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追放姫は電気信号の道を作れるか?  作者: 一心 楓
Chapter1:がらんどうな『世界』
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第1話:こころ、そこに在らず

 お父様の部屋で椅子に腰かけるように言われたわたしは、部屋を歩き回っているお父様を目で追った。そうすれば何かが分かる気がして。


「何故呼び出されたか分かるか?」


 分かるはずも無かった。お父様が何を考えているかなんて分かる訳がない。昔からどうしてそうなのかが分からなかった。


「いえ」

「……シャンジュモン家の御子息に失礼な態度をとったな?」


 『失礼な態度』、昔からお父様やお母様から何度も言われてきた言葉だった。しかし失礼とは何なのだろうか。何度も尋ねた事がある。お父様もお母様も姉様も、何度も尋ねるたびに答えてくれた。しかし何も答えは見つからなかった。『失礼』という言葉の奥にあるらしい意味が、わたしには見えてこなかった。


「何を言ったんだ? 相当な落ち込みようだったぞ」

「……わたしは、ただ匂いについて申し上げただけです」


 お父様が連れてきたシャンジュモン家の子息だというシャルルー様は、わたしの許嫁になるという事で見合いのために訪れたらしい。姉様曰く、シャンジュモン家はここから遠くにあるというレヴォリュシオン王国を治める王族なのだそうだ。王族の血を引き、大公爵の爵位を賜っているお父様は、王国と関わりを持つ事で自国であるエトワール公国の力を強めたいと仰っていた。それはわたしも理解していた。だから見合いにも許嫁にも異論は無かった。お父様はきっといつでも正しいから。


「匂い……何の匂いだ?」

「シャルル―様は、何か匂い袋のような物を持っていらっしゃいました。なので率直に感想を述べました。姉様が仰っていました。殿方は匂いを褒められると喜ぶと」

「一体何と……いや、いい。大方聞かずとも想像出来る……」


 不思議だ。どうしてお父様はわたしの言葉を聞いていないのに想像出来るのだろう。お母様も姉様も、まるで未来が見えているかのようにわたしがやった事を当ててくる。もしかすると何か不思議な力でもあるのだろうか。


「お父様」

「何だ……」

「何故お父様はわたしの事が分かるのですか? わたしはまだ何も伝えていません。何故分かるのですか?」

「それは…………いや、いい。クール、部屋に戻っていなさい」

「はい。お父様」


 お父様は溜息をついてばかりで今日は問いに答えてくれなかった。きっとまたわたしが怒らせてしまったのだろう。しかしそれが何故なのかが分からない。姉様が間違った事を言うはずがない。お父様も意味も無く怒るはずがない。必ず物事には理屈があると本で読んだ事がある。でもそれが何なのか、その理由が何なのかまるで見えてこなかった。


 自室へと戻ったわたしは本題へと近寄ると、昔お母様が読んでくださった絵本を引き出す。幼い子供達が協力して問題を解決するという内容の本である。お母様は読み終えるたびに何故かわたしに感想をお聞きになった。でもわたしはきっと上手く答えられなかった。わたしが答えるたびにお母様が眉を下げていた。それが『悲しい』という感情を示しているのは今なら分かる。本にそう書いてあったのだから。

 どれくらい本を読んでいたのかは分からないが、突然ドアが三度ノックされる。返事をするとローズ姉様が部屋へと入ってきた。その顔はいわゆる『悲しい』に該当するものだった。


「姉様」

「クーちゃん、ダメだったんだね……」


 口元に指を当ててドアに片耳を当てる。


「どうしたの?」

「……以前、姉様がその呼び方をした時にお父様が『怒って』いました。きっとお父様が聞くと良い思いをされないと思います」

「そんなの心配しないでいいよ。こっちおいで……」


 言われた通りに近寄ってみると、姉様はわたしを両腕で抱き寄せると頭部を撫でた。昔からお母様も姉様もこういった事をしていた。しかし何度見てもこれが一体何を意味するのかがよく分からなかった。お母様は「娘だから」と、姉様は「かわいいから」と仰っていたが、何故娘だから撫でるのか、何故かわいいと撫でるのかが分からない。そもそも、『かわいい』とはどういった感覚なのだろうか。


「髪が乱れていましたか?」

「ううん……」

「……そうですか。……お寒いのですか?」

「違うよ……」


 姉様の体は震えていた。人の体は寒いと震えるのだと本で読んだ。わたしも寒いと震える。だからきっと姉様はわたしに嘘をついているのだろう。何故嘘をつくのかは分からないが、人肌同士を触れ合わせると温かいと本に書いてあった。そしてわたしも以前やった時にそう感じた。なので抱き返し身を寄せてみる。


「温かいですか?」

「……うん。うん、温かいよ」

「ではもう少しこうしていましょう。寒いのは良くないです」


 姉様が何故この部屋に来たのかも分からずじまいだったが、本で読んだ知識は間違いないのでそれを続けた。実際、しっかりと温かかった。


 どれほど抱き合っていたかは分からなかったが、ふと姉様が口を開いた。


「クーちゃん、お話、聞いてくれる?」

「はい」

「あのね……お父様が、クーちゃんを家から出すって……」

「はぁ。何かお買い物に行けば良いのですか?」

「そうじゃなくて……その、えっと……世継ぎはアーちゃんにするって……」


 アザレア・サンパティー。わたしの三つ下の妹だ。普段の態度から計算すると、あの子はわたしの事が『嫌い』らしい。『好き』や『嫌い』という感覚が分からないわたしには、何故彼女がわたしを『嫌い』なのかが分からなかった。本で読んだ知識を基にして考えてみると、きっとわたしはあの子に何か嫌な事をしたのだろう。しかしお母様も姉様も、そしてアザレア本人ですらも、誰もその理由を教えてくれなかった。


「そうなのですね。ではアザレアに頼みましょう」

「えっとクーちゃん……私の言ってる事、分かってるかな?」

「はい。アザレアが世継ぎとなるのですよね。聞いていました」

「……」

「……あっ、分かりました。本に書いてありました。そういう時にはお祝いをしないといけませんね」

「そうじゃなくて!」

「……姉様?」


 姉様によるとお父様は王族に無礼を働いた責任を取らなければならなくなったらしい。つまりわたしの選択が誤っていたためそうなってしまったそうだ。そしてその責任として、わたしを追放しなければならなくなったらしい。


「なるほど。責任。はい、知っています。本で読みました」

「クーちゃんは、それでいいの……?」

「お父様がお決めになったのであれば、わたしに異論はありません」

「お父様も本心でそうしたい訳じゃないのは分かってる……でも、でもこのままだともうここに戻ってこれなくなるんだよ……?」

「それがお父様の決定なのですよね? 今までわたしは、きっとお父様やお母様を困らせてきました。なので仕方がないのだと思います」


 お母様が昔教えてくださった。植物を育てる場合、不格好に育ったものを剪定せんていする事で目当てのものの成長を助けるのだと。わたしもお母様からのご指示の下でそれをやり、確かに確認した。真っ赤な色をしたトマトが育ったのを見た。だからこれはお母様が仰っていた『間引き』というものなのだろう。


「……時間は明日。もう準備をしないといけないよ」

「はい。毛布と金銭があれば足りますでしょうか?」

「…………私が手伝うから、一緒にやろう」

「はい」


 姉様はそう仰るとわたしの出立の準備を手伝ってくださった。図書室から持ってきたのであろう地図や本、その他様々な物を入れられる限り鞄に詰め、更には毛布を丸めて上部へと括り付けた。背中に背負って運ぶにはこれが丁度いいのだろう。

 その日の夕食はメイドが部屋まで運んできてくれた。その彼女の顔もまた『悲しい』というものであり、共に自室で夕食を摂ってくださった姉様もそういった顔をしていた。わたしの知識には無かった。食事をして『嬉しい』という登場人物が出ている物語を読んだのだ。姉様が下さった本に間違いは無いというのに、何故『悲しい』が出ているのだろう。そういえば不思議と今日は味がいつもより落ちている気がする。だからなのだろうか。


「……」


 口を開けようとしたが何故かそれを止めてしまった。自分でも何故止めたのかは分からない。いつも分からない事は聞こうと思っているのに何故か上手く声に出せない。心臓の辺りが苦しいからだろうか。後で薬でも飲んだ方がいいのだろうか。しかしそれをするときっとまた良くない感覚を皆に覚えさせてしまうかもしれない。眉が下がる事、『悲しい』という事は、きっと良くない事なのだ。



 最後の夜は姉様と過ごした。共にベッドへと入り姉様が語る物語を聞いて眠りについた。そしてふと気がつくと既に朝になっていた。外で鳥が鳴いている声がする。あれは、確かチフチャフという鳥だ。体の大きさが大体12cm。丸みを帯びた体系で上面は緑がかった灰色をしている。小さな翼なのに元気に飛ぶ鳥だ。

 カーテンを開けて外を見てみる。すると木の枝に小さなそれが止まっているのが見えた。やはりそうだった。本で読んだ通りのチフチャフだ。


「姉様、チフチャフが鳴いています。朝です」


 そう伝えようと振り返ると、そこにはもう姉様の姿は無かった。姉様はいつも朝が早い。いつもの行動パターンであれば、今この時間帯は屋敷の中の使用人の皆に挨拶をしている頃だろう。挨拶は大事だとお父様もお母様も姉様も言っていた。だからわたしもしなくてはならない。

 急いで服を着替えて鞄を背負い部屋の外へと出ると、幼い頃より面倒を見てくれていたメイドのフレーズが立っていた。昨日は顔を出さなかったが具合でも悪かったのだろうか。


「お嬢様……」

「フレーズ。おはようございます」

「はい、おはようございます……今日は、お早いのですね……」

「ええ。チフチャフが鳴いていましたので。フレーズはチフチャフは好きですか?」

「はい、はいっ……大好きでございます……」


 フレーズの目元からは涙が流れ出した。それが『悲しい』を表しているのは分かっているが、その原因が何故なのかは分からない。お母様曰く、わたしは生まれた時にもほとんど泣かなかったらしい。そしてわたし自身、涙を流した記憶が無い。しかし本で読んでいるので知っている。これは間違いなく『悲しい』という感覚なのだ。だが矛盾する情報がどうしても引っ掛かった。


「フレーズ、質問してもいいですか?」

「何でございましょう……」

「大好きなのに何故泣くのですか? 『大好き』は『嬉しい』のではないのですか? もし違うのであれば教えて欲しいのですが」


 フレーズは口元を手で押さえると頭を下げ、わたしの前から駆けていった。もしかすると本当に体の調子が悪いのかもしれない。それならば矛盾は無くなる。具合が悪いと『つらい』という感覚になる。これはわたしも分かる。きっとフレーズは『つらい』のだ。


 フレーズと別れたわたしは姉様を探そうと歩き出したが、その姿はどこにも見当たらなかった。その代わり居間にはお父様もお母様もアザレアも、そして使用人の皆の姿もあった。出立の時刻が来ていた事を知ったわたしは待っているのであろう皆の所へと向かう。


「おはようございます。お父様、お母様、アザレア、それと――」

「クール、挨拶はいい」

「はい、お父様」

「……ローズから話は聞いているな?」

「はい。わたしを剪定なさるというお話で」

「いや、いや違う……」

「え? ですがお母様が昔教えてくださいました。育ちの悪い植物を剪定し、間引きをする事でより良いものが育つのだと。わたしもトマトが育ったのを見ました」

「違うのですクール……!」


 お母様が涙を流し始めた。いけない。きっとまたわたしが良くない事を言ったのだ。しかしどこが良くなかったのだろうか。考えておかなければ。


「アンタが!」


 アザレアが眉を上げながらわたしの前へと力強く歩み出た。姉様と同じ綺麗な金の髪に大きな碧い瞳、お母様の血筋がよく出ていると言えるのだろうか。


「何でいっつもいっつも!」

「アザレア、お願いだからやめて! この子は何も悪くないの……!」

「どうせそいつに決まってる! どうせ家族に対する愛情なんか無いんでしょ!? いっつもそう! あの時だって……! アタシが……あの時だって!」

「もうやめなさいアザレア。……それではクール」

「はい。こちらを出て戻らなければ良いのですよね」

「……ああ、そうだ。すまないが……」

「何故お父様が謝るのですか? 姉様は仰っていました。悪くない人は謝ってはいけませんと」

「……すまない。もう行ってくれ」


 そう仰るとお父様はこちらに背を向けた。会うのは最後になるであろう使用人数名によって扉が開かれる。眩い太陽の光が目に差し込んだ。

 痛い。わたしが知ってる太陽の光だ。


 門の前にはわたしの知っている顔が立っていた。幼い頃、共に遊んだ事のある人だ。彼女は幌馬車の傍でこちらに手を振っていた。


「カプリス。どうしたんですか?」

「どうしたもこうしたも無いですよ! 姫様の御付きをするようにと仰せつかったのです!」


 カプリスは元々町で暮らしていた孤児だった。わたしが鳥を追いかけて屋敷から町まで来た時に出会い、そこで一緒に遊ぶ事になった。彼女はわたしが知らない遊びを沢山知っていた。それまで全くやった事の無い遊びばかりだった。そして何故かそんなわたし達を見つけた姉様はお父様に何かを進言したらしく、庶民の出であるカプリスは使用人となった。町の警備も行う王族親衛隊の一人として。

 カプリスが動くたびに茶色い短髪が上下に揺れる。真っ直ぐにこちらを見る茶色い瞳を見るに今日も元気そうだ。


「はぁ。訓練は良いのですか? 団長が……え、と……」

「『怒る』ですか?」

「それです」

「何かあたしもよく分かんないんですけど、旦那様と団長によると、姫様に付いていけとの事でして」

「ふーむ。どういった意味合いなのでしょう。一人で歩いて行けますが」

「あたしにも分かんないです。でもでも! それがあたしの御役目なら、ちゃんとやるまでです!」

「そうですね。人の厚意を無駄にしてはいけませんと姉様も仰っていました。『厚意』はよく分かりませんが、今までの経験からするにこれが厚意だと思います。なのでよろしくお願いします」

「ですです! きっと御厚意であたしが選ばれたんだと思うので、よろしくお願いします! ささ、どうぞ!」

「はい。お願いします」


 二頭引きの馬車の御者席に上ると、カプリスが手綱を握り出発する。馬からの特有の匂いが鼻に入ってくる。普段はこういった馬車に乗らないため少し鼻がむず痒くなった。

 後ろを振り返る。閉められていく門の向こう側でお母様が泣いているのが見えた。どういった原因で涙を流したのかを聞きそびれてしまった。お母様達はいつも正しいのだから聞かなければならなかったのに。

 ふと視線が落ちて幌で囲まれた荷台の彼女と目が合う。


「おはよう」

「…………姉様?」

「え? あれっローズ様じゃないですか!? どうされたんですか?」

「私も同行する事になったの。カプリスもよろしくね」

「は、はぁそうなんですね。という事はローズ様も姫様と御同行するようにと?」

「うん、まあ、そんなところかな」

「なるほど。姉様はここに隠れていらっしゃったのですね。だから見つからなかったという事ですよね」

「うん。そういう事だよ」

「ふーむ。何故そうされたのですか? きっと姉様の事ですので何か意味のある事だと思うのですが、わたしには見当もつかないのです」

「それは…………まあ機会があればね。カプリス、一旦町まで降りてくれるかしら」

「はい! お任せください!」


 何故姉様は答えてくださらなかったのだろうか。今までわたしが何かを聞けばきちんと答えてくださっていた。もしかするとまた何か良くない事を言ってしまったのかもしれない。姉様は微笑んでいるような表情をしていたが、本当は『怒っている』のかもしれない。たまには自分で答えを探さなければならないという事だろう。

 馬車の揺れに任せてゆらゆらと揺れ、馬から漂う独特な匂いを嗅ぎながらわたし達の乗った馬車は町へと下っていった。

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