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8 神々の戦い

 捕虜処遇の第一段階は武装解除である。これは、素人でも知っていることだ。第二段階は移動。敵の捕虜奪回の試み、あるいは捕虜の脱走を防ぐと同時に、彼らを安全な地域まで後退させる必要がある。降伏を受け入れた以上、その安全確保の義務が生じるのだ。

 第三段階が隔離と意思疎通の禁止である。よく芝居などでは、地下牢なんぞに閉じ込められた主人公とその相棒、あるいは主人公とヒロインが、さっそく脱出の算段を始めたりするが、現実にはそんなことはありえない。複数の捕虜を得た場合は各個に拘禁するのが常識だし、たとえ施設その他が不足している場合でも、同一の命令系統に属する者同士を一緒にしてはならない。反抗を防ぐとともに、尋問の正確性を期するためには、捕虜同士のコミュニケーションを徹底的に禁ずるのが常道なのだ。

 というわけで、ラムサル族が持参したロープを借用し、六人全員の腕をきっちりと胴体に縛りつけたわたしは、さらに全員に猿轡(これにより、リーダーが着けていたマントが犠牲となった)を噛ませた。次いで六人を等間隔に整列させ、余ったロープで一人ずつ縦に結んでゆく。

 わたしは先導をフロイナに任せると、自らはロープの端を持って列の後尾についた。これなら、ラムサル族がフロイナを急襲するのは不可能だ。仮にわたしが襲われたとしても、すぐにフロイナが魔術で蹴散らしてくれるだろう。

 奇妙な縦列は、静まり返っている森をゆっくりと進んだ。ラムサル族たちはおとなしかった。事前に、騒いだりわざと地面を踏み荒らしたりした奴は、フロイナの魔術でお仕置きしてやる、と宣言しておいたのが効いているようだ。

 例の犬は、いつの間にかいなくなっていた。わたしは内心ほっとしていた。安全のために殺さざるを得ないと覚悟していたからだ。任務のためならば敵対する人物の殺害も辞さないわたしだが、さすがに犬は殺せない。他のラムサル族を引き連れて再び現れる可能性もあるが、とりあえず殺さずに済んだことは、救いであった。

 夜が白み始めたところで、わたしは一行を止まらせた。縦に結んでいたロープを外し、一人一人を立ち木に縛り付ける。各人充分に間隔を置き、かつ視線を合わせられないような角度になるように、気を配る。

「フロイナ、こいつらを見張っていてちょうだい」

 わたしはそう依頼すると、最後に残ったリーダーを連れ、すこし離れた場所まで歩いていった。リーダーに座るように命じ、背中に回ってから短剣を抜く。わたしはわざと短剣の切っ先が見えるようにしながら、男の猿轡を解いてやった。

「さて、何であの娘を襲うの?」

「教えてやってもいいが、条件がある」

「いいでしょう」

「まず、水をくれ」

 わたしは男の前にまわると、その腰にぶら下がった水筒を無視し……捕虜の最初の願いはそのまま叶えるべきではない、というのもセオリーである……、自分の水筒(これももともとラムサル族の持ち物だったが)からたっぷりと飲ませてやった。

「なんであの娘を襲うの?」

 満足の吐息を漏らすリーダーに、わたしは詰め寄った。

「あんたは何者なんだ? あの娘の味方だろうが、仲間というわけではないのだろう?」

「質問に答えなさい」

 相手の持っている情報量が少ないほど、尋問はやりやすくなる、というのは常識である。嘘がつきにくくなるし、不利な立場にあることを悟らせて精神的プレッシャーも与えることになるからだ。わたしはリーダーの問いに答えなかった。

「われわれは、『軌道連絡船』の位置さえわかれば、あんたにもあの娘にも危害を加えるつもりはない。おとなしく引き下がるし、今後一切あんたらに迷惑はかけん。だから、あの娘を説得して、『軌道連絡船』の位置を聞き出してくれ」

 リーダーの言葉を聞いたわたしは、わざと耳障りな笑い声をあげた。

「……自分の立場を理解していないようね。若い女性の寝込みを襲ったんだから、正当防衛と称して殺しちゃってもいいのよ」

「死は恐れていない。おれを脅しても無駄だ。なにしろ、これは神命だからな」

 リーダーが不敵に微笑む。

 神命?

「あなた方の神が、『きどうれんらくせん』の位置を彼女から聞き出せ、と命じたの?」

「神は『軌道連絡船』の位置を探り出せとお命じになられたのだ。その神命に基づき、我々は調査を行った。その結果、フロイナ・マークランドがその情報を握っているという事実を探り出したのだ」

 ちょっと得意げに、リーダーが言う。初めてフロイナのフルネームが出たことに、わたしは留意した。しかも、本名である。

「神はそれで何をなされようとしているのかしら?」

 どうやら神が絡むと口が軽くなると踏んだわたしは、ちょっと畏れを込めたような口調で訊いてみた。

「『軌道連絡船』は、神ご自身に害を成そうとしているのだ。だから、排除されなければならん」

 神に害を成す? ……『きどうれんらくせん』とは何なのだろう。邪神? あるいは神話的アイテムなのだろうか? あるいは精霊のような存在か。いずれにせよ、この男の信奉する神にとっては邪魔な存在であるらしい。

「『きどうれんらくせん』って、なんなのかしら?」

「マークランドに訊いてみるんだな」

 リーダーが、憎々しげに言い放つ。ちょっとむっとしたわたしは、辛らつな言葉を投げつけてみた。

「しかし、信者の手を借りなきゃならないなんて、神様もたいしたことないわね。神なら、自分だけで堂々と『きどうれんらくせん』くらい倒せそうなものだわ」

「わが神は『軌道連絡船』になど負けぬ!」

 リーダーが、いきり立った。わたしは大声を咎めようとしたが、彼が怒涛のごとくしゃべり出したので黙っていた。

「いま、天界はたいへんな時期に差し掛かっているのだ。わが神と、悪辣な邪神とは、天界を二分する戦いを太古より続けてきた。わが神は正義を愛するすべての人間の信仰を糧に、この戦いを有利に進めてこられた。しかし、邪神は卑怯にもこの世に侵略の魔手を伸ばし、魔術貴族の末裔どもと手を結びおった。邪神の手引きで魔術貴族どもは『軌道連絡船』を建造し、天界に赴いて邪神とともにわが神を攻撃しようと企んでおる。いったん『軌道連絡船』が邪神と一体化してしまえば、わが神といえども侮れぬ邪悪な力を発揮するであろう。だから、その前に『軌道連絡船』を葬らねばならぬのだ。わが神は、邪神の悪辣な策略によって、全能のその眼を傷めておられる。そこで、われら信者がわが神になり代わり、この世で『軌道連絡船』を探しておるのだ! 場所を特定し、わが神にご報告申し上げれば、すぐにでも神の怒りの拳が、邪悪なる魔術貴族の末裔ともども、『軌道連絡船』を打ち砕いてくれよう!」

 ……わたしは頭の回転が速いほうである。しかし、このラムサル族の長広舌はその半分も理解できなかった。

「頼む!」

 リーダーが、真剣な目つきでわたしを見据える。

「わが神に力を貸してくれ! マークランドから、『軌道連絡船』の位置を聞き出すのだ!」

「『きどうれんらくせん』が具体的に何なのか教えてくれたなら、彼女から位置を聞き出すのを手伝ってあげてもいいわ」

 わたしは提案した。

「いいだろう。神かけて誓うか?」

「誓います」

 わたしは厳かに誓った。『きどうれんらくせん』の位置を聞き出すのを手伝う、くらいならばしてやってもよいだろう。……あくまで手伝いだが。

「よし。では教えてやろう。わが神によれば、『軌道連絡船』とは天界へと人を運ぶことのできるある種の船なのだ」

 ……船!

 わたしの脳裏に、数週間前にフロイナと交わした会話が鮮やかによみがえった。

『船みたいなものを持っていたんですわ』『星界を渡る船……』

 ……それが、『きどうれんらくせん』ではないのか?

「魔術貴族の末裔どもは、邪神からその作り方を指導され、建造しているのだ。やつらは魔術を能くする者を乗せ、畏れ多くも天界を目指そうと企んでいる」

「ねえ、天界って、どこにあるの? 星界のあたり?」

 わたしの質問に、リーダーが鼻で笑った。

「無知だな。天界はたとえ眼を凝らしたとしても、人間に見えるものではないわ。星界と、一緒にするな」

「じゃあ、わたしたちのご先祖様が星界からやってきたって話、知ってる?」

「無知な上に不信心だな」

 リーダーが、鼻で笑う。

「われわれ人間は、神が創りたもうたのだ。残念なことに、神は六日間働きつづけて人間の身体のすべてと心の半分を作ったが、あまりの疲労から七日目は休まれてしまったのだ。恐ろしいことに、神が休まれている隙に天界に棲む蛇が、残る心の半分を創ってしまった。蛇はやがて邪神となって神に対抗し、人間も信仰の篤くないものは邪悪な心に負けるようになってしまったのだ」

 ……どこかで聞いたような宗教説話である。だが、宗教なんて根本は大同小異である。毎年新作が公開される芝居も、舞台設定や登場人物の個性の違いを排除してしまえば、基本的な筋立てはみなそっくりなのと同じことだ。あとからの付け足しが独自性と誤解されているだけのことである。

 ……まてよ。

 わたしは火吹き棒を取り出すと、ちらりとリーダーに見せた。

「これ、ひょっとして神様に作り方を教わったの?」

「その通りだ」

 尊大な調子で、リーダー。

「わが神に成り代わり、この地で『軌道連絡船』の探索を行うわれらの身を案じたわが神が、信仰篤き者を守るためにお教えくださった自衛用武器だ」

「どうやって作るの?」

「俺は知らん。鍛冶屋と細工師に訊くんだな」

 わたしはさらにいくつか気になることをリーダーに尋ねたが、参考になるような答えは返ってこなかった。わたしは尋問を打ち切ると、短剣を背中に突きつけたまま、リーダーをフロイナのところへと連れて行った。

「さあ、フロイナ。『きどうれんらくせん』の位置をしゃべってちょうだい」

 わたしは強要した。

「……どうして?」

「こいつに誓いを立てちゃったのよ。どうせ大して知らないんでしょ。おおよそでいいから、『きどうれんらくせん』の位置をしゃべっちゃいなさいな。天界へ行く船をあなた方が造ってる、ってことは、こいつから聞いたし」

 フロイナが、ちょっとびっくりした表情を見せる。

「言うんだ!」

 リーダーが、迫る。わたしはでしゃばるんじゃない、という意味をこめて、短剣の腹でリーダーの頬をぴしゃぴしゃと叩いてやった。

「ええと……」

 言いよどんだフロイナが、諦めたようにひとつため息をつくと、ぼそぼそとしゃべり出した。『きどうれんらくせん』は船の一種であること。天界ではなく、星界に行くためだと聞かされていること。そして、建造は秘密裡に進められており、その場所はフロイナにも判らないこと。

「嘘をつくな!」

 短剣の頬叩きが効いたのか、リーダーが抑えた調子でフロイナを非難した。

「嘘は言ってないんじゃない?」

 わたしは、猿轡を取り出しながら言った。

「魔術貴族の末裔の立場で考えてごらんなさいな。なんで建造に関係のない女の子に、極秘の場所を教えたりするの? 地方の下っ端徴税官のところに国王御前会議の議事録の写しが届けられると思う? あるいは、連隊本部付輜重しちょう小隊のコックに、方面軍幕僚会議で決裁された戦略方針を連隊長自らレクチャーするようなもんじゃない。意味がないわよ、意味が」

 もしフロイナの言葉が嘘だとしても、それはそれでかまわない。少なくともわたしは、『きどうれんらくせん』の位置を聞き出す手伝いはしたのだ。誓いは破っていない。

 リーダーの罵声を猿轡で封じたわたしは、フロイナと手分けして、立ち木に縛ってある五人のラムサル族に水だけ与えた。殺すのは忍びない。

「じゃあね。いろいろと聞かせてくれて、ありがとう」

 仕上げにリーダーを立ち木に縛り付けると、わたしとフロイナは林間地をあとにした。すでに日は昇り、ほんの少しだけ温まった空気が微風と化し、残り少なくなった樹々の黄色い葉に対し実りない反復攻撃を加えていた。


 ほどなく、わたしたちは山道に行き当たった。

 歩きやすくなったおかげで、わたしは頭の中を整理する余裕を得た。

 ラムサル族の意図は判った。あのリーダーが大嘘をついていない限りは。

 しかし……神々の戦いに手を貸しているとは。

 わたしは無神論者である。この商売、様々な宗教の信者に偽装しなければならぬ場合が多い。わたしはまだその経験はないが、宗教者に化けることさえありうるのだ。特定宗教に入れ込んでいては、とても勤まる仕事ではない。したがって、わたしはラムサル族リーダーの述べたことを頭から鵜呑みにしてはいなかった。何らかの、合理的説明がつくはずだ。彼らの、一見荒唐無稽に思える主張と無謀な行動にも。

 いや、その前に。

 わたしは自問した。この任務、このまま続けていいものだろうか?

 本来この任務は、魔術貴族の末裔であるメスタ・マークランドの娘フロイナを監視するのが主眼であった。彼女の行動が、我が国の安全保障上問題を生ずる場合に備えた行為である。

 しかし、情勢は変わった。メスタの部下を殺害したのはなりゆきだが、その後ラムサル族が出てくるにおよんで、本来の目的を逸脱しつつある。たしかにフロイナの行動監視は、安全保障の観点から見ていまだ重要性を失ってはないが、外国籍であるラムサル族との戦いや今まで収集した雑多かつあまりに破天荒な情報は、あきらかに一人の現場工作員の手に余る。

 とりあえず、ボンパールに報告しなければなるまい。


第八話をお届けします。

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