9 ヴィクターと『翠風の爪』2
ヴィクターは彼らと一緒に遺跡内を進んだ。
内部は入り組んだ迷宮のようになっていて、油断するとすぐに迷ってしまう。
実際しばらく進むと、
「む……こちらは行き止まりのようだ」
先行していたヴィクターは通路の突き当りで足を止めた。
と、
「はあ、はあ、勝手に先に進むな。あと、俺たちが指示したのと反対方向に行くんじゃない」
デオルスたちが走ってきた。
どうやらいつの間にか、彼らを随分と引き離してしまっていたらしい。
「申し訳ない」
素直に謝るヴィクター。
「本当に相変わらずだな」
「まあ、いつものヴィクターさんだ」
と、いつも一緒に冒険をしている仲間たちは苦笑していた。
一方で、
「ったく……」
デオルスから露骨に舌打ちされた。
「しょせんC級かよ。雑魚が……」
完全に見下されている。
仲間たちはそれを聞いてムッとしたようだが、ヴィクターは受け流した。
自分たちよりランクが上の冒険者から、こういう態度を取られるのは、それほど珍しくはない。
いちいち目くじらを立てていても仕方がない。
それからも何度かヴィクターが道を間違えつつも、混成パーティは先へ進んだ。
さすがにデオルスたちはトップクラスの冒険者の集まりだけあり、ヴィクターたちを先導して罠を解除し、モンスターを討伐し、どんどんと進んでいく。
ほどなくして最深部までやって来た。
「む……こちらは行き止まりのようだが」
「だから先に進むな! あと反対方向に進むな! いいから俺たちの後を黙ってついてこい!」
デオルスに怒鳴られてしまった。
「むう……あなたたちの指示通りに進んだのだが」
「先行するな、って言ってんだよ! そもそも指示と真逆の方向に進んだじゃねーか!」
「そこはそれ、指示の解釈に迷う部分があったので、私の判断で補ったのだ」
「『ここからまっすぐ前に進め』って指示のどこに迷う部分が……?」
「ともあれ、進もう」
「だから、先に行くなって! そっちは罠がある方向――」
デオルスが慌てたようにヴィクターの腕をつかむ。
がこんっ。
いきなり床の一部が沈んだ――。
「何……!?」
どうやらそれは一種の『スイッチ』になっていたようだ。
同時に、
うおおおおおおお……ん!
壁の向こうから咆哮が響いた。
「壁越しでも感じるこの迫力と威圧感……遺跡のボスか?」
デオルスがつぶやいた。
「さっきの『スイッチ』はボスへの合図になっているんだろう……よくあるトラップだ」
「私が踏んでしまったのか……」
「いや、踏んだのは多分俺だ。ま、手間が省けたか」
言って、デオルスはニヤリと笑う。
「ボスを片付けて剣をいただくとしよう」
「……自信があるのだな」
「当然だ。俺はS級冒険者だぞ。お前みたいなC級とは違う」
「そうだな」
デオルスの嘲笑にヴィクターは素直にうなずいた。
「ならば、私はサポートに徹する」
「俺たちもだ。あんたたちの足を引っ張りたくないからな」
「支援をがんばる」
と、ヴィクターの仲間たちも一様にうなずく。
「おう。邪魔すんじゃねーぞ」
言って、デオルスは剣を抜いた。
無銘のその剣は、ギルド所属の付与魔術師から『+3』の強化を受けた逸品だそうだ。
刀身がまばゆい光を放っていた。
「来やがれ……こいつを倒して、俺はもっと名を上げるんだ」
その周囲で他のメンバーたちもそれぞれ武器や杖を構える。
ちなみに内訳はS級の魔術師が一人、A級の魔術師が二人と剣士、僧侶が一人ずつ――さすがに『覇王竜の翼』のエースが所属するパーティだけあって超一流ぞろいの構成だった。
と、
がらがらがらっ……!
前方の壁の一部が崩れ、その向こうから巨大なシルエットが現れた。
「あれは――!」
ヴィクターは息を飲んだ。
全長10メートルほどの、三つ首の竜。
「【トライデントドラゴン】か。上級ドラゴンの中でもとびっきり強力なやつだ」
デオルスがつぶやく。
「S級冒険者でも単独じゃ討てないクラスのモンスター……それでこそ、倒し甲斐があるってもんだ」
「そこまで強力なモンスターが相手なら、いったん退いて作戦を立てるべきでは?」
ヴィクターが言った。
「はあ? 逃げるってのかよ、腰抜けが!」
デオルスが叫ぶ。
「C級の雑魚と違って、俺たちS級やA級は常に危険の中で生きてるんだ。危険の中にこそ――それを乗り越えた先にこそ、富と栄光がある。そいつが冒険者の世界だ。覚えとけ、雑魚!」
「……そこまで言うなら止めはしない」
ヴィクターは一歩下がった。
自分にどこまでできるか分からないが、可能な限りの援護をするしかない。
――と、そのときだった。
『使えそうな男が来たな』
突然どこからか声が響いた。
「えっ……?」
周囲を見回すが、声の主は見当たらない。
『我は竜の王――我がしもべたる竜を通して、お前に話しかけている……』
声がさらに響く。
言われてみれば、声は前方の【トライデントドラゴン】から聞こえてくるように思えた。
その声が、ヴィクターの脳内に直接響いている――。
『お前は、強者を呼び寄せる運命を秘めている……その強者たちは、いずれ我の前に立ちはだかるかもしれぬ者たちだ……』
「何を、言って……?」
声の主が語ることは、ヴィクターには意味不明だった。
『お前は、その強者たちに対する盾として利用できる……我の予感は外れぬ……くくく』
「うっ……!?」
同時に体中に何かが駆け抜けるような感覚があった。
まるで声の主の『力』がヴィクターの体内に染みわたるような……。
『いずれ我が復活する局面になったとき、お前にも協力してもらうぞ』
「何者だ……?」
問いかけるが、声はそれっきり途絶えてしまった。
「そうら、いくぜ!」
その間に、デオルスたちと【トライデントドラゴン】の戦いが始まった。
「つ、強い――」
デオルスの顔が青ざめていた。
ヴィクターもまた彼らの後方で戦慄していた。
【トライデントドラゴン】の強さは想像を絶していた。
さすがは最強のモンスターである竜種の、それも上級クラスである。
S級2人、A級4人という布陣で臨んでさえ、完全に劣勢だった。
C級のヴィクターはレベルが違い過ぎて、戦いの援護すらできない。
仲間たちも同じだ。
完全に観客同然だった。
「人間ごときが何人集まろうと」
「上級竜種である我を倒すことなどできん」
「身の程を知れ、愚か者ども――」
【トライデントドラゴン】の三つの首が順番に語った。
ごうっ!
そして、その三つの首が次々に火炎を吐き出す。
「【アイスシールド】!」
「【ウォーターシールド】!」
水や氷系統の魔力障壁でそれらを防ぐ、デオルスたちパーティ。
が、
ぶんっ!
続く尾の攻撃によって、メンバー全員が大きく吹き飛ばされた。
ドラゴンブレスと肉弾攻撃による強力な連撃は、デオルスたちを寄せ付けない。
「なんとか援護だけでも……」
ヴィクターは敵の動きをジッと見据える。
せめて相手の攻撃パターンを分析するなり、隙を見出すなりして、自分なりに役に立とうとしたのだ。
雑魚とさんざん馬鹿にされたことが気にならないわけではない。
自分にも何かできることを見せたい……心の奥底に灯った思いが、徐々に燃え上がる。
追い詰められた極限状況だからこそ、奥底の心が少しずつ火勢を増していく。
――どくんっ。
ふいに目の前が揺れた。
「なんだ、これは……?」
【トライデントドラゴン】の動きが止まった。
「人間どもの姿が急に増え……!? い、いや、幻か……一体……!?」
あらぬ方向をキョロキョロと見回している。
まるで――幻覚でも見ているかのように。
「幻像……魔法の類か……!? いや、何か違う……」
ぎろり、と竜の瞳がヴィクターをにらむ。
「お前か……!?」
「えっ……?」
ヴィクターは驚いた。
自分には幻覚魔法など使えない――というか、そもそも魔法自体が使えないのだ。
「幻が消えた……なるほど、まだ『力』を使いこなせないようだな。だが、脅威になりそうなことに代わりはない」
【トライデントドラゴン】はなぜかヴィクターを警戒しているようだった。
と、
「隙あり――!」
いつの間にか【トライデントドラゴン】の背後に回り込んでいたデオルスが、その二つ名の通り稲妻のような速度で突進する。
「し、しまっ――」
「くらえ、【斬竜閃】!」
ざしゅうっ!
繰り出された一撃が【トライデントドラゴン】の背中を深々と切り裂いた。
「やれ、お前ら!」
と、仲間たちに号令するデオルス。
同時に、剣と魔法が続けざまに叩きこまれ、【トライデントドラゴン】に大ダメージを与えた。
一気に形勢逆転だ。
そこから、さらに攻勢に出たデオルスたちは、苦戦しつつも【トライデントドラゴン】を打ち倒したのだった。
「ボスモンスターは倒した。この先にたぶん『お宝』があるはずだ」
デオルスがニヤリと笑った。
「へへっ、この剣も悪くねぇが……もっと業物が欲しいからな。できれば伝説級のすげぇ剣をよ」
デオルスの先導でヴィクターたちは先へ進んだ。
ほどなくして大きな石室にたどり着く。
その中央に祭壇があり、一本の剣が突き刺さっていた。
「あれが『翠風の爪』か……」
名前の通り、剣全体がうっすらと緑色の光に包まれている。
「俺が取ってくる」
言って、デオルスが祭壇に登った。
柄に手をかけて引っこ抜く――。
「……!? 固い――ぬ、抜けねぇぞ……!?」
どうやら台座部分に刀身が食い込んでいるらしく、剣はビクともしなかった。
「お、おい、お前らも手伝え!」
と、デオルスが仲間たちに声をかけた。
他のメンバーもかわるがわる祭壇に上がっては剣を抜こうとするが、やはりビクともしない。
「くそっ、駄目か。もしかして『選ばれた勇者じゃないと抜けない』なんて、おとぎ話みたいな話じゃないだろうな」
デオルスが舌打ちした。
「おい、ヴィクター。お前、試しに抜いてみろ」
と、手招きされた。
「私が、か?」
デオルスたちに抜けないなら、自分に抜けるわけがない。
「ものは試しだ。案外、雑魚がやった方が抜けるなんてオチがないとも限らねぇ」
「では、試しに――」
言われて、ヴィクターは祭壇に上がる。
剣の柄を握ると、驚くほどしっくりと両手に馴染んだ。
ず……ずずず……。
「っ……!?」
さして力を入れていないにもかかわらず、『翠風の爪』はあっさりと抜けた。
「馬鹿な!」
デオルスが愕然とした様子で叫ぶ。
「なんでだ……伝説級の剣を手にする資格があるとしたら、俺のはず――なのに、なんであんな雑魚に……!」
と、こちらを憎々しげな顔でにらんだ。
「これが――『翠風の爪』……!?」
ヴィクターはあらためて剣を見た。
「ん? 銘がないな」
剣の名前が刀身か柄に掘られているのかと思ったが、それらしいものはどこにも刻まれていなかった。
「なんだと!?」
デオルスが声を上げた。
「じゃあ偽物……? いや、そんなはずはねぇ! ……まあ、伝説級の剣には銘が刻まれていないものもあるっていうから、多分そうなんだろう……きっとそうだ」
ブツブツ言いながら、デオルスは突然剣を抜いた。
「その剣は伝説級の剣に違いねぇ……なら、使い手にふさわしいのは俺だ……最強の冒険者であるこの俺、デオルス・グレイだ!」
「デオルス……?」
ヴィクターは眉を寄せた。
先ほどからデオルスの情緒がやけに不安定に思える。
と、
「なんにせよ、剣を回収できてよかったよ」
「後は依頼主に渡して、この仕事は終わりだな」
「はは、俺たちにかかれば難度Sのクエストもこんなもんだ!」
デオルスのパーティメンバーたちが歓喜の声を上げている。
「……依頼主に渡す、か」
デオルスがつぶやいた。
「……!?」
ヴィクターはゾッとなった。
デオルスは背筋が凍るような冷たい眼光を宿らせている――。
「そいつは困るな。【乱れ斬り――」
瞬間、デオルスの剣が雷光のように閃いた。
「――雷刃乱舞】!」
ざんっ!
ざんっ、ざんっ、ざんっ!
一瞬の後――。
「ぐあっ……」
他のパーティメンバー全員が血を噴き出して倒れる。
「なっ……!?」
「お前らもだ! 【乱れ斬り・雷刃乱舞】!」
次はヴィクターのパーティメンバーも、すべて斬り伏せられた。
まさしく一瞬の出来事だった。
異常なまでの剣速だ。
「これで証拠は消える。俺がその剣を奪ったっていう証拠はな」
デオルスが血走った目で近づいてきた。
「後はお前を殺して、剣を奪う」
明日の夜0時(正確には明後日ですが)にマガポケで、明後日の昼12時には月マガ基地、コミックDAYS等でそれぞれチー付与コミカライズの更新がありますので、よろしくお願いします~!
※実はヴィクターの剣の入手は「遺跡から」と「武器商人から」が表記混在していて(書籍では統一済み)、これ書いてるときに勘違いしちゃったのですが、最終的に帳尻合わせる方向です(汗