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第6話 強盗のすゝめ(デジタル版)


 現在、旧東京爆心地跡から大量のチルドレンがあふれ出しているらしい。


 そのため、一般市民の外出禁止命令はもちろんのこと、ランクC以下の傭兵の都市外出禁止も出されることになった。今ごろセクター1や8の北側ゲートでは、旧東京爆心地跡から殺到するチルドレンと都市防衛課および区画治安維持部隊が攻防を繰り広げているころだろう。


 その余波はまれに、下層全域にまで伝わってくる。

 カタカタカタ、と机の上に置いてあったコップの水面が振動によって揺れる。どうやらまた、NMM都市が張り直したシールド装甲に何かが直撃したらしい。


『なァ、クロノ、オマエ少し仕事をしてみる気はナイカ?』

「……なんだ?」


 ディールが唐突に、手術台に座りながら義手の調整をする俺に話しかけてくる。

 薬液ボトルの近くで、一匹のハエが自由気ままに飛んでいる。酸味の効いた臭いがする。


『なに、ちとグレーな仕事ダガ、お前ら傭兵の力が必要な仕事ダ。最下層にある裏ブロック地区に、人手を欲しがってるやつがいてナ。稼ぎは観測塔での依頼の日当の三倍以上だ。どうだ、やってみる気はないカ?』

「結構だ。他をあたってくれ」


 ディールの誘いを、俺は間髪入れずに拒否した。


 当たり前だ。誰があんな治安の悪い最下層に行かなければならないのか。

 しかも、このスタンピードが発生したかもしれないというタイミングで依頼を出すやつらなど、ほとんどが反都市勢力と呼ばれる者たちだろう。


 麻薬カルテル、スカベンジャー、下層解放戦線。

 都市に登録されていない中小企業もどき、個人ネットから口座をハックする詐欺師たち。


 正規の企業ではないのだから、やつらが依頼金を出す保証などなく、ある程度安全が確立された依頼なわけでもない。そんないかにもヤバイやつらの出す依頼を、なぜ、ほいほいと受けると思うのか。俺は蔑むような目をディールへと向けた。


『まあ、話を聞イテくれ。そう悪い話じゃないンダ』

「黙れ、詐欺師や犯罪者はみんなそう言うんだ。どうせ、またフェイクフルーツの密売取引現場の護衛だとか、スカベンジャーのこの都市の設備の違法解体の見張り役だとか、そういうことをやらせる気なんだろ。――断る。まともな仕事なら受けるが、そんな犯罪まがいのことで手を汚すつもりはないぞ」

『まぁまァ、そう早まるなっテ……。これでも都市内部では、かなり良い部類の飯のタネなんダカラ……』


 ディールがカマキリのような義眼を動かしながら、とある依頼文をウィンドウ表示させると、情報共有システムを使ってそれを投げてくる。あいもかわらず、ディールはノイズのひどい人工声帯を使っているらしく、聞き取りづらい。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【一般依頼】

  ちょっと妥け、地下でお掃除してみまsんか?


[目標]

  掃除を手伝ってしょしい


[依頼難易度]

  カテゴリー2・適正ランク「F」


[目的地]

  せくたーろくのチカ


[空間Q粒子濃度]

  たふん、ない?


[報酬金]

  コテイQってやつ、たぶん払ゥ


[依頼主 スカジ、ャンめーかー]

 そのぉ、下水道を歩いていたら、足音が聞こえたんですヨ。それがァ、なんかァ、ぴちゃぴちゃって鳴っててぇ。チルドレンかなって。怖いよぉ。そういうわけで、お掃除をぼくらスカべ、……じゃなかった、ぼくらはみさなまのおmちして緒――

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 文章はそこで途切れている。依頼分はまるで、めんどくさくて仕方がないとばかりに()()()()したような歪な文章だった。


『スタンピード。たしか、今ごろはセクター1と8の主要ゲートにて防衛線が敷かれているンだったカ。つい数時間前に、ひときわ大きな衝撃があったダロ? そのせいで、ここセクター6の最下層部分にもチルドレンの侵入報告があるラシイ。それを狩るだけのお仕事ダ。――どうだ、興味湧いてきたダロ?』


 手術室は地下にあるせいか、どこか澱んだ空気が流れている。空調システムのダクトからは、常にゴウンゴウンと異音が鳴っている。俺はディールの戯言たわごとを、いかにも嫌そうな顔をしながら聞き流す。


「つまりは、運悪く都市の中に侵入してしまったという()()のチルドレンを狩りたいのでご協力お願いします、ってか。やっぱり違法行為の片棒を担がせる気じゃないか。どうせ、穴でも開けておびき寄せたやつなんだろうに」


『まァ待て、この依頼はNMM都市傭兵課(ギルド)のサイトに投稿されたものだ。他のジョブコネクト系民間サイトとはワケが違う。名義こそ違えど、ここに乗せるってことはそれなりに腹をくくってる証拠ダカラナ』


 たしかに、よくよく見てみると依頼主の部分が聞いたこともないような企業の名前になっており、俺はさらに眉の角度を上昇させて訝しげな表情をする。


『反都市勢力も、最下層の住人も、本来デあればNMM都市政府にとっては好ましく思われてナイ存在なワケダ。だから、こうして都市のシステムやサービスを使うには、別名義の企業や個人データが必要になる。……とはイエ、それはNMM都市政府も理解してイル。……した上で、それを黙認しているってコトダナ』


「多重債務者の個人データで作った架空の企業名で、まんまと網にかかったカモをおびき寄せようとしているようにも聞こえるんだが……」


 手術室にも関わらず、無影灯はあいかわらず無機質な光を放っている。

 どこから湧いたのか、何匹かの蛾が光につられて無影灯に群がっている。


『そうは言ってもダナ。今回ばかりハ、スタンピード恒例のイベントみたいなものダカラ、そう警戒することもナイダロウ。集合場所は、セクター6部分の最下層にある廃棄された地下ターミナル、スカベンジャーたちの本拠地ダ。そこに銀杏の木が一本だけだが生えテル。そこに行ケ――』


 いつのまにか、自分が仕事を受ける前提で話が進んでいることに多少の苛立ちを感じながらも、俺は聞き返さずにはいられなかった。


「木なんてあるのか、こんなネオンの街に……」


 植物なんてものは、エイドフェイカーの成体および極度の侵蝕耐性を獲得した種だけが、特殊森林区域にのみ生えているもののはずだ。

 木材はいまや、特殊森林区域にチルドレンと戦いながら伐採されたものがわずかに流通するのみで、間違ってもこんなドブと汚水と腐臭のする下層に生えているはずはあるまい。


 ディールも俺と同じ考えを持っていたのか、しきりにカマキリのような顔を小刻みに動かしながら、複眼の義眼を瞬かせた。


『この下層にもあるんダ、一本だけナ。……最下層のさらに奥に、スカベンジャーが昔から大事にしてる銀杏(イチョウ)の木がアル。地下ターミナルのような空間に、天井すべてが擬似陽光パネルになっている場所ダ。そこが今回の集合地点に指定されているラシイ』


「よくもまあ盗まれないもんだ。しかもスカベンジャーって資源の再利用だとか叫んで、喜んで木を切り倒そうとする連中なのに……」


 スカベンジャー。

 またの名を、廃品回収業者。


 廃品と決めつければ、すぐにでも破壊・解体・回収する彼らの金銭への飢えは、生半可なものではない。だからこそ、その本拠地にまっさきに金になるものが生えているというのは、どうにも矛盾しているようにも感じた。


『汚水をどれだけ吸ってモ、Q粒子にどれだけ漂白されそうになってモ、その木だけは腐らなかッタ。要はスカベンジャーにとってのシンボルのようなものだ。雑草スラ生えないこの下層において、大災害以前のような樹木ってのは希少なんダヨ。いまや植物や木って言ったら、ほとんどが濃酸素ぶちまけるだけのエイド・フェイカーの成体だからナ』


「……たかが植物なんてものを、あのスカベンジャーのやつらが大事にするとも思えないんだが。……植物ってのは、中層のちょっと金に余裕のあるやつが窓際に飾りとして置くもののはずだ。なんで天然ものなんか、わざわざ……」


 強烈な違和感を覚えずにはいられなかった。

 だが、同時になぜ彼らがそんなものを育てているのか、俺はどうにも気になりはじめていた。


『正確には、いまのスカベンジャーを纏めてきた初代団長が、その銀杏イチョウの樹木にゾッコンなんダガナ。……噂によると義体化もしてないもんだから、もうまともに喋れないくらいにはボケてしまっているラシイガ』


「……っ、てことはもう二百年は生きてるじゃないか。長生きだな……」


『元々は、そのリーダーの老婆が持っていた個人資産なんだが、NMM都市の建設と同じくして植えられた木ダカラナ。他のよりも数段サイズが大きイ。とはいえ、スカベンジャーも一枚岩ではないカラ、伐採したがるやつらもいるラシイガ』



【■■■■■■、□□□□――】



「いッ――」


 瞬間、左目がズキンと痛んだ。

 左目を抑えていると、耳鳴りが近づいてくるのが分かった。


 何かがまぶたの裏にちらつく。

 白い大地に、青い空、誰かの顔。

 誰だ、この子は。


 俺は、目の前の子どもに、何かを渡して――



『――平気カ?』



 直後、ディールが無機質な表情のまま話かけてくるのが見えた。

 すると、あれだけ暴れていた痛みがいっきに引いていき、やがて耳鳴りもどこかへと去ってしまった。俺は顔を抑えるのをやめると、さっきの情景もどこかへと消えてしまうのだった。


「…………、……大丈夫だ、すこしめまいがしただけで……」


 初代スカベンジャー団長、老婆、NMM都市の建設、同時期に植えられた木。

 傭兵でさえなければ平均寿命が百年を優に超える世界においても、二百歳はかなりの長寿と言えるだろう。


『神聖さや神秘さは人が見出すものダ。起源がどんなものでアレ、彼らはその木に拠り所を見出シタ。どんな暗闇デあってモ、ヒトは光を自分で灯スってことダ。……集合時間は「22時」ジャストだ、遅れるなヨ』


 俺は義手のコードをアダプターに差し直すと、肘あたりにビリッと微弱な電気が流れたのを感じた。ついでに右手の平を見てみるとメカ・ケロイドの跡がいくぶんがマシになっている。これでまた寿命を水増しできたらしい。


「……こんな街に昼夜なんてないだろ、バカバカしい……」


 俺は左手を振って空中に現実拡張機能で操作盤を出すと、視界の端で時刻が表示されたウィンドウを拡張表示する。時刻はすでに「21時」を過ぎている。


『受けてクレルカ?』

「……別にディールのためじゃない。ただ、すこし気になったことがあったから、それを確認しに行くだけだ。傭兵も神なんて信仰しない。信じるのは自分の腕と、手に入れた情報と、仕事で儲けた金だけだ」

『ソレナラ、イイ。ソレデイイ――』


 周囲の漂白地帯の気温が急激に下がり始めたからか、この下層の地下街も相当に冷え込んできている。今から最下層に潜るともなれば、さらに気温が下がることを覚悟しなければならないだろう。


 都市の深層において、昼夜は光ではなく「温度」で感じるものだ。

 寒ければ動きづらい。そのためネオンの総量は変わらずとも、夜の寒さで下層の路地を歩くひとの量は減っていく。治安はさらに悪くなる。


 ディールが一通りの仕事が終わったとばかりに、()()()()()()()暖房を軽くつけると、音だけのあくびをかました。


 俺は手術台から降りると、ジャケットを羽織ってはステラはどこにいたかと部屋の中を見回す。

 すると、ホコリの積もったソファーの上に、ステラは膝に顔を埋めるようにして座っているのが確認できた。


 寝ているのだろうか。

 そろりそろりと音を立てずに近づいていき、ぽんぽんとステラの肩を軽くゆする。すると、ステラはすこし驚いたようにして顔を上げたあと、俺の顔を見て安心したような顔をした。


「悪いな、起こしちゃって。……寝たかったら、まだ寝てていいよ」

「……ううん、いいの。もう起きたから……」


 ステラは慌ててふるふると首を左右に振って眠気を飛ばすと、にぱーと口角を上げた。俺はステラの髪先と瞳が緑色であることを確認すると、意を決したようにして口を開く。


「ワケあって、最下層に潜ることになった。……今からだ。たぶん今夜は徹夜になる。だから、帰れるのは明日の早朝になると思う」

「……えっ、最下層に行くの……?」


 俺がそう言うと、ステラは不安そうな表情を浮かべた。

 それもそうだろう。なにせ、深夜の最下層ほどこの世で治安の悪い場所はない。すこし気を抜けば、道端に座り込む男たちに目をつけられ、銃を突きつけられる。それに下層に降りるとき、ステラには行かないと言ってしまった。


「前言撤回だ、金がないからな。スカベンジャーの本拠地に行くことになった。汚い仕事だとは思うが、選り好みできる立場でもない。それに、すこし気になることもあってな……」

「…………」

「せっかく下層に降りてきたんだ。これだけのことで、あんな高い運賃をもう一度支払いたくない。できればもっと、」


 だったら最初から下層に住めという話なのだが、俺にはもう、死んでいった仲間たちの面影が残る街並みからを直視するようなことはしたくはなかった。できるだけこの街から距離を離して、何もかも忘れようと白状にも思ったから、中層へと上がっのだ。


 本当ならば、エクサやアトの痕跡の残るこの医院にだって来たくはない。ただ、顔なじみで安くしてもらえるから通っているだけ。本当にそれだけなのだ。


「忘れたい記憶ばかり消せれば、あんなノイズでもすこしは役に立つのにな……」


 俺はボソリと愚痴を吐くと、いまだ心配そうな顔をするステラを連れて医院を出た。


 目指すは最下層にあるとされる銀杏イチョウの木とやらだ。ディールがいつのまにか簡易通信で送ってきたデータによると、セクター6にある廃棄された地下ターミナルへの階段を降りていけば、そこにたどり着くらしい。


 俺は妙な胸騒ぎがするのを抑えながらも、突撃銃のスリングを肩にまわして、最下層のさらに最奥へと歩きだした。

 ネオンの街に根を下ろす、銀杏の木とやらを目指して――。



          ***



「……ね、オーナーはわたしのことどのくらい大事?」


 最下層、裏ブロック地区へと降りていく間、ステラがいきなりそんなことを言いだした。


 すでにあたりに人通りはなく、街灯もかなり少なくなってきている。閑散としたシャッター街とでも言えばいいのだろうか。周囲の建物にはすべて落書きにまみれたシャッターが下りており、長らく動かしていないのか蛇腹状の溝にはホコリがたまっている。


 そんな肌寒い無人の路地にはシャッター以外にも、本来であれば広告が映っていただろう液晶パネルが一定間隔で設置されており、画面が割れて電源が落とされたそれらの間を俺とステラは横並びで歩いていくのだった。


 ステラが猫耳アンテナユニットをぴくぴくと動かしている。

 簡易レーダーによる周囲の生体反応はないらしい。


「まあ、仲間が死んだら辛いかな。今度ばかりは、本当に……」

「…………っ! そ、それって、プ、プ、プロポ――」


 ステラが飛躍した思考のせいか、挙動不審な動きをする。目の色を変えながら、照れるような、恥ずかしがるような仕草をしている。目の色を変えるというのは文字通り、瞳の色が緑色から赤色になったり、黄色に変化しているのだ。


 ステラの髪の毛はウィッグのような合成繊維に、LEDのような光繊維をナノレベルで組み合わせものだ。アンドロイドや義体者問わず、義体に装着された髪は、基本色は異なれどだいたい光っている。誤射防止用と炉心温度の確認を兼ねているらしいが、そんな理由があってもゲーミングPCのように感じてしまう。

 瞳の色を変化させるたび、ぼんやりとした光を髪先から放つステラを横目に、俺は自分の黒くくすんだ色をした前髪をいじった。


「仲間が死ぬ経験なんてもうこりごりだからな。前は瀬戸際で耐えられたけど、次はダメだろうなって話なだけだ。他意はないよ」


 普段であれば階段で群れている人相の悪い者たちも、寒さでどこかへと去ってしまったらしい。夜に外を出歩くこと自体あまり経験がないのだが、まだよいの口にも関わらず、下層の路地での人通りは少ない。というよりもヒト一人いなかった。


 そのせいか、俺たちの歩く足音がやけに響く。

 普段人がいる場所に人の気配がないだけでこうも不気味な空間へと変わるのかと、焦燥感にも似た何かを覚えてしまう。


 中心部近くの歓楽街であれば賑わっているのだろうが、ここはセクター6の外周付近の人口散在区画だ。

 どこかのマッドサイエンティストの飼っていた怪物が出たっておかしくはない。


 俺は肩にまわした突撃銃『ALEPH.45‐A3』のストックの位置を確かめると、皮膚とこすれて乾いた音のする手元を見下ろした。


「……で、でも、わたしはアンドロイドだから死なないよ。仮想訓練もいっぱいした。だから、オーナーだっていざとなれば守れるし、大丈夫だよ!」


 ステラは左腰に携えた機械刀の鞘を握り締め、右手でぐっと拳をつくると、きらきらとした目で自らの安全性を力説した。仮想訓練というのは、おそらく俺が施設で経験したものと似たようなものなのだろう。


 ステラが元々どこから来たのかなどの過去は聞いたことはないし、俺もまた自らの過去を話したことがない。お互いに素性を知らず、それでも一緒に住んでいるというチグハグさを誤魔化しているうちに、気づけば一年経ってしまった。

 俺は頬を義手でぼりぼりとかくと、反対側の手でステラの頭に手をのせた。


「分かったから、探知スキャンは怠るなよ。俺ひとりだと、万が一、強盗に奇襲でもされれば予測できない」


 そう言って頭をなでると、やはりステラは幸せそうな顔をするのだった。


(まぁ、あいつらのこともほとんど知らないままだったしな……)


 義肢の左手で首にかかる銃弾のペンダントを服の上から確かめると、俺はその手を再びジャケットのポケットへと突っ込んだ。


 これ以上はなにも言うまい。

 言う必要もない。



 ――そう思った、そのときだった。



 視界の端で展開されている3D図のQADスコープに、新たに三つの青い点が表示された。

 ディスプレイに映る青い点は、いずれもQ粒子を帯びていない生物の反応だ。赤い点ではないということはチルドレンではない。となれば、この場合はおそらく人間だろう。


 三つの青い点は互いに集まって談笑しているわけでもなく、別々の路地でじっと動かないままだ。


 路上生活者であれば、最下層の排気ダクトあたりに暖を取りに行くはず。まだ、落書きに勤しむストリートキッズがいるような深夜でもない。そしてなにより、路地に隠れてこちらを伺うようにしてとどまっているということは――


「ステラ、後ろも……」

「うん、わかってる」


 ステラが軽やかなステップで「360度」義体を回転させると、どうやら俺たちの後ろにも二つの青い点がゆっくりと近づいてきているのが分かった。ためしに後ろを見てみると、何食わぬ顔でポケットに手を突っ込んだ男が二人、こちらへと近づいてきている。


(……囲まれたか……)


 一人は音楽でも聴いているのかリズムのおかしい歩調で口笛を吹きながら、一人は黙々と明後日の方向を眺めながらこちらへと歩いてくる。まだ距離は遠いが、二人の男たちはどこか変な空気をまとっていた。


 俺はこの都市に来たときのことを思い出しながら、肩にぶら下げている突撃銃の皮紐をかけなおした。

 スカベンジャーに殴られた記憶が脳裏をよぎり、俺はしかめっ面のままポケットから左手を抜いた。そして――



「――――ッ!!」



 俺は後ろの腰から自動拳銃を抜くと、それを前方で男が隠れているだろう場所に銃口を向けて引き金を引いた。ガァン、ガァン――!! と、ハンドガンにしては重い銃声が下層の街に鳴り響いていく。


 後ろから迫ってきていた男たちが、ギョッとした表情で近くの物陰に隠れるのが分かった。


 先手必勝とばかりに放たれた一発目の銃弾は、寸分たがわず待ち伏せをしていた男たちの近くに直立していた、落書きまみれの道路反射鏡の鏡面にブチあたった。もう一発は、カーブミラー本体の胴体部分に掠ったのか盛大な火花を散らす。



「バカがッ、なんで傭兵を襲おうと思った! 武装してないとでも思ったのか!?」



 俺は叫び慣れていない声でそう言うと、さらに二回テキトーな場所に引き金を絞り、硝煙漂う拳銃を抱きながらステラと近くの脇道へと飛び込んだ。


 人を殺す気はない。


 ただ、相手にとって「手を出せばタダでは済まない」という脅威を示せればいい。

 彼らには自分の命を賭けてまで、脅威と認識した相手と銃撃戦をやるほどの度胸はないはず。そう思っての行動だった。


「ステラ、レーダーを……」


 ステラは金属製の武骨な猫耳アンテナに手をあてながら、目を閉じて音を聞くようにして耳をすませている。

 すると予感は当たり、QADスコープに映る青い点はすべてその場で戸惑ったようにして震えると、やがてじりじりとレーダーの探知圏外へと引いていくのだった。


「よかった、どっか行ったみたい」


 アンテナユニットをぴくぴくと動かしながら、ステラは安心したようにして目を開けた。俺は腰のポーチから水筒を取り出すと――急に怒鳴ったせいか声帯あたりが渇くのを――その中身を飲むことで間に合わせる。


「うっ、げほっげほっ、やっぱり叫んだりするもんじゃないな。喉が痛いや」

「……オーナーも早く人工声帯に変えられるといいね。……そしたら大声だって出せるし、他の人の声だって真似できるのに……」

「…………」


 ステラが両手を握ってふんすと息を出しながら、どこまでも実直な瞳で俺を見つめてくる。

 どうやらステラにとっては、タンパク質製の人体よりも、機械の体である義体の方が便利かつ価値が高いという認識らしい。俺はそのことを否定できずに、ぽりぽりと頬をかきながら立ち上がった。


「高性能な人工声帯は高いからなぁ。いまの収入だときついかな。変な安物でも入れようものなら、ディールみたいなガラガラ声になる。人体に直接つける癒着ガジェットは、どれだけ金が無くてもケチっちゃだめだ」


 安易かつ分かりやすい嘘だった。

 本音を言うのであれば、体に機械なんて入れたくはない。だが、この世界では何かを削った者ほど強くなれる。やがて削りきった後に何が残るのかなんて、考えたくもなかった。


 俺がそう答えてから水筒をポーチに戻そうとすると、ステラが物欲しげな目でそれを追っていることに気づいた。


「飲むか?」

「……いいの?」

「ああ、もちろん」


 驚いたような表情をステラを横目に、俺は水筒をポーチにしまうと、続けて点滴のようなパックを取り出した。


「はい、予備のエネルギーパック。――安いやつだけど、これで我慢してくれ」


 水ではない水色の液体が入ったパックを渡すと、案の定、ステラはこれじゃないと言いたげな顔をするのだった。渋々といった感じにステラはパックのキャップを開けると、中の水色の液体にすこし口をつけただけで、それをこちらへと返してくる。


 俺は弾数の減ったマガジンに弾の補給をしようと、輪ゴムで雑にまとめられた予備の銃弾を取り出すと四つだけ弾を取り外した。パチン、パチンと軽快な音とともに実弾を詰め込んでいき、やがてマガジンを装填すると後ろ腰のホルスターに突っ込んだ。


「あれ、もう飲まないのか?」

「……うん、いい。いらない……」


 予想通り不機嫌そうな反応と中身の減っていないパックが返ってくるのを、俺は内心申し訳ないような気持ちで受け取るのだった。

 俺はパックと予備の銃弾をポーチに突っ込むと、再び狭い路地から顔を出してシャッター街のような路地を見渡した。


 CSSスコープに反応はない。彼らが高価な光学迷彩ユニットやレーダーをかわすためのカモフラージュ装備を持っているとは思えないが、それでも人を集めて戻ってくる可能性だってある。どちらにせよ、急ぐに越したことはないだろう。


「集合場所まで近いし、そろそろ行こうか」

「…………」


 普段ならば返事のひとつやふたつあるのに対して、今回ばかりはステラは露骨に口をへの字にしている。俺はそれに気づかないふりをしながら、首をステラとは逆の方向へと曲げ続ける。


「ただの水なら、義体にも影響ないのに……」


 今度ばかりは本当に聞こえない声量でステラが何かを言った気がしたが、俺は冷や汗を流しながら必死で話題を変えようと試みる。


「そ、そうだ、ステラ、その機械刀はちゃんと使えるのか? ……ほら、加熱式は刃こぼれしやすいって聞くし、手入れをきちんとしないと壊れ――」

「やってます。べつに、オーナーが見ないところでも動作確認くらいしてます」


 すこしぶすっとした声でステラは左腰の機械刀を抜くと、手元のスイッチをオンにした。すると刃が電気ストーブのように赤くなりはじめ、三秒とたたずに熱を放ちはじめる。薄暗い路地で、赤い刃とステラの緑色の瞳がぼんやりと光を放っている。


「……いくじなし……」


 ヴッ、なんだろう、無言の圧力を感じる。

 後頭部にぶっ刺さる視線を感じながらも、ステラから逃げるようにして俺はシャッター街の路地へと戻った。


 QADスコープによって、周囲に人がいないことは確認済みだ。

 もうすぐ約束の「22時」が近づいてきている。急がなければ間に合わないかもしれない。そんなことを思いながら歩きだすと、ステラもスイッチを切った刀を鞘に納めて、俺の隣に来るのだった。


 しばらく歩いていくと、向こうからやたらとノイズの走る液晶パネルが四枚、四方に設置されているのが分かった。脇の路地を見ると、青い点があった地点にはタバコの吸い殻が何本か落ちている。どうやら待ち伏せていたやつらはここにいたらしい。


「ステラ、一応、『CLOSED』状態にできるか……」

「……オフライン状態に? いいけど、なんで……」

「すぐに分かるよ」


 嫌な予感がしたので、俺はすべての脳内インプラントおよびメカデバイスのオフライン化をしてから、四方のパネルの向き合う中心へと足を踏み入れていく。


 そして四方を液晶パネルに囲まれた、その瞬間――、すべてのパネルに凄まじい量の広告ページへと繋がる強制リンクがいっきに展開された。そのせいで、視界をとんでもない量の広告ページで埋め尽くされて――


「…………」

「…………」


 ――とはならなかった。


 事前にメカデバイスをオフライン状態にしていたため、そうした強制的に読み込まれるはずのリンクはすべて不発に終わった。ジジ、ジ、ジジ――、と液晶パネルにはノイズが走るだけで、意図的に四方に設置されていたそれは強盗たちにとっての罠だったらしい。


 改めてノイズの走る液晶パネルをまじまじと観察してみる。


 これだけの量の広告リンクであれば、ブロッカーを積んだ獲物の視界すべてを埋め尽くすとまではいかずとも、脳核に高負荷をかけて処理熱で重くすることくらいは造作もないことだろう。


 どうやら待ち伏せていたやつらは、これで身動きができなくなったやつを誘拐するなり殺すなりして、金を得る作戦だったらしい。たしかに、これでは単に街中にある広告パネルと変わらないため、区画治安維持隊が摘発しようにも見分けがつかない。極めて手軽かつグレーな手法だ。


「これは、知ってないと躱せないよな……」


 とはいえ、もうこの都市に来たばかりの無知で無力な自分ではないのだ。今なら鉄パイプで殴りかかってきた者がいても、数人程度であれば対処できるだろう。



 義体には大きく分けて三つのモードがある。


 ひとつは『DIVE』と呼ばれる深部ネットワークへの潜水状態、ひとつは『OPEN』と呼ばれる外部ネットワークとの常時接続状態、ひとつは『CLOSED』と呼ばれる外部ネットワークとの常時遮断状態である。


【電子減圧症】


 それは電子ネット深部へと潜るにつれて、加圧段階で発症する高圧神経症候群のひとつだ。

 めまいや吐気、重症化すると痙攣発作を起こしたりもするらしい。もっとも、ダイバーと呼ばれる特殊な脳核を備えた義体者でなければダイブ自体ができないため、義体化していない俺には一ミリも関係のない話なのだが。


 逆に、そのことを恐れて常に『CLOSED』状態で殻に閉じこもるやつのことを「ヤドカリ野郎」と呼ぶスラングもあるらしい。三百年前の腰抜けを「チキン野郎」と呼ぶのと似たようなものなのだろうか。



 なんだか自分の成長を実感できたようで、勝手に気分が高揚してしまった。

 こういう慢心が仲間を殺すのだと内心反省すると、俺は頭を左右に振った。


「引っかからなくて何よりだ。……そろそろ目的地も近い。気を抜かずに行こう……」

「――うん!」


 やがて現れた地下ターミナルへの階段を、俺たちは一歩ずつ確かめるようにして降りていくのだった。


「道路反射鏡」=「カーブミラー」

よく道路の脇にあるオレンジ色のやつです。


「CLOSED」

要は機械人間版のスマホの「機内モード」です。


【QAD(Q-mechanic Anomaly Detector)スコープ】

レーダーによって捕えた生体反応、もしくはチルドレンの位置座標を映すディスプレイ盤のこと。対象をXYZ軸での位置情報を簡易表示する。

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