プロローグ
「これを全部鵜呑みにしろというのかね?」
「信じざるを得ない、と申し上げておきましょう」
食ってかかる内務大臣を尻目に、アデヤントは冷静に答えた。
「ヤミール共和国にいたはずの彼女が突如ティルビス公国内に現れたのはほぼ事実ですし、連絡員に例の報告をもたらしたのも、尋常では考えられぬ早さです。わたしに口頭報告を入れた時点でさえ、外務省ですら断片的な情報の前に混乱を来たしていたのですからね」
「しかし……」
「農夫による白い柱の証言、死亡した彼女の同僚が生前に提出した報告書、我が国駐在のボーデフ王国当局関係者に対する聞き取り調査。その他多くの状況証拠が、彼女の報告とほとんど矛盾しないのです」
「この……」
内務大臣が、分厚い報告書の束を平手で叩く。
「……星界でのハネムーンなどという話も信じろと言うのかね?」
「筋は通っています」
「では、君はこれを首相と国王に提出せよ、と言いたいわけかね? 一字一句違えずに?」
苛立たしげに腕を組んだ内務大臣が、アデヤントをねめつける。
「そうは申しておりません。閣下が報告書の内容に疑いを持たれ、首相と陛下にあれは天災であった、とご報告なさるのは……権限の範囲内でしょう。わたくしは内務省に属する一官僚として、部下の提出した報告書を閣下にお渡ししただけです」
「君は信じているのだな?」
「優秀な部下ですから」
アデヤントはさらりと言い切った。内務大臣が、唸る。
「いや、やはり提出はできん」
ややあって、内務大臣がそう決断した。その言葉を強調するかのように、報告書をわずかにアデヤントの方に押しやる。
「賢明なご判断と推察いたします」
「皮肉に聞こえるんだがな」
「お疲れなのでしょう。では、これで」
アデヤントは報告書をテーブルの上からひっさらうと、一礼して扉に向かった。その顔は無表情そのものであり、報告書が受け入れられなかったことに対し、彼がどのような思いでいるかを推し量ることは不可能だった。
プロローグをお届けします。お読みいただきありがとうございました。詳しい後書きなどは同時投稿の第一話に書かせていただきます。