25 黒き刃の女剣士
三つ編みにした金髪に、おとなしげな容貌をした女が、ゆっくりと歩み寄ってくる。
一見して普通の村娘のような服装だが、腰に下げた剣は、彼女がただの村娘ではないことを示していた。
「あら、以前にもお会いした方たちですわね」
彼女はバーナードたちを見て、微笑んだ。
「奇遇ですわ」
「お前は――」
バーナードは驚きでうめいた。
レインが【付与】した剣すら完璧に防ぐ防御能力と、圧倒的な剣技を合わせ持つ彼女は――以前に一度相対したことがある。
確か名前はフローラと言ったはずだ。
「ほう?」
ラゼルセイドが興味深げに彼女を見る。
「なるほど、【防壁】の保持者はこちらに向かっているようだったが、これほど早く到達するとは」
「あたくし、フローラ・ヴァーミリオンと申します」
フローラが一礼した。
「お見知りおきを」
「我は【紫の猛将】ラゼルセイド」
と、ラゼルセイドはフローラに向き直る。
銛を構え、まっすぐに彼女だけを見据えて。
他の連中が眼中にないと言わんばかりにバーナードたちから背を向けて。
「……!」
隙だらけの背中に、しかしバーナードは攻撃を仕掛けられなかった。
残念ながら、ラゼルセイドと自分では戦闘能力の次元が違う。
たとえ今、渾身の攻撃魔法を撃ち込んだところで、ダメージすら与えられないだろう。
むしろ相手の怒りを買い、戦況が悪化することもあり得る。
だから――ここは『見』に徹する。
「あたくし、もともとは他の相手と交戦していたのですが――突然、妙な声が聞こえたと思ったら、このダンジョンに転移してきたのです」
フローラが淡々と説明する。
「ここは【星の心臓】ということでよろしいのでしょうか? もう少し詳細な情報を得てから訪れるつもりでしたが、強制的に引き寄せられてしまいましたわ」
「然り。ここは【星の心臓】の第一階層だ。そして我はこの地を守護し、この地を訪れし者の審判を務める者」
「なるほど……ゴルドレッドが言っていた【天星兵団】ですか」
フローラが微笑む。
「我を殺すか、我に殺されるか――ここを訪れし者の運命は二つに一つ」
「では、遠慮なく」
フローラが剣を構えた。
ばきんっ。
同時に、刀身が砕け散る。
「あれは――」
その刀身の下から新たな刀身が現れた。
まるで闇を映し込んだような漆黒の刀身は大きく湾曲し、剣というより刀といった形状だ。
「伝説級の刀【煉獄】……久しぶりにその全能力を解放するとしましょうか」
フローラがつぶやいた。
「そして、もう一つ。相手が【天星兵団】となれば、相応にふさわしい力が必要ですね」
フローラは右手で黒い刀を持ったまま、左手に触れた。
かちり。
小さな音がする。
「あたくしは普段からこの指輪を身に付けています。効力は――『装着者の能力を制限すること』」
「制限だと?」
「あたくしの全力は――それに値する相手にだけ発揮することにしています。ですから、それ以外の方と戦う時には己の力を抑えているのです」
フローラの口の端がつり上がり、にいっとした笑みを浮かべた。
先ほどまでの優雅な微笑とは違う。
まるで獲物を見つけた肉食獣のような、獰猛で攻撃的な笑顔。
「今、その効力を解除しました」
フローラが剣を構え、前傾姿勢を取る。
「っ……!」
その瞬間、バーナードは呼吸が詰まるような圧迫感を覚えた。
瞬時にしてフローラの全身から、すさまじい威圧感が広がったのだ。
ラゼルセイドをも凌ぐほどの異常なプレッシャー。
息が詰まる。
体が重くなる。
(何だ、この女……!?)
バーナードは彼女から目を離せない。
ただ見ていることしかできない――。
「防御用の遺産しか持たないお前は、攻撃は自身の剣技で行うわけか」
ラゼルセイドがつぶやく。
「だが、しょせんは人間だ。【天星兵団】の我に、戦闘能力で及ぶわけもない」
「どうでしょうか?」
ボウッ……!
フローラの全身を黒色のオーラが覆った。
「あたくしの【防壁】にはこういう使い方もありますので――」
「何?」
怪訝そうなラゼルセイドに対し、フローラは薄く微笑んだ。
「では、【黒天閃】のフローラ・ヴァーミリオン、参ります」
彼女の体がさらに前傾する。
――ざんっ!
それは、一瞬の出来事だった。
バーナードの目には黒い閃光がほとばしったようにしか見えなかった。
「が……はっ……!?」
次の瞬間には、ラゼルセイドがいきなり倒れている。
その右腕が付け根から斬り飛ばされ、手にした銛もバラバラになっている。
「い、今のは……」
倒れたラゼルセイドが愕然とした顔でうめいた。
「ば、馬鹿な……この我の目にも、何も見えな……」
「秘剣【天閃】」
フローラが静かに告げた。
「高速歩法に気配の隠密と超速連撃を重ねた、我が古流剣術【堕天討閃流】の奥義ですわ」
「ぐ……ぐぐぐ……」
「見えましたか? 初撃なので、多少速度を抑えたのですが」
フローラは涼しげな顔でたずねる。
「人間ごときが……こ、こんな……」
「思ったほど――強くないのですね」
ざんっ!
次は、ラゼルセイドの左腕が吹き飛んだ。
「あたくしの動きにまるでついて来られないようですし」
強すぎる――。
バーナードは戦慄していた。
かつて戦ったときとは別人……いや、完全に次元が違い過ぎる。
「そ、そうだ、確か【黒天閃】って、噂で聞いたことがある……伝説の、S級冒険者――」
自分はまさにその伝説を目にしているのだ。
バーナードは呆然と立ち尽くしていた。
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