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17 夜襲

 暗闇の中で、わたしは目覚めた。

 異様な物音が聞こえたのだ。拳大の丸石を詰め込んだ網袋を引きずるような音、とでも形容すればいいだろうか。

 わたしは身体を起こすと、床に置いてあった荷物から鞘付きの短剣を取り出した。部屋の中に、他人の気配はない。

 また、音が聞こえた。部屋の外、壁越しに聞こえる。

 さらに、女性の悲鳴が上がる。

 わたしは脚に掛かっていた上掛けを蹴り飛ばすと、短剣を抜き放った。廊下へと通じる扉に駆け寄る。幸いなことに月は満月に近く、窓から差し込む月明かりで足元は明るい。内開きの扉を開け放ったわたしは、念のために姿勢を低くした状態で首を突き出し、素早く左右を確認した。人影は見当たらない。だが、左方から激しい物音が聞こえてくる。

 わたしは短剣を腰の位置に構えたまま走った。この家の間取りに関する記憶が確かならば、物音は食堂の方から聞こえてくる。わたしは廊下の角を曲がり、そこで立ち止まった。

 明るい色合いの髪の少女が、血まみれになって倒れている。一瞬フロイナかと思ってぎょっとしたが、すぐに違うことに気付いた。髪が長すぎる。メイドの子だろう。一見しただけで、絶命していると知れた。そう即断できるくらい、わたしは死体には慣れている。

 わたしは内心で謝りつつ彼女を飛び越え、走った。次に出くわしたのもまた、死体であった。今度は男性だ。暗い色の服装。敵味方識別用だろう、左腕に巻かれた白い布。傍らに転がる長剣。潰れた頭部。

 軍人だ。しかも、おそらくフロイナに倒されたであろう軍人。

 ヤミール国軍の襲撃か。

 わたしは短剣を構えたまま、広い食堂に走りこんだ。

 すさまじい状況だった。ひっくり返ったテーブルや床に投げ出された腰掛を踏み越えるようにして、十名前後の同じ装束の男たちが長剣を振るっている。抵抗しているのは五人。奥にある厨房の方で、おそらく魔術を使っているであろうメスタとフロイナ。その前で、いわば盾として長剣で立ち向かっている護衛の三人。

 その盾のうち一人が、軍人の刃に倒れた。ほぼ同時に、軍人の方も三人が崩れ折れる。

 わたしはいい位置にいた。軍人の方は、わたしに気付いていないらしい。全員がこちらに背を向け、フロイナらを屠ろうと必死になっている。

 わたしは素早く駆け寄ると、ひとりの軍人の背中に深々と短剣を突き立てた。そのまま軍人の身体を横抱きにするように引き寄せると、力の抜けた手から長剣を奪う。

 わたしに気付いた軍人二人が斬りかかってきたが、そのときにはわたしの方も充分に準備ができていた。分捕った長剣で、わたしは斬りつけてくる剣先をかわした。

 わたしが乱入したせいで、軍人たちの統制が乱れていた。盾代わりの護衛のうち一人がまた倒れたが、メスタとフロイナの魔術は残る軍人の数を半数ほどに減らしていた。また二人、相次いで頭部を潰された軍人側は、急に浮き足立った。あるいは、隊長格が死んだのかも知れない。潮が引くように整然と退却してゆく。わたしの相手を務めていた二人も、油断なくこちらに目を配りながらも、そそくさと裏口から逃げていった。わたしはむろん追わなかった。

「大丈夫?」

 わたしは長剣を下げたまま、遠慮なく軍人どもの死体を踏みつけてメスタとフロイナに駆け寄った。

「わたしは大丈夫です」

 そう返答しながら、フロイナが唯一生き残った護衛に近づいた。肩で息をしている青年は、おそらく負傷しているのだろう。もともと左利きなのか、それとも止血するために持ち替えたのかは判らないが、ともかく左手に長剣を持ち、左脇腹のあたりを右手で抑えている。

「完全に不意を衝かれたな……」

 メスタが、ランプに灯を点した。

 明るくなった食堂は、描写したくなくなるほどのすさまじい状況だった。折り重なる死体と、おびただしい血液。魔術によって頭部からはみ出した脳の一部。無理に例えれば、小魚のトマト煮の深皿をひっくり返した、といったところか。

「これは……」

 わたしはひざまずくと、死体のひとつをしげしげと眺めた。軍人の着ている服に見覚えがあった。正規の軍服ではないが、識別訓練で覚えさせられた記憶がある。左腕に巻きつけられている布は、改めてランプの光のもとで見れば、白ではなく明るい黄色だった。

 傭兵だ。思い出した。

「マッケイン国際傭兵部隊。ボーデフに本拠を持つ連中よ」

「ヤミールに雇われたのか?」

「おそらくね」

「ともかく、状況を把握せねば」

 メスタが、屋外へ出ようとすると、負傷していた護衛がすばやく前に出て、自ら先に戸口から外へと飛び出した。脇腹の傷は、たいしたことないらしい。異常なしとの声が掛かってから、あらためてメスタが外に出る。わたしもそのあとに続いた。

「しまった」

 メスタがつぶやくように言う。

 村はすでに軍勢の襲撃を受けつつあった。ちらつく松明の群れが、組織だった動きで侵入している。時折あがる叫び声は、うろたえた村人が発するものか、あるいは襲撃側の士官の叱咤か。

「ヤーダヴ。伝令を。戦えるものは移民船に集合。非戦闘員は離脱させろ」

 メスタが、生き延びた護衛に命ずる。復唱した青年は、すぐに闇の中に消えた。

「どうなさいますの、お父様」

「大事なのは軌道連絡船だ。フロイナ、おまえは移民船へ行け。なんとしても、軌道連絡船を守るのだ。わしは非戦闘員を離脱させることに全力を尽くす」

「はい。それでは、ご無事で」

 毅然として言い放ったフロイナが、わたしの腕を取った。

「行きましょう、ジョレスさん」

 わたしは彼女についてゆくしかなかった。振り返ると、いまだ同じ場所で立ち尽くしているメスタの姿が見えた。近づく松明の明かりを浴びて、黒々としたシルエットと化している。その視線の先に、走るフロイナの姿があるように思えた。


 周到に準備された襲撃だった。

 すでに、村の外周はヤミール国軍によって包囲されていた。おそらく、村を囲むように配置された国軍がその輪を狭めるのと同時に、密かに侵入したマッケイン国際傭兵部隊が主要な建物を襲撃したのであろう。リーダーたるメスタの家も、当然襲撃目標だったはずだ。事前に充分な情報を入手したか、あるいは内部情報を漏らした奴がいたのか。

 わたしとフロイナは、影を拾いながら村を抜け、包囲網の手薄なところを強引に突破した。気付いて追ってきた数名の兵士は、フロイナが魔術で倒す。追撃を振り切ったわたしたちは、背後を警戒しつつ移民船へと至る坂道を目指した。

 だが、ヤミール側は移民船のことも、その重要性にも気付いているようだった。登り口には、中隊規模のヤミール兵が陣形を整えて待ち受けていた。いくらフロイナが魔術の使い手だと言っても、まともに戦えば簡単にひねり潰されてしまう。

 わたしとフロイナは手近の茂みに隠れた。だが、そこにはすでに先客が潜んでいた。

「トルジ!」

 フロイナが、抑えた叫びをあげる。

「やあ、フロイナ。ジョレスさんも。考えることは、同じですね」

 トルジ・ソルと、わたしの知らない二人の男性が隠れていた。一人は筋肉質の中年、もう一人は、トルジと同年輩ながらひょろりと背の高い青年だ。いずれも長剣を吊っている。

「軌道連絡船を守るように、父さんに命じられたの」

 フロイナが、早口で状況を説明する。

「ぼくもそう考えて、駆けつけてきたんだ。オーリャとアターバックさんも同じさ」

「斜面を登ろう。丘全体まで、手が回っているとは思えない」

 おそらくアターバックという名前なのだろう、中年男が提案する。

「先導してください」

 フロイナが、勢い込んで言う。


 きつい登りだった。

 獣の踏み分け道ですらない、繁茂する下草が土壌の関係かなにかでわずかに切れている個所を選び、わたしたちは一列になって丘を登った。もしこの丘が木々に覆われていたら、とても踏破できなかったろうし、昼間であればすぐにヤミール兵に発見されたことだろう。坂道の方にはいくつも松明の明かりが見え、ヤミール兵の存在をうかがわせた。

「やはりな」

 先頭をゆくアターバックがつぶやくと、茂みの陰にしゃがんだ。同じようにしゃがんだトルジが、手まねでわたしとフロイナを呼んだ。

 いつの間にかわたしたちは、例の坑道入り口前広場を見下ろせる位置に達していた。そこは坑道から漏れる明かりと、掲げられたいくつもの松明でかなり明るく、細部まではっきりと見て取ることができた。

 ここでもまた、ヤミール兵が我々の行く手を阻んでいた。人数は……二個小隊程度だろうか。一個小隊は坑道を封鎖するかのように、その前に半円形に蝟集している。残りの人数のうち半数程度は、広場へと登って来る坂道の方を警戒しており、さらに数名は、外周警備として松明を手に散っている。広場の中心、ひときわ明るい松明数本が掲げられた個所に集まっているのは、指揮官とその補佐たちだろう。

「移民船内部にどの程度の兵員が入ったのか……」

 トルジがつぶやく。

「ねえ、こちら側の人員は何人くらい移民船の警備についていたの?」

「警備要員はせいぜい十名。作業員が二十名程度です」

 わたしの問いに、トルジが答える。

「勝ち目はうすいですね」

 フロイナが、唇を噛む。

「なんとか移民船内部へ侵入しましょう」

 トルジがきっぱりと言った。

「ぼくが軌道連絡船一号を動かします。とりあえずどこかに隠し、態勢を立て直して後日あらためて離昇すればいい」

「そんなことができるの?」

「できます。軌道連絡船は、いわば空を飛べるのですよ」

 トルジが微笑む。わたしは混乱しかけたが、なんとか理解した。鳥のように空を飛翔することも、星界まで上昇することも、飛ぶという行為には変わりないのだろう。

「計画はわかった。で、どうやって移民船の中に入るんだ?」

 アターバックが、聞く。

 わたしは唸った。トルジら三人の男性は、それなりの戦力にはなるだろう。わたしの剣の腕と、フロイナの魔術を使えば……闇を味方につけ、戦術的奇襲の要素を存分に活かし、さらに幸運の女神に気に入られれば、突破は不可能ではあるまい。

 しかし、入り口警備にこれだけの人数を割いているということは、内部にはその数倍の戦力を投入しているはずである。無理やり突破すれば、それらヤミール兵と戦う羽目になる。それは避けねばならない。やはり何か策略を考えねば。

 と、坑道入り口で動きがあった。穴に栓をするかのごとくに蝟集していた兵士が割れ、坑道から二つの人影が走り出してきたのだ。一人は軍服姿、もう一人は民間人の服装だが、いずれも右腕に黄色い布を巻いている。

 マッケイン国際傭兵の連中だ。

 二人は小走りに、わたしが指揮官と想定した士官を含む一団へと近づいた。士官が丁寧に答礼したところを見ると、民間人の服装はそこそこの人物らしい。偽装した士官か、あるいは何らかの高級軍属なのだろうか。マッケインの二人とヤミール士官はわずかに言葉を交わした。むろん、声はわたしたちのところまで届いてはこない。

 やがて士官が振り向き、傍らの下士官になにやら命じた。すぐに下士官が待機していた兵士二人を指名する。その二人の兵士に前後を挟まれるようにして、マッケインの二人が歩き出した。居並ぶヤミール兵の視線を浴びながら広場を出て、足早に坂道を下ってゆく。

「あの四人を襲いましょう」

 わたしはぼんやりと浮かんだアイデアを煮詰めながら、そうトルジに提案した。


第十七話をお届けします。

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