらずその役者に恋をした令息の、二人の恋物語はご存知でしょうか。

 実はあれは実話を基にしていて、そのしがない役者であった少女が、私の母であるエラモルテ公爵夫人で、そんな役者であった母に恋をした令息こそが、私の父であるエラモルテ公爵なのです。

 どうでも良いと思われることかもしれませんが、私は今でも、父が母と出会わなければ、産まれずにいられたのにと考えてしまいます。

 この恋物語を用いた演劇を観たことがあるのでしたら分かるでしょうが、令息が平民である少女を心から愛していたように、私の父もまた、私の母を、それはもう病的なほどに、愛していました。


 ですから、そんな母の命を奪って生を授けられたも同然の私を、父が忌み嫌うのは当然のことで、我が子の一生の祝福とも呪いとも成り得る名前に、悪魔や化け物という意味合いを込めて、‟ディアラピス”と名付けるのもまた、当然のことだったのかもしれません。

 そして確かに、父の憎悪と化け物という意味合いが込められた名前は、私の呪いとなり、私が生きる上での枷となったわけで。

 きっと、そんな名前のせいで起きる不幸の連鎖に絶望し、生まれなければよかったと、母を犠牲にして産まれてきたにも関わらず何度も何度も思ってしまったことでさえも過ちで、そもそもとして、生まれてきてしまったことが過ちなのでしょう。


 しかし、そんな私にも、救いはあったのです。貴方はご存知でしょうが、私が買った奴隷の少年のことです。ですが、これこそが、この少年を買ってしまったということこそが、私の過ちでもありました。

 私は、無責任でしかなかったのです。誰よりも大好きで、大切な存在だったにも関わらず、私の不幸に巻き込んでしまいました。

 名前は祝福にも呪いにもなると身をもって理解していた私は、今までの辛い過去を忘れて、最初からやり直して、どうか幸せになれますように、という意味合いを込めて、その少年に名前を付けたのに。それにも関わらず、私は不幸にさせてしまいました。見捨てられても致し方ないことだというのに、少しばかり絶望してしまったというのは伝えたくはありませんが、どうせ命を散らすならということで、この場限りで書き残すことにします。








 もう便箋が三枚目となってしまいました。実は、何度も書き直したせいで、支給されている紙はあとニ枚しかないのです。

 なので、そんなに長い文章は書かず、時間も無いでしょうから、手短に書くことを心がけようと思います。




 母が死んでから数年後、我が家に次の公爵夫人とならせるために迎え入れられた義妹のことはよく知っていると思います。何せ、貴方は義妹のことが大好きだったでしょうし。ですから、裏を突き付けるのは少々心が痛むのですが、貴方のためを思ってお伝えいたします。


 皆さま方は信じてくれないでしょうが、暗殺未遂、虐殺、散財、不貞等の悪行を、私は一切行っておりません。


 なので、私は冤罪で処刑されるということになりますが、貴方の信頼をとうに失っているであろう私の言葉は信じてもらえないだろうし、証拠となるものも同時にお伝えしたいと思います。


 まず、エラモルテ公爵邸のお父様の執務室にある、窓際に一番近い棚の、下から数えて三番目の金細工の取っ手の引き出しの中には、金銭に関する本物の書類があるはずですので、それで私が散財をして民を困窮させたという罪は晴れるでしょう。


 その他にも、私の無実を確かめたいのなら、私が不貞をした相手として挙げられた令息たちや民に、自白薬を使うと良いでしょう。ただし、そこらへんの魔術師が作ったような自白薬では効きません。義妹に勝るほどの腕前を持った、それこそ筆頭魔術師のような方が作られた自白薬を使えば、真実が明るみに出ると思います。貴方が真実を知りたがるかどうかは知りませんが。


 そして、私が伝えたいことは、それではないのです。


 私の潔白が証明されるかどうかはさておき、貴方は今すぐここを逃げるべきです。


 私は、大嫌いなこの国が、大嫌いなこの場所が、消えることを、心から願っています。


 正義感に溢れる貴方は許してくれそうに無いですが、実際に、私が死んでから、色々な悲惨なことばかりが起きていると思います。

 前までは、悪女といわれ罵られても否定できましたが、今となっては否定も出来ないのです。


 なので、どうせなら悪女らしく、今までの鬱憤を書いて、せめて私の感情ぐらいは残そうと思います。最初に、何があっても最後まで読むよう言いましたが、これに至っては読み飛ばして四枚目に言っても構いません。書き始めたころは冷静さが欠けているところがあったので、私が受けた仕打ちを脳裏に焼き付けてやろうなんて思っていたのですが、やっぱりこれから綴る下の部分だけは、読んでも読まなくても良いようにします。どこまでも優しい貴方は傷付いてしまうしまうかもしれないので。

 簡単に心変わりをしてしまうのも、悪女らしいと思うのでというのはただの弁明なのですが。



 実は私、お父様が一度牢に会いに来てくれたことがあったのです。勿論、嘲笑され、殴られて終わりで、親らしいことの一つもしてくれなかったのですが。今までは何とも思わなくて、思っても、この人はお母様を失ってしまったから仕方ないと思うだけで、ただそれだけだったのですが、その時だけは、何故か、凄く嫌に思えて来たのです。

 いつまでも執着して、母に似た女性を抱くことで満たされた心地になるなんて気持ち悪い、民の気持ち一つも考えられないなんて愚かでしかない、元々の婚約者の方が可哀想だ、なんて。

 恐らくそのせいでしょうが、処刑前、お父様と顔を合わせる最後の面会時、私が告げた別れの言葉はお父様を大分バカにするような内容で、逆上されて殴られて終わりだったのですが、少しスッとしたのです。


 それから、悪への鉄槌と称して四肢を切り落として治癒魔法でまた生やしてなどの散々なことを私にやってきていた義妹との最後の面会時も、今まで言われて来た罵詈雑言を貴族らしくオブラートに包んだ内容を、別れの言葉に選びました。

 案の定、平手打ちだけでは留まらず、重い宝飾品も投げつけられて結構痛かったですが、やっぱり胸の奥がスッキリしたような気がしました。


 その他にも、やり返したい方々はもちろんいるのです。


 例えば、洗顔用の冷水を汲んだ器に私の顔を突っ込んで押さえつけ、もがく私の様子を見るのが毎朝の楽しみだったであろうメイド。

 残飯や腐った食事しか与えない料理人。躾と称して鞭打ちを繰り返した名ばかりの家庭教師。

 私物を次々と持ち去り、それを指摘すれば大人しくなるまで密室に閉じ込めてきた執事。

 階段から突き飛ばして、私物を水浸しにして、燃やして、ドレスを引き裂いて、刺客を寄こして来たご令嬢方。

 婚約中に何度も体の関係を求めて来て、頑なに応じなければ得意の炎魔法で脅し、それでも応えなかった結果、炙って治癒魔法で治して炙ってを何度も何度も繰り返して来た元婚約者様。

 誰も何も言えないことを良いことに、立派な妃にするための調教を手ずからなされた王妃様。

 襲い掛かって来た番人。人間以下の扱いをして来た世話係。等々、数え上げれば切りがありません。私は存外執着深い性格であったようで、不思議なことに、してきた方々が忘れても、私はされた仕打ちをしっかりと覚えているのです。







 あっという間に最後の一枚の便箋になってしまいました。


 これまでは過去を綴ってばかりだったので、これからは貴方が望んでいるであろう未来のためのことについてお話を致しましょう。


 まず、ここまで焦らしてしまったお詫びに、この手紙を読んでいる貴方が、国が、望んでいるであろうことを率直に言いましょう。


 私が処刑のときに国にかけた呪いは、存外簡単に解けます。


 私が掛けた呪いとは、簡単に言えばやり返すものです。私が受けた覚えている限りの仕打ちを、まるっとそのままお返しする呪いになっています。


 そう考えると、牢の向こうで居眠りをしている番人がどんな目にあうのか、ついさっき拷問と称した暴力行為を終わらせた義妹がどんな目にあうのか、想像してみると、愉快としか言いようがありません。

 勿論、呪いについては生憎自信しかないので、失敗しているはずがないですし、失敗していたら失敗したで、その時には既に死んでいる私には分かりやしないので、自己満足にしかならないかもしれませんが、呪いを掛ける意思は変わりません。迷惑を掛けてしまって、ごめんなさい。



 さて。そろそろ、お待ちかねの解呪の方法をお伝えしましょう。


 その方法とは。




 私が書いたこの手紙を、貴方が最後まで読むことです。


 正確には、最後までというのは間違いで、正しくは、三枚目のここから下は読まなくても良いようにすると告げたところから、四枚目の便箋が始まるまでを除いた部分でした。細かくてすみませんが、これも悪女なりの優しさ故とお思いください。




 それでは、これで本当に最後です。



 あの日、貴方に見捨てられたのだとしても、私は貴方のことが大好きで、いつまでも大切な存在です。


 だから、この手紙を読んで欲しかった。


 見放されたとしても、私という存在を、最後に感じて欲しかった。


 私にとっては、あの日々が、何よりの救いであったから。


 

 そうは言っても、本当のところは、大嫌いだと思ったこともありました。でも、唯一大好きだと思えた存在だからか、大嫌いになりきることなんて、結局は出来なかったのです。



 なので、―――。




◆◆◆◆


 ―――そこまで読んでから、便箋を机の上に置き、目を背ける。


 手紙を読むのをやめて、現実に這いでて見れば、心の底から喪失感とも何ともいえない感情が湧き上がって来るのをまざまざと感じ、どうしようも出来ずに床に座り込み、机の背にもたれかかった。


(やり直せるなら、どんなに良かっただろう…)


 自分に付けられた名に込められた意味合いのように、また、零からやり直せるなら。…なんて、考えても無駄でしかないことを考えて、手紙を封筒に仕舞う。



  ‟レイへ”



 封筒の表面に、丁寧に書かれた文字を見て、また、罪悪感という名前を付けるのが相応しいであろう感情が、胸にこみ上げてくる。



(…まだ、読むべきではない)


 手紙を閉まった封筒をローブの内ポケットに仕舞い、部屋を出ると、断末魔の叫びがあちこちから聴こえて来て、血生臭い匂いが漂ってきた。けれども、少しも心動かされることなく、やっぱり手紙は読むことなく、寝室のある階へと行く。



「―――国王陛下。ご報告に上がりました」

「…解呪の方法は……」

  掠れた声量で、息をしていることすら辛そうだ。顔も爛れていて、燃えたと思ったら消えて、その後は赤黒く爛れ、しばらく経てばまた消えたと思ったのも束の間、今度は身体のあちこちに青い痣が浮かぶなどして、痛みが増すだけだというのに、最初の方は悶え暴れていたが、今は痛みに叫び、掠れた吐息で呼吸をするだけとなった。


「見つかりませんでした」


 そして俺は、そんな様子を知っていて、そんなことを平然と言ってのける。


「レイ、王命だ」

「何でございましょうか」

「あの婚約者の遺体を、燃やせ」

「…承知しました。そのように手配いたします」


 偽りの忠誠心を全面的にだし、そう応じるも、心の中では従う気など更々なく。


(やり返せる立場にあるとでも思っているのか?)


 何が悪かったのか、何一つ理解などしていない。


 でも、それを一方的に責めるなど、俺にも出来ない。



(……俺だって、貴方のことが、大切でした)


 言い訳かもしれない。弁明かもしれない。だけど、本当に、あのお方のことが、大好きで大切だった。


 だからこそ、受けていた仕打ちに気付いてあげられることもなく、牢の中で辛い思いをさせて、処刑をさせてしまったことこそが、俺の大罪だ。




読んで頂きありがとうございました。


ちなみにですが、レイは遠征に行ってたので助けられませんでした。

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[一言] 死後も呪いは有効なのだろうか。 有効なら、死体を燃やすと燃えるのは指示した方か? 実行した方か?
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