1.黒電話
──リリーン。リリーン。リリーン……
暗闇に、突如電話のベルが鳴り響く。
今はもう珍しくなってしまった……と言うより、
全く見なくなった黒電話。
けれど一ノ瀬さんのお家では、
未だにこの黒電話が現役で頑張っています。
何故って、もともとこの家の主だった
一ノ瀬さんのお祖父ちゃん。
今はもう亡くなってしまって、この世にいない
のですが、そのお祖父ちゃんである
『一ノ瀬葉月』さんが、
この電話をとても気に入っていたからなのです。
だから今でもこうしてここに、その黒電話が存在
しているのです。
……いえ、『気に入っていた』には、少し語弊が
あるかも知れませんね。
正確には、そのお祖父ちゃんは新しいモノが
大の苦手だったから。
このお祖父ちゃんの家へ、週1で剣道を
習いにやって来ていた一ノ瀬さんも
子ども心に『こんな古い電話じゃなくて、
新しいモノに、取り替えればいいのに……』
なんて思ってました。
けれどそれは、けしてこの黒電話が
嫌いだったからではありません。
新しい電話の方が機能が充実していて
便利なんじゃないかなって、思っていたり
していたからです。
当時、一ノ瀬さん家族と、この
お祖父ちゃん一ノ瀬葉月さんは
別々の家に住んでいました。
一ノ瀬さん家族は街中の方。一方
お祖父ちゃんの方は、少し不便な
田舎の方です。
一ノ瀬さんのお父さんは、それが
心配で、たまに電話を掛けていたらしいのですが
全く繋がらず『親父のやつ、何やってんだ?』
とボヤくことがほとんどでした。
新しい電話だと、少なくとも留守電機能は
付いているはずで、……いえ、留守電機能が
なくっても、着信履歴さえ残れば
折り返し電話をしてくれるはずだ……なんて
一ノ瀬さんは思ったわけなんです。
だって黒電話、誰かが出てくれないと
電話があったこと自体、分からないじゃ
ないですか。
でも、結局お祖父ちゃんは
この黒電話を新しい電話に替えることなく、
この世を去りました。
だから今もこの家では黒電話。
でもだからって、嫌じゃない。
むしろ、お祖父ちゃんの家でしか
見ることの出来なくなったこの黒電話が、
一ノ瀬さんも実は大好きだったりもして
小さい頃などは、お祖父ちゃんに
見つからないように、こっそり
──ジーコロロロロ、ジーコロロロロ……
と、弄って遊んでいたくらいなのです。
黒電話は、今のプッシュ式と違って
玩具みたいで面白い。
当時まだ小学校の低学年だった
一ノ瀬さんは
なんだかんだ言いつつも、この黒電話が
憧れだったんですよね。
いつかこれで、誰かとお話してみたいなって。
──だけど、コレはちょっと反則かな。
「…………」
一ノ瀬さんは、情けない顔でそう思う。
──ピカッ!
……ゴロゴロゴロゴロ……
「ひっ……!」
思わず悲鳴が口から漏れました。
真っ暗闇の夏の真夜中に、
しかも引っ越して来たばかりで、
そんなに月日も経ってないある日。
急に降り始めた雨は、止む気配を見せるどころか
強くなり、しかも雷を伴って轟き渡る──。
ひとりぼっちの家の中で、ひたすら
リリリン、リリリン、と鳴る黒電話は、
不気味以外の何者でもない。
え? ちょっと待って? 誰からの電話?
なんでこの電話鳴ってるの?
だって俺、ここに引っ越して間もないんだよ?
じいちゃん宛?
……いやいや、それはないよね? だって
じいちゃん、とっくの昔に亡くなったし……?
じゃあ、俺宛の電話なんかな?
「……」
一ノ瀬さん──一ノ瀬六月は
ごくり……と唾を飲む。
前の主の趣味なのか、電灯が異様に暗い。
明るくて省エネのLEDライトに変えようかとも
思ったけれど、引っ越し早々に知り合った
お隣さん──紫子さんが
とてもこの白熱灯の灯りを気に入ってしまって、
ついつい替え損なってしまったのです。
不気味だから……と一ノ瀬さんがそう言うと
紫子さんは驚いたように目を見張って
『コレは不気味ではなくて、ロマンチック
って言うんですよ!』と言い張るのです。
……なんとも迷惑な話です。
『一ノ瀬さんはお菓子屋さんを
するのでしょう? でしたら白熱灯の
柔らかい感じのカフェ……とか、
いい感じじゃないですか。
このままお店が開けそうです』
そう言って。
確かにそうだなと、一ノ瀬さんは
その時はそう思いました。
その時は。
けれどそれは、あくまでその時だけです。
ゆったりジャズやピアノ曲なんかをBGMに、
白熱灯の下で、純和風な庭園でのお茶会は
確かにオシャレです。
しかもこの家は、純和風の王道を貫き通した
茅葺き屋根の家。
敷地には大きめの東屋や、
雰囲気のある白塗りの蔵まである。
だから趣のあるカフェを作るのは造作もない。
……けれど、それが趣あると形容できるのは
あくまで……『あくまで』、その日の天気が
良かったら……の話であって、
真夜中の、しかもこんな風に
雷雨が叩きつけるような、不気味な日に
薄暗ーい白熱灯は、ロマンチックでも
なんでもない。
生暖かい風と共に、ユラユラと
揺れ動く白熱灯。
そこにぼんやりと浮かぶ
古い日本家屋のその一室で、
黒電話が闇の中で重く沈みながら
リリリン、リリリン……
と、鳴り響く──。
──ホラーかよ……。
一ノ瀬さんは心の中で
そんな風にツッコミを入れました。
これは絶対『不気味』って形容すべきやつだ!
それ以外、どんな装飾を使ったら
コレがオシャレな
情景になるって言うんだ──?
一ノ瀬さんは、頭を抱えます。
そんなの絶対あるわけない。
どんな有名な小説家だって、
今の状況をロマンチックに演出するのは
無理だろう……。
どうかどうか、このベルが今すぐに
鳴り止みますように……っ。
一ノ瀬さんは、そんな風に
心の奥底で願ったけれど、
けれど──
電話は鳴り止まない。
嗚呼……なんてこった。
コレってもしかして、受話器取るまで
止まないんじゃ?
一ノ瀬さんがそう思うのも当たり前。
電話はずーっと鳴り響き、かれこれ1分間以上も
頑張っているのです。
え? 壊れた?
「……」
そう思いたいけれど、多分違う。
黒電話って、造りが単純だから、
異様に強い。
滅多なことでは壊れないって聞いている。
──「はぁ……」
もういい加減、この音には耐えられない。
一ノ瀬さんは思い切って、
黒電話の受話器を取りました。
「も、もしもし──?」
黒い受話器を取って、それを耳に当てると、
その向こうから、震えるような
溜め息が漏れました。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
お読み頂きありがとうございますm(*_ _)m
誤字大魔王ですので誤字報告、
切実にお待ちしております。
そして随時、感想、評価もお待ちしております(*^^*)
気軽にお立ち寄り、もしくはポチり下さい♡
更新は不定期となっております。