第15話 膿
「デェ、おめーが例の新人かァ? 随分としけた顔してんなァ」
老人が近くにあった赤いボタンを押すと、遠くで鳴り響いていたガスタービン発電機の音が消え、溶鉱炉の電源も落ちていく。暗い赤色を灯していた炉心も徐々に光を失っていき、代わりに頭上のぶら下がり照明がひとつ、スポットライトのように老人を照らしだすのだった。
「はい、そうです。義手を取りに来ました。たしか、数ヶ月前には身体データを送っていたはずですが……」
「アァ、いま顧客リストを探してやるよ」
産廃工場*も併設してあるらしく、離れた場所で水蒸気がパイプから漏れている音が聞こえてくる。今までは溶鉱炉の騒音で聞こえなかった音だ。
いつしか部屋の中に充満していた熱気も霧散していき、電気炉から余熱が漂っているだけとなった。
この近くに燃料用の炭鉱はない。薪も植林できるエリア自体が制限されているため、発電方法は核融合炉じみたQ粒子崩壊炉がほとんど。この集落も例外ではないのだろう。
「アァ――、随分と前にディールから来た身体データのヤツかァ? 左腕でギミック込み、制限解除となると、ちと細工が面倒ではあったが――」
歯並びの悪い金歯の老人は、近くの棚からひとつの義腕を手に取りながら、タバコの煙をぼふりと吐いた。肺に入れていないのか、金歯にはヤニがこびりついていた。
「おい、オメェー、腕を見せてみろ」
俺は垂れ下がった左側のシャツの裾を右手でめくる。出てきたのは、肘の部分が踵のように丸くなった切断痕だった。一部、血管が潰れて行き場を失い鬱血しているが、半年でここまで完治したのはやはりナノマシンという技術あってのものだろう。そう思っていたのだが――
「やっぱりなァ、膿んでやがる」
何を思ったのか、老人は再度舌打ちをすると、いきなり近くにあった電動メスを起動させた。こちらが腕を引っ込めるよりも早く、斬りつけようとしてくる。
「おい、おいおいおい――」
俺が引っ込めるよりも早く、老人はその電動メスを投擲し、見事狙い通りに左腕に突き刺さるのだった。直後、こちらが悶絶する前に、黄色い膿が溢れ出てくる。
「――――ッ!?」
「チッ、あのヤロー、……テキトーな仕事しやがって、ダボがァ」
老人が舌打ちしながら俺の体を固定してきては、その電動メスでぐりぐりと肉を抉ってくる。だが、痛覚受容器を避けているのか、不思議と痛みはあまりない。メスが鋭利すぎるというのもあるだろうが、
「下層で活躍してる敏腕の義肢屋『ガマ・ガエル』の店主は、実はこのお方の一番弟子なんですよ。なので、身体との擦り合わせの調整のやり方もほぼ同じで、そこまで痛みもしないと思いますよ」
「……言われてみれば」
なまじ強化された肉体のおかげだろうか。簡単な壁くらいなら素手で穴を開けられる。そう言われたものの、高密度の筋肉と骨は痛覚をも鈍くしてしまうらしい。とはいえ、たとえ痛くなくとも、電動メスで雑にやられるのは勘弁願いたい。
俺は近くのベンチに座らされながら、老人は青いレンズの奥の瞳を赤く点滅させて、ようやくメスを近くの棚に置くのだった。
(メタノールとかじゃないよな……)
失明のリスクを心配するこちらをよそに、老人は保存環境が悪そうなスプレーでアルコール消毒をしてくる。腐った臭いのする雑巾が干された棚から、例の義手とやらを老人が手に取ると、調整しようとしてか青いサングラスのピントをいじり始めた。
「切断したときじゃねェ。義肢を酷使したせいで、擦れて軽度の火傷になってたんだよ。それが蓄積されて膿んだんだ。……接続ユニットの調整ミスだな」
たしかに前の義手はそれ自体もジャンク屋で買ったものなので、微妙にサイズが違い、動かすたびに肘の部分が擦れていたのだ。幸いにも、肘に埋め込まれた義手と接続するための機械関節用の外部コンセントは生きている。
よく見ると、左腕の肘の両脇にイヤホンプラグのような穴が開いている。
だらだらと斬りつけられた箇所から血が垂れる中、その穴に流れ込みそうだなと思っていると、背後から誰かが止血剤スプレーを吹きかけてくる。
振り返ると、そこにはカーラ・キャンベルが止血剤スプレー缶を片手に、水分を吸ってもこもこと泡立っていくのを微笑みながら眺めている所だった。
「痛くない?」
「……ああ、痛みはない。彼……、李の言った通りみたいだ」
「そう? なら、さっさと泡を拭いて、義手を取りつけないと!」
そう言って、どこか暴走ぎみのカーラが手に取ったのは、あの腐った臭いのする雑巾だった。破傷風にでもなったらどうするんだ、勘弁してくれという悲痛な叫びが聞こえてか、老人が邪魔な犬を追いやるような動作でシッシと手をふった。
「おい、カーラ、邪魔だ。手元が狂って暴発でもしたらどうする。どいてろ」
ぶっきらぼうに言い放つ老人に対し、カーラはむっとした顔をするも、悪態を吐くほど不仲ではないのか舌をべーっと出しながら部屋を出ていく。その仕草に、どこか小学生女児のような幼さを覚えたものの、その違和感の正体が何なのかまでは分からなかった。
そのとき、特殊な器具から甲高い音を立てていた老人が、ようやく義手を俺の左腕に当てて接続を始めた。義手は前のフレームが剥き出しのものとはまた違い、どこか外骨格のような装甲付きの籠手といった印象を受ける。
塗装はされておらず、金属と強化プラスチックでできている。
「…………」
「…………」
どこか他人の家庭の親子喧嘩を見てしまったような気まずい空気が充満している。李は遠くで別の作業員たちと何かを話しており、すぐ近くに他の気配はないように感じる。
そのとき、踵のような欠損した左肘から、ドバッと膿があふれた。
何事かと思っていると、どうやら老人が接続ユニットに細工をしたらしい。埋め込まれたものとはいえ、弄られるとかなりの痛みを感じる。だが、耐えられないほどではない。
(自己診断プログラム――はさすがに、網膜に投影する『機械同期ユニット』がないと見れないのか)
こめかみに髪留めのように付ける金属板を懐かしく感じてしまい、すっかりこの世界の常識に毒されていることを俺は内心自嘲した。
肘関節を覆うように埋め込まれた接続ユニットの位置は問題なさそうだ。となれば、それを固定させるために骨に打ちつけたアンカーボルトが悪さをしていたのか。イヤホンプラグのような穴はそれがあった痕らしい。
膿はそこからゆっくりと出ており、簡単な傷ならナノマシンで抑えつけられる分、このまま無視していれば神経が死んでいたかもしれない。
ばふりぼふり。タバコの吸い殻をふかしながら義手をくっつけてくる老人に、俺は話しかけてみることにした。
「カーラ・キャンベル」
「…………あ"?」
「彼女について聞きたいことがある。……彼女は……、その、……義体者なのか?」
唾を呑み込みながら、何とか言った質問は、老人にはいささか不快なものだったらしい。
「オメェに何の関係がある」
「……彼女の、実姉に会ったことがある。血の繋がった姉妹だと思う。……リリー・キャンベル。カーラからこの名を聞いたことがないか?」
直後、老人が青サングラスの奥の斜視をガッと見開いた。
だが、次の瞬間には何事もなかったように無表情になり、作業に再び意識を戻してしまう。
「その情報は言わない方がいいだろうな」
アンカーボルトが締められ、脳天まで貫くような鋭い痛みが走る。しばらく視界が明るく点滅し、それがようやく収まったころ、なかったはずの左手がぐっと張るような感覚が戻るのだった。
「どうだァ? 前の設定よりも違和感が少ないはずだ。前の義手は限界まで、反射速度を早く設定してあった。ラグが少なければ少ないほどいい、みてーな短絡的な考えが透けて見えてゲボ吐きそうになっちまったよ。この義手にはあえて生身の肉体と同じくらいのラグを設定してある」
「……あ、ああ。生身の腕と遜色ない、と思う……」
たしかに、言われてみれば前の義手はどこか感覚過敏というか、すこし動かそうとしただけで左手が腕よりも先に移動することがよくあった。
通常、神経を通る電気信号は、脳から脊髄、脇や肩、肘を通って手首や指に行く。だが、脳内に形成されている極小のチップは、心臓が止まらない限り微弱な電気信号を送信し続け、コンマ数秒のラグなしに動かすことができる。
そのため、なまじ無線の精度が良すぎて指や手首に先に到達していた通信と、神経からの電気信号がぶつかり炎症を起こしていたのだろう。
それに比べて、この老人に見繕ってもらった義手はどこか適度に生身っぽいというか、手のひらを広げて小指だけ曲げようとしても薬指もついてくるような不器用さまで再現している。
「魂よりも体だけがハイスペックすぎても、脳が混乱するだけだからなァ。このくらいがちょーどええー」
早くすれば良いというものではない。
いまや人体よりも機械やプログラムの方が性能が良くなってしまったせいで、人類がそのスピードについていけていないのだ。しきりに一番弟子らしいカエル男の悪態をつく老人に、俺は気づけば頭を下げていた。
「助かった。金は、いまは払えないが、いつか……」
「うるせェよ。金なら団長からもうもらってる。これで義手の設定は終わりだ。さっさとどっか行っちまいな」
老人はそう言って、近くの接続作業用のモニターをシャットダウンさせた。
思えば、新たに打ち込まれたアンカープラグは端子が付いており、神経回路に直接干渉できるものらしい。これで信号が重複するようなことはないわけだ。
「カーラ・キャンベル、彼女は義体者なんだろ。人間とほぼ遜色のない表情に、喜怒哀楽の表現の仕草。相当な技師がいる。……あんたが、その彼女の義体化手術に手を貸したんだろう」
なかば問い詰めるような形にはなってしまったが、老人の返答はあっさりとしたものだった。
「その様子じゃ、聞いたんだろ。……東京決戦。ほんの十数年前に発生したスタンピードだ。ひでェもんでな。大海は荒れ果て、大地は黒く染まり、空は太陽が覆われた」
「…………」
「とある企業の使った兵器が原因でェ、この大地の怒りを買ったとか言っている連中もいるが、真相はオレも知らん。だが、ひとつ言えることは、あれは見つけたときにはすでに致命傷で義体化手術しか助かる方法はなかったってことだけだなァ」
「………………」
「オレも昔は三ツ橋と月庵にすっぱ抜かれるほどの技師をやっていてな。幸いにも、義体の用意はあった。だから、数人の他の医師の立ち合いのもと、何とかカーラの義体化に成功させることができたんだ」
義体化手術の成功例は、大手の月庵を除いてそう多くはない。
それほどの高難度の手術を成功させたというのに、偽ブランド服の老人はまったく嬉しそうな顔をしなかった。
「不老不死になれる。そんな甘ったれた謳い文句を垂れる『義体化手術』の欠点がなにか分かるか?」
「……死ねない、こと」
「そうだ。義体者に死の概念はねェ。だが、それは逆に義体に致命傷を負おうとも、精神だけはネット上で漂流し続けるってことだ。未練のある幽霊が死んでもこの世に居続けるように、義体者もまたネットのどこかで生き続ける。それこそ、廃人になってもなお成仏することがないぶん幽霊よりタチが悪い」
それに――と老人は続ける。
「あれは義体者になるには早すぎた。義体化手術はそれをした年齢のときの精神まま成長が止まりやがる。義体の背が伸びないように、精神も時間が止まったみてェに幼いままだ。だから、あいつはいつまで経ってもクソガキってことだ」
風呂場での羞恥心のなさや、外見の割にやけに精神性が幼いこと。
おそらく、彼女は若いどころか幼い歳で『義体化手術』をしたことで、性的な知識はおろか彼女は体の変化すら自覚できていないのだろう。彼女の中に性別の概念すらあるのか怪しいレベルだ。
と、そのとき、左腕の義手からピーと音が鳴った。
何だと見てみると、どうやら何かのカートリッジ不足を知らせる警告音らしい。バッテリーはきちんと前のフレーム剥き出しの義手と同じ位置にある。だが、それに加えて手首の部分になにか別の空洞があることに気がついた。
「エアーインパクトバンカー*、ここの地下空間を掘るときに使う重機の構造を小型化させたやつだ。ここの岩盤はちと硬くてな。空間を拡張しようにも、金属の棒を勢いよく打ち込むパイルバンカーだと杭の消費が激しい。代わりに、衝撃波でヒビを入れてちょっとずつ削る方法を思いついたもんで、いまじゃこれが主戦力らしいぜェ」
「そんなものを小型化なんて、よく成功したな」
「いいや、だいぶ無理してるからなァ。一発でも撃つと、肩が衝撃に耐え切れずに外れる。肋骨が折れる。肘が放熱時に焦げる。何発も撃つとヤバイだろーが、ま、そんくれェだ。あんま気にすんな」
なんてもん装備させてんだと文句のひとつも言ってやりたくなったが、あいにくこちらは無一文で居候の身だ。どんなゲテモノな性能の義肢であろうと、見繕ってくれるのはありがたい。俺は堪えるようにぐっと唇の端に力を入れた。
***
しばらくして、追加で衝撃波の素となるカートリッジをいくつか受け取っていると、いきなりバァンと扉が開き、汗だくで走ってきたのだろう男が現れた。
バグーラだ。
黒髪アフロに金のネックレス、髑髏のTシャツ。一発で見分けられる。だが、バグーラは存外に焦っているのか、泡をふく勢いで喋りはじめた。
「――師匠ッ!!」
「テメェー、どたばたとうるせェ、ぶっとば――」
「やべェ、やべェ! 反重力車両が来やがった! たぶん“月庵”っ、それも役員用のヤツだ!」
その報告で周囲が緊迫した空気へと変わる。
一瞬で膨れあがる殺気に、老人の背中の鬼が真っ赤に染まっていく。
老人は震える指で青いサングラスを取ると、それを膿盆の乗るトレイ脇にそっと置いた。何回か目頭を押さえ、聞き返すような仕草で瞼を開く。斜視、さらに白内障の濁った眼球には、電動メスのような鋭利な殺意が籠っていた。
「月庵――だと?」
「……あ、ああ、そうだ。いま、コロシアム前の広場に着陸してるって――」
その瞬間、老人は近くに転がっていた機械刀を、鞘ごと足で引っかけて持ち上げると有無を言わさず走りだしてしまう。
「行くぞ!!」
バタバタと強化服、防弾ジャケットに身を包んだ傭兵たちが、各々の武器を手にとって立ち上がり、その老人の一声で飛び出していく。周囲にはすっかり鎮火してぬるくなった溶鉱炉があるだけで、気づけばぽつんと照明のいくつかが点くだけの空間に取り残されてしまっていた。
スポットライトのような照明がいくつか点いているものの、じきにそれらも消灯されてしまうことだろう。
プシュ、プシュ――。
スー、スー、スー。
産業廃棄物を処理する機械が、蒸気を漏らしている。
数多の配管や空調設備が音を鳴らしている。
幽霊が怖いわけではない。そうではなくて、人間の本能がその音を薄暗い森の中、肉食動物に狙われているような錯覚を俺にさせるのだ。配管のバルブが暗闇ではこちらを半身だけ覗かせる頭に見える。尖った廃材も、やはりこちらを見つめる顔に――。
ナニカ得体の知れないものが暗闇の中で、じっと身を潜めながらこちらを見つめている。
そんな嫌な妄想が止まらない。
どちらにせよ、仄暗い産廃工場で夜を過ごすなど考えるだけで怖気がする。
気づけば俺もまた、彼らの後を軽く走りながら追いかけはじめるのだった。
産廃工場「産業廃棄物処理工場」
エアーインパクトバンカー(AIR IMPACT BUNKER)
「Q粒子ガスを圧縮し、点火、解放することで衝撃を一点に集中させる。地下空間で掘削機を使用する際、重機パイルバンカーのように杭を消耗させることなく、掘削作業や地下資源の採掘等が可能となった」
小型化による携帯も可能。




