目覚め
目を覚ますと、私はふかふかのベッドの上に横たわっていた。
「あ、サラ様が起きたー!」
柔らかな光の玉が目の前でふわりと揺れ、次の瞬間には、まるで合図をしたかのように無数の光が私のまわりに集まってきた。
「ほんとだー!」
「見せてー!見せてー!」
「こら、みんな騒がないの。サラ様が驚いてしまうでしょ!」
「……はーい」
少し慌てながらも、どこか楽しそうに騒ぐ光の群れに、私は小さく笑ってしまった。
「寝起きに驚かせてしまってすみません、サラ様。皆、あなたの目覚めを心待ちにしていたのです」
「いえ、大丈夫ですよ。それより……どうして私の名前を?」
「アーギス様からうかがいました。名前を聞くのを忘れていたらしくて、慌ててご両親の記憶から拾ったのだとか」
そういえば名乗っていなかったな、と私は少しだけ頬を赤らめた。
「私はトリス。妖精霊を束ねる女王です。以後、お見知りおきを」
「妖精霊……?」
トリスは丁寧に説明してくれた。妖精と精霊は似て非なる存在で、それを総称する言葉が“妖精霊”。契約を結べば自然を操る力を得る代わりに、自身の魔力を分け与える関係になること。妖精は人の目にも映るが、精霊は契約者か、特別な目を持つ者にしか見えないということも。
「それなら……私、いつの間に契約を?」
「サラ様はこの森の守護者。つまり、この地に住まう者すべての女王です。契約を望む者には自由にさせて良いと、アーギス様からも伺っています。勝手をしてしまいましたが……お怒りでしょうか」
しゅんとするトリスを見て、私は慌てて首を振った。
「怒ってないよ。むしろ嬉しいくらい」
「ありがとうございます。では、皆のもとへ参りましょう」
トリスの後に続き、私は寝室を出た。木の幹をくり抜いたような家の中は、すべてが木製。それなのに床はふんわりとした感触で、足元が心地よかった。
リビングには広々としたバルコニーがあり、玄関を抜けて外に出ると、そこには色とりどりの動物たちと、妖精霊たちが集まっていた。
「サラ様ー!」
「美しい……これが我らが女王……!」
皆が一斉に声をあげる様子に、私は少し照れながら手を振る。
「この森に住まう者たちのうち、ここにいるのはすべてサラ様と契約を交わした者です。どうか、好きなように接してください」
そこにいたのは、猫や兎、鳥や犬、馬らしき姿もあったが、どれもがどこか不思議な雰囲気をまとっていた。なにより、彼らは普通に――言葉を話していた。
「サラ様、今日はもう日も傾いています。森の説明は明日にして、今はご飯を召し上がってゆっくりされてください」
「わかったわ。……でも、みんな本当に来てくれてありがとう」
そう言って微笑むと、小鳥たちが「じゃあ家にも入っていいの!?」と大騒ぎを始めたので、私は笑いながら頷いた。
「いいわよ。バルコニーからなら入れるでしょ?」
家の中に戻ると、窓から見える巨大な木の幹が目に入った。
「……世界樹の中にあったんだ、この家」
「はい、世界樹は聖域。この地の中心であり、命の源でもあります」
食卓に着くと、温かい料理の匂いが漂ってきた。見慣れた味噌汁、焼き魚、漬物、生姜焼き。どれも日本の味。
「……これ、どうして?」
「私が作りました。食材は、私が人の町から取り寄せたのです」
声の方を向くと、白髪の優しそうなお爺さんがいた。
「人かと……」
「いえ、私はユニコーン、名前はありません。魔力を持つ魔物です。今は人化の魔法を使っております」
「では……ジル、って呼んでもいい?」
「名を……ありがとうございます」
その瞬間、ジルの身体が仄かに輝いた。
トリスは「それは名付けの魔法です」と教えてくれた。名を与えられた魔物は、その力を増し、ネームドモンスターとなるのだと。
食事はどれも美味しくて、心も身体も温かくなる味だった。食後、歯を磨き、ベッドへ向かうと、そこにはもう既に動物たちと妖精霊が集まっていた。
「今日はここで一緒に眠ってもいい?」
「もちろんです、サラ様」
私は笑って頷き、静かに目を閉じた。