6.地獄の釜の蓋。
昔、じいちゃんが教えてくれた。
『地獄の釜の蓋』の話。
この世とあの世は、この釜の蓋1枚で
隔たれていて、この蓋は死者がこの世に
溢れ出ないようにする為に、
滅多に開くことはないんだけれど、
お盆の13日と14日、それから15日の
3日間だけは特別で、
その3日間はずっとこの地獄の釜の蓋は
開けっ放しなのだそうだ。
……開けっ放し? ダメだろ? そんな。
だけどお盆っていうのが
そんな行事なんだから仕方がない。
死んでしまった魂が、
この世恋しさに会いに来る。
大切な人を亡くしてしまった人にとって
その釜が開くお盆の日は、
心待ちに待った3日間なんだけど、
そうでない人にとっては
ちょっと怖い3日間なんだって。
──なぜ?
あの時俺は、じいちゃんにそう聞いてみた。
そしたらじいちゃん、素っ気なくこう言った。
──連れて行かれるからだ。
──どこに?
──……あの世に。
──………………。
──寂しい……寂しい……って言って、
幽霊共が生きた人間を
地獄の釜の底に引き摺り込むんだよ──
じいちゃんの言い方があまりにも怖くて
俺は思わず泣いてしまった。
お盆には、地獄の釜の蓋が開く。
だから川の近くに行っちゃダメだ!
川の近くに家があったじいちゃんは、
ことある事にそう言った。
だから俺も近づかなかった。
じいちゃん家の近くの『西野川』。
──別名『賽の河』。
別名は、大人になってから知った。
西野川は、その見た目に反して意外に
急流だった川だ。
その分魚釣りにはもってこいなんだけど、
よくここで、死人が出た。
近くには深い淵もあって、
とても危険な場所だった。
今では上流に、ダムがある。
今でこそ、この川はそのダムに守られて
川の流れを制御できるようになったけれど
昔はよく、氾濫してたんだって。
大雨が降れば、必ずと言っていいほど
人が死んだ。
だからダムが出来たんだ。
「……」
──でもまぁ、死者の数は
減らなかったんだけどね。
だって、ダムでの自殺者が増えたから──
「……梨愛
梨愛。梨愛──っ」
──胸が痛い。
梨愛は……梨愛はもう、
ここにはいない。
「……っ、」
俺は、自分に言い聞かせるように呟いた。
呟くと、今でも涙が溢れて止まらない。
梨愛は梨愛は、もう
この世にはいない。
この世にはいないんだ──!
だってあの日。今日みたいな大雨の日、
梨愛はダムで身を投げたから。
「……」
水滴が俺の頬を濡らした。
涙なのか雨なのか、
それとも川のしぶきなのか
皆目見当もつかない。
──自殺の原因はね、
失恋したせいなんだって──
誰かがそう言った。
信じられなかった。
梨愛はすっごく可愛かったし明るかったし
悩みなんてないように見えた。
きっと誰からも好かれていたし
憎まれるような事は何ひとつとして
していなかったから。
男子からもとてもモテていた。
だから失恋なんて、ありっこないって
そう思ったんだ。
だけど、その日から梨愛は
本当に消えていなくなった。
──賽の河。賽の河原。
ダムから急激に流れたなにかは
たいていこの西野川の河原に辿りつく。
だから、ダムでの自殺者は、
必ずこの河原付近に打ち上げられた。
「……」
いや、正確に言えば、この河原近くの淵に
とどまる。
だから別名『賽の河』。
使者たちが集まる船着場。
だから梨愛も、……梨愛も
本当はここで、見つかるはずだった。
ここで、
…………ここで、とどまるはずだった。
「……」
だけど、見つからなかった。
ダムから飛び降りたあの日の天気が悪かった。
大荒れに荒れていて、だから勢いを増した
川の水は、
梨愛の体を海まで流してしまって
それきり行方不明。
荒れた天候はその日から数日続いて、
すぐに捜索されなかった。いや、出来なかった。
それも、梨愛が見つからなかった
原因のひとつだろう。
俺だって探した。
見つけたらどうするのか──なんて
考えもつかなかったけれど、
でも、梨愛が生きていた証が
少しでも欲しかった。
だから、
だからあの電話の話に掛けたんだ。
繋がっているハズのない黒電話の
あの梨愛の話に──。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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