もう好きって言っちゃえばいいのに!
扉の隙間から中の様子を覗いてみる。
調味料や器具が隙間を埋めるように置かれている調理場は雑然とした様子で、その間を縫うように一人の男性が忙しなく動き回っていた。念入りに見渡すが彼以外の姿はないようだ。
(よし!)
静かに扉を閉めた私はそっと手櫛で髪を整える。指滑りの良い黒髪は私の自慢できる部分の一つだ。本当は仕事で邪魔だから短く切りたいんだけどね、我慢我慢っと。肩にかかる髪を払いながらそう思った。
次にスカートの裾を掴んで服装の乱れを確認する。
奥様から頂戴したばかりの黒いドレスには艶があり折り目も綺麗に残っている。その上にかかる雪のように白いエプロンの端には小柄な花の刺繍が施されており、小さくお洒落を主張していた。彼はどういう反応を見せてくれるのだろうか。
エプロンを軽く叩くと、私は目の前の扉に手を伸ばした。
◇
扉を開けた先は石の壁に囲まれた調理場に繋がっていた。
食欲を唆る香辛料の匂いが辺りに充満しており、肌に張り付くような蒸し暑さを感じる。どうやら奥の竃に火入れがされているようだ。
その調理場では一人の男性が何か作業をしている。
小麦粉のような白い服に身を包む長身の彼は、掌ほどの大きさの器の中身を慎重に混ぜていた。彼は俯いて作業しているためこちらから表情を見る事はできない。普段は後ろになで上げられている彼の銀髪は、髪の毛が食材の上に落ちないように紺色の布で覆われていた。
「あれ? ジャンさん一人だけですか?」
私の声に反応して彼は一瞬顔を上げる。掘りの深く整った顔はほんのりと赤みを帯びていた。
竃焼けというそうだ。長時間、火元の近くに居ると陽に焼けたように肌が赤くなってしまう。そうジャンさんが嘆いていた記憶が頭を過る。
「ん? ああ、ヨウか。料理長なら旦那様のところだぞ」
ええ、そうでしょうとも。
旦那様から聞いているので知ってますよ、そんなこと口に出しませんけど。
ただ、声の主を確認すると彼は再び視線を手元に落としてしまう。陶器に入った液体を混ぜる作業が再開されたようだ。
ジャンさんは何を混ぜているのだろうか。
興味が湧き、彼の居る調理台へ一歩近づいた。
「おい、ヨウ! 仕事サボってていいのかよ」
彼は手を動かしながら私に問う。
「休憩中でーす! 旦那様の許可も貰ってますよ!!」
「ヨウ、知ってるか? ここは休憩室じゃなくて、調理場なんだぞ」
ジャンさんの説教を無視して、更に一歩調理台へ近づく。
この距離であれば私の衣装を彼に見てもらいやすいかな。
「ジャンさん、どうですか?」
そう言うとその場でくるりと回ってみせた。
一輪の花のようにスカートが円を描きながら舞い、遅れて髪がふわりと肩にかかるのを感じる。
黒いドレスに白いエプロン。そして縁を彩る桃色の刺繍。この組み合わせは中々に映えるのではないだろうか。
視線に期待を込めて、ジャンさんの様子を見つめる。
「はいはい、素敵なドレスだよ。それより埃が立つから調理場で派手に回るな!」
顔を上げた彼は興味無さげに答えた。
どうでもいい、そう彼の表情が語っている。私が期待していた反応と違う......。
「違います! 見て欲しいのはこれですよ!」
私はエプロンの端に縫い付けてある刺繍を指差した。
「刺繍?」
「そうです! どうですか?」
この国では、女性から男性に想いを告げる事は品性に欠ける行為とされている。女は黙って男の告白を受けていれば良い、そういう風潮だ。
けれど、私たちだって相手に想いを伝えたい。そう考える女性も多く、王都ではある行いが流行している。
ーー想い人に刺繍を見せて好意を示す。
私はこれだけ家庭的な女だ。貴方の為だけに衣服を拵えたい。衣服に手直しが必要なくらい長く貴方と共に生きたい。込める想いは様々だ。
流行の産みの親は民が憧れるヘンリエット姫様ということもあり、現在の王都では大流行しているそうだ。
ただし、ここは王都から離れた田舎の街である。辺境の街『タトリ』で流行の存在を知る者は少ない。恐らくはジャンさんも知らないだろう。
だからこそ、流行を真似してみようと思った。刺繍の意味に彼がどのような反応を示しても私の心が傷付かないように。
「詳しくないからよく分からん。まあまあなんじゃないか?」
ジャンさんはそう答えると、陶器の中身を掬い取り、手の甲に乗せた。それをひと舐めした彼は満足気に頷いている。どうやら先程から混ぜていた調理料が完成した様子だ。腰に手を当てながらやり遂げた表情で陶器を見下ろす彼の姿に感嘆の息を吐く。やっぱり格好いいなぁ。
ところで、さっきからジャンさんは何を作っているのだろうか。
「ジャンさん。それ何ですか?」
「これか? 秘伝のタレだよ。コイツの出来次第で料理の味が大きく変わるのさ。一応釘を刺しておくが、作り方は誰にも教えてやらんからな!」
私の問いに得意気な様子で彼は答えた。澄んだ銀色の瞳の奥がキラキラと輝いている。料理が好きで好きで仕方がない様子が私にも伝わってきた。
「ジャンさん。それって宴会の準備ですか?」
現在この国はお祝いの雰囲気に包まれていた。
王の娘であるヘンリエット姫様が婚約されたからである。
国中が諸手を挙げて婚約を歓迎しており、各地では宴が開かれていた。旦那様の統治する『タトリ』も例外ではない。街の有力者を招いての宴会が予定されている。
「ああ、そうだ。しばらくは忙しくなるぞ。だからお前もキビキビと働け!」
手を払いながら答える彼の顔色はあまり良くない。竃焼けで分かりづらいが疲労の色を見て取れる。多分、睡眠時間を削って料理の仕込みをしているのだろう。
「忙しいのは分かりますけど、ちゃんと休憩は取ってくださいね。あ、私を見習ってもいいですよ?」
「お前はサボりすぎだ!」
「でも、ジャンさん殆ど寝てませんよね。目の下にクマが出来てますよ!」
「これくらい大したことはないさ」
そう答えると、ジャンさんは再び視線を手元に落とす。
どうやら今度は包丁を握り野菜を切るつもりのようだ。静かな室内に響く刻む音が心地よい。
さて、私はどうしようかな。
彼の邪魔をしないように調理台の隣に積み上げられた木箱へ腰を下ろした。
ここに座れば彼の目線の高さと合う。それに横顔を眺めていられる私の特等席である。
「お姫様もこのお屋敷にいらっしゃるんですよね? 早くお目にかかりたいなー」
ふと、思いついた話題をジャンさんに振ってみた。
ヘンリエット姫様は各地の宴に顔を出すために国中を巡るそうだ。この街にもいらっしゃるらしい。とても麗しい方だという噂なので楽しみだ。
「ヘンリエット姫様はお淑やかで外見だけではなく所作の全てが美しい人らしいぞ。心根の優しい方で下々の者達にも慈悲の心を砕く事ができる、非の打ち所のない人だと料理長が言ってたよ。同い年なのにどっかの誰かとは大違いだな!」
私の呟きにジャンさんは手を止めずに答える。
悪かったですね、お淑やかじゃなくて。
十五歳で成人として扱われるこの国では、十七歳の私も姫様も一人前の大人である。けれど、私は周囲から子供扱いされてばかりだ。一体、姫様と何が違うのだろうか。
「......お姫様のお話、素敵ですよね。ジャンさんもそう思いませんか?」
「結婚の話か?」
姫様のお相手は隣国『モラヴァ王国』の王子様である。幼少の頃から一途に想いを寄せていた殿方だったそうだ。
しかし、モラヴァ王国と言えば我が国と戦火を交えている敵対国の一つだ。当然、周囲の貴族達からの反対も強かったと噂されている。
それでも意中の相手と結ばれた姫様の姿に市井の女性達は憧れを抱いた。私もその内の一人である。だって、素敵な恋物語なのだから。
そんな話を旦那様にしたところ、苦笑を浮かべながら真実を教えてくださった。
お貴族様にとっての婚姻とは家同士の契約であり、ヘンリエット姫様の婚姻も政略結婚なのだそうだ。
隣国との戦争で疲弊する国を憂う王の思惑。姫様を後援し影響力を強めたいと考える大貴族の思惑。隣国の思惑。そして彼女自身の思惑。
こうした様々な思惑を巧みに利用し、姫様は裏で暗躍していたそうだ。その活躍が両国の婚姻成立に結びついたらしい。
隣国との和平に繋げ、国民の支持を取り付け、自身の希望も叶えてしまった彼女の外交的手腕を旦那様は大層褒めていらっしゃった。
凄いお話ではあると思うが、夢が壊れるので正直に言えば聞きたくなかったなあ。
「ええ、周囲の反対にも負けずに長年の想い人と結ばれる、まるで吟遊詩人の歌うお話の世界じゃないですか? ジャンさん知ってますか、王都の平民の間では恋愛結婚が流行しているそうですよ?」
「恋愛結婚ねえ......。そう簡単に成就すれば俺も苦労しないんだがなーー」
深いため息を吐きながらジャンさんは呟く。
平民にとっての婚約も基本的には家同士の契約だ。相手は親が決めるものであり、それがこの国の慣習である。
けれど、最近では跡取りに関わらない者達には自由恋愛による結婚も許され始めている。民の慣習まで変えようとしている姫様の影響力は本当に凄い。
ちらりと、包丁を動かし続けている彼の表情を盗み見る。
ここまで自然な流れで結婚の話題に繋げた筈だ。きっと鈍い彼は私の思惑に気づいていない。ならば、話を切り出す機会は今しかないと思う。
胸の前に手を当てて軽く深呼吸。覚悟を決めた私は口を開いた。
「あの......その......ジャンさんは......。あ、そういえば縁談の話はどうなったんですか? お相手の方に会うって言ってましたよね?」
乾く唇から何とか言葉を紡ぐことが出来た。
先程から右手が震えており、顔がとても熱い。ありったけの勇気を絞り出したせいか全身に疲労感すら感じる始末だ。
私の問いに、ジャンさんは顔をこちらへ向ける。
審判の時だ。私は祈るような思いで彼の返答を待った。
「その話なら破談だよ。相手に断られたさ」
「ええー! なんで? どうして? なにしたんですか一体?」
気づけば大きな声を出してしまっていた。
ジャンさんのお相手は資産家のご令嬢と聞いていた。この縁談が成立すれば相手の後援を得ることができる。自分の店を持つという彼の夢に一歩近づくのだ。だから縁談は絶対に成立してしまうと思っていた。何があったのだろうか。
「姫様に影響された相手の女が、想い人と結婚したいと急に騒ぎ出したんだとさ。まあ俺としては好都合だったんだがな」
彼は上機嫌な様子で答えた。
どう見ても落胆しているようには見えない。言葉通りに好都合だったのだろう。では、彼の真意はどこにあるのだろうか。
「じゃあしばらくは縁談の話も無いんですか?」
「いや、父上は懲りずに相手を探しているらしい。まあ、しばらくは全て断ろうかと思ってるけど」
ジャンさんは今年で二十歳だった筈だ。
同年代は結婚している者が多い中で彼は縁談を断ると言っている。結婚を意識してはいないのだろうか。
「どうしてですか?」
「どうしてって......。俺にだって好きな人はいるからな。その人に想いを伝えてからでも遅くはないだろ。ヨウはどう思う?」
彼の答えに呼吸を忘れそうになる。
ーージャンさんにも好きな女性がいる
そんな当たり前の事を私は考えていなかった。想像したくなくて可能性を頭の中から排除していた。
「どんな人なんですか?」
「え?」
彼は少し驚いた表情を見せた。
深く追及されるとは思っていなかったのだろう。だが、私は止まらない。
「ジャンさんが好きな人の話です。どうなんですか?」
普段から調理場に籠っている彼に女性との接点は少ない。
このお屋敷で仲の良い女性は私だけのはずだ。あとは、買い出しで街に出た時くらいだろうか。
「そいつは年下だ。いつも明るく楽しそうに過ごしていて、言葉を交わせば俺まで元気を貰える。そんな女だな」
ほんのりと顔を赤らめながら好きな女性の美点を語る彼。私がこの屋敷に来てから一度も目にしたことの無い彼の姿だった。
「根は真面目で気遣いの出来る娘だ。宴の影響で俺が大変なのを知ってるんだろう。自分も仕事が忙しいはずなのに、時間を作って俺を励ましに来てくれる。優しい奴だよ」
口元に照れ笑いを浮かべなからジャンさんは言葉を続ける。
思い出に浸るかの様に口調も普段に比べて柔らかく感じる。彼の右手に握られた包丁はもう動いていなかった。
「刺繍の腕もいいな。衣服もお洒落な感じに手直ししてくれそうだ。家庭的で結婚したら楽しく過ごせる、そう思える素敵な子だ」
私のエプロンに視線を向けながら彼は言葉を紡ぐ。
顔の赤みを強めた彼は誰を想像しているのだろうか。楽しげなジャンさんの声を聞くにつれて、私の心は深い底へ沈んでいく。
「ヨウ、今の話を聞いてどう思った?」
顔を引き締めたジャンさんが私の目を見つめている。私の返答を待っている様子だ。けれどーー。
ーー相手の女性が羨ましい。
今の私にはそんな嫉妬の感情しか思い浮かばなかった。
私だって年下だ。刺繍の腕にも自信がある。仕事人間なジャンさんの気を紛らわせることができればと足繁く調理場へ通っていた。それでも彼は私を見てくれない。相手の女性との違いは何なのだろうか。
「......そんなに素敵な人だったら、想いを告げてみてはどうですか?」
口が勝手に動き出し、心にも無い言葉を発していた。
本当は嫌だった。私以外の女性を見て欲しくなかった。知らない誰かにジャンさんを取られたくなかった。
「まだダメだ。料理長に認められるくらいの料理人になれていない。せめて、この宴で評価を得てからでないと」
男の意地というヤツなのだろうか。
自分に自信が持てる様にならないと告白できない。だから、姫様の祝賀会の後に想いを告げたいと彼は言う。目が泳ぎ、しきりに手汗を拭う姿は普段の自信に溢れる彼の様子とは程遠く感じた。
「そんなこと言ってると相手に逃げられちゃいますよ? ジャンさんならきっと上手く行きますって。相手の方と結ばれるように私も応援してますから!」
嫌だった。
何より、好きな人の幸せを素直に願えない自分自身が嫌だった。嫉妬を抑えきれない己の醜さに嫌気を感じる。
だから、彼の背中を押すことにした。胸の奥に広がる痛みに目を背けながら。
「......はあ、ここまで言って何で伝わらないかなー」
彼はそう呟くと頭を抱えてしまった。
ジャンさんは気持ちが伝わらないと嘆いている。
側から見ればこんなにも想っている事が分かるのに、少し相手の女性は鈍いのではないだろうか。
「で、お前はどうなんだ? そろそろ縁談の一つでもくる年頃だろ?」
深く息を吐いたジャンさんは私に質問を投げかけた。
「え? 縁談なら来てますよ。もう断っちゃいましたけど」
「は? え? なんで? どうして断った?」
目を白黒させながら彼は驚いた表情を浮かべている。
これでも一応は結婚適齢期の女性だ。縁談の話だって多少は来てますよ。
「いやー、その。私にも想いを寄せる男性がいますし......。できれば恋愛結婚したいですしーー」
正直、私自身の話をするつもりはなかった。どうしても、しどろもどろの受け答えになってしまう。
「誰だよ、そいつは? この屋敷の人間か? それとも街の奴か?」
包丁を置いた彼は私の目の前まで近づいてきた。半分も手を伸ばせば彼の体に届いてしまう距離である。彼の目が少し血走っているように感じた。なんだか、圧が強くて怖いんですけど。
「年上ですけれど面倒見が良くて優しい方ですね。話をしていて楽しい気持ちにさせてくれる男性です」
正面から顔を見ていられずに、私は視線を足元に落としながら言葉を続ける。顔が燃えるように熱い。
「その方は職人さんらしく妥協を許さない人です。極限まで最善を追い求めようと努力を続けている背中はとても格好良いですよ。でも、見ていて心配になるくらいに自分自身に厳しい方でもあります」
これまでの日々を思い浮かべながら言葉を探す。思い返すのはキラキラした楽しい記憶ばかりだ。ああ、やっぱり私はこの人の事が好きなんだな、そう感じた。
「彼はひたすらに夢を追いかけている少年のような一面もあります。それは素敵な事ではありますが、先ばかり見過ぎて足元で躓く姿も見かけます。危なっかしく感じるのです。そんな彼を隣で支える事ができたら......。それが私の幸せなんだと思いますね」
もう、愛の告白と何が違うのだろうか。自分で発する言葉に赤面するのを隠す事ができなかった。
「でも、想いを寄せる別の女性がいるようです。私もそれとなく好意を伝えているつもりでしたが、勝ち目はないかもしれませんね」
とうとう最後まで伝えてしまった。
流石に、鈍いジャンさんでもここまで喋れば私の好意に気が付くだろう。彼の反応が怖い。
「だったらーー」
そこで彼は言葉を切る。
沈黙の中で彼が言葉を必死に探している雰囲気を感じ取れた。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
静寂の長さに耐えきれず、私は恐る恐る顔を上げて彼の言葉の続きを待つ。
「いや、なんでもない。お前は十分魅力的な女だよ。そんな事にも気付かない鈍い男なんて諦めちまえ!」
不機嫌な様子を隠さず、ジャンさんは諦めろと私に言う。
いやいや、貴方のことなんですけど!
「ヨウ、睨むなって! これは俺の予想だが、もう少し待てば好意を寄せる男が目の前に現れると思うぞ」
ムスッとした表情でジャンさんは何か言っている。
「それって誰のことを言ってるんです?」
「さあな。ただ、その男はお前の事を一生大切にしようとするはずだ。世界で一番幸せだと言わせてやる。それだけは絶対に約束するから! ......ってその男も考えてると思うぞ」
知らない誰かが私に好意を告げると言われても......。
私が好きな人は貴方なのだ。貴方以外からの想いを受け取っても嬉しくない。
「この宴を無事にやり遂げたら必ずお前に想いを告げるよ。ヨウは俺の言葉を信じて黙って待っていればいい」
彼の硬い掌が私の頬に触れる。その体温は火傷してしまいそうな程に熱かった。
真剣な表情の彼は私の反応をじっと見つめていた。その瞳の奥にはとても強い光を感じ、思わず息を飲む。
「だから変な気を起こして勝手に行動するなよ! 分かったな?」
勇気を振りしぼった私の告白は、目の前の彼に届いていなかった。その上、知らない誰かの告白を待てと言っている。
この一連のやり取りは彼なりの気遣いなのだろうか。
それとも、単純に鈍いだけで私の好意に気づいていないからなのだろうか。
おそらく、後者だ。そう確信する。
こんなにも好きなのにジャンさんは私の気持ちに気づいてくれない。なんだか無性に腹が立ってきた。
「いやです! 絶対に諦めませんから!」
彼の目を真っ直ぐ見返しながら私は答えた。
ここまで想いを伝えても彼には気づいてもらえなかった。
だったら今度は気持ちを言葉にして直接伝えてやる! そう今決めた!
「初めから勝ち目なんてないかもしれない。それでも好きだと言う気持ちを諦めたくないんです!」
そう答えると彼の手を振りほどき、調理場の扉まで駆け出した。
心音が先程からうるさく悲鳴をあげている。全身が燃えるように熱い。それでも必死に足を動かしていた。
◇
戸の外に出た私は、廊下の壁に寄りかかりながら息を整える。
少し感情的に動きすぎたかもしれない。
冷静に考えれば、今は宴の準備のためにジャンさんは多忙を極めている筈だ。私の我儘は彼の負担になってしまうだろう。彼を困らせたいわけではないのだ。
だから、私の気持ちはまだ言わない。
この宴が終わったら、彼に想いを言葉にして伝えてしまおう。
仮にダメだったとしても、もう後悔はない。だから全力でぶつかってやるんだ!
その決意を胸に、私は一歩足を踏み出した。
そしてタイトルへ!
最後までお付き合いいただきありがとうございました。