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20 新生活

 わたしが降ろされたのは、ティルビス公国の北部だった。母国のごく近くだったのだ。

 わたしはすぐに最寄り都市の連絡員の処に出頭し、アデヤントへの報告を依頼した。連絡員の用意してくれた馬を借り、翌日の昼前には直接本部に出頭し、アデヤントその人に緊急口頭報告を入れた。

 わたしはある一点を除き、包み隠さず報告を行った。あまりにも荒唐無稽な経験に、報告を信じてもらえないことを危惧し、多少の脚色を加えたいのは山々だったが、下手に隠し立てしては却って自分の立場を悪くするだけだと判断したのだ。

 予想通り、わたしの報告は我が国上層部を混乱させただけのようだった。わたしはアデヤントじきじきに長期休暇を与えられ、自宅待機を命ぜられた。帰宅したわたしが真っ先にしたことは、戸棚の中で干からびていた人参の処分だった。

 半年後、どうやら現場に復帰できないと悟ったわたしは退職を申し出て……受理された。何枚も誓約書や念書、その他もろもろの『絶対に当局に迷惑はかけません』という書類にサインし、晴れて自由の身になったわたしが真っ先に向かったのは、アーサル村であった。

 わたしはカプリア氏の所へ出向き、半年前に借りていた家を再び借りた。幾許かの礼金と引き換えに、村長の家に預けてあったわたしとフロイナの荷物も引き取る。懐かしがって声を掛けてくる村人に対し、わたしはフロイナは故郷へ帰ったと告げた。

 あの家は、半年前と変らぬ佇まいを見せていた。美しく紅葉していた樹々は柔らかな黄緑色の葉をいっぱいに茂らせ、空気は田舎の春らしいちょっと土臭い匂いを含んでいた。ずっと手入れをしていない花壇には、がんばって冬を越した宿根草が何株か、雑草に混じってたくましく伸び、さらにその中の一株はけなげにいくつか可憐な小さな花をつけ、三流芝居で端役をもらった無名時代の名優のように、その存在を静かにアピールしていた。


 穏やかな隠遁生活だった。

 多額ではないが、家賃と生活費を払っても充分おつりが来るくらいの年金はもらえたし……一応、農務省退職者として新たに身分を作ってもらったのだ。村人たちに怪しまれないように、ジョレス・スタタム名義で……、いざとなればティルビス公国まで行って、フロイナからもらった貴石の小袋を掘り起こせば、一生お金には不自由しないだろう。月に一回は、ラディスやジャカンド、マッキーバーなど昔の同僚が友人を装って尋ねてくるが……これは、わたしが回顧録を書いたり新聞社へ走ったりしないようにとのアデヤントの差し金であろう。

 東部諸国の全滅は、結局〈二度目の大災厄〉ということでうやむやのままに大国間で政治決着がなされた。学者は各種の説を唱えているが、真実に到達したものはいない。

 幸いなことに、あれ以来対消滅弾頭の飛来はない。おそらく、フロイナとトルジ、それにクロエは任務派の制圧に成功したのだろう。

 ひとりの勇敢な少女と、ひとりの誠実な青年と、ひとりの責任感にあふれた女性士官が、この世界を救ったのだ。二千六百三十万の人命を。そしておそらく、人類というこの偉大なる種を。

 わたしだけが知っている。そして心から信じている。この事実を。

 速い月は、いまだ見えている。よく晴れた日の夕暮れなど、わたしは椅子を庭に持ち出し、速い月を眺めた。暗灰色の空をよぎる、オレンジ色の光。

 フロイナとトルジは、きっとそこで生きているはずだ。わたしはそう信じていた。クロエは別とすれば、二人っきりの生活。

 いや、もしかすると、二人ではないかもしれない。残像の尾を引いて流れ去る速い月を見送りながら、わたしはあるときそう気付いて薄く微笑んだ。若い恋人たちが、誰にも邪魔されない究極のプライバシーを獲得したのだ。あと半年後くらいに、三人に増えていても、おかしくないのではないか?

 そうやって、人類は卵のひびを少しずつ埋めてゆくのだろう。


 最後までお読みいただきまことにありがとうございます。これにて『ひび割れ卵』完結です。では後書きを。実は、当初の予定では本作ではなく、その昔とある公募で二次落ちした作品を分割連載するつもりでいました。しかしこれを読み返したところ「よく一次通ったなぁ」と赤面するくらいの酷い出来。これを改稿しつつ連載するのはきつい、と判断いたしましたので急遽過去作の中から『比較的まとも』な本作を引っ張り出し、連載させていただいた次第です。しかし……SFジャンルのうえ暗い話、しかも構成その他もいまひとつ物足りなかったせいかアクセス数が伸びませんでしたね。それでも最後までお付き合い下さった皆様、本当にありがとうございました。

 では、本作について記憶を掘り起こしながらいくらか語らせていただきます。えー、本作を書くきっかけになったのは、女性を主役に『翻訳ものの一人称スパイ小説』のような雰囲気のお話を書いてみたい、と思い立ったことにあります。ですから主役はシニカルな強い女性で(まあ、高階の書くお話はこのようなタイプの女性が主役を張ることが多いのですが)最後まで偽名のまま、出自その他も明らかにしない謎の多い存在となりました。一部無駄に(笑)細部の描写に凝ってみたのも、そのなごりですね。それと、SFアイデアのひとつに、『マイクロマシンやナノマシンを使えば魔法(のような効果)を再現できるのでは?』というものがあります。本作ではこのアイデアを使わせてもらいました。両者を組み合わせて、サブキャラを作って(当然相方は美少女ですね(笑))いろいろとプロットをひねくり回した結果、このようなお話が出来上がった次第です。

 では最後に次回作の予告を。待っていただいた方、お待たせいたしました。何ヶ月も前から『いずれお送りする』と宣言していた新作が、ようやくお披露目できそうです。何本分かアイデアを練り、二本ばかり書き始めたものの途中で挫折し、苦しみ抜いた(誇張です)末、なんとか愉しんでいただけそうな作品が出来ました。まだ、序盤しか書き上がっておりませんが。

 えー、今まで四本の連載作品を投稿させていただきましたが、いずれも最終話まで一応完成した長編を、手直ししつつ連載するといった手法をとってきました。遅筆ゆえ、書いたそばから投稿、というやり方では定期投稿する自信がなかったためです。次回作ももちろん定期投稿させていただきますが、ひょっとすると(確率的には5%ほどと見積もっておりますが)『落す』ことがあるかもしれません。その際は平に御容赦を。

 で、五作目となる新連載ですが……実はもう投稿済みです。というか、このお話投稿の数分以内に晒す予定ですので、これをお読みになっている時点ではすでに投稿済みのはずです。タイトルは、『白き巫女と蒼き巫女』 ジャンルはファンタジー、主役はとりあえず女子高生です。作者ページあたりから入っていただき、お読みいただければ幸いです。第二話以降も、例によって毎週土曜日投稿で行きたいと思います。分量としては、一話五千文字超程度になりますでしょうか。もう少し文字数を増やしたいところですが、そうなると書く量が晒す量を上回りかねませんので、この程度でご勘弁下さい。


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