第3.5話 拒否
『ステラ、……ステラちゃん!』
どこからか声が聞こえてくる。
部屋の中はすでに――光の届かない深海を彷彿とさせるほど――暗くなっていた。もはや空気すら停滞していると錯覚するほどの冷気は、ベットや本棚、部屋の扉までもを凍りつかせている。
「……だれ?」
ステラは体育座りをしたまま、涙の跡が残る顔をゆっくりと上げて霜がこびりついた薄いカーテンを見つめた。窓から射し込む光もすでになくなっている。ステラの凍ったまつ毛が瞬きをした瞬間、氷の粒子状になって舞い落ちる。
『もう……で、きみの……が助け……くる』
「…………」
『きみの……から、扉を開けるんだ!』
その声は部屋の天井あたりから聞こえてきているように思えた。
どうやら、声の主は内側から部屋の扉を開けてほしいらしい。
しかし、たった数メートルもないはずなのに、ステラは四肢が凍りついてしまっていることもあってか、部屋の扉がとてつもなく遠くにあるように思えてしまう。結局、ステラは再び顔を膝に埋めると、顔を隠すように両腕を絞った。
すでに足や指の先端は感覚がなくなっている。
ここが仮想空間でなければとうに低体温症で凍死しているだろう。
『きみの部屋の扉は……裏口はきみにしか開けられない。このままだと、きみは永遠に誰かに見つけられることなく、一生ここで眠り続けることになる!』
「…………」
『これ以上、ここにいるのは危険なのよ! すぐ外にカロンが渡し舟で待機している。今ならまだ、わたしの方に来れば――』
だが、ステラはその声を聞きたくないとばかりに、耳を塞ぐようにさらに顔を埋めていく。一向に返事がないせいでその気配が伝わったのか、声の主は驚いたように息を吸う。
『あ、なた……は……』
「…………」
『そう。まだ、ここから出たくないのね……。わかった。なら、またくるわ』
「………………」
『じゃあね。……次くるときには踏ん切りがついていることを願っているわ』
一方的にそう告げ、声の主の女性はふっと霧散するように気配を消した。
しばらく耳がその声に慣れていたせいか、痛いほどの静寂がキーンと甲高い騒音に変わって鼓膜を刺激する。ステラは再度、部屋の室温が下がり服や肌が凍るのを感じながら、ぼそりと呟いた。
「……ぉー、なー……」