12 始まる真の戦い
「――【幻惑】」
ヴィクターはみずからの『天の遺産』を発動した。
ヴンッ……!
ヴンッ……!
ヴンッ……!
とたんに、周囲に十数体のヴィクターが出現する。
【幻惑】によって生み出した幻像だ。
しかも、それらはただの像ではなく『質量』を備えている。
限りなく本物に近い偽物――。
「さあ、いくぞ」
幻像たちとともに剣を構え、ヴィクターが突進する。
ごうっ!
『翠風の爪』の力で風をまとい、一気に加速した。
この『加速効果』は近接戦闘において非常に有効な能力ではあるが、体にかかる負担が大きく、3分しか使えない。
「その時間制限内に、彼らを無力化しなければ――」
まず最初に叩くべきは【探査】でこちらの行動をすべて見切ってしまうらしいメリーアンだろうか。
だが、ジグの【停止】も脅威である。
その力はレインの【付与】の効果すらも完全無効化できる。
おそらくヴィクターの【幻惑】についても同じように無効化できるだろう。
さらに様々な効果を持つ【魔弾】を使い分け、しかも連発できるリサの存在もある。
「やはり厄介だな」
ヴィクターは苦笑した。
相手の方が手数が多く、こちらへの対抗手段を複数持ち合わせている。
やはり『天の遺産』の保持者三人を同時に相手取るのは無謀というべきなのだろう。
単純に考えて、自分たちに勝ち目はない
。
「まあ、諦めるつもりはないが」
気を引き締める。
そう、彼は――彼自身の生を諦めない。
たとえ、どんな苦境にあろうと。
「そして私自身と仲間を守る――!」
ヴィクターは三人のうちの誰を狙うか悟られないよう、【幻惑】による分身を三人それぞれに複数体向かわせつつ、自身もその分身に混じり、メリーアンに向かっていく。
「『本体』はあたしに向かってきてるね」
メリーアンが笑った。
「『視え』てるのよ」
「っ……!」
未来だけではなく、すべてを――【探査】する力。
彼女の前ではヴィクターのフェイントなど意味をなさない。
「ジグ、狙いはあたしに向かってくる四体のうちの一番後ろにいる奴。『止め』て」
「了解だ、メリーアン――【停止】」
メリーアンの指示に従い、ジグが『天の遺産』を発動する。
「くっ……!?」
その瞬間、ヴィクターがまとう風が消失した。
いや、正確には『翠風の爪』の加速効果自体を【停止】させられたのだろう。
と、
「――なぜ、あんたたちは『星の心臓』の最終階層を目指すんだ?」
ふいにリサがたずねた。
その瞳に宿る深い光――。
まだ十二、三歳の少女だというのに、まるでその倍も三倍も生きて来たかのような、人生の深みを感じさせる光だった。
「私は……」
ヴィクターは剣を構えなおす。
加速能力はジグに封じられている。
『翠風の爪』には他に三日月形をした【光波】を放つ遠距離攻撃手段もあるが、こちらもジグがいる以上、簡単に【停止】させられるだろう。
ならば、純粋に彼自身の剣士としての力で戦うしかない。
凡庸な、C級冒険者としての力で。
「私の仲間がそこを目指そうとしている。だから助けたい。力になりたいんだ」
「仲間のため? 自分のためじゃないの?」
「そうだ」
ヴィクターはうなずいた。
「自分で懸けるものがない奴に、あたしは負けない」
リサの眼光が冷たくなった。
「あたしには譲れない理由がある。取り戻さなきゃいけないものがある。それを阻む者がいるなら、誰であろうと打ち砕く」
「自分のために戦う者こそが一番強い、ってことさ」
ジグが両手を突き出したポーズ――【停止】の発動姿勢のまま言った。
「そうだろうか?」
ヴィクターは反論した。
「仲間のため……他者のために戦うという動機が、自分のためのそれを下回るとは限らない。あなたたちは自分のためだけに戦っているのか」
「っ……! そうだ」
リサは一瞬動揺したようだった。
「あたしは、あたしのためだけに戦う。ここにいる三人はチームを組んでいるけど、それは互いに互いを利用しているだけ。いずれ最後の一人になるために戦い合う……」
どんっ!
リサの手から無数の光弾が飛んできた。
【魔弾】だ。
一撃の威力は、以前に出会ったディータの【破壊】には及ばないが、それでも上級魔法くらいの威力はあるだろう。
しかも手数が多い。
「【幻惑】発動――我らの壁になるんだ!」
ヴィクターは分身を作り出し、彼らに【魔弾】を迎撃させた。
ジグの【停止】は一度に多数のものを止めることはできないらしく、【幻惑】による分身たちはそれぞれが剣を振るい、【魔弾】を叩き斬っていく。
「ふうん。さすがにあんたも保持者だけはあるね」
リサの表情が険しくなった。
「『ノーマル』の【魔弾】じゃダメか」
「何……?」
「使わせてもらうよ。魔力から生成したポイントを消費することで使える、『天の遺産』の追加能力――その第三の術式を」
リサがこちらに右手を向けた。
ヴィィィィィ……ンッ!
周囲が、震動を始める。
「なんだ……!?」
「【封滅弾】」
警戒心を高めるヴィクターに、リサが言い放った。
「第三術式の【魔弾】は対象を完全に消滅させ、そして同様の存在を一定時間、出現させない――一種の封印効果を伴っているんだ。これで詰みだぞ、ヴィクター」
リサはその手をヴィクターに向けている。
いつでも【魔弾】を撃てる構えだ。
避けようにも『翠風の爪』の力は発動が封じられている。
【幻惑】を使ってフェイントをかけるなり、防御しようと思っても、すべてメリーアンの【探査】に見切られてしまう。
「確かに、詰みか……」
つぶやいたところで、こちらを見つめるローザの顔が見えた。
不安げに青ざめた顔。
それはそうだろう、彼女には直接的な戦闘能力は乏しい。
しかもヴィクターたちのような超越の力――『天の遺産』を持っていない。
ごく平凡な冒険者に過ぎないのだ。
けれど、彼女は魔力の輝きをまとい、震えながらも周囲を見回している。
自分にできること――『探知魔法』で戦いに少しでも貢献できるように。
ヴィクターを――仲間を守れるように。
「……まだだ」
ヴィクターは顔を上げた。
「あら?」
メリーアンが微笑む。
「この状況でも諦めないの?」
「私は、私が生きることも、仲間が生きることも、諦めない。生きて、これからの時間を謳歌したい」
そう、『仲間』と出会ったから。
今までの冒険者仲間は仕事だけの関係だったが、レインたちは違っていた。
光竜王戦では囚われた自分を救うために、命を懸けてくれた。
そんな彼らに、ヴィクターも応えたいし、報いたい。
「無欲だった私に、欲が出たのさ」
レインと出会い、今はここにいないがリリィたちと出会い、共に戦った。
そして今は青の水晶のメンバーと共に旅をして――。
仲間と過ごしていきたいという気持ちが芽生えたから。
ここで諦めたら、すべて失ってしまうから。
だから、生きる。
「だから――」
ヴィクターの剣がさらなる輝きを放つ。
「私が、私と仲間たちが――生きることを諦めない」
「なら、ここで無力化する! あたしたちも諦めない! 未来をつかむことを!」
リサが【魔弾】を撃ち出す。
ヴィクターは剣を手に走った。
ジグの【停止】で『翠風の爪』の力を封じられ、メリーアンの【探査】で自身の『天の遺産』の力を見切られていても、なお。
生きるために、走った。
――と、そのときだった。
ごおおおっ!
突然、前方から火炎が吹き荒れる。
「なんだ――!?」
ジグやメリーアンは攻撃タイプの能力ではなさそうだし、リサの【魔弾】のバリエーションともおそらく違う。
「新手か……!?」
だが、
「こいつは……!?」
ジグたちは戸惑った様子だ。
火炎の渦が周囲を覆い尽くし――、
「ヴィクターの剣への【停止】を解除。新たな【停止】対象を周囲の火炎すべてに――」
ジグが両手を突き出し、能力を発動した。
そのとたん、火炎はまるで彫刻か何かのように『燃え盛る形』のまま停止した。
「炎まで止められるのか……!」
「僕はあらゆるものを『止め』られる」
驚くヴィクターに淡々と告げるジグ。
「……ほう。我が火炎魔法を防ぐとは。たかが人間とはいえ、さすがは『天の遺産』の保持者だけはある」
声とともに、前方の通路から人影が歩いてきた。
「っ……!」
押し寄せる、すさまじい威圧感。
「一体、何者だ……!」
ヴィクターは全身から汗が噴き出すのを感じた。
現れたのは一人の少女だった。
長く伸ばした髪も鋭い瞳もワンピースに似た服もすべてが赤。
そして、手にした杖もまた炎のような赤。
「我は、この『星の心臓』を守護する役目を持つ者の一人。そして審判を行う役目をも持っている」
彼女は厳かに告げた。
「【天星兵団】――【赤】と【魔導師】の階級にある者。個体名は【ヴェルテミス】」
「アーク……レギオン……?」
そう、それは確かここに来る途中にローザが感知した存在だ。
「汝らが『星の心臓』の最終階層に至る資格を持つ者ならば、我を――この【赤の魔導師】ヴェルテミスを打ち倒してみせよ。先へ進む方法は、それ一つだ」
※
俺……レイン・ガーランドは中規模都市で平民の子として産まれた。
家柄も普通、能力も平凡。
他の子どもたちに囲まれても特段目立つことはない――本当に、平凡な子供だったと思う。
周囲の子どもたちもみんなそうだったように、俺は『英雄』に憧れていた。
物語で描かれるような、まさに英雄だ。
たとえば竜を退治した戦士であったり、魔王を討伐した勇者であったり、悪の帝国の侵略から自国を守り抜いた王であったり――。
そんな俺にとって身近な英雄は、近所に住んでいた冒険者の青年だった。
ときどき遊んでもらった覚えがある。
身近な『お兄ちゃん』であり、確かAランクの凄腕冒険者だったはずだ。
凶悪なモンスターを剣一本でいとも簡単に倒してしまう。
人格者でもあり、他のBランクやCランクの冒険者たちから尊敬を集めていた。
強さと高潔さが同居した理想的な冒険者――。
自然と、俺もそんな冒険者に憧れるようになった。
けれど『お兄ちゃん』はある日突然、帰ってこなくなった。
どうやらダンジョン探索に失敗し、死んだらしいと聞いたのはそれから二週間後のこと。
そのとき俺は悲しさもあったけど、呆然とした気持ちが一番大きかった。
あんなに強かった『お兄ちゃん』でも死ぬときは呆気なく死ぬ。
『強い』ってなんだろう?
もっと強い存在が――Aランク冒険者でも勝てないような敵が、世の中には存在する。
そして、それをも打ち倒せるような規格外の実力を持つ冒険者――Sランク冒険者が存在する。
そんなSランク冒険者ですら敵わないような神話や伝説の魔獣、高位魔族なんかも存在する。
そして、そいつらさえも打ち倒せるような勇者が存在する――。
キリが、ない。
『強い』ってなんだろう――?
当時の俺は、そんなことを一日中グルグルと考えていた気がする。
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