29 王国が滅んだ日1
ディータとシリルは【星の心臓】の内部を進んでいた。
以前にゴルドレッドから聞いたことがある。
【星の心臓】は複数の階層で構成されており、絶対の力を得るためにはそれらを乗り越えて最深部まで行く必要がある、と。
そして、道中には神や魔王すら超える最強の存在――【天星兵団】が立ちはだかっている、と。
「えへへ、遠足みたいですね~」
シリルは気楽な口調だ。
つい先ほどまでは【防壁】の保持者であるフローラと相対していたのだが、そこで突然このダンジョン内に転移させられたのだ。
理由は分からない。
フローラの姿が見当たらないから、別々の場所に転移したのだろうか。
分からないことだらけだが、ともあれ【星の心臓】に入ることができたなら、二人がやるべきことは一つだけだった。
「私たちで最深部を目指そう」
「ですね、ディータ」
彼女の言葉にうなずくシリル。
「もう……ライバルを偽装する必要もないな」
ディータが言った。
もともと彼女たち『天の遺産』の『保持者』たちは【星の心臓】を目指すために手を組んでいた。
とはいえ、最終的に【星の心臓】の最深部にたどり着き、大いなる力を得られるのはたった一人。
だから、仲間といっても暫定的なものであり、【星の心臓】への道を見出すことができれば、後は『仲間』から『競争相手』に変わる――。
その前提での仲間だった。
二人の力だけでは【星の心臓】の位置も侵入方法も、何も分からなかった以上、仲間の力は必須だった。
だが、この【星の心臓】までたどり着くことができた今、もはやその偽装は必要ない。
「後は私たちの目的を果たすだけだ」
「あたしかディータか、どちらか一人が最深部にたどり着けば――」
「王国はよみがえる可能性が生まれる」
ディータの言葉に力がこもった。
「いや、必ずよみがえらせてみせる」
「……ですね」
うなずくシリル。
「本当はみんな、分かっていたんだろうな。私たちが協力関係であることを」
「それはそうでしょう」
シリルが苦笑した。
「いちおう建前として、【星の心臓】を目指して今は協力関係ですけど、いずれは他の全員を蹴落とす。あたしもディータもそういう態度を取ってましたけど……本当のところ、あたしたちは最後まで協力関係にある。そんなの丸わかりですよ」
「私は気取られていないと思っていたが――」
「そんなわけないです」
「そうか?」
「当たり前でしょ」
シリルがため息をついた。
「意外と鈍いですよね、ディータって。そういうとこ、昔から変わらないです」
「私は私だ。変わらないよ」
ディータは苦笑した。
「それは君も同じだろう」
「あたしは――」
シリルが首を振る。
「どうでしょうか。あのころとは違う……」
その横顔から普段の明朗さが消え、陰鬱な影が差した。
「ううん。あたしたちは……あのころとは違う。ディータだって」
シリルがこちらを見つめる。
「もう、あのときの陛下じゃない」
「……!」
「でも、いいんです。あたしたちは……たとえかつての自分とは違う自分であったとしても……大切なものを守るために選んだ道ですから」
「そうだ、私たちにとってかけがえのないものを――」
守る。
「そして、取り戻す――」
二人は【星の心臓】の内部を進んでいく。
目指す先は【星の心臓】の最深部だ。
道のりはまだまだ遠いことだろう。
「……それでも、一歩一歩近づいている」
その事実がディータの気持ちを高揚させる。
「とうとう、やって来た」
ディータは自分自身に言い聞かせるようにつぶやいた。
「ここまで来たんだ――」
長かった。
永遠とも思える五年間だった。
かつて、彼女が……女王エシャルディータが治めるクリシェ王国は平和に満ちていた。
けっして大国とはいえないものの、民たちは幸せに暮らしていたし、そんな彼らを見守ることが彼女にとっての幸せだった。
外敵に関しては、頼もしい筆頭近衛騎士のシリルがいたし、他にも多くの猛者が国を守るために日々鍛錬していた。
クリシェの平和は永遠に守られていくのだと思っていた。
――あの日、すべてが崩壊するまでは。
今から五年ほど前、クリシェ王国で武術大会が開かれた。
近隣の国々の騎士や魔術師、あるいは流浪の戦士……様々な猛者が会し、その腕を競い合う大会である。
その大会において、一人の剣士が圧倒的な強さを示した。
『覇王竜の翼』に所属するS級冒険者、『紫電の刃』デオルス・グレイ。
竜王国ガドレーザから派遣された特級竜騎士のライラ・ザリム。
ゼルージュ王国から出場した武闘家ゴウレン・ゲキ。
名だたる猛者たちが、いずれも一瞬にして敗北した。
戦闘能力の次元が違う――そう思わされるだけの、すさまじい強さ。
「あれが噂に名高い【黒天閃】か……」
ディータは観覧席から武闘場を見下ろし、つぶやいた。
御前試合において、彼女は圧倒的な実力を披露し続けている。
破竹の連戦連勝だ。
「我が国や他国の騎士や魔術師、それに名だたるS級冒険者たち……すべてが彼女一人の前に敗れていく――」
おそるべき剣士だ。
叶うならクリシェ王国で召し抱え、大将軍の地位にでも据えたいところだが――。
「まだ、あたしがいますよ。陛下」
一人の騎士が進み出た。
「――シリルか」
シリル・ゼルベスト。
クリシェ王国近衛騎士の筆頭であり、この国で最高の剣士でもある。
「【黒天閃】などいなくても、このあたしがおります。陛下」
シリルはその場に跪き、恭しく告げた。
「君の力は誰よりも頼りにしている。だが、君一人で国を守ることなどできまい」
ディータが言った。
「力のある者は多ければ多いほどいい。まして、このクリシェは列強の大国から常に狙われる立場だからな」
大陸でもっとも古い歴史を持つ国の一つ、大国ウラリス。
代々、賢王名君が治め、常に大きな国力を維持しているゼルージュ。
国土に多数の竜が生息し、最強の竜騎士団を抱える竜王国ガドレーザ。
新興国ながら魔導人間の開発に積極的なカーライル。
他にも、強力な兵力を持つ国はいくつもある。
だからこそ、力が欲しい。
何があろうと国を守ることのできる力が。
この国が、永久に繁栄していけるように――。
「はあっ!」
シリルの小剣が一閃し、対戦相手――『怒涛の大斧』の二つ名を持つ戦士マイゼルの大斧が根元から真っ二つになった。
「くっ――ま、参った!」
悔しげな顔で降参するマイゼル。
彼は『星帝の盾』に所属するS級冒険者である。
強大なパワーが自慢のようだったが、シリルのスピードについていけず、あえなく敗北していた。
「さすがだな、シリルは」
その戦いぶりに微笑むディータ。
と、
「へ、陛下、大変です!」
家臣の一人が走ってきた。
「どうした?」
「その……参加者の一人が『退屈だ』と言い残して、返ってしまったようで」
「何?」
ディータは眉を寄せる。
「誰だ?」
「【黒天閃】の二つ名を持つヴァーミリオンという剣士です」
「……シリルが残念がるな」
ディータはため息をついた。
と、
「えーっ!? 帰っちゃったんですか!」
シリルが観覧席まで走ってきた。
先ほどまで武闘場にいたというのに、まるで瞬間移動と見まがうようなスピードだ。
「ああ、聞いていたのか」
「あたし、手合わせしたかったんですよ!」
シリルがぷうっと頬を膨らませた。
「だが……いくら君でも、彼女には勝てないかもしれないな」
「ひどいです、陛下! それでも幼なじみですか!?」
シリルが抗議する。
「もちろんシリルの実力は分かっているさ。だが、その君でさえ、あるいは敵わないかもしれない――そう思わせるほどに、あのヴァーミリオンという剣士は強い」
ディータが告げる。
底知れぬ強さだった。
しかも、まったく本気を出していないように感じる。
もしその力のすべてを解放したなら、いったいどれほどの強さになるのか――。
「ちょっと嫉妬しちゃいます」
「シリル……?」
「あたしは最強の騎士として陛下をお守りしたいのに」
「私を守ってくれるのは君しかいないさ」
ディータがシリルに言った。
「あの剣士は確かに強いが……誰かに仕えるような人間じゃない。他者のためではなく自分のためだけに剣を振るう――それが伝わってきた」
「自分のためだけに……ですか」
「私のために剣を振るってくれる君とは対極だな、彼女は」
「ふふん、じゃあやっぱり、あたしが陛下の一番の騎士ですねっ」
シリルが嬉しそうな顔をした。
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