22 かつて、その男は宮廷魔術師だった3
「エステルさん、俺のせいで……俺が弱いから、エステルさんに――」
バーナードは彼女の前に這いつくばり土下座した。
「申し訳ありませんでした……っ!」
自分の無力さが憎い。
自分が無事で、大切な人が傷ついたことが苦しい。
「……そんなことはやめて。立ってよ、バーナードくん」
エステルは気丈に微笑んでいた。
「気にしないで。こうなったのは私が弱かったからよ」
彼女は体のあちこちに包帯を巻いている。
――昨日の戦いで、バーナードとエステルはモンスターを相手に敗北を喫した。
エステルは重傷を負い、バーナードもモンスターに立ち向かったものの、途中で勝算がないことを悟り、撤退を選んだ。
まさしく命からがら――。
二人はなんとか逃げおおせたのだった。
だが、代償は大きかった。
治癒魔術師の話では、エステルの右腕と右足には後遺症が残るそうだ。
治癒魔法といっても、万能ではない。
彼女はもう、以前のようには剣を振るえない。
天才的な剣の才能は、もう発揮されることはないのだ。
「う……ぐぐぐ……」
バーナードはこぼれそうになる嗚咽を無理やり押さえつけ、くぐもった声でうめいていた。
「俺が……弱いから……エステルさんを……」
「そんな風に言わないでよ。戦いの場にいる以上、私だってこうなることを覚悟して剣を振っている……ううん、振っていたの」
振っていた――過去形で話したことが気になり、バーナードはハッと顔を上げた。
「私、気づいちゃった。たぶん、これは神様の思し召しなのよ」
エステルは微笑んでいた。
「いいかげん、騎士は引退して家庭に入れ、って」
「えっ……」
「この間……実はジーラ伯爵に求婚されたの。正式に夫婦になろう、って」
エステルがはにかんだ笑みを浮かべる。
嬉しそうな笑顔だった。
政略結婚ではあるが、本人同士は惹かれ合っているということなのだろう。
バーナードには決して見せない、恋する女性の顔だった。
胸の奥に苦い嫉妬感がこみ上げるが、それを無理やり押さえつけ、バーナードは微笑んでみせた。
「そうですか……それは、おめでとうございます……!」
「ありがとう。結婚式、よかったら来てね」
「……はい。喜んで……」
バーナードは必死で笑顔を保ってみせた。
胸の中に去来する寂しさと喪失感に耐えながら――。
その数日後、バーナードを襲ったのは突然の宣告だった。
「バーナード・ゾラ。お前を追放する」
マルチェロ内務大臣がニヤリと笑って言い放つ。
「えっ……!?」
バーナードは驚いて彼を見つめる。
自分が何を言われたのか、分からなかった。
「聞こえなかったか? 追放と言ったのだ。このウラリス王国宮廷から追放――要は、お前はクビということさ」
「な、なぜです!? 私はクビになるようなことは何も――」
「職務規定違反だ」
マルチェロが冷淡に告げた。
「ウラリス王国宮廷魔術師第四席バーナード・ゾラ、お前は職務規定に反して、王国内のダンジョンを探索し、モンスター討伐を繰り返していた。命令にもない行為を長年続け、職務に専念しなかったお前を、宮廷魔術師の資質なしと判断し、ここに追放する――これは女王陛下からのお達しである」
「な、なんだと……!?」
バーナードは全身を震わせた。
「ふざけるな! 俺はウラリスの民を守るためにモンスターを討伐してきたんだ。俺とエステルさんが戦わなければ、民に大きな被害が出ていた!」
「それは騎士団や魔法師団の領分だ」
「その騎士団と魔法師団が動かないから、俺が――」
「ふん、おおかたエステル騎士団副団長と――おっと、もう引退して、ジーラ伯爵夫人になるのだったか、彼女と一緒に過ごしたかっただけだろう? お前が伯爵夫人に懸想していたという証言もあるぞ」
「な、な、な……」
バーナードは言葉を失った。
確かに彼女に惚れていたのは事実だが、それを誰かに明かしたことはなかった。
エステルが婚約済みであることは知っていたし、自分が想いを打ち明けたところで迷惑がかかるだけだ。
もっとも、彼女が婚約していようといまいと、不器用で武骨な彼には、どのみち恋の告白などという行為は無理だったが――。
「二人っきりでモンスター退治と言いつつ、実際は何をしていたのやら?」
「き、貴様ぁぁぁぁっ!」
バーナードは激高した。
拳を振り上げ、マルチェロを殴り飛ばす。
「ぐうっ……」
吹き飛ばされるマルチェロ。
「――ふん、図星か」
彼は口から滴る血をぬぐいながら立ち上がった。
「ならば、なおのこと――宮廷を去れ」
「……何?」
「お前は自分の想いを隠していたつもりかもしれんが、周囲には……少なくとも私には丸わかりだった」
「っ……!」
バーナードは青ざめた。
確かに、自分は不器用な性質だ。
自分ではエステルへの恋心を表に出さないようにしていたつもりでも――周りにはバレていたのだろうか。
だとしたら、彼女に迷惑がかかることは必定だ。
どのみち、追放処分が覆る可能性は低いだろうし、そもそもバーナード自身、ウラリスの宮廷には嫌気がさしていた。
辞めたい、と何度となく思っていた。
その気持ちを引き留めていたエステルへの想いも――彼女の結婚を機に、少しずつ諦念が増していった。
もちろん、最初から報われるはずのない恋だったが、それでも心のどこかで夢を見ていたのだ。
もしかしたらエステルさんは俺のことを密かに想ってくれているんじゃないか、と。
だが、現実は物語ではない。
凡人のバーナードが、どれだけあがいても天才にはなれないように。
分不相応な恋心が報われることはなく、エステルは彼女にふさわしい相手と結ばれるのだ。
「……分かりました。私は宮廷を去ります」
バーナードは唇を噛みしめ、うめいた。
マルチェロに背を向け、去っていく。
「ああ、バーナードよ」
と、背後からマルチェロが声をかけた。
振り返る気力もなく、バーナードは歩みを進める。
「なぜ私がお前の想いに気づいたと思う?」
「何?」
ピタリと足を止めるバーナード。
「最後だから教えてやる。どうせお前はもうここには戻ってこないだろう?」
言って、マルチェロは小さく笑った。
「私も――懸想していたのさ、エステルに」
「は……?」
「叶わぬ想い、というやつだ。実はお前に嫉妬していた」
振り返ると、マルチェロは口元に自嘲気味の笑みを浮かべていた。
「少なくともお前は、彼女の側にいられたのだからな。私は、それすら叶わなかった――」
ふんと鼻を鳴らして、マルチェロは去っていく。
「あいつ……」
どういう思いを抱いていいか分からず、バーナードはその場に立ち尽くした。
ウラリス王国時代は、多くの苦い思い出と――そして若かりし頃の甘い恋の記憶の二つが混在している。
結局はその恋も破れてしまったのだから、苦い思い出なのかもしれないが。
その後、バーナードは冒険者に転身し、十年ほどいくつかのギルドを渡り歩いた後、『青の水晶』にやってきた。
弱小ギルドであり、Bランクのバーナードはエースとして活躍した。
とはいえ、彼は自身の才能のなさや限界を知っていたから、うぬぼれることはなかった。
身の程をわきまえていた。
だから、やがてレイン・ガーランドという若者が『青の水晶』に加入し、その実力を知ったとき、彼こそがナンバーワンだと素直に認めることができた。
まっすぐで好感の持てる若者だと思うし、その力には素直に敬意を抱くことができた。
自分の役割はエースではない。
彼のようなエースを支えることなのだ、と。
バーナードはそう考えている――。
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