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20/21

19 星界へ

 わたしたちは作戦の打ち合わせを簡単に済ませた。

 もはや猶予はなかった。クロエによれば、任務派は〈大災厄〉を引き起こしたのと同じ対消滅弾頭の投射準備に入ったという。目標は、ここ。いったんラムサル族の放射する電波とやらの位置を突き止めた以上、妨害しても無駄らしい。

「そりゃ、多少は精度が狂うでしょうけど……グリア湾並みの穴があくのよ」

「……ってことは」

 わたしは絶句した。もしその対消滅なんとかが使用されれば、東部諸国は全滅ではないか!

「ジョレスさん」

 きつい口調で言ったフロイナが、痛いほどわたしの二の腕を握った。

「驚き慌てるのは後にしてください」

「ご、ごめん」

 わたしは素直に謝ると、気を引き締めた。ここで一号機の奪取に失敗すれば、イタノス住民三千万の命が失われるのかも知れないのだ。

「行きます」

 わたしたちを振り返って硬い笑みを見せたトルジが、そう言い残して走り出した。

 気配に気付いたマッケイン傭兵が、慌てて得物を構えなおす。

「助けてくれ!」

 叫びつつ、トルジが一号機の方に駆け寄る。むろん、彼はいまだにマッケイン国際傭兵の軍服を着けている。

 わたしはトルジを追うように、通路を走り出した。得物を持たぬまま。

「気をつけろ! 魔術の使い手だぞ!」

 トルジのその叫びを聞いて、マッケイン兵士たちに動揺が走った。

「んのうわぁ!」

 トルジが、走る勢いそのままに床に倒れこんだ。迫真の演技で顔面を抑え、魔術にやられたふりをする。

 わたしは完全に傭兵たちに姿をさらしていた。足を止め、口中ででたらめな文句をつぶやき、魔術を使うそぶりを見せる。

 分隊指揮官らしい下士官が、命令をがなった。兵士たちが、武器を手に一斉にわたしめがけて突っ込んでくる。魔術には接近戦に持ち込むのが一番の対抗手段である。セオリーどおりの行動だった。

 わたしはおびえたような表情を作ると、背を向けて逃げ出した。

 狭い通路に、追って来る兵士たちの靴音が響き渡る。

 わたしは角を曲がると、走るのをやめた。壁に立てかけてあったトルジの長剣をつかむと、かまえて向き直る。

 すぐに追っ手が現れた。勢いよく角を曲がったところで……顔面を抑えてのたうち回り始める。

 隠れていたフロイナの魔術である。わたしは魔術の影響下にない二人の兵士……さすがのフロイナでも、全員に一度に魔術を掛けるのは無理である……に斬り付けた。攻撃された兵士は二人とも驚きの表情を浮かべつつも、反撃してきた。

 わたしは無理をせず、兵士の剣を受けることに専念した。時間さえ稼げれば、フロイナが始末をつけてくれる。

 ほどなく、その二人も剣を取り落として苦しみだした。わたしは兵士全員……八人いた……が倒れているのを確認すると、トルジの支援をするために走り出した。しかし、その必要はなかった。魔術に倒されたふりをしていた彼は、残っていた傭兵三人の不意を衝き、これを難なく斬り伏せていた。

「うまくいきましたね」

 トルジが、どきりとするくらい白い歯を見せる。

「そうでもないみたいよ」

 暗い表情で、フロイナが駆けてきた。肩には、クロエが載っている。

「任務派が発射シークエンスを開始したわ。対地突入用ノーズコーンを装着しているから、発射後二分以内に着弾するわ」

「急がないと! フロイナ、手伝ってくれ!」

 トルジが、慌てて一号機の中へと消える。フロイナが、眼をこすりながらあとに続いた。

 フロイナは泣いていた。

 ……そうか。

 東部諸国が全滅するということは、ヤミールにいる者は全員助からないということなのだ。メスタ・マークランドも、その他の近親者も、全員死ぬことになる。

 いつの間にか、わたしの肩にクロエが載っていた。わたしは、対消滅弾頭やらの威力について、解説を求めた。

「大災厄であることは間違いないわ。ヤミールどころか、国境を接している国はほぼ壊滅するわね」

 では、ジェネハルーにいるゴーワや、おそらく近くにいるであろうボンパールも助からないのだろうか。

 それと、わたしはどうなるのだろうか?

「射出したわ」

 クロエが、静かに言った。

「推定死者……四百七十万ってとこね。また卵にひびが入ることになる。それも、そうとう深刻な」

「ジョレスさん! 入ってください! 死にたいんですか?」

 一号機の戸口から、フロイナが呼ばわった。わたしは慌てて一号機に駆け寄り、踏み台代わりの木箱によじ登ってから中に入った。

 内部は、二号機とさほど変らなかった。フロイナが、わたしをクッションの上に寝かせた。手際よく、ベルト状のもので固定してゆく。

「いったい……」

「いったんここを離れます」

 泣き腫らしたような真っ赤な目のフロイナが、手を休めずに説明する。わたしの固定に満足した彼女は、すぐ隣に横たわると、自分でベルト状のものを締め始めた。

「あと三十秒」

 床に立つクロエが、ボードゲームの計時係りのような冷静な口調で告げる。

「フロイナ、いいか?」

 どこからか、トルジの声が聞こえた。

「固定終了!」

 フロイナが、半ばやけくそのように叫ぶ。

 ばしんばしんと、叩きつけるような音が数回わたしの耳を打った。ついで、薬缶の湯が沸いているときのようなしゅうしゅうという音があたりを満たした。

 そして、轟音。

 滝壷を連想させるような音だった。わたしはその音を聞きながら、身体の変調も感じていた。重い。横たわっているにも関わらず、恐ろしく身体が重く感じる。

 どのくらい時間がたったのだろう、その重みがふっと消えた。轟音も和らぎ、滝壷が豪雨くらいの騒音レベルになる。

「見ておいた方がいいわよ」

 クロエが……彼女は、ずっと床に立ったままだった……スカートのポケットから手鏡のようなものを取り出した。それが音もなく大きくなり……といっても、あくまでクロエとの比較であり、ありきたりの書類二枚分くらいの大きさだったが……次いでそこに画が現れた。茶色と緑色が混ざった、妙な画だった。中央に、幼児がでたらめに引いたような曲がりくねった黒っぽい線が一本走っている。わたしは眉をひそめた。その屈曲の様子に、どこかで見覚えがあったのだ。

 クロエが、よく見えるように、その画をわたしとフロイナの顔の前に差し出してくれた。

 卒然とわたしは理解した。その線は、サドラヌ河上流部と同じ曲がり方をしている。これは、ヤミール共和国を空の上から眺めている、その画なのだ。

 そう理解してしまえば、画の細部の解明は簡単であった。わたしは記憶している地図と画を照らし合わせていった。白茶けた、さながら石畳に落ちた鳥の糞のように見えているジェネハルー市はすぐに見分けがついた。フロイナが偽商人を殺してしまった森でさえ、濃緑色の塊としてすぐに見つかった。とすると、移民船の丘はあのあたりか。

「くるわよ」

 クロエが言うと同時に、画が発光した。わたしは思わず目をつぶった。

 ふたたび目を開けたときには、画はわずかに黄味がかった白い雲のようなものに覆われていた。わたしはしばらくそれを眺めていた。一見すると画は動いていないように見えたが、よくよく見ればその雲の細部は僅かずつではあるが変化していた。

「降下する」

 再び、どこからともなくトルジの声が聞こえた。

 クロエが、そそくさと画をしまう。次いで、わたしの身体にまた変調が現れた。今度は、身体が軽くなったように感ずる。その感覚はしばらく続いた。

 また轟音が響き渡る。しばらくしてその音がやんだ。フロイナが、自分の身体の縛めを解き始める。

「なんとか生き延びたわね。でも、〈ツォーベル〉からの連絡は芳しくないわ」

 クロエが、肩をすくめた。

「でしょうね」

 自由になったフロイナが、わたしの縛めも解き始める。

「どうなったの?」

「任務派が対消滅弾頭で東部諸国を吹き飛ばしたのよ。ラムサル族が通信機を製作したとすると、近いうちにまた対消滅弾頭が使われるでしょうね」

 あきらめ顔で。クロエ。

「二人でやるしかないのね」

 フロイナが、言う。クロエがうなずいた。

「何とかするしかないわね。三千万、いえ、残りの二千五百三十万のために」

「これから〈ツォーベル〉へ行くの?」

 わたしはしこりの残る腰のあたりをさすりながら訊いた。

「ここまで来たら、時間は味方ではありません。トルジ、問題は?」

「システムはオールグリーンだ。水残量は8ポイント4。充分だね」

 フロイナの問いに、例によってどこからか定かではないがトルジの声が返答をする。

「……判ったわ。わたしも〈ツォーベル〉に行きましょう」

 わたしは決断した。トルジのように機械工学の知識はないし、フロイナのように魔術も使えないが、剣の腕には自信がある。ダメージなんとからという機械が邪魔立てするなら、斬り伏せるくらいはできよう。もし任務派が再び対消滅弾頭を放ったとしたら、次に犠牲になるのはわがデフレセル王国かも知れないのだ。公務員としては、これを見過ごすわけにはいかない。いや、それ以前に、人類の一員として。

 だが、フロイナは哀しげな目つきでこれを拒絶した。

「ジョレスさんは、だめです」

「どうして? 危険は覚悟の上よ」

「みっつ、理由があります。ひとつは、あなたが〈ツォーベル〉へ行っても役に立たないこと。軌道飛行しているから、超低重力環境なんです。訓練を受けていないジョレスさんでは、剣を振るうどころか歩くのもままならないでしょう。完全に、足手まといですわ」

 フロイナの言葉に、嘘の臭いはなかった。わたしを思いとどまらせようと、でまかせを言っているのではないことは、明白だった。

「二つ目は、これが片道の遠征だということ。実は、〈ツォーベル〉に行くことはできても、帰ってくる方法がないんです」

「……なんですって」

 わたしは絶句した。それでは、自殺行ではないか。

「でも、死にに行くわけじゃないんですよ」

 わたしの考えを読んで、フロイナが続けた。

「クロエによれば、船内にはまだ充分な消耗品が搭載されているから、当初予定していたメンバー十人が天寿を全うするに足るだけの食料や空気はあるんです。それに、こちらでは享受できないさまざまな驚異がわたしたちを待ち受けていてくれるんです。ある意味、〈ツォーベル〉は天国なんです」

 わたしはぎろりとクロエを睨んだ。彼女が、人類派の勝利のためにうまい話をでっち上げてフロイナたちを騙したのではないか、と一瞬疑ってしまったのだ。

「本当よ。嘘は言ってないわ」

 クロエが、真剣な表情で答える。

「三つ目の理由は……もうお分かりでしょう」

 フロイナが、気恥ずかしげに微笑んだ。

「計画が成功すればわたしとトルジは一生〈ツォーベル〉で暮らすことになるんです。あなたならもう気付いているでしょう、わたしが彼のことをどう思っているか。……ジョレスさんが一緒に来ちゃったら、彼が浮気するかもしれないじゃないですか。今後一生、三角関係に悩むなんてことは、願い下げですから」

 わたしは心中でおもわず吹き出した。やはり、この二人はそれなりの仲だったようだ。

 いずれにせよ、選択の余地はないようだった。足手まといと言われれば、降りるしかあるまい。

「わかったわ、フロイナ。トルジと二人で行ってらっしゃい」

 わたしの言葉を合図にしたのか、ごとりと音がして扉が開いた。早く出ろとでもいうように、内部の空気が音を立てて外に吸い出されてゆく。

 わたしはフロイナを抱きしめた。何かを言いたかったが、言葉は出てこなかった。

「さようなら、ジョレスさん」

 フロイナが、震えを帯びた声で言う。

「軌道連絡船の外壁に触らないでね。まだ熱いから」

 クロエが、感動的な別れの場面を無粋な説明で邪魔する。

「外へ出たら、右四十五度の方向に走って離れて。いまはそっちが風上だから。千歩くらい走ったところに、岩山があるわ。そこに隠れていて」

「ねえ、クロエ。あなたも行っちゃうの?」

「ええ。責任者としては、付いていかないとね。まあ、本体は〈ツォーベル〉にあるんだし」

「責任者?」

「あたしのフルネームは、クロエ・レーナルト。レーナルト少尉。〈ツォーベル〉の副センシング長だったの。そう、唯一の生き残りが、あたしだったのよ。いわば、このイタノスに災いをもたらしてしまった張本人ね」

 クロエが冷笑する。

「死ぬ前に、自分のパーソナリティをインターフェイス・プログラムに植え付けたの。だから、是が非でも残りの人々を助けなきゃならないのよ」

「ジョレスさん、本当にありがとう。そうだ、これ」

 フロイナが、例の貴石が詰まった小袋を、わたしの手に押し付けた。

「お礼というより、記念の品ですね。もらってください」

「ありがたく」

 わたしは受け取りながら、お返しにあげるものを探した。

 何もなかった。

 わたしは不意に、空虚な思いに囚われた。仕事柄、個人的な品物を持ち歩く習慣が、わたしにはないのだ。こんな大切なときに、差し出すものが何もないなんて!

 苦笑するしかなかった。偽造の身分証明書や、偽名の名刺など渡すわけにはいかない。

「ありがとう、ジョレスさん。一緒に過ごせて、本当に楽しかった。姉ができたみたいで……」

 そこまで言ったフロイナが、急に顔をそむけた。

「さようなら」

 ほとんど聞き取れないほどの声で言ったフロイナが、なおもわたしから視線を逸らしたまま、床に横たわった。先程とはうってかわったぎこちない手付きで、自らの身体を固縛し始める。

 去り時だった。これ以上別れを長引かせても、辛くなるだけだ。

「さようなら、フロイナ」

 わたしはそれだけ言うと、戸口から外へと踏み出し……危うく転びかけた。地面まで落差があることをすっかり忘れていたのだ。

 わたしは走った。クロエに教えられた岩山は、わたしを待っていたかのように人気のない平原にそのどっしりとした姿を見せていた。岩山のふもとにたどり着いたわたしは、一度だけ軌道連絡船を振り返った。その不細工な姿は、平和そのものの平原にあっては、普段着で葬儀に参列した人のようにいかにも場違いな存在だった。

 わたしは岩山のふもとを回りこむと、適当なところで足を止めた。

 わたしが止まるのを待っていたかのように、咆哮が伝わってきた。僅かに吹いている風を圧し、白く濃い霧のようなものが岩山の左右から流れ出す。

 咆哮が遠ざかってゆく。白い霧も、風に押されて急速に薄れてゆく。

 わたしは空を見上げた。白い煙の柱が、蒼天を登ってゆくのが見えた。

 わたしは、その白い柱が風に吹き散らされるまで、空を眺めていた。

「成功を祈ります」

 独り言をつぶやくと、わたしはあらためて周囲を見回した。はるか遠く、谷を隔てた丘のふもとに、僅かな耕作地と人家が認められた。ここは一体どこなのだろうか? 植生からすると西部諸国らしいが。

 わたしはひとつため息をつくと、もう一度風景を眺めておおよそのルートと陸標を確認してから、人家に向けて歩み出した。だが、わたしがその人家にたどり着く前に、あれほど晴れていた空は見たこともない気味の悪い黄土色の雲に覆われ、そこから泥混じりの激しい雨が降り出した。


予告どおり最終話も同時投稿しました。このまま次話にお進みください。

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