第11.5話 訓練〈知識〉
「チルドレンは基本的に縄張り争いをしている」
教官の後ろの《ホワイトボード》にポコンと軽快な音とともに、「おぺらきゃっと」というひらがなとデフォルメされた謎の生物のイラストが映しだされる。
口元が血まみれの虎っぽい外見のそいつは、俺があの地下施設から逃げだすときに出会ったチルドレンらしく、コミカルな映像もCGか何かで作られたものらしい。人形劇のときの後ろにある木の板で作られたハリボテの廃墟群の中で、“おぺらきゃっと”たちは他の仲間とともに群れを形成している。
そこに「ごあどっぐ」というカーソルをつけた犬っぽい別種の新生物がやってくる。
“おぺらきゃっと”たちは群れでその“ごあどっぐ”を攻撃すると、その犬もどきはキャンキャンと鳴きながらどこかへと行ってしまった。
これが教官の言う縄張り争いらしい。
「ただし、極稀に廃墟群などの深部で、突然変異のように異常な量のQ粒子を体内に蓄積し、生まれてくる新生物がいる。それがレベル5だ」
直後、“おぺらきゃっと”たちの住むコロニーに、「???」とカーソルのつけられた黒い塊のようなものが出現する。
「???」は“おぺらきゃっと”を次々に嬲り殺していくと、残った“おぺらきゃっと”たちは縄張りを捨てて逃げだすのだった。
黒い塊が死骸を捕食していくと、カーソルがしだいに「???」から「レベル5」へと変わっていく。その伴い、黒い塊のサイズも一回り大きくなったような気がした。
「そして、レベル5が出現したときだけ、なぜか、チルドレンはそこそこ訓練された軍隊並みに統率され、チルドレンの集団は波となって人間の集落へと雪崩れ込む。それが一般的に大皆蝕と呼ばれている現象だ。……侮るなよ。スタンピードの恐ろしさは数の暴力にあるんだからな」
すると、黒い塊が咆哮のようなものを放ち、周囲に潜んでいたチルドレンを煽動していく。彼らはみな、レベル5に近い個体からその瞳を紫色にギラつかせて、近くの人間の集落を襲っているようだった。
暖をとるためのドラム缶から発生した火事は、すぐに集落全体を丸ごと呑み込むほどの規模へと膨れあがった。
「月庵研究室が出した仮説によると、レベル5が集団の脳として機能するからなのだとか。だが、人間の殺戮という目的は判明していても、彼らを統率する手段までは明らかになっていない。一説によると、やつらの貪食の性質を統制する、特殊な高周波を出しているからだとか……」
教官はお面のような無表情を貫きながら、カンカンと指示棒で教卓を叩いた。
「また、基本的にスタンピード発生時は、その群れの中心部にレベル5がいると考えられている。それを撃破できなければ大皆蝕が終わることはない。例を挙げるならば、大阪城塞突貫事件、『東京決戦』、ニューヨーク消失事件。……そのすべてにおいて、例外はなかった」
教官が言うには、チルドレンにもそれぞれ討伐難易度というものが存在するらしい。
左右に四つずつ眼球を付け、頬までバックリと口を割り、そこからニタニタとした笑みと凶悪な牙を持つ気味の悪い猫もどき『オペラキャット』が、いわゆるレベル1~2に相当するのだとか。
最弱に分類されるレベル1の「オペラキャット」だが、あれでもチルドレンの端くれ。一般人に銃を持たせた程度なら、十人いて討伐できるかどうかというレベルだ。さらに『Q粒子崩壊炉』と呼ばれるコアを正確に破壊しなければ死なないというおまけ付きでもあるらしい。
またもや、教官のホワイトボードに雑な表が出現する。
どうやら、これがチルドレンの脅威度を大まかに分ける指標らしいが――
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【チルドレン一匹の脅威排除に必要な人員、兵器――】
レベル1「よく訓練された傭兵一名、もしくは銃火器数丁が必須」
レベル2「中堅の傭兵数名ほど、もしくは最新鋭の銃火器数丁が必須」
レベル3「ベテラン傭兵十数名ほど、もしくは都市の防衛兵器による迎撃が必須」
レベル4「企業の殲滅部隊が数チームほど、もしくは殲滅兵器による爆撃が必須」
レベル5「A、Sランク傭兵数名、もしくは衛星兵器による絨毯爆撃が必須」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
なお、Aランク傭兵は全世界に数千人ほど存在しており、Sランクに認定された傭兵は歴代でもたった五人だけらしい。そのうちの二人がすでに死亡、さらに三人が失踪済みともなれば、レベル5討伐はよほどの奇跡でも起こさなければ倒せないらしい。
また、個体と集団とでもレベル差が生じ、一部だが『特殊個体』というものも存在する。そういった意味ではこの指標はまるで役に立たないため、あくまでも参考にするくらいが良いのだろう。
さらに言えば、この時代のネット上にはありとあらゆるデマ情報や詐欺情報が蔓延しており、信頼できる情報を見極めたうえで相応の金額を支払って買う必要もある。本当にレベル相応の相手が出てくるのか、いま自分が目の前で対峙しているのが本当にそのレベルなのか、肌で感じとらなければならないということらしい。
「さて、諸君らにはまだまだ、乗り越えてもらわなければならない体験が山ほどある。初めて味わう臨死体験の余韻に浸るのもこのくらいにしておこうか」
直後、周囲にいたマネキン人形が次々に光ったかと思うと、空間内に真っ裸の男女が出現した。俺たちはそこで、ようやく自分の体が戻ってきたことを悟った。
というのも、ここでの座学の間、俺たちの体はリソースを省くためなどという理由でアバターを用意されておらず、仮想空間の中で真っ白な全身タイツ人間のまま椅子に座らされていたからだ。
現実世界でようやく自分の肉体のスキャンが終わり、産毛の数まで再現したアバターを作ったのだろう。
講義中ろくに息もできず、骨も入れられていないアバターのせいで一ミリも動くことができないという苦行を強いられていたのだ。誰もが喘ぐように呼吸を繰り返すなか、教官はそんな俺たちを心の底から嬉しそうな声色で話しかけてくる。
「さ、ラウンド2だ。仮想空間内だから移動する手間が省けてよかったな! いってらっしゃい!!」
次の瞬間、訓練生たちの立っていた床が音もなく消失し、俺たちは再び、説明も何もされないまま別空間へと飛ばされるのだった。