13 追憶の紋章
俺が強い冒険者になって、一緒に行けたら……『お兄ちゃん』は死ななかったんだろうか?
だけど、彼に同行したパーティは全滅したらしいと聞いて、それは甘い考えなのだと知った。
強い人間が一人いても、駄目だ。
もっと、根本的に『違う力』が必要だ。
みんなを守れるような力が欲しい――。
『お兄ちゃん』とそのパーティの死をきっかけに、俺はそんなことを考えるようになった。
やがて、俺が周囲と『違う力』を持っていることに気づいたのは、七歳くらいのことだったと思う。
魔法の素質がある……そう言われ、町から派遣された魔術師に魔法を教わることになった。
もっと大規模な都市だと素質がある子供は魔法学園に集められるそうだけど、この町にはそんなものはない。
まあ、俺が天才的な魔法の素質でも持っていれば、特待生として招かれていたんだろうけど、俺の素質は魔術師としては平凡だったそうだ。
しかも攻撃魔法や防御魔法、あるいは呪術、召喚術など色んな系統の魔法を一通り学んでみたけど、どれもモノにならなかった。
ただ一つだけ――俺が使えたのは『付与魔術』だった。
「あら、なかなか筋がいいですね」
師匠を務めてくれたその女魔術師は、俺が付与魔術に成功したとき、嬉しそうに褒めてくれたものだ。
俺は生まれてこの方、何かを褒められたのはこれが始めてだった。
実際、俺は付与魔術に関しては平均よりも習得がかなり早かったと褒められた。
一般的に付与魔術とは武器や道具の性能を強化する魔術だ。
魔力から変換された『強化ポイント』を付与し、その対象の性能を高めることができる。
一般的には『+3』や『+5』程度の付与ができれば上位の付与魔術師とされる中、俺はさらに上の数値――『+10』や『+15』、『+20』くらいを付与することができた。
とはいえ、そのもとになる『付与ポイント』には限りがあるから、ポイント残量を見ながらの付与になるんだけど。
「師匠、付与魔術って色んな説明のアナウンスが流れてくるから、分かりやすいですよね」
「アナウンス? なんですか、それは」
「えっ、術を使うときに頭の中に声が聞こえません?」
「私には……そういった声が聞こえたことはありませんね」
俺の説明に師匠は困惑していた。
「まあ、同種の魔術でも術者によって発現パターンが異なることはままありますから。レインくんの場合、そういった声が聞こえるという特性があるのでしょう」
そういうものなのか。
当時は師匠の説明を軽く受け流していた。
最近になって、その声は魔術の特性なんかじゃなく、どうやら『星の意志』が俺に語り掛けていたらしいと知ったわけなんだけど……当時はそんなことを知るべくもない。
今思えば、俺が他の魔術をいっさい身に付けられなかったのは、俺に純粋な魔術師の素質がなかったからなんだろう。
『付与魔術』だと思って使っていたものは、実際には『天の遺産』の【付与】だったみたいだからな。
そして、その力の大半はまだ覚醒していなくて、やがて『王獣の牙』を追放されたときに本格的に目覚めた、ってことなんだろう。
けれど、そのときは何も分からなかった。
ただ自分は付与魔術に特化した魔術師なんだと、そう思い込んでいたし、師匠もそう判断していた。
そうやって数年の修行を経て、付与魔術師として一通りのことを覚えた俺は、十三歳になったとき、師匠の紹介で冒険者ギルド『王獣の牙』に入った。
俺の役割はギルドメンバーの装備品やアイテムなどへの『強化付与』。
「俺、モンスターをバッタバッタ倒すような強い冒険者になりたいです」
「ハア? 何を言っているんだ、お前は」
俺が希望を言うと、ギルドマスターのバリオスは露骨に馬鹿にしたような顔になった。
「お前が使えるのは付与魔術だけだろう。戦士としての素質はなさそうだし、攻撃や防御魔法が使えないんじゃ現場に出て魔術師として活躍するのも無理だ。おとなしく強化付与だけをしていろ」
「えっ……」
「文句でもあるのか? お前はそれなりに付与魔術が使えると推薦を受けたから、我が『王獣の牙』で雇ってやったんだぞ?」
バリオスは傲慢で他者を――特に自分より立場が下の者を見下す男のようだった。
ここまであからさまに他人を侮蔑する人間には、ほとんど会ったことがなかったので、俺は当初驚いた……というかショックを受けたのを覚えている。
世の中にはこういう人もいるんだ……と。
「うちは抱えるギルドメンバーが多いから、武器や防具に片っ端から強化付与をしていけ。お前の仕事はいくらでもあるぞ」
「……分かりました」
冒険者を志したときの希望とは違っていたけど、せっかく推薦してくれた師匠の顔を潰すわけにはいかないし、俺としても生活がある。
バリオスの言い方は気に入らなかったけど、俺は嫌な気持ちをグッと飲みこみ、承諾の返事をした。
その日から俺は来る日も来る日も、ひたすら付与魔術を使い続けた。
たまに強化ポイントを補充するために、ギルドメンバーに手伝ってもらってモンスター討伐をしたけど、そこでの俺は正直言って足手まといだった。
バリオスの言うように、俺は現場には向いてないんだ――。
討伐に出るたびに、自分への失望は募っていった。
子どものころは、自分が前に出て、モンスターをなぎ倒すような強い冒険者に憧れていたけど、いざ仕事を始めると、そんな憧れは次第に薄れていった。
けれど、続けているうちに『強化付与』の仕事にも段々と喜びを見出せるようになっていった。
「レイン、お前が強化付与してくれた武器は、なかなか使えるじゃねーか」
そんな風に言ってくれるメンバーが出てきたからだ。
俺は、純粋に嬉しかった。
そして同時に――俺は前に出て主役になるより、みんなの力になり、みんなで喜びたいんだ、と悟ったんだ。
そう思って、王獣の牙でも張り切って武器や防具の付与を繰り返していた。
みんなの役に立ちたかった。
役に立って、みんなの喜ぶ顔を見たかった。
500人以上の武器防具に付与をして――みんながそれを使って、クエストを次々に成功させて。
俺はみんなの役に立てている実感があった。
充実していた。
だから――バリオスから追放を言い渡されたときはショックだった。
付与が終われば、俺は用済みなのか?
ギルドにおける俺の重要性ってその程度だったんだ?
替えの効く道具のような――そう、使い捨ての道具としてしかみなされていなかった。
追放されたとき、それまで仲間だと思っていた連中から馬鹿にされたり、罵倒されたりした。
いや、仲間だと思っていたのは、きっと俺だけだったんだ。
俺を褒めてくれたギルドメンバーたちは、実際には俺を持ち上げ、いいように利用していただけだったんだと悟った。
だから、裏切られたと思った。
自分がやってきたことをすべて否定された思いだった。
だから、今まで付与してきた強化ポイントをすべて回収した。
今振り返れば、それはやり過ぎだったんだろうと思う。
後悔はあるし、罪悪感もある。
けれど、そのときは――悲しみが大きすぎて、自分を抑えられなかった。
その後に入った『青の水晶』で、俺の心は生き返った思いだった。
みんなが温かった。
俺を道具扱いする人はいなかった。
冒険者仲間たちへの親しみや尊敬。
そして、俺の心をいつも癒やしてくれたニーナの存在。
『王獣の牙』を追放され、悲しみや絶望で悲鳴を上げていた俺の心を――『青の水晶』のみんなが救ってくれた。
だから――助けを求める『星の声』を聞いたとき、俺は心のどこかに感じ取っていたんだ。
ああ、俺と同じだ。
あのときの俺と似ている、って。
星を助けるためには、おそらく『星の心臓』の最深部まで行く必要がある。
そこで俺に何ができるか分からないけど――。
いや、俺を呼び寄せる声は、俺にしてほしいことがあるようだった。
俺の【付与】か、あるいは『天の遺産』を持つ者にできることがきっとある。
それによって星を救うことができるなら――俺は力を尽くしたい。
もちろん、星を救うということは、この世界を救うことになる。
今がそんな世界の危機だなんて実感はない。
正直、光竜王が現れたときの方が、よほど『世界の危機』という感じだった。
ただ、それとは別に――もっと純粋に『助けたい』という気持ちがある。
きっとそれは『星の声』に宿る思いが、かつて俺が抱いた思いによく似ているように感じたから。
だから……世界がどうとかじゃなく、これはもっと個人的な思いだ。
とはいえ、競争相手は多い。
星の中心部にたどり着けば大いなる力を与えられるらしく、『天の遺産』を持つ者たちがそこを目指しているようだ。
現在、一緒にいるゴルドレッドもそうだし、他の遺産保持者たちもきっとそうだろう。
彼らに先んじて星の中心部にいけるかどうか。
そのためには――今以上の力が要る。
実際、ゴルドレッドが見せた【変化】の第三術式は強力極まりないものだった。
光竜王クラスの魔物を……そのコピーとはいえ、複数作り出せるなんて。
俺の【付与】と同じく消費ポイントが多いみたいだから乱発はできなさそうだけど、それでもあと何体作れるのか分からない。
いや、それどころかゴルドレッドはもう一つ上の力――『第四術式』に到達している可能性だってある。
俺には未だ発現できない『天の遺産』の『第四術式』。
それにはポイント消費だけじゃなく『支配の紋章』を発現しなければならないらしい。
俺には、それをどうやって出せばいいのか分からない。
――いや、待てよ。
そういえば修行時代にこんなことがあった――。
ヴ……ンッ!
「う、うわわわっ!?」
その日、いつものように付与魔術の修行に励んでいたころ――。
突然、右手の甲がまぶしい輝きを放ち、俺は驚いた。
当時は十二歳くらいだったかな。
「し、鎮まれ、俺の右手……っ!」
俺は思わず叫んでいた。
まさか、俺に隠されていた真の力が目覚めたのか――?
当時、そういう妄想に浸ったのを覚えている。
そのことを師匠に話したら、妙に優しい目で見られたな。
『うんうん、レイン。誰にでも「そういう時期」はあるよ』って。
ミラベルはこういうのを『チュウニ』とかなんとか言ってたっけ……。
いや、あれは十四歳くらいの話だったかな?
ちょっと早い『チュウニ』の目覚め、ってやつかもしれない。
まあ、それはともかく。
紋章――か。
そういえば、未だに発動できていない『付与魔術・第四術式』には『支配の紋章』が必要だってアナウンスされていたな。
どうやって、その紋章を出せばいいんだろう、って思い悩んでいたんだけど――。
考えてみれば、修行時代に出したアレが、そうだったんじゃないか?
今の今まで忘れていたのは、なんでだろう?
……やっぱり、心のどこかで『チュウニ』的な時期を恥ずかしく思っていたのかもしれない。
いわゆる黒歴史というやつだ。
けれど久しぶりに――ぼんやりと思い出してきた。
【付与】だ。
本来、俺の付与魔術は無機物にしか作用しない。
つまり生物にかけても、その能力がアップしたり、なんらかの特性が強化されたり――なんてことはない。
当然、俺自身に『強化ポイント』を使ったところで、何も起こらない。
だから普段は武器やアイテムに『強化ポイント』を込めているんだけど――。
あのときは間違って、『自分自身』に『強化ポイント』を込めてしまった。
そして『紋章』が現れた。
ただ、その後、同じように自分自身に【付与】しても、『紋章』は現れなかったんだ。
だから『紋章』を出現させるには、他に条件があるのかもしれない。
それがなんなのか……。
もし、その条件が分かれば……そして、あれが『支配の紋章』だとしたら。
謎に包まれた『付与魔術・第四術式』を発動させることができるはずだ――。
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