28 紅と黄と橙
「こいつら――」
先ほど戦ったラゼルセイドと同じく、人間を隔絶した『絶対者』のような雰囲気を感じさせる。
「俺は【紅の騎士】の称号を持つマーゼノオ。どいつもこいつも弱そうじゃねーか、ちっ」
燃えるような真紅の髪をした野性的な青年騎士が名乗った。
身にまとっているのは同色の騎士甲冑だ。
「【黄の支援術師】ナナレイアだよっ。よろしくね♪」
黄色のローブをまとった朗らかな雰囲気の美女が笑う。
手にしているのは、これまた黄色の杖。
「【橙の武闘家】。レシヴァルだ。なんで僕がこんな連中の相手しなきゃいけないんだよ。ラゼルセイドは何やってるんだ」
と、オレンジ色の髪をツンツンに逆立てた小柄な少年が不満げに言った。
両手に付けたナックルガードは目にも鮮やかな橙色だった。
「【天星兵団】……それも三体も同時に……!」
バーナードは戦慄とともに、彼らを見据えていた。
対するこちらは、いきなり最大戦力のフローラを倒されてしまった。
勝ち目など、あるのだろうか?
いや、そもそも生き延びられるのだろうか。
どくん、どくん、どくん……!
心臓の鼓動が耳元まで聞こえてくる。
宮廷魔術師の時も、冒険者になってからも、幾多の戦いを経験してきた。
だが、ここまで絶望的な戦場に身を置いたのは初めてだ――。
「どうした、テメェら? 怖気づいたか?」
【紅の騎士】マーゼノオが進み出る。
抜き放った剣は刀身から柄まで真紅だった。
今まで剣を抜いていなかった、ということは、先ほどフローラを吹き飛ばしたのは、彼ではないのだろう。
見た感じだと、武闘家のレシヴァル辺りが拳か蹴りの攻撃を放ったのだろうか?
攻撃の瞬間すら全く見えなかったので、推測するしかないのだが――。
とはいえ、雰囲気的に全員が同格のようだ。
言い換えれば、三人ともフローラを優に上回る能力を有していると見て、間違いはないだろう。
(――無理だ)
バーナードは瞬時に悟った。
残ったメンバーで勝てるわけがない。
「バーナードさん……」
ラスが震えていた。
「俺たち、どうすれば……」
「……逃げるぞ」
バーナードは小声で耳打ちした。
「えっ」
「どう考えても、勝ち目はない。お前はミラベルと魔族にもそう伝えろ。フローラもできれば連れていってやってくれ」
「バーナードさんは……?」
「俺は」
ごくりと喉を鳴らし、バーナードは三体の【天星兵団】の方に向き直った。
心臓の鼓動は、今や胸の内側から破れてしまいそうなほどに早まっていた。
これほどまでの恐怖を感じたのは、今までの人生で初めてだ。
出来ることなら、彼だって逃げたい。
死にたくないし、恐ろしくてたまらない。
「奴らを食い止める」
だが、バーナードは言い放った。
ぎりっと奥歯を噛みしめる。
そうしていなければ、恐怖で上下の歯が鳴りっぱなしになるだろう。
「無茶だ!」
ラスが血相を変えた。
「いくらなんでも、絶対に無理ですよ! 勝てるわけが――」
「ああ……死ぬだろうな」
バーナードの声が震える。
「だが、お前たちは生きろ。特にラス……お前は若い。ミラベルもそうだ。魔族はまあ分からんが……」
「バーナードさん……っ」
「生きろ。いいな」
言って、バーナードはラスの方を振り返る。
「人生の最後くらい格好をつけさせろ」
無理やり、笑ってみせた。
ラスを無理やり後ろに追いやり、バーナードは杖を手に、三人の【天星兵団】と向かい合った。
「さて……と。やってみるか」
こうして対峙しているだけで全身から汗が噴き出してくる。
「なんだ、お前? まさか一人で俺たちと戦う気じゃないだろうな」
「ふうん? もしかして、弱そうに見えて実は強いパターンかなぁ?」
「ははっ、僕たち三人にたった一人で? 思い上がり過ぎだろ。殺したくなっちゃうなぁ」
三人の様子は実に気楽だ。
バーナードを取るに足らない雑魚と見て、警戒していないのだろう。
それで……いい。
侮られれば侮られるほど、彼らから本気の攻撃が来る確率は下がるだろう。
それはバーナードの生存率と生存時間を引き上げられることにつながるし、それだけ時間を稼ぎやすくなるということでもある。
(最初から勝てるなんて思っちゃいない。一秒でも時間を稼ぐことだけに専念するんだ……!)
あらためて自分自身に言い聞かせる。
そのためには、とりあえず距離を保つことだ。
接近戦になれば勝ち目はない。
だが魔法戦なら、ラスたちが逃げる時間を少しでも稼げるかもしれない。
「――よし、やるか!」
バーナードは魔力を高める。
「【ファイアボルテックス】!」
渦巻く火炎が杖の先から飛び出した。
バーナードが撃てる最大威力の魔法だ。
しかも、この杖はレインの【強化付与】を受けていて、通常の『魔法使いの杖』に比べて魔法の威力上昇効果が高い。
「この一発で、どれだけ相手にダメージを与えられるか……」
バーナードの表情は険しい。
【ファイアボルテックス】は魔力の消耗が激しく、一日に一発しか撃てないのだ。
まさに切り札ともいうべき魔法を、先制攻撃で放つ――。
「はあ」
オレンジ髪の少年……レシヴァルが火炎の渦の前にたち、ため息をついた。
「くだらないねぇ」
ぴんっ!
指一本で――いわゆる『デコピン』で火炎の渦を吹き飛ばす。
「なっ!?」
バーナードは驚愕した。
おそらく、ほとんど通用しないとは思っていたが、まさか魔法さえ使わず『デコピン』であっさり返されるとは――。
「【魔防壁】!」
こっちに跳ね返ってきた火炎の渦に対し、慌てて魔力の防壁を作り出す。
とっさに作っただけに防壁強度は不十分だ。
ごおおううっ!
防ぎきれず、爆風で大きく吹き飛ばされるバーナード。
「がはっ……」
地面にたたきつけられたまま、起き上がれない。
体のあちこちが軋むように痛んだ。
どこか骨が折れたかもしれない。
「おいおいおいおい。僕、まだ指一本しか使ってないよぉ? 弱すぎるね、人間って奴は」
レシヴァルが不快そうに顔をしかめた。
「弱い奴を見ると腹が立って仕方ないんだ。弱い奴は死んじゃえよ」
「くっ……やはり戦闘能力の次元が違い過ぎる――」
距離を取ればなんとかなるとか、そんなレベルではまったくなかった。
「やっぱり……殺されるな。確実に」
バーナードは歯噛みした。
脳裏に『青の水晶』の仲間たちの顔が次々に浮かぶ。
さらに今まで冒険者をやって来て、出会った仲間たちの顔。
最後に――。
(エステルさん……)
かつてウラリス王国の宮廷魔術師だった少年時代、淡い恋心を抱いていた年上の女性騎士の顔が……浮かんだ。
あれから一度も会っていないが、彼女は元気だろうか。
他の男の元で……幸せに暮らしているだろうか。
バーナードが最後に願うのは、彼女が今も幸せな笑顔で日々を送ってくれていることだった。
「そろそろ覚悟はできたぁ? じゃあ――死になよ」
ごうっ!
数メートル離れた場所から、レシヴァルが拳を繰り出す。
無造作に放つ拳撃は、あまりの威力に竜巻さえ生み出し、周囲に吹き荒れた。
「【フレイムウェイブ】!」
バーナードは火炎を波のように幾重にも放つ魔法で、せめてもの抵抗をするが、当然のように一瞬で炎が吹き散らされた。
相殺どころか、攻撃の威力をわずかに減じることもできない。
(やはり、駄目なのか――)
拳圧が衝撃波となり、バーナードに迫る。
「バーナードさん!」
と、横合いから誰かに突き飛ばされ、倒れるバーナード。
「お前――!?」
ラスだった。
その手には、黒い刀を携えている。
「はああああああああっ……!」
気合いとともに振り下ろした刀が、
ばしゅっ……!
迫る衝撃波を切り裂いた。
「――へえ?」
レシヴァルが片眉を上げた。
「伝説級の刀……かい? それを振れるってことは、なかなかの使い手みたいだね」
「バーナードさんはやらせない」
ラスは黒い刀を構え直し、宣言した。
「お前、それはフローラの――」
伝説級の刀『煉獄』。
本来なら選ばれた人間しか持てないはずの刀を、ラスが手にしていた。
(そういえば、さっき……)
フローラはラスに『煉獄を使うことを許可』していた。
それはあくまでも彼に『煉獄』を素振りさせるためだったわけだが――まだその『許可』が生きているということか。
「あの人は魔族が治癒しています。回復するまでの間は……俺が時間を稼ぎます……!」
言ったラスの声は震えていた。
彼の内心の恐怖を示すかのように。
「ラス……!?」
「俺はいつも……みんなの後ろにいました。レインさんに憧れたり、バーナードさんに頼って、守ってもらったり」
ラスが震えた声で続ける。
「今こうして……バーナードさんが必死で俺たちを守ってくれている姿を見て、やっと踏ん切りがついたんです。俺は――」
ラスがバーナードを見つめる。
今にも泣きそうな顔だった。
当然だ、彼はまだ十四歳の少年なのだから。
「……ラス。お前は下がっていろ。フローラを回復させているなら、それまで魔族やミラベルの側にいるんだ」
バーナードの提案に、ラスは首を左右に振った。
「いつまでも――憧れてるばかりじゃダメなんです。頼ってばかりじゃダメなんです。俺だって、何かしなきゃ!」
ラスが手にした黒い刀が、淡い燐光を放ち始める。
まるで――彼の意志の高まりに呼応するように。
「きっと、それが今だと思うから……だから」
ラスが凛とした表情で告げた。
「ここからは俺が戦います。俺が、みんなを守ってみせる――!」
さっきまで怯えていた少年は、もうそこにはいない。
バーナード同様に覚悟を決めた――一人の剣士の顔があった。
※
SIDE ディータ
天井も、床も、壁も――そこはすべてが赤く彩られたダンジョンだった。
「どうやら【星の心臓】に入れたようだが……ここからが長い道のりだな」
ディータが周囲を見回し、つぶやく。
「フローラはいないらしいな。別の場所に飛ばされたのか、あるいはここに来たのは私たちだけなのか……」
「出てきたら出てきたときのことです。あたしとディータで倒せばいいんですよ~」
と、シリル。
「何も恐れることはありません」
「確かにそうだな。私と、君がいれば――」
その言葉にディータは薄く笑った。
彼女の腹心であり、親友であり、もっとも頼りになる相棒が一緒なら――確かに恐れるものは何もない。
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