8 ヴィクターと『翠風の爪』1
SIDE ヴィクター
気が付けば、見知らぬ場所にいた。
「ここは……?」
ヴィクターは周囲を見回す。
赤茶けた岩作りのダンジョンだった。
先ほどまでの森の中とは明らかに違う。
すぐ側にはミラベルやバーナード、ラス、ローザがいる。
さらに高位魔族のヅィレドゥルゾも。
ただし、
「レインがいない……?」
彼とはぐれてしまったようだ。
「一体、どこに……?」
「レインがいなくなった」
ミラベルがきょろきょろと周囲を見回している。
「もしかして……迷子?」
「いや、ヴィクターさんじゃないんだから」
と、ローザがツッコミを入れた。
「む……私とて、そうしょっちゅう迷子になっているわけではないぞ」
思わずツッコミ返すヴィクター。
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
全員からジト目で見られてしまった。
「――なんだ、方向音痴なのか、その男は」
ヅィレドゥルゾまでジト目だ。
さすがにヴィクターも苦笑する。
と、そのときだった。
『誰でも構いません……最初に我が元にたどり着く者、たどり着ける者。たどり着く力と資質を持つ者――その者には、あらゆる望みを叶える力を与えましょう……』
そんな声が聞こえてきた。
『その代わり、私を救ってください……待っていますよ。種族も善悪も問いません。これは――運命を懸けた競争――星の、運命を賭けた戦い……!』
次の瞬間、周囲が虹色の光に包まれ、そして――。
「ここは……?」
また別の場所になっていた。
今度は薄赤色の外壁に囲まれた迷宮だ。
「今度は……他のみんなともはぐれてしまったのか……?」
ここにはヴィクター以外に誰もいないようだった。
――いや。
「あれ、ヴィクターさん?」
通路の向こう側から長身の女が歩いてくる。
ローザである。
「私たち二人だけ……はぐれたみたいね~」
トレードマークともいえる魔女風の帽子のひさしをグイッと上げながら、ローザは周囲を見回した。
「ああ。いつの間にか道に迷ったようだ」
「いや、『道に迷う』っていうレベルじゃないよ、これ」
ローザが冷静にツッコんできた。
「どこか別の場所に飛ばされたのかな……? レアだけど【転移】系の魔法とか」
「転移か……」
うなるヴィクター。
以前に光竜王と戦ったとき【転移】の『天の遺産』を持った者がいたことを思い出す。
【破壊】の『天の遺産』を持つ者とコンビで襲い掛かってきた二人組の女――。
「彼女たちがふたたび襲ってきたというのか、それとも……」
ただ、それにしてはヴィクターたちは『ただ転移させられただけ』である。
例えば、こちらの命が目的なら追撃があってもおかしくない。
何か別の狙いがあるのか、あるいは……?
「そういえば、転移の直前に妙な声が聞こえたな。この転移自体、その声の主の仕業なのか……?」
何にせよ、情報が少なすぎて確定することはできない。
ディータやシリルが襲ってきた可能性も、他の可能性も、それぞれ頭に入れておくしかなかった。
「ねえ、ミラベルちゃんやバーナードさんたちがいないわ」
と、ローザ。
「むう……」
ヴィクターはあらためて周囲を見回した。
「他のメンバーは私たちとは別の場所に飛ばされているということか?」
「かもしれない……ちょっと探ってみる。集中するから、しばらく静かにしててね」
ローザは目を閉じ、魔法を発動する。
「【探知Ⅲ】!」
ローザの周囲にあふれた緑色の輝きが波紋状に広がっていく。
「うーん……このダンジョン全体に変なノイズがかかってて、上手く探知できない……」
ため息をつくローザ。
と、
ヴ……ヴヴヴヴヴ……!
突然、ヴィクターの剣が細かい振動を始めた。
さらに剣全体から緑色の光がまっすぐ伸びていく。
「私の剣が反応している。おそらく『燐光竜帝剣』と共鳴しているんだろう」
以前にも似たような現象を見たことがある。
「これなら――少なくともレインは発見できるかもしれない。剣が導く方向に行ってみよう」
ヴィクターはそう言って歩き出した。
「こっちだ」
「ねえ、そっちは剣から伸びてる光とは逆方向じゃない?」
ローザがツッコミを入れる。
「ん? おお、うっかりしていた」
「うっかりで見過ごすレベル……?」
「気を取り直していこう」
「だから、それ逆方向」
またローザにツッコまれた。
「ご指摘痛み入る」
ヴィクターは微笑みながら、手元の剣に視線を落とした。
「私たちを導いてくれ、『翠風の爪』……」
己の剣を見つめながら、彼はこの剣に出会ったときのことを思い出す――。
ヴィクター・ゼオラは商家の三男として生まれた。
実家は、それなりに裕福だったと思う。
ただ、特別に利発というわけではなく、商才も乏しかった彼は、父からまったく期待されなかった。
剣の腕はそれなりにあったと思うが、商人に求められる能力ではない。
しかも子どものころから致命的なまでに方向感覚がなく、一人では外出もおぼつかない彼は、厄介者扱いされていると言ってよかった。
対して二人の兄はとにかく頭がよく、子どものころから父の仕事を手伝い、父もそんな二人を可愛がっていた。
ヴィクターは疎外されて育ち、だんだんと実家を離れがちになっていった。
二十歳を過ぎるころ、彼は自然と冒険者の道に進んでいた。
特に強要されたわけではない。
父や兄からは軽視されていたが、ヴィクター自身は家族が好きだったし、実家を敬遠する気持ちもなかった。
ただ、自然な流れに身を任せて生きてきただけだ。
自分は商人として大成する人物ではない、と悟ったから別の道を選んだまでのことだった。
とはいえ、冒険者として成り上がっていけるかと言えば、それも難しい話だった。
ヴィクターの剣の腕は、あくまでも『それなり』だ。
魔法能力があるわけでもないし、強力なスキルも会得していない。
初めて冒険者になったとき、E級パーティを組んでいた中で『マイゼル・ゾールライバー』という男がいたが、彼はあっという間に頭角を現し、やがて超名門ギルドの『星帝の盾』に移籍していった。
そこでも順調に実績を重ねた彼は、やがてS級冒険者にまで上り詰め、『怒涛の大斧』の二つ名で呼ばれるようになったそうだ。
才能がある者というのは、マイゼルのような男を言うのだろう、とヴィクターは感じた。
自分は凡庸だ。
商人としても、冒険者としても。
それに嘆くこともなく、ただヴィクターは流れるままに生きていった。
どこまでも自然体だった。
そうやって冒険者として十年以上を過ごした。
ランクは大して上がらなかったが、それなりに楽しく、幸せに過ごせたと思う。
派手な活躍や裕福な生活とは無縁だが――そんな『それなり』の人生が自分には似合っている、とヴィクターは考えていた。
そんな彼に転機が訪れたのは、今から数か月前――。
とある遺跡探索のクエストでのことだ。
『光鱗の遺跡』。
竜王国と呼ばれるガドレーザ近郊に存在する遺跡に、古代に作られた魔剣が眠っているという。
その剣を入手することが、今回のクエストの条件だった。
メインパーティは名門ギルド『覇王竜の翼』に所属するS級とA級冒険者たちの選抜パーティ。
ヴィクターのパーティはその補助として雇われた。
完全に雑用係だ。
「俺がリーダーのデオルス・グレイだ。ランクはS級。『紫電の刃』って二つ名、聞いたことがあるだろ? 俺の剣技が雷みたいに速いってんで付いた異名さ、へへへ」
正直、その二つ名は初めて聞いたのだが、角を立てないために黙っておく。
「お前らの役目は雑用オンリーだ。危険は少ないと思うが気を抜くな。それと俺たちの身の回りのことは全部やれよ。いいな?」
デオルスは高圧的な男だった。
年齢は二十歳そこそこだろうか。
端正な顔立ちには、傲岸そうな表情が浮き出ていた。
中年でうだつの上がらないC級冒険者のヴィクターからすれば、エリート中のエリートといっていい。
「ヴィクターだ。よろしくお願いする」
だから、挨拶をするときも、多少気後れしていたことは否めない。
「お? 緊張してんのか? さっきも言ったように、お前は雑用オンリーだよ。俺たちは戦闘オンリー。危険な役割をお前ら雑魚に押し付けたりしねーから心配すんな」
デオルスが馬鹿にしたように笑った。
「承知した。雑用に全力を尽くす」
ヴィクターは丁寧に返答した。
馬鹿にされたことにまったく腹が立たないわけではないが、軽く受け流すことができるのは年の功といったところだろうか。
「今回のクエストで入手指定されているのは、魔剣ということだが……」
「ああ。大昔に作られたもので、風属性の魔剣らしい。なんとかっていう伝説の竜にまつわるものらしいが……その辺の詳しい情報は不明だ」
と、デオルス。
「銘を『翠風の爪』。とある大富豪が法外な値を付けているんだ。入手すれば一財産だぜ」
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