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第30話 ラック・ジェフティー


【最下層】

 ――――裏ブロック地区にて――――



「追え、追え――ッ!」

「いたぞ、あいつだ、ぶっ殺せェ!!」


 背後から複数人の男たちがドタドタと走ってくる足音が聞こえてくる。

 ひっきりなしに怒号と銃声が響いてきては、すぐ横の空間を銃弾が掠めていく。そのたびに狭い路地に銃弾が当たったであろう火花が散り、採掘用の簡素な照明が割れる。


 それでも、白いフード付きのパーカーを羽織った青年は強化服でも着ているのか、颯爽と障害物をパルクールでもするように乗り越えていく。ときに巨大なパイプを乗り越え、ときに鉄骨の積み重なる放置された建設現場を昇っていく。


 彼の手には記録媒体のような小さなメモリーが抱えられており、追手の男たちはそれを取り返すために奔走しているらしい。だが、パーカーを羽織った青年の逃げ足はすさまじく、あっという間に追手を撒いてしまうのだった。


 青年は武装をしていなかった。簡単な自衛用の拳銃すら持っていない。


 本来であれば、そんな格好で最下層の裏ブロック地区をうろつけば一瞬でスカベンジャーたちに恐喝されて殺されるのがオチだろう。だが、彼には他とは比べものにならないほどの逃走スキルと、ひとつだけ特別な技能があった。


『オッと、危ない危ない』


 青年は裏路地でそう呟きながら立ち止まり、一見すると誰もいない路地を警戒しながら、身をひそめた。室外機の陰に隠れながら、やがて来るだろうそれを待つ。すると――


「いたか!?」

「いや、こっちにはいないぞ!!」


 どうやら先回りしていた男たちの仲間がいたらしい。

 スカベンジャーらしく、全員が動物をモチーフに作られたフルフェイス型のヘルメットをかぶっている。彼らは物騒にも銃を振り回し、ドタドタと息を切らして走ってきては、しきりに辺りを見渡している。

 だが、裏路地で暗闇と同化した青年を見つけることはできなかったらしい。


「となれば、あっちの通路か。めんどくせェ」

「チッ、とんだ無駄足だったぜ」


 彼らはぶつくさと文句を言いながら、すぐに、またどこかへと走っていく。

 タイミングといい、おそらくは逃走経路の絞り込みと、速度計算による接敵時間の予測がされている。ということは、彼らのバックには有能なAIがいるということ。そのことに、ふう、と意味もなく声でため息を表現しながら、青年は上を向き、口笛を声帯スピーカーから流す。


『助かったよ。キミの目をすこし借りさせてもらった』


 すると、近くの家屋から一匹の三毛猫が、にゃあ、と青年の近くへとすり寄ってくる。だが、その猫の眼球にはカメラのような、機械部品を思わせる配線がちらついていた。どうやらこの猫は、どこかの家で飼われているペットロボらしい。


 青年は猫をすこし撫でたあと、すぐに立ち上がって近くの監視カメラや通行人の目を覗き見ては、追手がいないことを確認して走り出す。


 青年の視界には、絶えず最下層全域のあらゆるカメラの映像が映っていた。

 そのほとんどに追手の男たちが奔走しているのが見え、青年は心底スカベンジャーの組織力にめんどくさいなとため息で表現する。


『人海戦術ってのハ、どうしてこうも厄介なんダか……』


 個であり群とはまさにこのことか。

 青年は盗み出したものを再度確認しては、これを何としても追手のやつらに奪われるわけにはいかないと気を引き締める。


 すると、ふと、青年の体から『ホホゥ』と何かの鳴き声がした。

 青年は微笑みながらパーカーの下で動くそれを外に出すと、黒々とした目に真っ白な体をした何かは現れた。

 それは一羽のフクロウだった。

 どうやら猫と同じくペットロボの類らしい。

 違うところといえば、フクロウは青年の庇護下にいるということか。


『チャッピー、今回も頼みたいんだけど、いいか』


 青年がそう言うと、フクロウは再度『ホホゥ』と鳴きながら翼を広げた。

 裏路地には低い背の家屋と廃墟との間に、無数の洗濯用ロープが垂れ下がっている。まるでスパイ映画の赤外線センサーのようだが、中型の鳥サイズであれば難なく脱出できるだろう。


『下層を上から見下ろせる高度で巡回してくれればいい。――よし、行けッ!』


 先の銃撃戦で内部装置に故障がないか確かめると、青年は腕を大きく振ってフクロウを飛び立たせた。

 機械製の鳥だけあって、通常の鳥の羽ばたきだけでは重くて飛行できないため、尻の部分に小さなロケット噴射装置が仕込まれているのはご愛嬌というやつだろう。


 フクロウは青い尾を引きながらどこかへと飛んでいく。

 それは傍から見れば、下層という泥の池から白い鳥が飛び立ったようだった。


 青年はフクロウの尾の青色を見上げながら、次は自分の番だとばかりに脱出経路の再計算をはじめる。

 手に持ったメモリー媒体を握り締めながら、脳内で相手の予測演算AIの裏をかくように、こめかみに指をあてて経路を再度確認する。


『色彩はあんなやつらに使われちゃいけない。人の心は、いつの時代も人が作り上げるべきものだ』


 無機質な機械音声を、精一杯人間の肉声に近づけようと努力しながら、青年はそう言った。

 だが、どんな機械音声にもノイズは混ざるものだ。人間の聴覚ではもはや聞き取れなくなったノイズにも、青年は気がついては肩を落とす。


 機械の声が人間に近づけば近づくほど、義体の性能が上がれば上がるほど、同時にそれが偽物であることに気がついてしまう。


『そうだろ、月庵……』


 それも仕方のないことだろう。

 なぜなら彼は人間ではないのだから。


 彼の名は「ラック・ジェフティー」――巷では「ラック」などと呼ばれている。

 青年の顔はブラウン管テレビのような箱型モニターに映るピクセル状のエモティコンだけで、黄色い顔はひっきりなしに彼の心情の変化を表していた。



 青年は再び裏路地へと入ると、暗闇に紛れるようにして走っていく。

 その心臓ポンプは乱れることなく、常に一定のリズムで動いていた。



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