11 進む先で出会うもの
ヴィクターとローザは正体不明のダンジョンを進んでいた。
薄赤色の外壁がどこまでも続いている。
その壁はかすかに明滅し、どくん、どくん、という鼓動のような音が聞こえてくる。
まるで――『心臓』のようだ。
「『星の心臓』……か」
ヴィクターがつぶやいた。
「なんかすごい場所に来ちゃったって感じ……大冒険ね」
ローザが目を輝かせている。
「楽しそうだな」
「んー、私って子どものころから冒険譚を読むのが好きだったからねぇ。冒険に憧れて冒険者になったのよ……そのまんまの理由ね」
ローザが遠くを見るような目になった。
「貴族の娘なんだから、礼儀作法の本でも読みなさい、ってお母様によく怒られたっけ」
「あなたは貴族令嬢なのか?」
「もう家を出ちゃったけどね」
ローザが苦笑した。
「生まれは竜王国なの。ベルティーナ伯爵の娘として生まれて、年頃になると婚約させられて……で、その相手がまた傲慢で嫌な奴だったのよ。私を奴隷みたいに扱おうとしてた。そんな相手と結婚するのは嫌だったし、何よりも――」
と言いながら、ため息をつくローザ。
「人生設計も結婚相手も全部両親に決められる……自分の意志なんて何一つ介在しない人生、っていうのが嫌になってねぇ……ただ自由が欲しくて、家を出たの~」
「自由が欲しくて、か」
「私は……風のように生きたいんだと思う。ただ愛でられるだけの温室の花じゃなく、どこに吹くかも分からない風に」
「風……なるほど」
ヴィクターがフッと笑った。
「案外、似た者同士かもしれないな、私たちは」
「えへへ、でも私は、ヴィクターさんほど自由には生きてないけどね」
ローザも同じく微笑んだ。
互いに、見つめ合う――と、そのときだった。
「これは……!?」
ふいにローザが立ち止まった。
ほわんとした表情がキッと引き締まる。
「どうした……?」
「さっき使った【探知】の魔法に突然反応があったの……」
言って、ローザは目を閉じた。
「私の探知魔法は頭の中に対象のイメージが浮かんでくることが多いんだけど……あ、待って、何か浮かんできた――」
言いながら、険しく眉を寄せる。
「何、これ……!? 天……星……兵……えっ?」
「どうした?」
「【天星兵団】――」
ローザが厳かに告げた。
「アーク……? なんだ、それは」
「分からない。私の頭の中にその文字列が浮かんだ。何を指し示しているのか分からないけど、でも――」
そこまで言って、彼女は体を震わせた。
両腕で自分の体を抱きしめるようにして、不安げに語る。
「とてつもない力を感じる、何かよくないものが――」
彼女が言いかけたそのときだった。
――どくん。
心音が自然と高鳴る。
「? どうしたの、ヴィクターさん?」
「いる……」
キョトンとしたローザに答えるヴィクター。
「えっ、いるって――」
ローザはハッとなった。
「まさか私が探知した【天星兵団】が……?」
「いや、おそらく違うな」
彼女の問いに首を振るヴィクター。
「私と同じ『力』を持つ者がいる」
ごくりと喉を鳴らす。
かつ、かつ、かつ……。
床に足音が響き、近づいてくるのが分かった。
しかもその足音は複数だ。
心音がますます高鳴り、緊張感が増していく。
「誰だ――」
ヴィクターは剣を抜いた。
ほぼ同時に、通路の向こうから三つの人影が現れる。
「あら~?」
一人の女がこちらを見つめていた。
顔の中央に巨大な眼帯を付けた、紫色の髪の女だ。
さらに十代前半くらいの少年と少女。
「なるほど。やっぱり保持者たちがここに集められているわけか」
少年がこちらをにらむ。
「競争はもう始まってるわけだね」
「うふふふ、あたしたちが先に行くからね~」
眼帯の女が笑った。
「そちらの二人とは前にも会ったな。リサとジグ……だったか」
「【幻惑】の保持者……!」
リサがこちらをにらんだ。
「あんたたちがいるってことは、あの【付与】の保持者もいるんだよね?」
「あいにく、はぐれてしまった」
「――ふん、あいつと一緒じゃないのか」
つぶやくジグ。
「ふふ、会えなくて寂しがってる?」
「だ、誰が!」
からかうようなリサに、ジグは顔を赤くして反論した。
かつて彼らに出会ったとき、レインはリサ、ジグ、そしてこの場にはいないがフローラという保持者と一時的に協力した。
その際、多少なりとも心を通わせたんだろうか。
レインのことを話に出したとき、ジグの反応にはどこか好意的な雰囲気があった。
……まあ、気のせいかもしれないが。
「あんたたちも『力』を求めてきたんでしょうけど……先に最終階層まで到達するのは、あたしたちだぞ」
リサが言い放った。
つぶらな瞳には強い光が宿っている。
強い――決意を感じさせる光が。
「私はただレインに協力するために来ただけだ。私自身はここで何かを成し遂げようという気持ちはない」
ヴィクターは素直な心情を告げた。
レインは星の声を聞き、助けを求められたのだという。
どうやらそれは世界の危機らしく、彼はそれを救おうとしている。
ヴィクターはその手伝いをするつもりだった。
だから、別に自分自身が力を得ようという大それた望みはない。
「ただし――私たちに仇為すつもりなら、抵抗させてもらう」
大それた望みはない、と言っても、降りかかる火の粉は当然払わなければならない。
生きるために。
これからも生きていくために。
そして今は――側にいる仲間を守るためでもある。
「へえ? 三対一でも?」
リサの瞳に宿る光が、剣呑な雰囲気を帯びた。
「言っておくけど、容赦はしないよ」
隣でジグが両手を突き出す。
これは、彼が自分の『天の遺産』――【停止】を発動するときの予備動作だとレインから聞いていた。
「また『止め』てやるか。命までは取らないけど、僕らは先へ進まなきゃいけない。誰よりも早く」
「……!」
以前に出会った時、ヴィクターは彼に不覚を取り、【停止】をまともに食らっている。
(どうする――)
相手は『天の遺産』の保持者が三人。
まともに戦って勝ち目があるとは思えなかった。
ならば、
「私たちは闘争を望まない。私たちは、ただ仲間と合流したいだけだ」
戦いを回避すること。
まずそこに注力するべきだろう。
「そう言って出し抜くつもりかい? 僕らはそこまで甘くない。それに――懸けるものがある」
ジグが真剣な表情で告げる。
「譲れないものもある。確実に一番になるために……競争相手は確実に排除する」
「そういうことだぞ。未来がかかってるからね……あたしもジグも。メリーアンはよく知らないけど」
「うふふ、あたしにだって『理由』はあるよ~」
メリーアンが微笑む。
――やはり戦いは避けられない、か。
「ならば!」
ヴィクターは一歩踏み出した。
ごうっ!
その体を突風が包み込む。
同時に地を蹴り、すさまじいスピードで突進した。
『翠風の爪』の能力――使い手に風をまとわせることによる超加速だ。
「速い!」
ジグ、リサ、メリーアンが同時に叫んだ。
「いける――」
相手は三人だが、いずれもヴィクターの速度について来られていない。
このまま一人ずつ戦闘不能に――。
「……なんて、ね」
ニヤリと笑ったのはメリーアンだった。
「『視え』てるよぉ。あたしの【探査】はすべてを見る力だからね。そう、あなたの動きの『先』までも――」
「なっ……!?」
加速するヴィクターの背後に、メリーアンが回り込んでいた。
ぴたり、と背中にナイフを突きつけられる。
「くっ……」
まるでヴィクターの行く先があらかじめ分かっているかのような動きだった。
いや、違う。
本当に分かっているのだ。
「まさか、未来さえも見えるのか……!?」
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