8.繋がった石。
「む、むぅちゃん、むぅちゃん、
そんなに驚かないで?」
「………………」
目の前に、焦ったような梨愛の顔がある。
それは、どう考えても有り得ない
状況だったんだけど、だけど確かに
『梨愛』は存在していて、
俺の目の前にいた。
──焦ったような梨愛の顔?
「…………」
……ツッコミどころが多すぎて
反応に困る。
まず、目の前にいるコレは、多分
紛れもなく梨愛だ。
だって梨愛の声で喋っているから。
確かに、梨愛に最後に会ったのは
もう10年以上も前のことで、姿形……
もちろん声だって
その記憶はもう、あやふやだったけれど、
でもこれだけは変わらない。
──『むぅちゃん』
梨愛は昔からずっと、俺の事を
そう呼んでいた。
幼すぎるその呼び方が、少し恥ずかしくて
でも嬉しくて
『そんな あだ名、恥ずかしいからやめろ!』って
言えば、梨愛だって言うのを
やめてくれたかも知れないけれど
でも……結局そのままにしていた。
「……」
──まだ、そう呼んでくれるんだ。
あれからずいぶんと月日は過ぎ去ってしまって、
きっと俺だって、見た目は凄く変わってしまった
はずなんだ。
……今の、梨愛ほどじゃないけれど──。
だけど、梨愛は変わらない。
梨愛の中身は変わらない。
今もまだ、あの時のまま──。
……いや、実際は変わりすぎるほど
変わってしまったんだけど、
でも──
「……」
変わり果てたその事実を認めたくなくて、
俺は黙り込む。
冷静さを装ってはいたけれど、
明らかに俺は、混乱していた。
だって目の前にいるんだぞ?
梨愛の声で話す、
梨愛しか使わない俺の愛称を使うヤツが。
ずっとずっと会いたくて、たまらなかった
その相手が──。
「…………」
もう、このままでも構わないって
そう思った。
そう思って、自分が恨めしくなる。
だって、明らかに目の前の梨愛は、
幽霊なんだぞ?
それなのに、このままでいいなんて、
身勝手過ぎるだろ……?
「……」
だけど事実だ。
例え目の前の梨愛が幽霊でも
それでも構わないって、俺はそう思った。
だって、俺は──。
「……」
梨愛は、確かに死んだ。
あの時、確かに梨愛の死体は
見つからなかったけれど
だけど、確実に
梨愛は、あの時死んでしまった。
ダムに設置されていた防犯カメラには
飛び降りる梨愛の姿が確かに写っていたし、
あの日以来
梨愛は
姿を
消してしまったから……。
だからみんな、梨愛は死んだんだって
遺体はないけれど、そうなんだって、
──言い合ったんだ……。
だけど今、その梨愛が目の前にいる。
俺の知っている『梨愛』じゃ
なくなってはいたけれど、
でも、それがなんだって言うんだ?
俺がそのことに気づかないフリをしていたら
梨愛は安心して、このまま
俺の傍に、いてくれるかも知れない。
もしかしたら梨愛は、
自分が死んだことに気づいていないのかも?
気づいていなくて、頼れる誰かを
求めているのかも知れない。
そもそも幽霊なんて、誰の目にも
見えるような、そんなモノじゃなかったハズだ。
俺には見えるけれど、もしかしたら
他のヤツらに梨愛は、見えないかも知れない。
恐らく梨愛は、
自分が死んだ事に気づかなくって、そこら中を
彷徨ったのかも知れない。
周りの様子がおかしくて、どうしたらいいか
分からなくって、焦って俺のところに
来たんだろう。
もしかしたら色々試した後なのかも知れない。
『どうしたらいい?』って、俺に相談しに
来ただけなのかも知れない。
──たまたま起こった、巡り合わせ……?
「……」
そう思うとドキドキが止まらない──。
もし、そうだったとしたのなら、梨愛は……
梨愛は俺の傍にいるしか
ないんじゃないだろうか?
頼れる術を失って、
唯一姿を見れた俺──。
「……」
あ……。そう言えばさっき、俺って
思わず梨愛に言ってしまったんだっけ?
『死』っていう単語──。
しまった。
「……」
その言葉を吐いたことに、少し後悔したけれど、
もしかしたら梨愛は
それを聞いていなかったかも知れない。
だって目の前の梨愛は、
その言葉を聞いても
驚いた様子はなかったし
絶望もしていない。
いつもと変わらない、朗らかな梨愛。
だったらいっそ、このまま黙って──。
──そんな、ズルい考えが頭をよぎった。
梨愛がもし、自分が死んだことに
気づいてしまったのならどうなるんだろう?
お盆が過ぎたら、いなくなってしまう──?
それともすぐに、成仏してしまう?
「……っ、」
そうだきっと、あの世に
帰ってしまうに違いない──。
そんなのは嫌だった。
せっかく会えた梨愛。
どんな姿でも、また一緒にいたかった。
「……」
だから俺は、気づかないフリを
することに決めて、
できるだけ動揺しないように努めた。
けれど──目の前の梨愛は
そんな風に考える俺の事はお構いなしで、
肩を竦め、決定的な言葉を吐いたんだ。
「あ、あのねあのね、
私、実はね、もう死んでるんだけどね──」
……なんだ。ちゃんと、気づいてるじゃねぇか。
「……」
俺は心の中でツッコミつつ、打ちのめされる。
やっぱり、知ってたか……。
結局のところ、『死んだ』というその事実を
また突きつけられて、傷ついたのは俺だった。
なんなの?
『死』って、そんなに軽いヤツ?
もっとこう、深刻に後悔するヤツなんじゃないの!?
「……」
無邪気に『死』を口にする梨愛が
恨めしい。
そんな事ずっと前から知っている。
ただ、認めたくないだけだったんだ。
信じたくないだろ?
だって、大好きなヤツが死んだんだぞ?
目の前から消えてなくなったんだぞ?
──しかも遺体もないとか……!
だから、ショックだった。
どうしたらいいのか、分からなかった。
悲しめばいいのか、希望を持つべきなのか
自分はどうしたいのか……とか
生きてるって信じたい! でもそれって、
そんなのただのエゴだろ……とか
思ったりして……。
だから嬉しかったんだ。
あの電話が嬉しくて、仕方なかった。
あの電話は、使えないヤツだったから
だからすぐに気がついた。
これは
死んだ梨愛からだって。
あぁ、やっぱり
梨愛はあの時死んだんだって──。
不安が押し寄せる。
そんな事、どうでもいいんだ。
今更そんなこと、どうでもいい。
こうして出会えたことが、純粋に嬉しい。
だけど……だけどだよ?
じゃあなんで会いに来るのが
今日だったんだろう?
今がお盆だから会いに来てくれたの?
それって、
3日間だけの逢瀬……ってこと──?
「──っ、」
ゾクッと寒気がした。
もしかして今日、全てが終わる?
もう、梨愛には会えないの?
今年会えても来年もまた
梨愛に会えるとは限らない。
これが本当に
最期のお別れ──?
「……」
青くなって唾を飲む。
それを見て梨愛は何を思ったのか
困った顔をする。
もしかしたら、俺が梨愛の死を
理解していないと思ったのかも知れない。
『どう言えば、自分が死んだことを理解
してくれるかな……?』
…………そんな風に考えている顔に見えた。
首を傾げ、顎に細い指を当てて
考えあぐねているその姿が
信じられないくらい
可愛い──。
「……」
何考えてんだ? 俺。
そもそも今の梨愛は、
可愛いには程遠い。
相当、脳みそ腐ってんな……。
自分自身に呆れ果て、
俺が顔を顰めたあたりで
梨愛は更に動揺する。
「む、むぅちゃん、あのね──」
梨愛は慌てて口を開く。
多分梨愛は、自分が死んだことを
つらつら説明するに違いない。
そんなのは嫌だ──!
「……っ」
俺は、その事実を何回も突きつけられるのが
堪らなくて、すぐさま答えを返す。
「──知ってる……けど」
「──あ、うん。……そ、だよね」
てへへ……と梨愛は苦笑いする。
……多分、苦笑いしたと思う。
梨愛は続けた。
「結局のところ私、成仏したくなくってさ──」
ぽりぽりと頭を搔く。
──だから戻って来たの。
梨愛の頭についていた泥が、
頭を掻いたせいでパラパラと下に散っていく。
「……」
俺はそれを黙って見る。
「……あ……っと、ごめん。気持ち悪いよね?
こんなの……」
怯えたような目を俺に向けて
反応を窺う梨愛。
──いや、そうじゃない。
そうじゃなくて……。
「………………。
ツッコミどころは、その……沢山あるんだけど。
だけどとにかく、
……いったんウチに帰ろうか──?」
「え? ……いいの?」
少し不安げな梨愛の声が可愛い。
……いや、梨愛の声だけは可愛い。
そんなことを思っているのを悟られたくなくて、
俺は慌てて言葉を繋げる。
「あ……、俺ん家……って言うか
俺のじいちゃん家? ……っていうのかな、
この前、譲り受けたんだ。
古臭い家なんだけど味があって──って、
あ、でも今日は薄暗くて、お化け屋敷みたいに
見えるんだけど、でも
それでもいいのなら──」
「ふふ。私はお化けだから構わない!」
あー……ごもっとも。
「あ。そだね。
……、じゃあ、立って?
雨が上がったから、早く行かないと
誰かに見られてしまうと困るだろ?」
「あ、うん! ──きゃっ」
「……ちょっ、大丈夫? 何やってんの?」
お化けに『大丈夫?』とか、ちょっと変だな
と思いつつ、俺は梨愛に手を差し伸べた。
梨愛が言うには、梨愛は
お化けになったばかり。
つまり赤ちゃんみたいなものだから、
上手く歩けないんだと言った。
「……」
ホントかよ……?
俺は梨愛の細い白い足を横目で見た。
うん。
……それじゃあ立てないわな。
赤ちゃんじゃなくっても。
「はぁ……。もういい。
おぶさって」
「あ。すみません……」
梨愛は律儀にそう言って、ちょこんと
俺の背中に乗ってきた。
「……」
異様に軽い梨愛の体重。
そんな梨愛を背負って
俺は立ち上がる。
背中の梨愛は、
まるで仔猫のように軽かった。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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