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第9話 エレベーターシャフト


 ヘルメットや防弾チョッキは邪道である。


 脳内チップと眼球インプラントで強化された動体視力によって、人類が銃弾をトリガーが引かれてから避けることが可能になった頃からか、対ジン戦闘において重厚なアーマーは必要ないという風潮が蔓延はびこりはじめた。


 事実、強化された人間の拡張意識にとって、銃弾はあまりにも遅く、肉体もしくは義体の操作技術さえあれば避けることは造作もないからだ。しかし、だからといって銃以外の剣や斧といった近接武器を使いたがる者はあまりいない。

 そんなとき、ホバーバイクにまたがり、両脚が兎のような義足をした青年がこう言い放った。



『なら、銃で殴り合いをすればいいじゃないか』



 青年はパイプガンを三丁もぶら下げており、事実、彼の戦闘スタイルは近・中距離で伸縮自在の鞭を振りまわすようなものだった。死屍累々。白い大地を敵の人工血液で青く染め、電子タバコらしき何かをふかしながら青年はそう言った。


 グレネードランチャーを義腕に内臓することも珍しくない義体者同士での戦闘では、障害物の有無はあまり意味を成さない。加えて、光学迷彩で透明人間にでもならなければ――義眼のサーモカメラは排熱の痕跡を簡単に見つけてしまうため――お互いに位置がバレた状態で戦闘をするのも珍しくない。


 その頃からだろうか。


 対物ライフルを二丁持ちながらバカスカ連射して特攻していく筋肉馬鹿バカや、銃弾をぶった斬りながら猪突猛進するエセサムライ、列車砲の砲弾を素手でぶん投げて数キロ先の目標に当てる義体者たちが現れたのは。


 といっても、海を割ったり、大地をめくり返したり、空を無制限に飛べる超人はまだまだ出てこないだろうと言われている。いくら膂力と脚力特化の義体で――出力最大にしても、解体用ビルの鉄骨でお手玉するくらいが今の技術の限界なのである。


 すべてにおいて突出した義体など存在しない。何かに秀でているものがあれば、必ず何かを犠牲にしてその力を得ている。ネットダイバーの義体が冷却機能のせいで非力なように、逆に、スピードに特化しているのであれば義体をできるだけ軽くしなければならない。

 そういうカテゴリーで分けるのであれば、宮内クナイは前者であり、黒鉄クロガネは後者といえるだろう。




          ***




【本企業ビル、下層50階にて侵入者を発見!!】

【本企業ビル、下層50階にて侵入者を発見!!】

【コードレッド発令。コードレッド発令。侵入者の排除プロトコルを開始。ただちに中層各区画の閉鎖を実行します――】


 排除プロトコルが開始され、緊急用の赤いランプが点滅する通路を、円環の盟約一行が走り抜けていく。

 すでに背後からは、無知性のアンドロイド兵が増援としてぞろぞろと迫ってきている。そのたびに団員たちが数人ごとに別れ、病室を占拠することで時間稼ぎをしてくれているが、この様子だともって数十分といったところだろう。


 すこしずつ、銃声と共にこちらの戦力が削られながらも、弾幕のなか中層の院内を突っ切っていく。やはり、電力が復旧しただけあってか隔壁の閉鎖が早い。


「――――ッ!!」


 直後、宮内クナイが顔を天井の給気レジスターへと向けると、両目を高速で青く点滅させる。瞬間、目の前で閉まりかけていた隔壁が途中で止まり、天井付近の小さなくぼみからバチバチと漏電が起こる。



        ***



 元々、ネットダイバーたちが月庵本社ビルの独自ネットワークに潜伏しており、宮内クナイの合図に従って一部区画の電圧を上げたのだろう。いくらネットダイバーでも、排除プロトコルに(ひも)づけられた隔壁システムは直接いじれない。


 こと……、上層、中層では常に――地上よりもずっと高い場所で暮らす――という都合上、高山病にも似た症状を併発することがある。そのため、航空機が機内の気圧をいじって高度一万メートルの空を飛行するのと同じ原理で、こうした超巨大建造物メガストラクチャーでは地上と同じ気圧になるよう設定されていることが多い。

 また、そのためには一定間隔ごとに与圧用パスダクトを空気清浄機ごと設置する必要があるのだが、その電源はスペースの都合上、隔壁を降ろすための配線と位置が近くなる。床と天井が分厚くなれば、それだけビルの階層を制限されるからだ。つまり――



        ***



 隔壁が次々と機能停止するなか、天井のパネル照明だけは爛々と光る通路を走り抜けていく。道手を阻むアンドロイド兵を黒鉄クロガネ宮内クナイ、カーラ・キャンベルを筆頭に薙ぎ倒しながら中層へと繋がるエレベーターへと走り抜けていく。

 だが、すでにエレベーターは緊急停止させられているらしく、ボタンをいくら押しても到着する気配はなかった。


「――――ッ、どいてろ!!」


 直後、黒鉄クロガネが持っていた機械刀を扉に刺し込み、テコの原理で無理やりこじ開けていく。露わになったエレベーターシャフトに、黒鉄クロガネを始めとした団員たちが次々に飛び込んでいく。


「クソッ、追いつかれるぞ。早く来いッ――!!」


 宮内クナイらに促されるがまま、俺もまた、そのエレベーターシャフトの中へと飛び込んだ。幸いにも、エレベーターの搬機かごは底で鎮座しており、俺は難なくその天井に着地することができた。とはいえ、いまだシャフトの外では熾烈な銃撃戦が続いており、銃弾が赤、青、銀と多彩な色の血をまき散らしながら飛び交っている。


 この昇降路シャフトを上がっていけば上層へは行けるが――上層のさらに上の階に行くためには、もう一度だけエレベーターを乗り継ぎしなければならない。だが、俺はエレベーターシャフトの上を仰ぎ見て、思わず愕然とした。

 そこにあったのは限りなく上へと続く暗闇だけだったからだ。



「無理だ。……こんな……遠すぎる」



 焦げたほこりとタイヤの臭いが充満するなか、停電した海底トンネルが消失点まで伸びているような錯覚にくらくらとしていると、宮内クナイ黒鉄クロガネがそれぞれのエレベーター用極太ワイヤーにカナビナと、周囲のシャフト内の壁に大量の吸盤状の何かをくっつけていく。

 甲高い電子音とともに待機中状態になったその装置に、俺は気がつけば尋ねていた。


「何してるんだ?」

「なに、ちょっとした()()()()()()()ってやつだ」


 気がつけば、俺は機械刀を納めた黒鉄クロガネに半ば拉致されるようにして、肩に乗せられ掴まれていた。


「な、なにを――」

「跳ぶぞッ!!」


 黒鉄クロガネの単眼が点滅するや否や、周囲にひっつけられた吸盤が一斉に赤く発光する。瞬間、全身が鞭打ちになりそうな勢いで、俺の意識がぐん――と下にひっぱられるのが分かった。薄く開けたまぶた越しに、凄まじい勢いで床が遠ざかっているのが見えた。加えて、極太ワイヤーに繋げられたカラビナが盛大に火花を散らしながら暴れている。

 凄まじいまでのGと風圧に襲われながら、俺の悲鳴は暗闇の中へと消えていくのだった。



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