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12 偽りの会食

 ジェネハルー市でフロイナが選んだのは、小さいがそこそこ格の高い宿屋であった。宿泊専用で、酒場や食堂を兼用していないタイプの宿である。

 とりあえず一泊分の宿賃……フロイナのおごりである……を払い込んだわたしたちは、部屋に入った。一休みしたあとで、すぐにフロイナが出かける。わたしが待っているあいだの宿賃を工面するために、貴石を処分するのである。

「知り合いに会う必要もあるので、結構時間がかかるかもしれませんが、待っていてください。夕食までには、戻りますから」

 そう言い置いて、フロイナが出て行く。わたしは散歩に出るかもしれないと告げ、彼女を見送った。

 しばらく待ったのち、わたしは宿屋の外に出た。定石どおり見張られていないことを確認してから、街路を歩み始める。

 ジェネハルーの街には、一種異様な雰囲気が漂っていた。さながら試合前の拳闘家の控え室のような、わずかに殺気立ったような落ち着きのない感覚が、路地裏にまで浸透している。人々は足早に歩を進めているし、物売りの掛け声にもいささか生気がない。

 わたしはすぐに、その雰囲気の原因に気付いた。軍人の姿が多いのである。制服私服を問わず、街は軍人だらけであった。所在なげにぶらつく士官の三、四人連れ。おそらく地方の部隊に所属していたのだろう、物珍しげに周囲を見回しながら歩く兵士の一群。くだけた服装だが、よい体格と鋭い目つき、それに民間人らしからぬ物腰と、排他的な連帯感の臭いを放つことによりすぐに軍人とわかる青年たちのグループ。よからぬことを企んでいるのか、道端でひそひそと内緒話に講じる頭の鈍そうな兵士のコンビと、それをさりげなく見張る私服憲兵らしい小柄な男。明るい灰色の軍服を着けた、シャイメーン王国の士官さえ何名も目に入った。

 演習だろうか。あるいは、わたしが関わっている一件に関係があるのだろうか? 訝りつつも、わたしは彼ら軍人の気を引かないように留意しながら、連絡員の家を目指した。

 うまい具合に、連絡員は在宅だった。わたしは船上で書いた暗号化した報告書を手渡し……むろんクロエとの接触もしっかりと書き込んでおいた……ボンパールに渡すように依頼した。ジェネハルーに向かうことはすでに報告済だから、おそらく彼も近くにいるはずである。

 連絡員……でっぷりと太った男だったが……は、わたしにある住所を告げた。そこに先回りした現場工作員がいるから、接触しろと言う。わたしは住所を頭に叩き込むと、すぐにそこへと向かった。尾行の気配は、ない。

 教えられた住所にあったのは、なんと宗教施設だった。簡素な造りの木製の楼門をくぐりぬけたわたしは、見学に訪れた旅行者といった雰囲気で敷地内に足を踏み入れた。

 広々とした内部は人気に乏しかった。とても都市の一角にあるとは思えぬほど、静寂に包まれている。奥に立つ平屋の建物から、よく聞き取れない文言を唱和する声が聞こえてくるだけだ。祈りの文句だろうか、あるいは単に修行規則みたいなものを再確認しているだけなのか。わたしはいぶかしさを感じながらも、怪しまれないように堂々と歩を進めた。

 眼に入る敷地内の大半は突き固められただけの剥き出しの土だが、宗教上の意味があるのだろうか、人が二人並んで歩ける程度の幅の石畳が妙な角度で曲がりくねりつつ奥へと伸びており、わたしの足もごく自然にその上を辿っていった。所々に植えられた柳に似た樹木は、巨大な空豆のような藤色の実を数十個ぶら下げており、それらはわずかな風に揺られてぶつかり合い、ぽくぽくというくぐもった音を間歇的に奏でていた。

 不意に、脇に建っていた納屋の陰から人影が現れた。手に箒を持った、いかにも宗教者然とした生成りのローブを羽織った中年男性だ。わたしに向け会釈すると、聞き覚えのある声で挨拶する。

「これはこれは、ようこそいらした。改宗ご希望の方かな?」

 男性が、にやりと笑う。

 わたしは心底驚いた。こんな処で、ゴーワに会えるとは思ってもみなかった。そう、わたしの隣の机に座る、お茶好きの男である。

「こちらへ」

 優雅に一揖いちゆうすると、ゴーワはわたしを石畳の分岐点へと導き、さらにその先にある東屋へと誘った。作り付けになっている石のテーブルを見たわたしは、にやりとした。お茶のフルセットが用意してある。いかにも、ゴーワらしい。

「久しぶりね」

 箒を東屋の隅に立て掛け、茶褐色の古びた壷に蓄えられていた水で几帳面に手をすすぐゴーワを眺めながら、わたしは小声で言った。

「前の任務が無事に終わってね。たまたま近くにいたんで、こっちへ引っ張られたんだ」

 同じく小声で、ゴーワ。任務に関係のない、本来ならば交わしてはいけない会話である。自然と、声は小さくなる。

「状況は? サドラヌを出たあとからでいい」

 適度に蒸された茶葉に湯を慎重に注ぎながら、ゴーワが訊く。わたしは、河船とジェネハルーに着いてからのフロイナの様子を手短に物語った。クロエとの接触を話すと、さすがのゴーワも驚いた様子だったが、魔術の一種と解釈したようだ。

「となると、君の任務もここまでだな」

 湯気の立つカップを差し出しながら、ゴーワ。

「そうね」

 わたしはお茶を味わった。

「……おいしい。でも、なんか違う味ね。初めての香りだわ」

「こちらで見つけた葉をブレンドしてみたんだ。かなり買い込んで帰るつもりだ」

 ゴーワが、趣味に関して誉められた者特有の、誇りとはにかみが交じり合った笑みを見せる。

「それはともかく……『長角材』と直接会って指令を受けなければなんとも言えんが、現状ではフロイナ・マークランドがジェネハルー市を離れた時点で、全作戦を終了させる腹積もりのようだ。『防水合板』の意向らしい」

「そう」

 わたしはそっけなく応じると、独特の香りを放つお茶をすすった。

「これは独り言だが……ヤミール国軍が、動員をかけている。周辺諸国も、即応能力を高めつつある。どうやら、北のある地点にいる魔術貴族の末裔が住む地域で、掃討作戦を行うつもりらしいな」

「どうりで、街が軍人だらけなわけね」

 わたしは納得し、次いではっと息を呑んだ。

 フロイナが危ない。

 しかし、わたしにしてやれることは何もなかった。警告しても、彼女はメスタの元へと赴くだろう。それに、フロイナの魔術の腕前を持ってすれば、不意を衝かれない限り、二流陸軍……この辺りの軍事技術レベルは、はっきり言って低い……の兵士相手ならば、無敵と言える。

「とりあえず以上だ。おかわりは?」

 ゴーワがポットを持ち上げる。

「いただくわ」


「夕食は外で採りましょう」

 宿に帰ってくるなり、フロイナはそう言ってわたしの手を取った。

 ジェネハルーでも一番のヤミール料理の店に連れてゆく、と主張するフロイナに連れられ、わたしは賑わう街路を歩んだ。市街計画もなにもない、ごみごみした街であった。もともとジェネハルーは、近在農民や遊牧民の開く定期市が発展し、常設市場となり、それがさらに栄えて市街を形成した、というタイプの都市である。こういう処は、狭く曲がりくねった街路が無秩序に交錯する迷路のような市街地を成す場合が多い。

「ここです」

 フロイナが自慢げに言う。

 その店は、賑わう街路を外れ、裏通りを進み、路地のひとつを入ったところに、ひっそりと建っていた。派手な赤に塗られた切妻屋根の二階建てで、城塞かなにかの意匠を真似たのだろうか、正面扉の前に妙に大きなアーチ型の門が添えられている。わたしは愛犬家手作りの犬小屋を連想した。

「さあ、思いっきり食べましょう」

 フロイナが、わたしの腕を取って引っ張る。

 静かな外見とは裏腹に、店の中はかなりの賑わいであった。さして広くもない一階部分は何本もの朱塗りの円柱に支えられた広間となっており、設えられたテーブルは八割方埋まっていた。厨房は、その奥にあるらしい。果物の甘い香りと、脂肪の焦げた臭いが、わずかに漂ってくる。予約してあったのだろう、すぐに店の者がやってきて、わたしとフロイナを二階へと案内した。

 二階は予想通りいくつもの個室に分かれていた。

「任せてくださいね」

 小ぢんまりとした部屋に落ち着くと、フロイナがそう言った。わたしは承認のうなずきで応じた。ヤミール料理など食べるのは生まれて初めてである。彼女に任せるしかあるまい。

 やってきた給仕相手に、フロイナが早口で注文を出す。わたしは気を緩めて、室内の装飾を愛でた。東部地方特産の黒い硬木を使った木彫りの数々が、壁にランダムに配された小さな棚に飾られている。そのほとんどが、動物をモチーフにしたものだ。優美に翼を広げた水鳥、幸せそうに眠る猫、つがいの高山ペンギン、自分の膝をかじる馬、一個分隊のひよこを引き連れた雌鶏。なかには、想像上の生き物である熊が、魚を肩に担いでいる姿などという珍品もあった。

 ヤミール料理は、当然といえば当然であるが、肉と川魚を中心に据えたものであった。わたしは地元の、ちょっと甘口のワインを飲みつつ、ヤミール料理の数々を堪能した。濃く下味をつけた牛の内臓肉のミンチを薄切りの羊肉で巻き、焼き上げた上に果実系のソースをかけたもの。一口大に切って揚げた川魚を数種の野菜とともに炒め、酸味のあるとろりとしたたっぷりのソースとからめたもの。香りの良い数種の生野菜の細切りを、塩味だけで茹でた冷羊肉に巻いて、好みのソースをつけて食べるもの。いったん干した小さな川魚の身を水で戻し、薄切りの野菜とともにスープにして、川海苔の一種を散らしたもの。香草のたっぷりと入ったソーセージの数々。ピラフは妙に辛口で、小指の爪くらいの小さな川海老と、得体の知れない茸の小片がたっぷりと入っていた。デザートは、シンプルな果物の盛り合わせのヨーグルト添えと、それぞれ色と味わいの異なる三切れのチーズ。

 あきらかに、わたしは食べ過ぎていた。反応が遅れたのは、そのせいだったろう。

 給仕が入室する気配にも、わたしは顔を上げなかった。ヨーグルトを絡ませた桃を口に運ぶのに忙しかったのだ。給仕がカップに食後のお茶を注ぎ終わって初めて、わたしは彼の顔を見た。

 メスタ・マークランドだった。……フロイナの、実父だ。

 わたしはフォークを手にしたまま、硬直した。驚きの表情が顔に出たことは、間違いない。

「ありがとう」

 わたしは狼狽をごまかそうと、そう口に出した。視線を逸らし、ひんやりとした桃を口に入れる。メスタの顔を知っていることは、もちろんフロイナには告げていない。

 しかし、なぜメスタがここに?

 わたしは視線を上げ、フロイナの様子をうかがった。金色の髪の少女は、にこやかな笑みを浮かべてわたしを見つめている。その口が、開いた。

「ジョレスさん、父を紹介しますわ。名前はメスタ。父さん、こちらがジョレス・スタタムさん。わたしの、恩人です」

 わたしはメスタを見やった。表情を作る必要はなかった。おそらくとっても間抜けな、ぽかんとした顔だったろう。

 メスタがうなずきと同じくらい軽く、頭を下げた。手にしていたポットをテーブルに置き、わたしをじっと見つめる。気持ちのいい視線ではなかった。さながら、市場で競りに掛けられている枝肉になった気分である。

 わたしはジョレス・スタタムとしてのとぼけた演技を続けるしかなかった。フロイナの真意が読めない以上、それしか選択肢はない。

「……どうも、初めまして……って、フロイナのお父さんって、ここで働いてたの?」

 フロイナが、くすくすと笑う。一方のメスタは、渋面を作った。

「父は色々とわけありで、表立って動くわけには行かないから、こういった回りくどいやり方で会ってもらっただけです」

 笑いを抑えるためか、口元に手をやりながらフロイナ。

「……それに、ジョレスさんにヤミール料理もご馳走してあげたかったし」

「で、どういうことか説明してくれるな、フロイナ?」

 メスタが、部屋の隅にあった予備の椅子を持ち上げながら訊いた。どたんと音を立ててテーブルのそばに置き、腰を下ろす。口調にも、動きにも苛立ちの色があった。

「ごめんなさい、お父さん。説明はしますわ」

 真剣な表情で、フロイナ。

「急にこんな形でお呼び立てしたのには、二つ理由があるの。わたし。ハンさんから現状を聞きました。ヤミールと周辺諸国が、計画の妨害に出ているそうじゃありませんか」

「軽々しく口にするな」

 わたしにちらりと視線を走らせながら、メスタが娘をたしなめる。

「いえ、この話はジョレスさんにも聞いていただかねば。この方の協力が、必要なんです」

「なにが必要だ。騙されおって」

 メスタが怒りを込めた口調になった。

「アーサル村でメレンチェフらが返り討ちにあったと聞いて、詳しく調べさせたんだ。間違いない。この女は、デフレセル王国か、その同盟国の公安関係者だ」


 ばれた。

 わたしはテーブルの下でさっと脚を開き、下半身に力を込めた。ポットの中には、まだ熱いお茶がたっぷりと残っているはずだ。掴み取り、中身をメスタに浴びせれば、十数秒稼げる。メスタが単独行動していると考えるのは、甘すぎるだろう。少なくとも、二人は武装した護衛がいるはずだ。しかし、このレストラン全体がメスタの手の者によって抑えられているとは思えない。不意さえ衝けば逃走は容易だろう。あとは連絡員の処に逃げ込み、新たな指令を待てばよい。最後にこういう形で味噌がついたのは残念だが、もうすでに任務は終わったも同然である。

 だが、わたしの逃走準備は無駄に終わった。

「知っていますわ、それくらい」

 メスタの告発に、フロイナが間髪を入れずに答えた。顔色ひとつ変えず、涼しげに。

 わたしはまじまじとフロイナを見た。彼女は、微笑を返してくる。

 では、とっくにばれていたのか。フロイナの知性を、過小評価していたということか。いや、演技力に騙されていたのか。

 不思議と、悔しさは感じなかった。むしろわたしが感じたのは、安堵感であった。内心、フロイナを騙しつづけることに罪の意識を感じていたのだろうか。

「知っていたなら、なぜ……」

「気付いたのは、つい最近よ。ヴェンドーンの襲撃から逃げ出したあたりで、なんとなく怪しいと思ってたわ……」

 詰問口調の父親を無視して、フロイナがわたしに語りかける。口ぶりは、あくまで穏やかだ。

「確信が持てたのは、サドラヌで再会したとき。告げればジョレスさんはわたしの元から去ってしまうだろうし、わたしを守ってくれていることは確かなんだから、黙っていたけど」

 わたしはため息をついた。現場工作員として、なんと危うい橋を渡っていたことか。

「フロイナ。まだわたしの質問に答えていないぞ」

 きつい口調で、メスタ。

「……なぜわたしをこの女に会わせるのだ?」

「ひとつは、娘として命の恩人を唯一の肉親である父親に会わせたかったんです。お父さん、ジョレスさんに一言でいいですからお礼を申し述べていただけませんか? 彼女がいなければ、わたしはとっくに死んでいたはずです」

 凛とした口調で、フロイナ。わたしは自分の立場を一瞬忘れ、昔のことを思い出していた。実父に向け、堂々と自分の考えを主張し、初めてやりこめたときのことを。娘が父親にこういう態度で接することができるようになれば、親離れの日は近い。

 しぶしぶと、メスタがわたしに向き直った。渋面のまま、深く頭を下げる。

「本名とは思えんが、ジョレスさん、娘を救ってくれてありがとう」

 わたしは戸惑った。任務ですから、と応じれば、フロイナは傷つくだろう。わたしは妥協した。

「なりゆきですわ。それに、こんないいお嬢さんを傷つけようとする連中は、許せませんから」

 頭を上げたメスタの渋面は、やや和らいでいた。……娘が持ち上げられるのを喜ばぬ父親はまずいない。

「で、もうひとつの理由ですが」

 改まった口調で、フロイナが切り出す。

「ジョレスさんに協力してもらえれば、今回の危機が乗り越えられるかもしれないと思うんです」

「彼女の協力だと?」

 メスタが訝る。

 訝る気持ちはわたしも同様だった。協力とは、なんだ? まさか、わたしに『きどうれんらくせん』に乗れなどと言い出すのではあるまいか。

 フロイナが、わたしを見据えた。

「ジョレスさん、あなたは、デフレセル王国の公安当局に所属していますね」

 質問の体裁をとってはいるが、口調は断定的である。

 いまさら否定はできなかった。わたしは、かすかにうなずいた。

「どうしようというのだ?」

 メスタが口を挟む。

「ジョレスさんの協力を得て、デフレセル王国の有力な人物を説得できないかしら。たとえば、ヤミール駐在公使とか。遠いけど、デフレセルは大国よ。東部諸国に外交的圧力を掛けられるかもしれない」

「途方もない話だ」

 メスタが天井を仰ぐ。

「現場工作員程度の言うことを、公使が簡単に聞くものか。それに、もし公使を説得できたとしても、デフレセル王国全体が動き出すまでにはかなりの時間がかかるだろう。官僚制度の発達した大国というのは、得てして小回りが利かないものだ。無理だよ」

「計画がお父様のおっしゃる通り、この世界を救うものであれば、説得は容易ですわ。少なくとも、賭けてみる価値はあると思います。それに……」

 フロイナが言葉を切り、恨みがましい視線を実父に浴びせる。

「わたしにもそろそろ詳しいことを教えてくださいな。彼以外の軌道連絡船搭乗メンバーの名前とか。でないと、協力できません」

「あっさりと家出する娘に機密事項をそう易々と明かせるものか」

 メスタが皮肉な笑みを浮かべつつ応じる。

「他になにか、ヤミールと周辺諸国の動きを平和的に抑える手立てがありまして?」

 やや辛辣に、フロイナ。

 メスタが沈黙した。父娘が、意味ありげな視線を交わしあう。部外者としての居心地の悪さを感じながら、わたしは二人を見比べていた。

「よかろう」

 やがて、メスタが立ち上がった。それを見て立とうとしたフロイナを手で制し、わたしを見据える。

「娘から計画について多少は聞いているのかね?」

「多少は、ね」

 わたしは曖昧に認めた。

「わたしと仲間が進めている計画は、この世界を救うためのものだ。だが、ヤミール共和国と周辺の諸国は、これを魔術貴族による反乱の前兆と捉え、軍を動員している。おそらく、近日中に多国籍の討伐軍が編成され、我々の掃討に乗り出すだろう。これを平和裏に阻止するために、こちらとしても色々と手は打っているものの、成果ははかばかしくない。ヤミール当局とは信頼関係の醸成を怠ってきたし、周辺諸国に至っては、今回の騒動を我々を一掃するチャンスだと見ている節さえある。あんたを完全に信用したわけではないが……デフレセルに頼るというフロイナの考えは悪くない。どうだろう、一緒に来てくれんか? 計画について詳しく教えて進ぜよう。どうせ、あんたの任務もそれだったのだろう? もちろん、計画の詳細を知った以降、自由な行動は慎んでいただくことになるが」

 メスタが、吹っ切れたように一気にしゃべる。

「安全の保障は?」

 そんなものはない、と承知のうえで、わたしはあえてそう問うた。

「わたしが守りますわ」

 すかさず、フロイナ。

 いまだ事態を充分に飲み込めていなかったが、計画の詳細を教えてもらえるのならば、危険を冒す価値はあろう。それに、下手に断ればこの身に危険が及ぶ恐れもある。

「いいでしょう。教えてもらうわ」

「結構」

 満足げにうなずいたメスタが、真顔で続ける。

「では、信頼の証として、ここの勘定はわたしが持とう」

 わたしはやや眉根を寄せてメスタを見上げた。だが、その禁欲的な顔立ちを眺めた限りにおいては、彼の今の一言が本心からの信頼の証明なのか、それとも単なるジョークなのか、わたしには判りかねた。


第十二話をお届けします。

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