3.お嬢様の道に障害なし
初投稿になります。
誤字脱字や感想などがございましたら、お気軽にご連絡頂けますと幸いです。
「涼弛さん、お昼をご一緒しませんか。」
「城泉寺、名前呼びは止めてくれ。あと昼は道哉と食うから引いてくれ。」
昼休みに入るやいなや城泉寺から声がかかる。どうやらこいつは名前呼びをやめる気はないらしい。
「んー涼弛くん、今日は別んとこ行くわ。楽しんできてくれよな。」
「おい道哉…おまえそれは
「はいはいーご友人のお許しも出たので有り難くお借りしていきますわね。」
本人の決定権を無視して行われたやり取りに俺が口を挟む日まもなく拉致される。
がっちり腕を組まれて俺と城泉寺は歩いていく。
周囲の目線が痛いし、豊かに実った胸が当たる。居心地が悪い。
「城泉寺、わかった今日はお前と飯を食うからひとまず離してくれないか。」
「あら、その気になってくれたなら嬉しいですわ。でも、この手は離しませんの。」
歩いていても感じる機嫌の良さであったが俺の返答を聞いてさらに上機嫌になった城泉寺はさらに距離が近くなる。
ほのかに香る甘い匂いや柔らかい感触がより伝わってくるのがとても困るのだが。
「さあ、こちらでお昼にいたしましょう。」
連れてこられたのは藤原学園の談話スペースだった。
自習スペースとしても開放されるここは昼休みの時間も空いており、弁当持ちの生徒が利用している。
颯爽と腕を組んで現れた俺たちに視線が集まるが当然彼女は気にも留めていない。
「事態の急展開に飲まれて忘れていたが、俺は飯を買ってこなきゃいけないんだけど。」
「あら、私がそんなイージーミスをすると思っていましたの?
涼弛さんがお弁当をお持ちでないことは当然知っておりますのでこちらでご用意させていただきましたわ。」
持っていた手提げから大きな一つの包みを出した。包みから出てきたのは漆塗りのお重だった。
城泉寺が二段に分けられたお重を開くと、所せましと並べられたおかずと敷き詰められたおにぎりが出てくる。
「今日のためにご用意させていただきましたわ。ささ、遠慮なく召し上がってください。
はい、お口を開けてくださいな。」
「…いいから俺にも箸をくれないか。食べづらいのだが。」
笑顔で向けられた箸には卵焼きがつままれている。どうやら俺に食べさせたいらしいが、やんわりと断る。
正直に用意があるということは嬉しいが、手段が問題だ。
食べさせるなんてことを付き合ってもいない女性とすることに対して抵抗しかない。
「お箸ですか。お生憎様、この一組しかありませんわ。」
「城泉寺、お前わかっててやってんな。」
「意中の方を落とすのに手段を選んでられませんの。私の好意を無下にするおつもりかしら。」
「…食い物に罪はない。美味しそうなものを目の前にしたあとに昼抜きっていうのもしんどいからここは城泉寺に乗ってやるよ。」
観念した俺は差し出された卵焼きを口に含む。出汁の効いた柔らかい旨味が染み出してくる。
俺の食べたときの反応に満足した彼女は次に唐揚げを差し出してくる。
空腹に美味いものを出された俺はつぎの唐揚げも口に入れた。
冷めていても肉汁が染み出してくる美味しさと、ほんのり香る生姜がいいアクセントになってこれも美味。
付き合う前からあーんなんて。そう思っていた俺であったが気づけばしっかりと弁当を味わっていたのであった。
「はい、食後の麦茶になります。ご安心ください、コップはちゃんと二つお持ちしてますわ。」
「ごちそうさま。ありがとう、すごい美味しかったよ。シェフにもお礼を言いたいくらいだよ、本当に。」
「あら、嬉しいことを言ってくださいますのね。もっと褒めていただいてもいいんですよ。」
「だからシェフに…って城泉寺が作った弁当だったのかこれ。」
「はい、意外でしたか?」
「それはごめん。悪いことをしたな。」
「悪いこと、ですか?」
「財閥のお嬢様が用意してくれた弁当だからてっきり用意をしてくれた人がいると思っていたよ。
それがまさか手作りだったなんてな。作ってくれた城泉寺に悪いことをしたな、ごめん。」
「ありがとうございます。そんな律儀なお姿に私は好意を持ちましたのよ。
偏見を素直に謝れる正直な方なんてそうそういませんわ。」
笑顔で不意にドキッとするようなことを言ってくれる。
傍若無人なお嬢様というその評価に対しては改めなければいけないのかもしれない。
「…とにかくごちそうさま。じゃあ教室に戻るぞ。」
「はい、涼弛さん戻りましょう。」
「だから名前で呼ぶなって言ってんだろ。」
人の注文を聞かないお嬢様に何度目かわからない文句を言いながら教室へと戻る。
その途中、談話スペースにいた同じ学年の生徒に絡まれた城泉寺は教室同様に俺たちの今の関係を高らかに宣言していた。
前言撤回だな、こいつはやっぱり傍若無人のお嬢様だ。