13.オレンジゼリーとしょっぱい胡瓜揉み。
「う……ん」
唸りながら瑠奈さんが目を覚ましました。
辺りはもう、すっかり日が昇っていて
まるで何事もなかったかのように
光り輝いています。
「あ。
瑠奈さん気がついた?」
1番初めに声を掛けてきたのは
紫子さんでした。
瑠奈さんは、ぼんやりする頭を抱えて
フラフラと頷く。
まだ目眩がしていて、気持ちが悪い……。
そして目の前には、頬袋よろしく
ほっぺを膨らませてなにやらモグモグしている
紫子さん。
「……」
……相変わらず、なにか食べてる。
ぼーっとした頭で、そんなことを思いながら
瑠奈さんは辺りを見回しました。
ここはどこでしょう?
「……」
そう言えば確か、一ノ瀬さんのお家に
行く途中じゃなかったかしら?
そう考えた辺りで、頭が冴えてくる。
そう、確か『こんなに朝早くなんて迷惑ですよ!』
って、紫子さんに言ったんだった。
「…………」
だけど紫子さんは話を聞いてくれなくて
笑って家を飛び出して、それから瑠奈さんは
慌ててそれを追い掛けた──
「……」
純和風の家──。
土間近くの部屋だからかな?
立派な太い梁が見えて、
目覚めたばかりの瑠奈さんを
圧倒する。
(一ノ瀬さんのおうち……?)
焦って体を起こすと紫子さんのすぐ隣りに、
ホネホネの梨愛さんがることに気づいて
ハッとなる。
「が、ガイコツ……!」
「あははー……ですよね。
怖いですよね」
ガイコツが紅茶を飲みながら
瑠奈さんを見ました。
どんな仕組みになっているのか
紅茶はホネホネの隙間から出ていかず
ちゃんと飲み干せているらしい。
「い、いえ、そんな……っ!
そんなこと──」
「じゃあ、瑠奈さんは
怖くないんだ──?」
紫子さんが嬉しそうに微笑んで
チャチャを入れる。
「う"っ。いえ、
………………こ、……怖いです。
ホントすみません」
素直に項垂れる瑠奈さんを見て
梨愛さんは笑いました。
「いいんですいいんです。
……それが、狙いですもん」
カラカラカラ〜……とわざと骨を鳴らして
笑いながらそう言うと、梨愛さんは
またお茶を飲む。
「狙い……?」
ニヤリ……と笑う(多分)梨愛さんを見て、
瑠奈さんは恐る恐る尋ねました。
「そう。……狙い。
私ってね、知ってると思うけれど自殺したの。
ほら、近くにダムがあるでしょう?
あそこから──」
「……」
その言葉のあまりの明るさに、一ノ瀬さんは
顔をしかめる。
「あの時私には大好きな人が2人いてね、
もしかしたらその2人は
両思いかもって思ったらね、
幸せになって欲しいなって思いもあったけれど
何だか悲しくもあって。
……ほら、何だか取り残されたみたいに
なっちゃったの。
2人とも私の大切なお友だちで
なのに、2人だけ別世界みたいな、
そんな感じ。
そんな事ないって思うんだけど
でも、心の中で芽生えたその想いが
なかなか消せなくって、耐えられなくって
だから私は死を選んだの。
失恋したとかしてないとか、
そんな事じゃなくって、ただ純粋に
自分が嫌な奴だって思ったから。
だから消してしまいたかっただけなの。
私という存在を──」
「……梨愛」
梨愛さんは、一ノ瀬さんを見て
優しく微笑みかけました。
「だけど成仏出来なくってさ。
……結局まだ、傍にいたかったから 。
でも今度は欲にまみれた私じゃなくって、
純粋に……ただ純粋な気持ちで、
傍にいたいなって。
だから、この姿なのよ?
自分の姿に一喜一憂しなくていいような姿。
誰もがお化けって分かって、
恋愛の『れ』の字すら関係ないような、
この姿。
そして私の大好きな、ホネホネスタイル」
梨愛さんはそう言って嬉しげに
骨をカラカラと鳴らす。
……多分、嬉しげ。
ホネホネは不気味ではあるけれど、その動きは
とても陽気で明るかったのです。
──でも、骨だから よく分かんないけど。
「ごめんね、むぅちゃん。
むぅちゃんに見つけてもらったのはね、
私の左手の小指なの。
私って、嵐の日に飛び込んだじゃない?
川で揉まれてる間に、小指だけ
取れちゃった」
てへっと笑う梨愛さん。
「……取れちゃった……って……」
頭を抱え、唸るように手のひらの細い3本の
骨を見る一ノ瀬さんと、
それを聞いて真っ青になり、今にも
倒れそうな瑠奈さん。
「指……ゆび、指のほね──」
けれど梨愛さんは悪びれる様子もなく
ホネホネの手をヒラヒラと振りました。
他の指よりも極端に短い、最後の指。
「ずいぶん悩んだの。
むぅちゃんだって困るよね?
『指、拾って来て』とかさ
これでも言い方考えたんだよ?
ほら、随分日が経ってるから、石コロにしか
見えないし?
だからね、むぅちゃん──」
言って梨愛さんは一ノ瀬さんを
見上げました。
「気持ち悪いって思ったら、その骨どこかに
捨ててね?
そしたらきっと私も、……どこかに
消えるから、さ……」
途端、一ノ瀬さんの顔が歪む。
そして口を開こうとした──その時。
「あの! あのあのあの、
ボク、ボクこんな事言うのもアレだって
思うんだけど、……だけどね、梨愛さん!
一ノ瀬さんだって
一ノ瀬さんだってね──!」
そう言って、玉垂は黙り込んで
しまいました。
続きの言葉を言おうとするけれど、
これは本当に言っていい言葉なのかな……?
そう思うと、先が続けられなくなる。
「えっと、だから……その……」
「……玉垂」
紫子さんはそんな玉垂を
微笑ましく思って、そっと覗き込みます。
助け舟を出したい気もしますが、
モジモジしている玉垂もまた可愛い。
思わず含み笑いをその顔にのぼらせながら
そのまま見てしまうのです。
玉垂は、どうしようか悩みながら
自分のしっぽをこねくり回しながら
上目遣いでみんなを見ました。
「えっと、えっとえっと、だから
だから、そのー……」
そう言って、チラ……チラ……と一ノ瀬さんを
覗き見る。
その姿が可愛くって、一ノ瀬さんは
思わず微笑んでしまう。
「あ、あぁ、『俺』……の事だろ?」
別に内緒にしてたわけでもないけどね……と
一ノ瀬さんは肩を竦ませる。
その言葉に、玉垂はホッとして
カクカクと頷きました。
一ノ瀬さんはそれを見て
また微笑む。
「俺も、人の事言えない。
俺だってお化けだし──ね?」
「──えぇえぇぇえぇ!?」
一ノ瀬さんの告白に
再び腰を抜かす瑠奈さん。
「あ。──やっぱり、気づいてなかったか……」
ふふふと笑う至極冷静な紫子さん。
そしてその全てを無視する
デッカイ猫玉垂。
「あ、あの……あのね、だからね、
ボクみたいな変な存在が
言うのもなんなんだけど……」
言ってゴクリと唾を飲む。
「みんなに仲良くして欲しいんだ!
確かに死んでしまったかも知れないよ?
いつ消えちゃうかも分からないよ?
でも今、こうして出会えたってことは
なにか理由があるかも知れないって事なんだ!」
そこまで言って、玉垂は
目を伏せました。
「……ううん。
もしかしたら、意味なんてないのかも知れない」
だけどね──と玉垂は続ける。
「せっかく出会えた命だから、
だから仲良く出来たらいいなって思うんだ。
……みんなが会えて良かった、嬉しいって
思えるように……」
玉垂は、本当なら
今頃生きているはずないくらい昔に生まれた
猫なのです。
大好きな人と死に別れてしまって、
今はもう会うことすら出来やしない。
けれど一ノ瀬さんや梨愛さんは
違いますものね?
まだこの世にいるのなら、自分の望みを
追い求めても、いいんじゃないかなって
そう玉垂は思うのです。
「ふふ。そうだよね?
ほらほら瑠奈さん。そんなに怖がらないで
一緒にオレンジゼリー食べよ?
私の作った胡瓜揉みも食べてね? ちょっと
塩気が強すぎたんだけど……」
と言って、花のように微笑んで
紫子さんは可愛らしく首を傾げました。
「……あ。うん──」
言われて瑠奈さんは、胡瓜揉みに手を出す。
めちゃくちゃ塩っぱい、胡瓜揉み。
だけどむしろ、暑い今の時期には
丁度いいのかも?
むせながら瑠奈さんは胡瓜揉みを
食べ、紫子さんを見上げました。
結局のところ、瑠奈さんは
紫子さんの言葉には弱いのです。
見回せば、穏やかな雰囲気の一ノ瀬さんと
梨愛さん。
──怖いと思ったのはどうしてだろう?
確かに2人はお化けで、幽霊で、
1人はガイコツなのだけれど、
……だけどそんなの、ちっちゃい事のように
思えたのでした。
ニコニコって紫子さんが
笑って過ごせるのなら
それだけでいい──。
瑠奈さんは、そんな風に思ったのです。
だから迷いのない笑顔を
みんなに向けることが出来ました。
「うん。そうね。
みんなで、仲良く過ごしましょう!」
口直しのオレンジゼリーを手に持って、
にっこり笑った瑠奈さんの頬に
明るく真っ白な朝日が降り注いだのでした。
オレンジの皮の中に入った可愛らしいゼリーは
少し甘酸っぱいフルフルゼリー。
ゼリーは本物の陽の光に照らされて
まるでお日さまのように
キラキラ輝いて見えました。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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