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27 第二階層に続く道

「では、あたくしはそろそろ先に進みます。あなた方はどうしますか?」


 フローラがバーナードを見つめた。


「おそらく、あなたがリーダーとお見受けしますが……あたくしと戦いますか?」


 言って、刀の柄に手をかけた。


 ぱりぱりぱりっ。


 次の瞬間、紫色の雷がバーナードの背後で炸裂する。


「えっ……!?」


 フローラが何かをしたのだろうが、バーナードにはまったくわからなかった。


「魔力の発動を感じなかった……雷撃魔法じゃない……」

「――どうやら何も見えていないようですわね」


 フローラが小さくため息をつく。


「こいつ……っ」


 バーナードはゴクリと息を飲んだ。


 戦うことを選択すれば――その瞬間に今の雷撃を食らうか、あるいはバラバラに斬り刻まれるかもしれない。


 先ほどラゼルセイドがそうなったように。


 背筋がゾッとなった。


 相手の攻撃そのものが見えないのでは対処の仕様がない。


 もし戦いとなれば――。


 頭の中でシミュレーションしてみる。


 いくら高位魔族のヅィレドゥルゾがいても、さすがにフローラには勝てないだろう。


 ラスも一応彼女の動きを目で追えたといっても、それだけで戦いになるわけではない。


 いくら天才剣士とはいえ、彼はまだ十四歳で実戦経験も乏しい。


 暗殺者のミラベルは、あるいはフローラの隙を突いて必殺の攻撃を仕掛けられるかもしれないが、勝負はどう転ぶか分からない。


 とにかく――フローラは強すぎる。


 だいたい、バーナードたちが圧倒的に押されていたラゼルセイドでさえ、彼女は苦も無く倒してしまったのだ。


 やはり、勝ち目はほぼないと考えるのが妥当だろう。

 と、


「す、すごい! さっきの技って、もしかして摺り足で……地面と足の摩擦で静電気を作って、それを刀に伝わらせたのか……?」


 叫んだのはラスだった。


「……っ」


 フローラは驚いたように彼を見つめる。


「……【天爪黒雷斬】の術理を初見で看破したのですか」

「足元が少し削れてるし、踏み込み足を微妙に超スピードでスライドさせ続けたんじゃないかな、って思ったんだ。合ってる?」


 ラスは何事もなかったかのように解説する。


 言われてみれば――確かにフローラの足元の地面がえぐれていた。


 だがバーナードには、そんなことに気づくゆとりはなかった。


 彼女の放つすさまじい威圧感の前に、そんな細かいところを観察する心の余裕などない。


 仮に心の余裕があったとしても、そんな場所まで観察できたかどうか――。


「あんなの初めて見た。剣術って、そういう技もあるんだ……!」


 と、感心したようにキラキラした目でフローラを見つめるラス。


 フローラはそんなラスをジッと見つめ返し、


「観察眼が鋭いのですね、あなたは」

「どうだろ……自分じゃ、よく分からないけど――」

「一度、この剣を振ってみていただけませんか?」


 フローラが刀を差しだした。


 刀身も柄も漆黒の刀。

 全体から立ち上る雰囲気は禍々しいものがあり、たとえるなら――そう、『妖気』だ。


「……! なんかこの刀、妙な迫力があるな」

「伝説級の刀『煉獄』。東方大陸と中央大陸のドワーフ族が技術交流をして作り上げた至高の刀剣とされていますわ」


 フローラが微笑む。


「本来は持ち手を選ぶ刀なのですが、『煉獄』はあたくしの言うことをある程度聞いてくださるので――『他者に貸す』という意思を強く込めれば、一時的にあたくし以外の人間が所持することも可能となります。さあ、どうぞ」

「ど、どうも」


 ラスはおずおずと黒い刀を受け取った。


「軽い――」


 驚いたように掲げ、離れた場所に移動してから一振りする。


 しゅんっ!


 まるで――空間を切り裂くような鋭い音が響いた。


「あら! いい太刀筋ですわね!」


 フローラの顔がパッと輝いた。


 先ほどまでのどこか茫洋としていた表情は少しだけ赤らみ、虚無感を漂わせていた瞳も熱を帯び始める。


「ふうん」


 フローラはいきなりラスの至近距離まで接近し、彼をまじまじと見つめた。


「あわわわ……ち、ちょっと顔近い……」


 ラスは真っ赤だ。


「もしかしたら……あたくしを燃えさせてくれるのは、案外あなたかもしれません」

「えっ……?」

「強くなってくださいませ」


 ラスから刀を受け取り、そう告げたフローラの顔に、かすかな笑みが浮かんだ。


 心の底から楽しげで、無邪気な笑顔だった。


「あなたたちと戦うのはいったん保留にしましょうか。あたくし、彼が気に入りましたわ」


 と、フローラがバーナードを振り返る。


「あなた方が今すぐ戦いたいというなら、もちろん受けて立ちますが」


 フローラがその気になれば、バーナードは反応すらできずに殺される――。


 だが、彼はひるまずにその視線を受け止めた。


「戦ったところで、俺たちに勝ち目はないだろう」


 バーナードは淡々と語る。


 内心は不安と恐怖に満ちているが、それを顔に出さないように努めて。


 負の感情を表に出せば、それだけ付け込まれる隙になる――。


 戦闘では十分に貢献できなかったとしても、せめてこういう交渉事ではベテランとしてなんらかの貢献はしたかったのだ。


「俺たちは……はぐれた仲間が何人かいるから、まず彼らと合流したいと思っている。ここで待つより、先へ進んでいく方が、彼らと合流できる可能性は高いと踏んでいる」

「それなら一緒に行きましょうか。互いの利害は、とりあえず一致するでしょう?」


 フローラが言った。


「承知した。俺たちとしても、ここであんたとやり合うメリットはない。むしろ同行する利点の方が大きい。ラス、ミラベルもそれでいいな? あと……いいよな?」

「了解です」

「おっけー」

「とうとう俺の名前を呼ぶことすら諦めてないか、お前……まあ、同行は賛成だ」

 ラス、ミラベル、ヅィレドゥルゾがそれぞれうなずいた。




 フローラと合流した形で、バーナード、ラス、ミラベル、ヅィレドゥルゾの五人パーティとして一行は進み始めた。


 目指すは【星の心臓】のより深部に近い第二階層だ。


「とりあえず自己紹介をしておきましょうか。あたくしはフローラ・ヴァーミリオンと申します。以前は冒険者を、その前は傭兵をしておりました。今はフリーですわ」

「本当に……あの【黒天閃(こくてんせん)】のヴァーミリオンなのか、あんた」


 バーナードがたずねる。


「ええ。冒険者をしていたのは一年ほどでしたが……」


 フローラがうなずく。


「あんた一人の活躍で、当時C級に過ぎなかった冒険者ギルド『堕天煉獄』は、あっという間にS級まで上がり、あんたがいなくなった後も次々に有望な冒険者が入ってきて、隆盛していった……そして今ではビッグ5の一つに数えられている」


 バーナードが言った。


「なぜ、あんたは冒険者を辞めたんだ? 地位も名誉も約束されていただろう? もし『堕天煉獄』にとどまっていたら、今ごろはギルドマスターになっていたかもしれない」

「退屈ですもの」


 フローラはため息をついた。


 その瞳は虚無の雰囲気を漂わせ、茫洋としていた。




「これは――」


 バーナードは前方にそびえる巨大な扉を見て、息を飲んだ。


 通路いっぱいを塞ぐようにそびえる扉は、周囲と比べても一段と赤く、中心部には王冠を模したような紋様が描かれている。


「この先におそらく第二階層があると思います」


 フローラが言った。


「どうやって通ればいいんだ?」

「分かりません」


 バーナードの問いに首を左右に振る。


「開錠系の魔法でも試してみるか?」


 と、ヅィレドゥルゾが進み出た。


「この中で魔法能力が一番高いのは俺だ」

「そうだな。頼めるか」


 と、バーナードは魔族に言った。


「なんだ。随分とあっさり認めるんだな。俺の方が魔法能力が高いことを」

「ん? それは一目瞭然だろう。俺の魔法じゃ高位魔族のお前の足元にも及ばない」


 バーナードは淡々と説明する。


「適材適所だ。頼む……高位魔族殿」

「……お前、もう名前を覚えるのを諦めてるだろ」


 ヅィレドゥルゾは一瞬憮然となったが、


「まあ、己の身の程をわきまえている奴は嫌いじゃない」


 ニヤリとして前に出た。




「……駄目でした」


 ものすごく落ち込んでいた。


 ヅィレドゥルゾは【開錠】や【侵入】など、門の通過に効果がありそうな魔法を一通り試したようだが、そのどれもがまったく効果がなかったのだ。


「カッコいい振りだったのに」

「俺だって見せ場だと思ったわ!」


 ミラベルのツッコミにヅィレドゥルゾが言い返す。


 気のせいか、少し涙目に見えた。


「魔法で開けられないなら――強行突破にしましょう」


 今度はフローラが進み出た。


「門を破壊するということか?」


 バーナードが眉を寄せる。


「うかつに壊すのは早計じゃないか? 何が待ち構えているかも分からないし、たとえば毒とか呪いの類が仕掛けられている可能性も――」

「そのときはそのときですわ」


 フローラが微笑む。


「あたくしは今までもこの刀一本で道を切り開いてきました。そしてこれからも――」

「……戦略より純粋な武力で解決するタイプだな」

「あら? 褒め言葉でしょうか?」

「いやまったく褒めてないが」


 できれば、もう少し慎重になってほしい、とバーナードは思った。


「ふふ、それほどでもありませんわ」

「いや褒めてないから」


 ジト目になるバーナードを尻目に、フローラは門に向かって歩いていく。

 ――と、


「ラスさん」


 ふいにフローラが足を止めた。


「あたくしの剣をよく見ておいてくださいね」


 と、少年剣士の方を振り返り、微笑む。


「えっ?」


 驚いたように目を丸くするラス。


「あなたには才能があります。他人の剣技を観察し、自分の中に落とし込む訓練をしてください。それはきっとあなたの才能を加速させてくれる――」


 言って、フローラは進み出る。


「【制限解除】」


 指輪をはめた手を目の前に掲げ、スイッチを押す。


 ラゼルセイド戦でも見せた、能力解放――。


 あれによって、フローラは普段は抑え込んでいる自らの力を制限なく発揮することができるようだ。

 さらに、


「【防壁】発動――関節部を中心にコーティング」


 フローラの体を黒いオーラが覆った。


 先ほどの話によれば、彼女が人間の限界を超えた動きをする際、その動きの反動で自分の体を壊してしまわないよう、【防壁】の能力で己の体を保護している――ということだが、


(つまり、今から放つのは奴の全力の斬撃――)


 バーナードは息を飲んだ。


 気のせいか、ラゼルセイドを倒したときよりもオーラの量が多い気がする。


 より強固に自分の体を保護している――?


 だとしたら、今から放たれるのはラゼルセイドを倒した【天爪黒雷斬】以上の攻撃ということだろうか?


 その疑問に答えるように、


「秘剣の(きわみ)――」


 フローラが剣を構えた。


 オーソドックスな正眼の構え。


 やはり、ラゼルセイドを倒したときとは構えが違う。


 そして、放たれた一撃は――、




「【黒天閃(こくてんせん)】」




「っ……!」


 またしても――。


 バーナードの目には何も見えなかった。


 かろうじて視界が捉えたのは――黒い閃光だ。


 次の瞬間、扉が消滅していた。


「なっ……!?」


 切り裂かれたのではない。


 完全な『消滅』だった。


「ただ扉を『斬った』だけですわ」

「いや、斬ったって言われても――」


 呆然としながら、バーナードは扉があった場所を見つめる。


 赤い破片のようなものが見えた。


「ん……?」


 さらに目を凝らすと無数の小さな赤い欠片があちこちに落ちている。


「まさか――欠片になるほどバラバラに斬った、ってことか……!?」


 それを為すために、いったい何百回の、いや何千回の、あるいは何万回の斬撃が必要なのだろうか?


 それをフローラは、あの一瞬で成し遂げたというのだろうか……?


「人間、なのか……? 本当に――」

「ラスさん」


 と、フローラがラスを振り返る。


「どうですか? 今のあたくしの剣――あなたに見えましたか?」

「い、いや、さすがに速すぎて――」


 ラスは目を丸くしていた。


「さっきラゼルセイドって奴を倒したときの技もすごかったけど、今のは段違いだ……体の動きがブレて……ものすごい速さで何回も斬ってるのかな、っていうのと……そうだ、後は変わった足さばきをしていたような……あー、でも分からないや」

「……!」


 今度はフローラが目を丸くした。


「初見で、それを見切ったのですか……!?」

「えっ? いや、俺は何も見えなかったんだけど――」

「いいえ、術理の一部を言い当てましたわ」


 フローラが嬉しそうに微笑んだ。


「あなたはやはり……あたくしが見込んだ通りの、いえ、それ以上の才能があるようですわね」

「俺に……?」


 ラスは驚いたように自分を指し示す。


「天才ですわ」

「えっ、なんか嬉しい……えへへ」


 フローラほどの剣士から才能を賞賛されたのだから、それは嬉しいだろう。


 バーナードは微笑ましい気持ちで彼らのやり取りを見つめる。




 ――どんっ!




 唐突に、轟音が響いた。


「っ……!?」


 同時に、フローラの体が冗談のような速度で吹き飛ばされていく。


「が……はっ……」


 そのまま壁に激突し、地面にバウンドし……彼女は動かなくなった。


 フローラの体の下に血だまりが広がっていく。


 たったの、一撃。


 あのフローラが、それで戦闘不能になった――!?


 バーナードは戦慄とともに、その場に立ち尽くす。


「おいおい、今の程度を避けられねーのかよ、ちっ」

「ふふっ♪ 人間相手に容赦なさすぎじゃない?」

「第二階層に続く扉を開いた相手だ。手加減なんて不要だろ」


 扉の向こうから三つのシルエットが現れた。

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