おみくじ
「小吉以上が出ればそれでいいかな」
私は箱に手を伸ばしながら、心の中でそう思っていた。
高望みしても仕方ない。どうせ、大吉なんてそうそう出るものじゃないし、凶や大凶を引いたところで命を取られるわけでもない。ただちょっと、損した気分になるだけ。――だったら、気楽にいこう。
「これにしよっと」
箱の中で指先に触れた一枚を、そっと引き上げる。
「決まったかい? じゃあ、開けてごらん」
アーギスに促されて、おみくじを開いた。そこに書かれていた文字を見て、私は一瞬思考が止まった。
『大吉』
「……え?」
「うわ、本当に大吉引いたの? すごいね!」
神様が、目を丸くしている。
「まさか君がそれを引くとは。いやぁ、これは大当たりだよ。さすがに“神になりたい”とかそういうのは無理だけど、それ以外なら、ほとんどの願いは叶えられるよ」
思わぬ大吉に、私はただ呆然とする。願いごと、願いごと――考えてなかった。どうせ吉くらいだろうと気楽に構えていたから、最後に「おでん食べたいなぁ」くらいのことしか思いついてなかったのに。
しばらく悩んで、私はゆっくり口を開いた。
「……できるだけ、自然と動物たちと一緒に暮らせるようになりたいです」
「ふふ。やっぱり、そう来たね」
アーギスは嬉しそうに笑って、空中に手をかざした。
「だったら、こんなのはどうかな。君が行く世界“ギステス”の中心には、五大国に囲まれた“神秘の森”があるんだ。誰も近づかない、強大な魔物たちが棲む場所。でも、その中心には天を貫く“世界樹”がそびえていてね。その根元には、世界の記憶が集まる“魔光石”があるんだ。アカシックレコード――つまり、世界のすべてを記録する石さ、ちょうどその守護者が必要だった。君なら、きっと任せられる」
「でも……そんなに大切なもの、私で大丈夫なんでしょうか?」
アーギスは首を横に振り、柔らかな声で言った。
「大丈夫。さっきのおみくじ、本当は確率なんてものじゃないんだ。どれだけ“善の心”を持っているか――それが、運勢を決める。君は“大吉”。つまり、善の魂の持ち主ということ」
「……私が、善かどうかはわかりませんけど。でも、任せてくれるなら、やってみたいです。ただ、ひとつだけ――ずっとそこにいなきゃいけないんですか? いろんな国も見てみたいんです」
「それも大丈夫。君が“そこにいる存在”であることが大事なんだ。どこへ行っても、“君であること”に意味がある。……それは、すぐにわかるよ」
私はふっと笑って、頷いた。
「それなら、お願いします」
「了解。じゃあ最後に――ひとつお願いがある。できればだけど……君の寿命、なくしてもいいかな?」
「……死にたくなるまでなら、いいですよ?」
「ありがとう。それで十分。じゃあ、最後に何かある?」
「……あ、お母さんとお父さんに、お別れを言いたいです」
「直接は無理だけど、手紙ならいいよ。はい、これに書いて」
渡された紙に、私は静かに言葉を綴った。伝えたいことが、ありすぎてまとまらなかったけれど……最後には、笑って書けた。
――10分後。
「書けました。これでお願いします」
「うん、ちゃんと届けておくよ。じゃあ――いってらっしゃい。世界樹の守護者として、君の新しい旅が始まる」
アーギスの指先が光を放つ。
世界が淡く揺れた。
次の瞬間、私はまばゆい光に包まれ、ギステスへと旅立った。