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第10話 漂白された世界


 西暦2050年、突如として巨大な隕石群が地球を襲った。


 各大都市へと落下した隕石群は、ものの見事に人類の文明を消し飛ばした。

 そしてそれは、地球外から突如として飛来した謎の飛翔体が原因だった。

 七つもの巨大クレーターには、いずれも最奥に無機質な金属板でできた長方形の柱「モノリス」が突き刺さっており、今なお、その正体は一般人に公開されてはいない。


 どちらにせよ、大小異なるサイズの隕石をも降らせた結果、地球上にあるほとんどの主要都市が壊滅した。例として挙げるならば『パリ』『ロンドン』『ニューヨーク』『上海』そして『東京』などだろう。

 日本だけに注目してみるならば、飛来した小惑星群が日本全土を穴だらけの土地に変え、さらには周囲の土地すらも更地にすると言わんばかりの凄まじい災害を与えた。


 特に東京の中心部には底すら見えない巨大クレーター『旧東京爆心地跡』なるものが存在し、周囲の土地もその影響か白色に漂白された大地へと姿を変えた。


 通称『漂白地帯』


 ――無機物・有機物すべてを漂白するエリアのことだ。

 とはいえ、人類の文明を荒野にするだけならばまだ救いはあっただろう。


 その日、飛翔体モノリスから未知の粒子が放たれ、地球全体へと放出された。

 その粒子の侵蝕速度は凄まじく、先の爆発でなんとか生き延びた人類も時間をかけて蝕まれていった。いつしかそれは『Q粒子』と呼ばれるようになった。


 『Q粒子』

 大災害以前の地球には存在していなかった未知の物質の名称だ。


 その最たる特徴が……既存の生物の遺伝子構造を、全く違った新生物へと書き換える『Q侵蝕』だろう。地球上に生物が誕生したのは、今から約三十八億年前と言われている。最初は一ミリにも満たない、バクテリアのような極小の生物から様々な生物が誕生し、進化に進化を重ねて今の姿へと成っている。

 だが、そんな軌跡を嘲笑うかのように、『Q粒子』は「既存の生物」をまったく別の「完全な新生物」へと生まれ変わらせる。


 とある研究所の解剖実験によると、『Q侵蝕』を受けて生まれ変わった新生物は、心臓が、青、赤、紫、といった光が螺旋を描きながら脈打つ半透明の球体に変化し、そこから生体エネルギーを得ていることが判明したらしい。

 その球体は後に『Q粒子崩壊炉コア』と名付けられることになる。驚くことに侵蝕された実験体は食事を必要とせず、『Q粒子崩壊炉』なるものから生命活動に必要なエネルギーを供給しており、いかなる環境においても死亡することはなかったそうだ。


 言い換えれば、『Q粒子崩壊炉』が破壊されることがない限り、新生物は生き続ける。逆を言えば、いかなる新生物も『Q粒子崩壊炉』さえ破壊できれば、即座に生命維持活動を停止させられる。救いがあるとすれば、新生物の肉体が一定の基準を超えた損傷を受けると『仮死状態』に入り、肉体の再生に勤しんでいる間はやつらは動けないという特性があることか。


 また、新生物たるヤツらには不可解な習性が一つ備わっていた。


 新生物たちは、周囲にいる人型の生物に見境なく襲い掛かり、食事が必要ないにも関わらず捕食行動を行うのだ。理由は未だ解明していない。

 さらに言えば、人類は全身をサイボーグの肉体に変えていない限り、全員が『Q侵蝕』の被害を受けている。その侵蝕率の程度の差こそあれど、体内に『Q粒子』が水銀の如く蓄積されているのだ。侵蝕率は、とある研究機関が発表している《侵蝕ステージ》で表すことができる。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ・侵蝕ステージ1  髪色、眼球の虹彩の白色化 など

 ・侵蝕ステージ2  一部の皮膚に白いアザ、一部の骨格が変形 など

 ・侵蝕ステージ3  全身に白いアザが広がる、一部記憶の喪失 など

 ・侵蝕ステージ4  一部の肉体が神経ごと白化、人格の歪みと分裂 など

 ・侵蝕ステージ5  自我の完全な崩壊、人としての死 = 完全な新生物化

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 もっとも対象が無機物の場合は、サンゴ礁の白化のように、ただ物体を価値なきモノに変化させる『無機物の漂白化』と呼ばれる現象が起こる。その際にあらゆる土壌に含まれる物質の分子結合が剥離し、一切の植物を育成できない死の大地へと姿を変える。


 いまや世界には「漂白地帯」か「砂漠地帯」、一部の「廃墟群」、人喰いの「特殊森林区域」しか残ってはいない。人類はその地区のいずれかに防護壁で囲まれた要塞都市を建設した。

 彼らが天然の家畜の肉や魚介類、野菜を食べられず、カプセルで培養された「昆虫」や「人造肉」、遺伝子改良された穀物や野菜、果ては「栄養補給サプリ」を常食しているのも、ここに原因がある。



        ***



 西暦2160年、生き残った数少ない人類は、突如として現れたチルドレンから身を守るための要塞として、首都圏で比較的被害の少なかった横浜の「みなとみらい」を中心に新たな都市の開発を始める。東京湾の一部を埋め立てから始まった工事は、最初こそ小さな集落だったものの、百年近くもの時を経ていまや世界でも有数の巨大要塞都市へと発展を遂げた。


 ――それが「ネオ・ミナト・ミライ」だ。


 旧「みなとみらい駅」を中心に、直径十数キロの円を描くようにして防護壁を展開。

 上層・中層・下層、と少ない土地を最大限活用するよう三層に分層化しており、横から見ると歪なケーキスタンドのような形をしていた。



 《上層》

 一部の上位企業の巨大なビル群が立ち並ぶ他、政府の「軍事施設」や、生活に必要な「電気」「水道」「ガス」などのインフラ施設が集まっている。

 また、傭兵の中でもランクC以上でなければ、俺たち平民は入ることすら許されない不可侵の領域だ。あらゆる企業の本社が集まり、大企業CEOたちの住処もここだ。この世界で最も安全な場所であり、最も高価な場所でもある。



 《中層》

 上層と比べて非計画的に住居や道路を増築に増築を重ねた結果、複数の連絡橋がビルからビルへとお互い覆いかぶさって建設されている。収まりきらなくなった街が空中へと拡張していき、「地下街」ならぬ「空中街」が一部広がっているなど複雑な構造になっている。

 主な住居者は中流階級で、狭い土地を最大限利用するため、ほぼ全ての住居が高層マンションで出来ている。「生活必需品」や「純正兵器製品」を手に入れられる正規のショップが立ち並び、主食となる人工・培養肉などの「擬似食料品」も豊富に取り揃えられている。



 《下層》

 主に汚染排水を垂れ流し続ける「三ツ橋兵器工場」などのコンビナート地帯が湾岸沿いに広がっているほか、一部住民権を取得できていない者たちが住まうスラム街。そこの住民を含む流れ者たちが日銭を稼ぐ闇市、などが存在している。

 兵器工場からは汚染物質が日々吐き出され、都市全体の下水処理場とゴミ収集場が集まっているせいか、胃の中身がせり上がるような腐った臭いが蔓延している。上層、中層、そして下層、この世のすべての汚濁が下層へと垂れ流されていく。



 また、下層だけが八等分するようにして地区分けがなされており、ブロックとブロックの間にはそれぞれのセクターを隔てる巨大な壁が建造されている。万が一、チルドレンの侵入を許したときの最終防衛戦を想定してのことなのだろう。


 もしそうなれば、この下層は一瞬で戦場と化し、火の海へと変わる。

 そこに住んでいた者は、最初からいなかったものとして扱われるのだ。


 そんな都市連合国家『日本』の首都「ネオ・ミナト・ミライ」の三層なのだが、この各層の中心には天へと圧倒的に高くそびえる巨大なビルが、下層から中層と上層を貫く支柱のようにして三棟建っている。



 それらは――

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・すべての医療に関する利権を独占する医療総合財団【月庵】

・AIや人工知能開発の民間システムセキュリティ会社【S.S】

・あらゆる武器、弾丸、兵器を製造する兵器開発最大手【三ツ橋重工】

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ――いわゆる《首都三大企業》の本社たちである。



 その権力も絶大であり、政治、報道、軍事とあらゆる方面に多大なる影響力を持ち、都市全体の市場のみならず都市連合国家全体に手を伸ばすほどの巨大企業だ。また、ネオミナトミライの都市政府も、この都市を建設する際に多額の出資をしてもらっていることから、この三社だけは独自の軍事組織を持つことが許されているそうだ。



            ***



 これは余談なのだが、一部「新生物」を異常に神聖視し、その血肉を喰らうことで侵蝕ステージの末期患者である自分たちは浄化される。――と本気で信じている《終末時計 / 原理主義》とかいうカルト集団もいるらしい。

 頭のおかしいやつらだとは思うが、各都市政府の中枢や財政界などにもパイプは多いらしく、紫色の眼光を向ける「新生物」の呼び方も、最初はクリーチャーやモンスター、化け物などと呼ばれることが多かったのが、その集団が言い始めた影響かいつしか一貫してやつらをこう呼ぶようになった。



 地球ガイアの子供たち、通称:『チルドレン』と――




挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


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