21 かつて、その男は宮廷魔術師だった2
「……って、見とれてる場合じゃないな」
リアクトゴーレムがゆっくりと近づいてくるところだった。
エステルに片腕を切断されたとはいえ、まだまだ戦闘能力は健在のはずだ。
「エステルさん、俺が奴の動きを少しでも止めます。その間に――」
「ううん、ここは私がやる」
バーナードを制して、エステルが前に出た。
「でも、一人じゃ……」
やはり、自分は信用されていないのだ。
足手まといになると見なされている――。
「信用してないわけじゃないよ」
彼の内心を察したようにエステルが笑った。
「バーナードくん、随分と魔力を消耗してるでしょ? 他にも新手がいるかもしれないから、今は温存しておいて」
「エステルさん……」
「あいつは私一人で十分。なら、君が無意味に魔力を消費する必要はない、って思ったの」
言うなり、エステルは飛び出した。
「【スピードブレード】!」
高速剣技で斬りつける。
がきいいん。
並の剣士では剣を弾かれるだけだろうが、エステルの剣術の冴えで繰り出した剣技はものが違う。
リアクトゴーレムは左腕も切断され、大きく仰け反った。
「すごい……!」
本来なら、剣で相手をするには苦労する敵だが、エステルは意に介さずに斬りつけていく。
さらに、
「【フリーズピラー】!」
氷の魔法でリアクトゴーレムを凍らせ、氷の柱と化した。
単なる剣士ではない。
彼女は魔法も使えるのだ。
バーナードの魔法をやすやすと弾き返した【リアクトゴーレム】の装甲も、エステルの魔法は簡単に跳ね返せないようだ。
とはいえ、しばらく経てば、さすがに氷漬けから復活するだろう。
「――回復の時間は与えない。一瞬でも凍れば、脆くなっている間に!」
エステルがふたたび突進する。
「【ブラストブレード】!」
氷の柱状態の【リアクトゴーレム】を、エステルの剣が粉砕した。
「一流の剣士で、なおかつ魔法の実力も俺と同等以上……天才だな」
バーナードは苦笑した。
憧れと劣等感と――。
二つの気持ちの狭間で、彼はエステルを見つめていた。
――その後、二人でダンジョン内を探索したが、新手のモンスターは現れなかった。
とりあえず、今回の任務は完了だ。
「助かりました、エステルさん」
バーナードは彼女に礼を言った。
「すみません、足を引っ張ってしまって」
「何言ってるのよ。君がいてくれたから、私も楽に戦えたんだから。十分貢献してくれてるわ」
エステルが朗らかに笑う。
「でも――」
「ねえ。私、気づいちゃった」
なおも凹んでいるバーナードに、エステルが微笑む。
「私たちって、相性いいんじゃない?」
どくん、と心臓の鼓動が一気に早鐘を打った。
「あ、相性……ですか?」
自分と彼女ではとても釣り合わない。
誰もが目にとめる美貌の彼女と、美男子とは程遠い武骨な自分とでは。
身分だって、貴族令嬢の彼女と平民出身の彼では大きな隔たりがある。
「ダンジョン探索は、これでちょうど50件目。モンスター討伐成功率100パーセントよ。いいコンビじゃない。ね?」
「あ……そういう意味……」
勝手に恋愛方面の意味合いだと勘違いした自分が猛烈に恥ずかしくなった。
もっとも、彼女が自分を選ぶはずなどない。
釣り合わないという以前に、もっと根本的な理由がある。
それは――。
「やれやれ、ウラリス王国の若き宮廷魔術師が、そんな泥だらけで……もう少し身なりを整えてから城に来ていただきたいですな」
バーナードが城に戻ると、一人の青年が話しかけてきた。
「マルチェロ内務大臣……」
眼鏡をかけた細面の容貌は知的で、そして攻撃的な雰囲気をたたえていた。
年齢こそ二十歳半ばと異例の若さだが、宮廷きっての切れ者と評判の男だった。
「あいかわらずモンスター退治などをやっているのですな。そんなものは騎士団や魔法師団に任せておけばよいものを」
マルチェロは露骨に顔をしかめた。
「彼らはとにかく腰が重い。待ってなどいられませんよ」
バーナードは苦い顔をした。
「それに他国では宮廷魔術師がみずからモンスターを狩り、民を救っていると聞きます」
「有象無象の諸国と大国ウラリスを同列に考えておられるのですか? やれやれ」
マルチェロが肩をすくめる。
他国を徹底的に見下すのは、ウラリス王国の――特に大臣や貴族の一部によく見られる気質だ。
バーナードはこの気質が好きではなかった。
「騎士団や魔法師団の出撃を待っている間にも……民が犠牲になります。私が単独で動いた方が身軽ですから」
「やれやれ……」
マルチェロは明らかな嘲笑を浮かべた。
「民など死んでもまた生まれてくるでしょう」
「……なんだと」
「真に重要なのは国を動かす中枢。あなたもその一人なのですよ。民と違って代わりはいません」
「民にも、代わりなどいない」
バーナードはマルチェロをにらみつけた。
「俺は、今のやり方を変えない」
「続けるなら、あなたを職務専念義務違反で女王に訴えることも可能ですが?」
マルチェロがバーナードを見つめる。
人の弱みを突くような粘着質な視線――バーナードはこの目つきが大嫌いだった。
そして、それはマルチェロだけではない。
この国の大臣は大半がこういう目をしている。
「好きにすればいい。宮廷魔術師の地位がどうなろうと、俺は俺にできることをする。助けられるだけの者を助けてみせる」
バーナードは敢然と言い放った。
数日後、バーナードはまたもエステルと一緒にモンスター討伐に当たっていた。
ウラリス王国南方のダンジョンからモンスターがあふれ出したのだ。
近隣の村が襲われ、人や作物に甚大な被害が出ているという。
にもかかわらず、騎士団や魔法師団の出撃命令は出ていない。
場所が辺境だからか、静観の構えのようだ。
あるいは――。
(俺やエステルさんが駆除してくれるのを期待しているのか?)
ならば、今回も粛々と成し遂げるだけだ。
きっと大丈夫。
バーナードと彼女は最高のパートナーなのだから。
――だが、今回は勝手が違った。
「きゃあっ……!?」
モンスターの一撃を避けきれず、エステルが大きく吹き飛ばされた。
右腕を深々と切り裂かれている。
「エステルさん!」
バーナードは悲鳴を上げた。
モンスターがなおも迫る。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉっ……!」
無我夢中でバーナードは杖を振るい、火球や雷撃を放った。
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