32 王国は滅び、女王と騎士は進み続ける
「陛下が【破壊】を身に付けたように、あたしには【転移】の力が――」
シリルの言葉にディータは驚きの声を上げた。
「力、だと?」
「たぶん、陛下が聞こえたという声と同じだと思います」
答えるシリル。
「【転移】の第一術式。使用するたびに100ポイントを消費する、ということでした」
「また『ポイント』か」
「あのときは陛下をお救いしたい一心で――陛下をお連れして、その場から【転移】しました。それほど長い距離は移動できないようだったので、とにかく【侵食】の攻撃範囲から逃れられるまで、何度も何度も――」
そこでシリルの顔が真っ青であることにようやく気付く。
「君は……」
「さすがに……ちょっと疲れました」
そう言うと同時に、シリルは倒れた。
「シリル……? どうした、シリル! しっかりするんだ!」
――おそらく、シリルは精神力を使い果たしたのだろう。
二人の力……『天の遺産』を使用するために必要な『ポイント』というのが精神力だと仮定しての話だが。
「うう……」
しばらくして、シリルは目を覚ました。
顔色は青いままだが、それでも先ほどよりは血色が戻っている。
「よかった。気が付いたか」
ディータはホッと安堵した。
おそらく命に別状はないのだろう。
「ご心配をおかけしました……」
シリルが体を起こす。
「……生き残ったのは、私たちだけか」
ディータがつぶやいた。
その視線の先には、もともと王都があった場所――。
「何も、なくなってしまいました……」
シリルも呆然とした顔でつぶやく。
王都だけではない。
その先に広がる都市も根こそぎ荒野になっているようだ。
この分だと王国全てが呑みこまれてしまったのかもしれない。
「みんな、死んでしまったのですか……?」
「……分からない」
「みんな、なくなっちゃった……」
シリルは力なく崩れ落ちた。
地面に突っ伏し、嗚咽をもらし始める。
「――泣くな、シリル」
「だって! みんな、いなくなっちゃったんですよ! あたしの大好きな人たちが、みんな! どうして、陛下はそんなに平然としていられるんですか!」
シリルが叫んだ。
彼女がこんな風に自分に食って掛かるのは、初めてかもしれない。
ディータはそんなシリルを見つめ、穏やかに微笑んだ。
「私だって悲しい。けれど、感情に囚われていては君主は務まらないさ」
「陛下――」
「それに――まだ希望は残っている」
「えっ」
「生きているかもしれないんだ」
ディータがシリルを見つめる。
「私は……最後に見た。一瞬だったが、確かに見えた」
言葉に、力を籠める。
「あの黒い空間の中に、王都が丸ごとすっぽりと入っていたんだ。いや、王都に見える何かが……」
「まさか――」
シリルが息を呑むのが分かった。
「あいつの中で、王都が……いえ、もしかしたらクリシェ王国がそのまま存在している――?」
「あくまでも可能性だ」
ディータは言った。
「けれど、私はその可能性に賭けてみたい」
力を込めて、宣言した。
「私の全てを賭けて、国を救うために力を尽くしたいんだ」
「あたしも、誓います。陛下」
シリルがディータの前に跪いた。
「ディータ、だ」
彼女はシリルを助け起こした。
「これからは女王と騎士ではない。同じ目的のために進む同志。また昔のように名前で呼び合わないか?」
「陛下……」
「ディータ、だ」
彼女はまた笑った。
「これからはもう――私に忠誠を誓わずともよい。忠義ではなく、同志として戦おう」
「同志……」
つぶやき、うなずくシリル。
「いいですね、それ。本当はあたしもずっと名前でお呼びしたかったんです」
シリルが嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、あらためて。よろしくお願いしますね――ディータ」
「ああ、我が同志よ」
ディータが深々とうなずいた。
そして――かけがえのない、我が友よ。
心の中でそう付け加えながら。
その後も、突然現れた魔物――誰からともなく【侵食】と呼ばれるようになった――は猛威を振るった。
クリシェ全域を飲みこみ、消滅させた後、近隣のカーライルなどいくつかの国でも大きな被害を出した。
そして、突然――消えてしまった。
文字通り、この世界から姿を消したのだ。
魔導学者たちの説によれば、長い休眠期に入ったとも、別の世界に移動したのだとも言われているが定かではない。
ともあれ【侵食】は消えた。
まるで最初から、どこにもいなかったかのように。
まるで、すべてが夢だったかのように。
だがディータとシリルにとっては、どこまでも残酷な現実だった。
醒めない悪夢だった。
同時に、消えない夢もある。
そう、あの日から――。
ディータはずっとその夢を追っている。
今も存在しているのか、それともすでに滅びているのかも定かではない故国が。
いつか、もう一度戻ってくることを。
シリルとともに、故国でもう一度平和に暮らせる日が来ることを――。
ディータは回想を終え、ふたたび現実に意識を戻した。
いつまでも過去を振り返っていても仕方がない。
けれど過去は、彼女にとって先へ進むための指針だ。
ときどき、こうして思い出し、確認することは必要だろう。
自分の原点と――。
「未来を、な……」
「えっ、何か言いました、ディータ?」
シリルがキョトンとして振り返る。
「いや、なんでもない。それより――確認しておくぞ、シリル」
「ん? おーけーです、ディータ」
と、うなずくシリル。
「私たちは力を合わせて【星の心臓】を目指す。その途中、おそらくゴルドレッドが言っていた【天星兵団】が立ちはだかるだろう」
「【星の心臓】を訪れる者たちの審判者にして番人――でしたよね」
「ああ。出会えば戦闘になるのは必然だ。そのときは私たちで連係してこれを叩く」
「あたしたちが組めば無敵ですよ」
「当然だ」
うなずくディータ。
「そうして階層を進み、最深部まで到達するのが最初の目標だ。そして、その先は――」
「競争、ですよね」
と、シリル。
その表情から笑みが消える。
「最深部に行き、大いなる力を得られるのはたった一人だ。私か、君か」
「あたしはディータでいいと思ってますよ?」
シリルが笑った。
「だって、あたしが力を得て、クリシェを再興できたとして……女王なんて無理ですし」
「そうかな? 案外、君の方が私より君主に向いているんじゃないかが」
「え~、ないですよ」
シリルが苦笑した。
ディータとしては本音だったのだが、彼女はそれを冗談だと捉えたらしい。
「君主……か」
ぽつりとシリルがつぶやく。
その横顔に一瞬――普段と違う彼女の表情が浮かんだ気がした。
「シリル……?」
「あ、ううん、なんでもないです」
シリルが両手を振る。
「話が逸れちゃいましたね。あたしたちが最深部に行ったときの話よりも、そこに行けるかどうか……の話だと思います」
「ああ、その通りだ。私と君がともに戦うとはいえ、他の保持者たちはすべて競争相手になる。そして――」
ディータは眉根を寄せ、表情を険しくした。
「これから先、私たちの前に立ちはだかるのは――おそらく、あの男だ」
「……ゴルドレッド・ブラスレイダー」
ディータの言葉にシリルが返答する。
「おそらく、奴も私たちを警戒している」
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