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第5話 襲撃


 ――流石に、ここまで社会や情勢が変わっているとは思わなかった。


「どこに行けばいいんだ……」


 俺は無一文のまま、異界の地でアテもないままひとり歩いていた。

 傘なども持っていない身分のため、当然、ずぶ濡れのまま街中を闊歩している。フードをかぶっていてもこのままでは体が冷えきってしまうと、俺は近くの雨除けのテントが張られたアーケードへと避難していた。

 思えば、目覚めてから何も口に入れていないからか、体はふらふらと力を入れにくくなり始めている。

 あたりには空腹を加速させる露店が立ち並んではいるが、そのどれもが暴力的な食欲をかきたてる匂いを――。


「おい、これピースミート製の人造肉じゃねーか! あんなゴミ企業のもん屋台で出してんじゃねーよ、放射性食中毒にでもなったらどうすんだよ‼ 」

『黙れ、ヤドカリ小僧がァ! うちで伊月食品のもんなんか出せるワケなかろうが、この下層じゃこれがご馳走になるのが分からんのかボケがァ‼ 』


 前言撤回、どうやら闇の深い露店らしい。

 ストリート系の青年と、店番らしきロボットかアンドロイドか分からない機械に覆われた人型生物が口論をするくらいには、売られている商品は粗悪なものなのだろう。


 だが、行き交う人々は対岸の火事とでも思っているのか、見向きもしない。

 他の露天屋台が気になった俺は、近くにあった別の屋台を観察していると、どうやら端末と端末を重ね合わせて売買取引時に何かをやっているようだった。


 ――電子通貨なのか。


 俺はそう推測したものの、だからなんだ、という至極真っ当な疑問に打ちのめされる。その意味もなく得た知識も、あたりをやたらと照らすネオンも、人ごみの中で蔓延する喧騒も、そのどれもが空腹を満たすことはできない。

 そんな当たり前のことを悟り、ガクリと肩を落とした……そのときだった。


「あれは……」


 近くの塀に立っていたナニカが、明らかに俺のことを凝視しながら静止していた。

 陰で見えにくいが、目を凝らしてみるとどうやらそれは黒猫のようだった。


「猫と、アンテナ……?」


 だが、その体には正体不明のパラボラアンテナが生えており、その左目は翡翠色に光っていた。恐らくは機械で出来た猫型のロボットか何かだろう。しばらくすると、ネコはゆっくりと塀から本物の猫のように飛び降り、こちらへと歩いてくる。

 そして、何の音も発さないまま、平然と俺の足に擦り寄るのだった。


「な、なんだ……」


 一瞬、コールドスリープ前に飼っていた猫と目の前のネコの姿を重ねるが、ネコの首にはきちんと『月庵』とだけ書かれたネームプレートがかけられており、それはありえないことだと理性が否定をした。


 ――きっと、誰かのペット型ロボットなんだろう。そう思った次の瞬間には、そのネコは途端にそっぽを向いたような態度のままどこかへと去ろうとした。


「あっ――」


 だが、そのまま見ているとそのネコは一定の距離を行くと、俺の方を疑問符の浮かびそうな表情のまま見てくるのだった。まるで付いて来いとでも言っているように見えるのは、さすがに人間の傲慢とでもいうべきなのだろうか。


 だが、試しに一定の距離近づくと、そのネコは再び歩き出してまた一定の距離で静止する。それを何度か繰り返すと、どうやら自分の考えが合っていることに気がつく。

 他に行く当てもなかった俺は、どうせならとネコのパラボラアンテナ目がけて歩いていくのだった。



               ***



「――お、あれは……」


 屋台で立ち食いをしていた、一人の大柄な男と少年がいた。

 透明な雨除けの屋根から、排水スプリンクラーの水がちょっとした滝のように滴り落ちている。ドレッドパーマを後ろで結わい、剃り込みのあるツーブロックの髪型で褐色肌の大柄な男は、オリーブ色のミリタリージャケットを羽織りながら、屋台で出される串焼き肉を頬張っていた。


 逆に、灰色の髪の整った顔の少年は屋台で出される人造肉を辟易とした目で見ており、男が食べ終わるのをただただ退屈そうに待っていた。

 男の目は、いまやひとりの青年へと向けられており、青年の一挙一動を見逃さないよう注視していた。


「下層落ちの人間は、俺たちと違って日常生活に必要な服を着る、ねぇ……」


 歩き方を見るに、どうやらインナータイプの強化服や簡易防弾ベストを下に着込んでいるワケでもないらしい。本当にただの普段着だけを身にまとい、警戒心も何もないまま、まるでお散歩でもするかのようにこの下層の繁華街を歩いている。

 見てとれるほどの警戒心のなさが、青年のマヌケそうな雰囲気を作り出していた。


「おいおい、あんな様子だとすぐにスカベンジャーどもに殺されちまうぞ……」


 それは、この街では死を招く最悪な行為だ。路上で虎視眈々とスリや強盗を狙っているストリート連中は、すでにあの青年に目を付けているようだった。


 近年でもとくに最近、中層から下層へと降層処分をくらった者が、持っていた財布や高価な人工臓器を抜かれて死体で発見されている事件が増えているらしい。先日、中層で企業へのテロを企てていた組織を裏で支援していた者たち、もしくはその家族が摘発され軒並み下層へと降層処分となったことが原因らしいが……。


 男は青年を遠目から舐めまわすように観測した結果、彼の衰弱度は空腹によるものだろうと結論付ける。ときおり屋台を眺めているその姿は、まるで子どもがおもちゃ屋で欲しいおもちゃを指をくわえて見ることしかできないような、そんな情けなさを覚えたからだ。


 盗みを働くことすら考えないらしい。中層というのはずいぶんと平和ボケした場所だったのだろうと、思わずそんなことすら考えてしまう。

 だが、その対価として得た教養はいづれ役に立つはず。リスクに見合う先行投資だったかどうかは、まず話をしてみてからでも遅くないはずだ。

 そう考えた男は、まず青年に話しかけようとして――


「ありゃ、久方ぶりの当たりが来たかもしれねえな。ちと、ふらついてはいるが……って、おいおい! なんで自ら好んで人気のない場所に行きやがるんだ、あのバカは……‼ 」


 ――直後、青年があまりにもふらふらとした足取りのまま、まるで何かに取りつかれているような様子で裏路地へと入っていくのが見えた男は、思わず悪態をついた。

 すぐそのあとを、待ってましたと言わんばかりの様子で付いていく強盗目当ての連中を見て、男は思わず悲鳴を上げそうになった。

 どうやら、あれが死体で見つかるのも時間の問題らしい。


「早く行くぞ、でないとあいつがあぶねえ‼ 」


 男はすぐにでも走り出しそうな勢いのまま、そばにいた少年を呼んだ。

 だが、そばにいた少年は心底、嫌そうな顔をしたまま男を見上げるのだった。


「なあ、頼むよマジで。あとで晩飯、奢ってやるから……」

「……分かった……」


 そこでようやく、少年は重い腰をあげるようにして立ち上がった。

 男の左腕には心臓にまで到達するほどの幾何学模様の白いアザが伸びており、少年の体には背中全体に蜘蛛の巣のように根を張る白いアザが広がっていた。


 彼らはともに戦闘服のようなものを身に着けてはいるものの、所々、穴が開いていたり裾がほつれていたりと、万全とは決して言えないような装備をしていた。それでも背負っている銃器は紛れもない本物であり、雨でぬれて鈍色に光るソレは凶器としての存在感を放っていた。


「何があるか分からねえ、一応、殺しはナシで頼む」


 少年は、小さく頷くだけだった。



    ***



 先の大通りから離れ、すっかりあたりには生きているかさえ分からない倒れ込んだ人に、こちらを品定めするような粘つく視線を放つ座り込んだ人がいるだけの裏路地が広がっていた。


「…………」


 旧時代特有のプロペラ式ファンが、ゴウンゴウン、と重低音を響き渡らせながら回っている。近くには工場の排気ダクトからは悪臭に染まりきった空気を吐き出し続けて、お世辞にも清潔な空間とは言い難かった。


 また、それらも例外なくストリートアーティスト達の餌食にされており、白熱灯が持つ温かな暖色光に照らされながら、お互いの芸術を主張し合っていた。

 そんな光景をさも当たり前の光景だと言わんばかりに、黒ネコは狭く細い裏路地を抜けていく。大人が一人入るのにも苦労しそうな道幅を、ネコの背中を追いかけるようにして付いていく自分の姿は、きっとどうしようもないくらいに情けないのだろう。


 ――そのときだった。


 突如として後頭部に走った鈍痛と衝撃に、俺はいきなり殴り飛ばされた。

 無防備状態からの予期せぬ襲撃に、肺から圧搾された空気が口から吐き出され、顔面から水たまりへと突っ伏してしまう。うつ伏せになりながらも何とか顔を後ろへと向けると、来た道に棒状らしき何かを握っている者が立っていた。

 逆光でよく見えないが、ガタイからして男らしい。


『チッ、変な歩き方してっから、一発でボコせなかったじゃねーか』


 そいつは陰からぬるりと出るようにして、俺の立っていた場所に姿を現した。

 フルフェイス型のガスマスクにパーカーを目深に羽織り、なにやら極彩色の光源ガジェットを身にまといながら、持っている金属パイプをポンポンと軽く肩に打ちつける。

 これ以上ないほど、裏社会の住人の特徴を捉えた格好をした男だった。


 殴られた。


 そう気づくのに、俺は多少の時間を有した。

 まさかこんな街中で、なんで自分なんかを襲撃して、何も持ってないのに。そんな考えが頭の中で渦巻いている。

 いつのまにかネコは消えていなくなっており、あたりには周囲には殴打してきた男と同じような格好をした連中が、代わりに退路をふさぐようにして複数人立っていた。そしてそのなかの二人に、俺は見覚えがあった。錆びた金属でできたネコ型のヘルメットに、ウサギ型のヘルメット。



 マスクの奥に潜む粘つく欲望に駆られた目に、肉食獣が舌なめずりをするでもするようにして、しきりにこちらに近づいてくる。さらに追撃でもする気なのか、彼らは各々の武器を振り上げながら倒れたままの俺にゆっくりと歩いてきて――



 ――轟音。



 狭い路地だったこともあり、その音は反響して周囲のガラス窓にヒビを入れる。大砲や迫撃砲が直撃したような爆音は、スラム街全体に届くほどの勢いで轟くのだった。

 その直後、近くのトタン屋根の上に何やらひときわ大きな影が現れた。


「よぉ、間に合ったか――」


 その大男は、銃口から煙が出ている大型のアサルトライフルを躊躇なくこちらへと向けると、汚れの一切ない白い歯を豪快に覗かせたまま笑うのだった。


「俺の連れに、なんか用かよ」



    ***



 金品や生命を奪おうとした強盗と、突如として現れた第三者。その間に挟まれた俺は、もはや動くことさえなくなった体を壁に寄りかかったまま、うなだれているだけだった。


『いま、なんつった?』

「俺たちの連れになんか用かって言ったんだよ」


 どうやら後頭部が濡れる感覚からして、殴られた拍子に皮膚が切れたのかもしれない。のろのろと緩慢な動作でその部分を触れると、指が真っ赤な液体で染まるのだった。


『おまえの連れ? ハッ、嘘こけよ。こいつがなんで下層にいるのか知ってんのか?』


 ネコヘルメットが、威勢よく大男にアゴを突き出す。


『“下層落ち”だよ。こいつの仲間かは知らねえが、俺たちの改造銃器を使ってコーポなんぞに歯向かおうとしたからだ。それがどれだけ俺たちの首を絞めたか、分かってんのか?』


 意識が朦朧となっていく。

 視界はぼやけて揺れており、思考が水中にいるときのような鈍さを孕み始める。


「へー、違法銃器ねえ……。あの三ツ橋の一番嫌う自社武器の改造、ねえ……?」

『そ、そうだ。それの何が悪いんだよ』


 若干、狼狽したようすの強盗のひとりは、持っていた鉄パイプを大男へと向けて、ギャーギャーと喚きだす。それに対して、その大男は極めて冷静に判断していた。


『オ、オレたちはな……正式なスカベンジャーの一員だぞ? さっきの空砲だって、下手したら全面戦争ものだ。それともなんだ、オマエは下層の裏社会全部を敵に――』

「ああ、アト・フェムト……、そいつを連れてきてもらえるか?」


 直後、急に体が持ち上がり、次いでグンと上昇するようなGに内臓が下へと押しつけられる。視界から地面がいっきに遠ざかり、気づけば俺は、少年に担がれたまま大男のとなりにいるのだった。


「――助かる。……ま、俺たちがこいつをもらっていくのには変わりないからな」

『――――ッ、いつの間に……ッ‼ 』


 あまりにも小柄な少年に自分が担がれたのだという驚きと、なぜ大男がいた高所に自分が一瞬でいるのかという疑問が、朦朧とする頭の中を渦巻いている。出血が激しいのか、視界がだんだんと暗くなっていく。


「そういえばお前ら、何度も水道局員に賄賂を渡して、勝手に流れ着くチルドレンの素材やら金属やらを捌いて、闇市に流通もしていたよな?」

『そ、それが俺たちの食い扶持だからな……』

「ま、噂話もなんだが、今度の下層の水道局の局長は『三ツ橋』からの天下りらしいぞ。そいつは超右寄りの都市至上主義者らしくてな。お前らのような反都市組織が死ぬほど嫌いらしい」


 いまや手の届かない場所にいる俺を、強盗たちは憎たらしげな雰囲気のまま睨んでくる。


「こいつが当事者どもの親戚っつうことで降層処分だけで済んだならまだいい。なんせ直接は関わってないんだからな。だが、お前らは違う。コーポにテロした連中の武器の仕入れ先のルートが割れれば、お前らは間違いなく――」

 『『…………ッ』』


 その先の言葉を、薬で収縮した脳みそでも予想できたのだろう。苦虫を嚙み潰したような顔をヘルメットの下に浮かべているだろう気配が、彼らの間で流れている。


「……ま、これ以上なにかやらかして、『三ツ橋』の「開発部門」行きの検体にならなきゃいいなって話なだけだ」


 それをあえて口に出した大男は、やってやったぜと言わんばかりの笑みを浮かべたまま、彼らとは違う方向へと踵を返し、この場を去ろうとする。


「んじゃ、あばよ~」

『――――ッ、ちょっと待て……』


 それに気づいた強盗たちは慌てて止めに来ようとするが、気がつけば一瞬で、眼下で喚く彼らが豆粒のように小さくなるのだった。それが強化服による身体強化の賜物であることを、このときの俺はまだ知らない。

 担がれたままの俺の意識はいつのまにか途絶え、情けなく少年の肩に乗せられた俺は、どこかへと運ばれていくのだった。


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