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4 剣と魔術

 枕の下に抜き身の短剣を隠して眠る人がいる……らしい。

 よく安眠できるものだ、と思う。わたしは寝相が悪い方なので、たまに枕を抱きかかえるようにして眠ってしまうことがあるし、朝気がつくと枕から頭が外れていることも再三ある。短剣の刀身と添い寝するのは、正直言って怖い。

 そういうわけで、就寝中のわたしにとって一番近い武器は、ベッドの下側に弱い膠で貼り付けてある二本の短剣であった。一本は抜き身で、刃渡りは短いが幅広の頑丈な手ごろで扱いやすい物。もう一本は鞘付きで、うまく使えば長剣と渡り合えるほどの長さを持つ実戦的なやつである。

 その明け方、わたしは半ば無意識のうちにベッドから転がり出ると、鞘つきの短剣をつかみ取った。ひんやりとした床に身を伏せたまま、次第に覚醒してゆく頭で考える。

 なぜ飛び起きたのか……。なにか、尋常ならざる物音を聞きつけたからだ。

 ざくっ。

 今度ははっきりと聞こえた。埃対策兼予防措置として庭先にたっぷりと撒いておいた砂利を足で踏みつけた音だ。

 わたしは短剣を手にしたまま、身を起こした。流れるような動きで、窓に張り付く。

 厚い割に遮光性に欠けるカーテン越しに見える窓の明るさから判断すると、だいぶ白んでいるものの、まだ夜明け前である。農道ならともかく、庭先に誰かいるのはおかしい。あるいは、縞鹿かなにかが里へと下りて来たのだろうか。

 わざと隙間を開けてある生成りのカーテンのあいだから、わたしは庭を覗いた。

 かすかに漂っている朝靄の中に、男が見えた。中背の、後ろ姿。腰に吊った長剣。うちの庭にしゃがみ、白ペンキがあちこち禿げているので白黒ぶちになっている木製の低い柵越しにフロイナの家をうかがっている。

 ふたたび砂利を踏む音。別な男が視界に入った。同じような装束と長剣姿だ。無遠慮に花壇に踏み込み、まだ咲き残っている初秋の花を所々潰してから、先ほどの男の隣にしゃがみ、同様にフロイナの家を覗く。

 夜盗臭くはない。とすると、同業者か?

 アデヤントが手を回していてくれるはずだから、我が国の警察や同業者ではないだろう。外国の諜報機関も、メスタ・マークランドの行方は追っているはずだ。フロイナに目をつけたとしても、おかしくはない。

 いずれにしても、わたしにとっては邪魔者である。フロイナを拉致されでもしたら、任務は失敗だ。なんとかお引取り願うか、フロイナを連れて逃げるしかない。

 ばしん。

 叩きつけるような大きな音に、わたしは文字通り飛び上がった。

 別の連中が、フロイナの家の扉をぶち破ったに違いない。やることが荒っぽい上に、人数もかなりいるようだ。わたしはとっさに窓の掛け金を外した。こうなったら、やることはひとつ。

 窓を乱暴に開け放つ。冷たい早朝の空気が、賭場の開帳時刻を待ちわびていた常連客のようにすばやく入り込んでくる。わたしはそれを一息吸い込むと、思いっきりわめいた。

「きゃー! 泥棒よっ! モリスさんの処に泥棒が入ったわ! みんな、起きて!」

 田舎だが、声の届く範囲には数軒の家がある。うまく行けば、連中はフロイナのことをあきらめて逃げるはずだ。

 しゃがんでいた男二人の反応は、素早かった。わたしの声に驚いて立ち上がった次の瞬間、まるで申し合わせていたかのように同時に長剣を抜くと、こちらに駆け寄って来たのだ。

 わたしは逡巡した。相手が外国の同業者であれば、戦いたくはない。一応、各国ともに国外で荒事は自粛、というのがこの業界のルールである。政府同士が敵対していない限りにおいては、同業者はいわば同志であり、協力し合える味方である。お互い縄張りを荒らしあって、無用な対立を引き起こすことなど愚かなことだ。しかし、任務の都合上多少の妥協は必要である。わたし自身も過去にいくつか外国で荒っぽい仕事を成したことはあるし、それくらいは、暗黙の了解のうちに入るはずだ。

 だが……。

 わたしは走り寄って来る長剣男たちの眼を見て決断した。明らかに、殺意がある。おそらく、同業者ではあるまい。もしそうだとしても、任務中に目撃されたからと言って、その相手をあっさりと消してしまおうというのは、同業者としては下の下である。こんな連中なら、殺してしまってもあとあとアデヤントも文句はつけないだろう。

 鞘つきの短剣を抜く。手は窓枠の下なので、相手には見えていないはずだ。ぎりぎりまで待ってから、転がるように左へと飛びのき、壁に背中をつける。

 二本の長剣が、窓枠の中を切り裂く。

 わたしは待った。男が入ってくるのを。

 妙に間の抜けた掛け声とともに、男がひとり踊り込んできた。こちらが武装していることを予期していない、無造作な入り方だった。長剣は身体の前に構えてはいたものの、窓框を乗り越えるために大きくバランスを崩し、とても戦える態勢にない。武装侵入の教科書の窓からの項目に、『悪い例』として挿絵付きで載っていそうなやり方だ。

 わたしは眼前の男の腹に素直に短剣を突き入れた。

 半年振りの感触だった。腹筋を突き破るしっかりした手ごたえのあとは、刃先が滑るように内臓を突き破ってゆく。

 わたしはすぐに短剣を手放した。素早く部屋を横断し、食器棚の裏から自分の長剣をつかみ出すと、鞘を払う。刺した男は床に倒れこんでひくひくと蠢いていたが、もう一人の気配は消えていた。玄関扉にまわったのか?

 わたしは扉に駆け寄った。奇襲効果が薄れないうちに、もう一人も倒しておいたほうがいい。

 ばしん。

 たどり着かないうちに、扉が開く。男が、肩先から室内に飛び込んできた。むろん、肩からぶつかって施錠してある扉をぶち破ったのだ。長剣の切っ先は、床を向いている。

 いうまでもなく、チャンスだ。

 わたしは素早く横に薙いだ。驚きに眼を見開いた男が、長剣をあげるのと身をかわす動作を同時に行おうとするが、間に合わない。刀身が、左の二の腕に深く食い込んだ。骨の固い手ごたえが、わたしの腕に伝わる。

 返す刀で、首筋を狙う。男はか細い悲鳴を上げながら、後退しようとした。気丈にも長剣を振り上げるが、そこまでだった。わたしの切っ先は正確に首に食い込んだ。音もなく鮮血が吹き出し、男がよろめいた。そのまま腰部を食卓にぶつけ、一瞬立ち直るように見えたがすぐに腰を折って前のめりになり、顔面から床に激突し崩れ折れた。

 わたしは荒い息をつきながら、靴だけ手早く履いた。待ち伏せを危惧したものの、思い切って開け放たれた扉から庭へと飛び出す。

 庭には誰もいなかった。だが、フロイナの家からはさながら中で犬が喧嘩しているかのような騒音が聞こえていた。わたしは血刀をさげたまま、周囲に眼をくばりつつそちらへと走り寄った。ざっと見た限りでは、朝靄にかすむ樹林の中に人影は確認できない。

 開きっぱなしの扉から、中の様子をうかがう。騒音は、まだ続いていた。わたしはしばらく動きを止め、扉付近に誰もいないことを確信してから、中へと踏み込んだ。

 室内はひどいありさまだった。倒れた椅子、焚き付けにできそうなくらい細分化されたテーブル、割れた陶器の破片、破れたシーツと衣服、背綴じが解けてばらばらになった本のページたち(わたしはひと目でフロイナお気に入りの詩集だと見抜いた)、その他さまざまながらくたが床に散乱している。

 奥のほうで、三人の男女がもつれ合っていた。二人の男が、夜着姿のフロイナを床に押さえつけようと骨折っている。脇に置かれたひと巻きのロープが、男たちの意図を雄弁に物語っていた。

 わたしは床を蹴った。もうすでに二人倒している。こうなったら、あと二人倒してしまったほうが手っ取り早いし、あとくされもない。

 わたしに気付いた男たちが、慌てた。一人が素早く立ち上がり、長剣を抜く。もう一人も、驚愕の表情でわたしを見た。押さえつけていた力が緩んだのだろう、フロイナが腕を振り上げ、そいつの横っ面を張った。

 わたしは渾身の力を込めて長剣を振り下ろした。男が長剣で受けるが、まだ態勢が整っていない。がきんという音とともに、男がのけぞる。

 わたしは続けて三度、激しく打ち込んだ。男は受けるに精一杯で、しかも打ち込まれるたびに体勢を崩してゆく。

 四太刀めで勝負はついた。もはや身体の前で長剣を構えているだけの男に向け、意表を衝いた鋭い突きを繰り出す。腰を深々と貫かれた男は、悲鳴さえあげずにあお向けに倒れた。

 残る男とフロイナは、膝立ちの状態でまだ揉みあっていた。だが、仲間が倒れたのを見た男が、フロイナを突き飛ばした。血走った目でわたしを睨んだ男は、立ち上がりつつなにやらつぶやき始める。

 ……魔術だ。

 直感的に、わたしはそう悟った。

 長剣を構え直したわたしは、床を蹴った。この男がどれほどの使い手なのか知らないが、手早く切り伏せないとまずいことになるのは明白だった。

「やめなさい!」

 フロイナが叫び、立ち上がると男に体当たりを食らわせた。だが、やり方が素人っぽいうえに……重心を高くしたまま体を預けるようにぶつかっても効果は薄い……体重も軽いので、男はわずかによろめいただけだ。

 わたしは長剣を振り上げた。男は避けようとも腕でかばおうともせず、無防備なまま突っ立っている。いやな予感がしたが、わたしはそれを振り払うかのように、男の首の付け根を狙い長剣を振り下ろした。

 手ごたえはなかった。

 振り切った長剣が、異様に軽く感じられる。わたしは第二撃を繰り出そうと再び長剣を振り上げつつ、ちらりとそれに視線を送った。

 刀身が、なかった。

 長剣の刀身は、柄から五分の一ほどを残し、きれいさっぱりなくなっていた。それどころではない、残る五分の一もみるみるうちに短くなってゆくではないか!

 ……魔術だ。魔術で刀身を消したのだ!

 わたしは本気でびびって長剣を放り出した。

 男が薄笑いを浮かべつつ、自分の長剣を抜く。

 わたしは男を仕留めることをいったん諦め、逃げ出した。こうなったら、自分の身を守ることが最優先事項である。幸い、フロイナの家の間取りその他は完璧に頭に入っている。

 廊下を走り抜け、浴室の隣にある部屋へと飛び込む。歴代の住人が様々な道具類や不要な家具を詰め込み、いまや流行らない古物商の倉庫みたいにがらくたに埋もれてしまっている部屋だ。わたしは後ろ手に扉を閉めると、室内を窓に向かって走り抜けながら得物を物色した。とりあえず眼についた軽い手斧をつかむと、窓を押し開ける。転がるように外に出たわたしは、走りながら周囲を見渡した。人影はない。どうやら、襲撃者は四人だけだったようだ。

 フロイナの家とわたしの家を区切る柵を飛び越えたところで、思い切って振り返る。ちょうど、追っ手の男が窓から飛び出したところであった。わたしは手斧を男に向かい投げつけた。くるくると回転する斧は正確に男の腰部をめがけて飛んでいったが、命中直前に男がすっと身をかわした。鈍い音とともに、手斧が羽目板に突き刺さる。

 その頃にはもう、わたしは自分の家に向け走り始めていた。叫び声を上げるために開いた窓から、中へと飛び込む。

 腹を刺した男は、いまだ倒れ伏していた。わたしは転がっている男の長剣を拾い、身構えた。

 追っ手が窓外に現れる。わたしは意を決すると走り寄って窓越しに斬り付けた。

 予想通り、手ごたえはなかった。先程と同様、男が魔術を使い、刀身を消してしまったのだ。

 男が、長剣で突きを入れてくる。わたしは身を引き、ぎりぎりのところで躱した。長剣を消されることを予期して……いや、正確に言えば期待していたので、あらかじめ避ける体勢にあったのだ。本気で踏み込んでいたら、おそらく負傷していただろう。

 わたしは柄だけになった長剣を放り出すと、自らしりもちをついた。男から目を離さぬようにしながら、尻を床につけたままずるずると後退する。長剣を構えた男は勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、ゆっくりと窓框を乗り越えた。

 わたしはくるりと体勢を入れ替えると、膝と手を使い赤ん坊が這い這いするような格好で逃げ出した。男が追ってくる足音を聞きながら、姿勢を低くしてベッドの下に逃げ込む……ように見せかけた。

 抜き身の短剣は探すまでもなく、わたしの顔のすぐそばに貼り付けてあった。はがし取り、握る。狭苦しい空間の中で腕を精一杯水平に振ったわたしは、短剣を男の足首目掛けて投げつけた。

 立っている男には、わたしが腕を振る様子は見て取ることはできない。おそらく、いきなりベッドの下から短剣が飛び出してきたように思えたろう。刃渡りは短いが、幅広のかなり重量のある短剣である。鋭い刃は男のブーツを切り裂き、確実に肉を捉えた。

 ぎゃっという悲鳴があがる。

 わたしは尻を軸に身体を回転させると、思い切って足を伸ばし、男の足首を素早く蹴った。たまらず男が膝をつく。わたしは床に掌を当てると、下半身をベッドの下から飛び出させた。腰を床につけたまま、まわし蹴りの要領で低い位置にある男の頭部を蹴る。

 男が長剣を取り落とし、仰向けに倒れた。止めを差したのは、その数秒後になった。


 わたしは長剣をぶら下げたまま、フロイナの家に向かった。当のフロイナは、散らかり放題の部屋の真ん中に、呆けたように座り込んでいた。夜着は無残にもあちこちが破け、随所からはしたなくも白い肌が覗いている。胸のあたりも大きく裂けており、硬そうな乳房に挟まれた谷間から、銀色のペンダントと貴石の小袋がその姿を見せていた。金色の髪も乱れ放題だ。わたしはなんとなくむりやり水浴びさせられた子猫を連想した。

「大丈夫、フロイナ?」

 わたしはジョレス・スタタムのキャラクターに戻ると、彼女の脇に膝をついた。粘つく血液がこびりついている長剣を置き、心配げな表情を取り繕って、フロイナの顔を覗き込む。

 無言のまま、フロイナがもの問いたげな顔を向ける。

 ものを問いたいのはこっちのほうである。わたしはフロイナの表情を無視し、床に倒れている男を見やった。

「なんなの、この人たちは? 単なる強盗には、見えなかったけど?」

「お強いんですね、ジョレスさんは」

 わたしの質問を無視して、フロイナ。

「父親が、近衛士官だったのよ」

 わたしはいくつか持っている偽家族のストックの中からひとつを引っ張り出して答えた。

「剣だけは基礎から習ったの。ちなみに、兄も士官よ。母親に似たおかげで背丈が足りなくて近衛には入り損ねたけど、第六連隊で中隊長代理をやっているわ。……それはともかく」

 言葉を切ったわたしは、手を伸ばすと落ちている巻いたロープを取り上げた。棕櫚しゅろの繊維を撚り合わせた細いが丈夫なもので、このあたりではそうそうお目にかかれないタイプだ。主に使われるのは、もっと東の地方である。たとえば、ヤミール共和国とか。

「なぜ襲われたの? どう見ても、あなたを誘拐するつもりだったとしか思えないけど」

「……わかりません」

 そう言いながら、大儀そうにフロイナが立ち上がった。わたしを無視するかのように、髪や服についた埃を平手ではたき始める。

「いったい何者なのかしら」

 言い訳がましく口にしながら、わたしは死体を調べ始めた。服は着古してあり、丁寧だがおそらく素人の手による仕立てだった。上着は牛革で、裏地はなく、なめしも仕立てもやや雑。履物も牛革だが、こちらは結構新しそうだ。持ち物はありきたりの火起こし道具、よく使い込んだ小さなナイフ、巻いた木綿糸、布製の財布……。

 わたしは財布から蝋引きの紙に丁寧にくるまれた紙片を取り出した。薄青く着色され、二つ折りになっている厚手の紙。ヤミール共和国の旅券だ。手触りと書体からみて、たぶん真正だろう。

 財布の中身はすべて我が国の通貨であった。それほど多額ではない。

 わたしは旅券だけ頂戴すると、フロイナを放っておいて庭に出た。外では近所の人々が集まり始めていた。『泥棒』の叫びが効いたのか、男性の大半が鍬やら鎌やら火掻き棒やらで武装している。わたしはフロイナが強盗に襲われた旨だけ伝えると、足早に自分の家に向かった。アーサル村に警察は常駐していないが、村長の下に村の有志からなる小規模な自警団が置かれている。彼らが駆けつける前に、できうる限り襲ってきた連中を調べておきたい。

 部屋に転がる三つの死体……腹を刺しただけの男もいつの間にかくたばっていた……を手早く探る。持ち物は大同小異であり、これといって参考になる物は見当たらなかった。旅券は三人ともヤミール共和国外務部発行。所持金は、最後に倒した男のみ他の者の三倍程度所持していた。彼がリーダーだったのかもしれない。長剣も質は悪くないがありふれたものであった。

 集めた四枚の旅券を隠したわたしは、考え込みながら再びフロイナの家に向かった。旅券をボンパールに調べてもらえば、連中の正体について何か判るだろう。

 いつの間にか、フロイナの家は多くの村人に囲まれていた。村の自警組織の面々、それに、村長の姿も見える。わたしは人垣の後ろで腕組みした。フロイナに事情を聞くのは、後にしたほうがいいだろう。そう考えたわたしは顔見知りの自警団員に声を掛けた。事情を説明し、室内の死体を片付けてもらわねばならない。

 しかし、彼はわたしの早口の説明をさえぎって、こう訊いて来た。

「それより先生、(わたしは村人のあいだではそう呼ばれることが多かった)フロイナちゃんはどこ行っちまったんだい?」


 失態である。

 むろん、拉致されたわけではあるまい。倒した四人以外に隠れていた者がいたとしても、あれだけ村人が集まってきた状況で、抵抗するフロイナを連れ去るのは不可能だ。

 自主的に姿をくらましたのだ。フロイナは。

 わたしは隣人兼事件の当事者という特権を生かし、急いでフロイナの家に入り込むと、ざっと内部を見てまわった。先程よりさらに室内が散らかっている。……慌てて荷造りしたに違いない。破けた夜着も脱ぎ捨ててあった。例の古代遺物の箱も、なくなっている。

 わたしは村長と自警団の長に事情を説明すると……襲撃者は強盗だと言っておいた……、フロイナはたぶん人が死ぬのを目撃したショックで一時的に精神を病み、姿を消したのだろうと主張した。ジョレス・スタタムの母親は医師であり、学校教師をしているジョレス自身も過去にこのような症例は見たことがある。おそらくフロイナは村の周辺にいるか、あるいは故郷へ向けて逃げ出したと思われる。人数を集めて周囲を探したほうがいい。場合によっては、自殺の可能性もある。ヨースへ向かう道も探してみるべきだ。馬を貸してくれるなら、わたしも探すのを手伝おう。彼女とは、親しい仲だったし……。

 四人もの死体を前にして、さらに少女の自殺の可能性をほのめかされた村長は、完全に動転しており、誘導するのはたやすかった。まんまと村が共同所有する乗用馬の一頭をせしめたわたしは、手早く準備を整えると、ヨースの警察へ報告に向かう自警団の一人とともに馬にまたがり、アーサル村をあとにした。


第四話をお届けします。ようやく物語が動き始めました。次話以降もよろしくお願いします。

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