7 失い、なお紡ぐもの
「れり……くす……?」
「僕にもよく分からない。星がくれた力……なのか……? 説明が多くて、しかも断片的だったから……頭の中が整理できない」
ジグは何度も頭を振っている。
詳細は分からないが、ともかく彼がなんらかの力を得て、そのおかげでリサは助かったのだ、ということだけは理解できた。
「あんたのおかげで、あたしはまだ生きてる……感謝するぞ」
「いや、別に」
ジグはぶっきらぼうに言った。
「助かったなら、まあ……よかったんじゃないか?」
言って、そっぽを向く。
その顔が真っ赤だった。
「……もしかして、照れてる?」
「て、照れてない!」
「ガキだね……」
「ガキって言うなよ! ちょっとお姉さんだからって!」
「ちょっとどころじゃないと思うぞ――」
苦笑しかけた、そのときだった。
どくんっ!
心臓の鼓動が異常なまでに高鳴るのを感じた。
体中に熱い何かが広がっていく。
どくんどくんどくんどくん……っ!
それにつれて心音がさらに早まり――。
リサの体に、変化が起こり始めた。
体が溶けていくような錯覚。
自分が自分でなくなっていくような違和感。
「う……ううぅ……っ!?」
目の前が激しく揺れ、その気持ち悪さにリサはうめいた。
目を開けていられない。
「リサ……!?」
「ううぐぐ……ぐぐ……」
ジグの声にも返答する余裕がない。
ぎゅっと目を閉じ、不快な錯覚と違和感が消え去るのを待ち続ける。
永遠に思える時間が過ぎたが、実際にはそれは数分程度のことだったのだろう。
不快な感覚がようやく消え失せる。
リサはゆっくりと目を開いた。
「えっ……」
そこで自分の体が変化していることに気づく。
髪の長さが変わっている。
肌にも以前よりハリがあるようだ。
「まさか……」
白衣から手鏡を取り出し、自分の顔を確認した。
「嘘、若返ってるぞ……!?」
そこに映っているのは、二十歳前後の美女だった。
現在、二十八歳のリサよりも明らかに若い。
そして髪型も二十歳くらいの時のものだし、当時気に入っていた髪飾りもつけている。
さっき後輩の研究員が触手に貫かれたときと同じ現象――。
「――いや、若返りじゃない」
リサはつぶやきながら考えを整理していく。
「もし、あたしの体が単純に若返っただけなら――髪型が変わったり、髪飾りが付いていたりはしないはず」
考えながら、嫌な予感がこみ上げていく。
いくつもの可能性を考慮し、仮説を立て、脳内で検証し――。
すぐにもっとも有力な仮説へとたどり着いた。
「あたしは……【未来】を侵食されたんだ……」
それは――絶望そのものの現状認識だった。
「未来を侵食……?」
ジグがたずねながらリサを見つめた。
「その姿……【侵食】の【呪い】で若返ったのか……?」
「若返りじゃない、って言ったでしょ。【呪い】は……まだ続いてるんだ……たぶん、あんたの【停止】でも完全には止められなかった……」
「えっ?」
怪訝そうなジグにリサは暗い表情を向けた。
「これから先も、あたしは少しずつ命を削られていく。きっと、もっと小さな子どもの姿になっていくんだと思う」
ゴクリと喉を鳴らす。
「そして、やがては――無に、還る」
「無に……?」
「そのまんまの意味だぞ。あたしはこの先もどんどん若返っていって、最後は胎児に……いや、もっと『前』にまで戻っていく……そして消滅する……きっと……」
「そ、そんな!」
ようやく状況を理解したらしく、ジグが愕然とした顔になった。
「だったら僕の力でそれを止める。止めてやる……っ!」
ジグがこちらに両手を向けた。
どうやら両手を使ったポーズを取らないと【停止】の能力が使えないらしい。
「……駄目みたいだ」
しばらくして、リサはうつむいた。
「『天の遺産』は星の力……けれど、その星の力に拮抗している【侵食】の力が相手では、効果を十分に発揮できない……たぶんね」
「君を救えない、ってことか……?」
悔しげに顔をしかめたジグが、今度は体をふらつかせた。
うおおおおおんっ!
と、背後から黒い触手のようなものが押し寄せてきた。
新手の【侵食】か。
「くっ……止まれ!」
ジグが両手を突き出し、触手群を【停止】させていく。
が、数が多い。
「止め切れるか……っ!」
ぐぐぐっ……!
ジグが踏ん張るものの、止め切れない触手が徐々に近づいてくる。
このままでは押し切られる――!?
そして二人とも飲みこまれるのだ。
リサもジグも未来を【侵食】され、消滅する。
なすすべなく、理不尽に。
命も、尊厳も、存在そのものを消し去られる――。
ふざけるな、と思った。
【侵食】がどれだけ強大な存在でも、ただ一方的に踏みにじられて消える――そんな終わり方は真っ平だった。
「……あたしは」
リサが殺到する触手群をにらんだ。
あまりにも色々なことが起きて、はらわたが煮えくり返るとはこういうことを言うのだろう。
壊滅した研究所。
殺された研究員たち。
そして自らが受けた【呪い】。
そんな理不尽すべてを吹き飛ばしたかった。
「あたしは……あたしだって……」
研究では、抗えない。
今まで自分が培ってきたものでは、戦えない。
今必要なのは――戦うための『力』。
「あたしだってぇぇぇぇぇっ!」
リサは叫んだ。
感情すべてを吐き出すような絶叫だった。
ごうっ!
その瞬間、彼女の前方に巨大な黒い球体が出現し、突き進む。
「えっ……?」
リサは呆然とそれを見つめる。
「何、これ……!?」
膨大なエネルギーの奔流が弾となって触手群を撃ち抜いた。
るおおおおおおおお……。
苦鳴のような声を上げ、撃ち抜かれた触手群がボロボロに崩れ落ちた。
「倒した……?」
今のは――魔法ではない。
とっさに魔力弾の要領で放ったが、似て非なる『何か』だった。
「もしかして……これが……」
リサはつぶやく。
『「天の遺産」の継承を完了しました』
『リサ・タカマガハラを【魔弾】の使い手として認定しました』
『現在、第一術式のみ使用可能です。今後、遺産の習熟度に応じて新たな術式が解放されていきます』
頭の中に声が聞こえる――ジグが言っていたのと同じ現象だ。
「リサ……?」
驚くジグにリサがニヤリとする。
「あたしにもあんたみたいな『力』が目覚めたみたいだぞ。うん、今……頭の中に『声』が聞こえてきた。この『力』の名前は――【魔弾】だ」
すべてを撃ち、すべてを貫き、すべてを砕き、すべてを消し去る――最強の弾丸を放つ力。
実戦的な魔法は不得手なリサも、この力があれば十二分に戦闘能力を発揮することができるだろう。
「研究者のあたしに、こんな戦闘向きの力が芽生えるなんて、ね」
皮肉なものだ。
だが、これこそが『星』の啓示なのかもしれない。
今後の人生は『研究』ではなく『戦闘』が待っているのだという――。
直後、周囲が黄金の輝きに包まれた。
「なんだ……?」
うおおおおおおお……ぉぉぉぉぉ……っ……!
断末魔のような声を上げ、触手群が消えていった。
今のは、リサの【魔弾】の力ではない。
ジグの【停止】の効果でもないはずだ。
もしかしたら――。
「星の……力……!?」
【侵食】に対抗すべく、星が力を発揮したというのだろうか。
詳しく調べなければ分からないが、クリシェ王国やおそらくは近隣の国にも出現したであろう【侵食】は――今の光で消え去ったのではないだろうか。
とはいえ、それですべてが解決したとは思えない。
今回現れたのは【侵食】のすべてではなく、ごく一部分だという可能性は十分にある。
今後、より強大な【侵食】が出現し、今度こそ星を食い荒らしてしまうかもしれない。
しかし、それに対抗すべき研究をしようにも、すでに研究所は壊滅してしまっている。
と、そのときだった。
「くっ……うう……ぅぅぅ……っ……!?」
うめき声が聞こえて振り向くと、ジグが地面にしゃがみこんでいた。
「力が……抜ける……っ」
「ジグ……?」
リサは驚いて彼を見つめる。
彼の全身を黒いモヤのようなものが取り巻いていた。
【侵食】の一部がまだ残っていたのだろうか。
そのモヤが徐々に彼の内部に浸透していく――。
「このっ……!」
リサは【魔弾】を放った。
モヤの一部に当てると、
ぐおおおおお……んっ……!
と悲鳴のような声とともにモヤが霧散する。
ほとんど死にかかっていた【侵食】は、今度こそトドメを刺されたようだ。
「はあ、はあ、はあ……」
ジグは荒い息をついていた。
「大丈夫だった、ジグ?」
「――助かったよ」
ジグが顔を上げた。
その顔から血の気が引いていた。
「だけど、今ので僕の中の魔力をかなり持っていかれてしまった……」
リサはハッと表情をこわばらせた。
「……もしかして、あんたも【侵食】の【呪い】を受けてたんじゃ……?」
魔導人間であるジグは、一般的な魔術師などに比べ、かなり大きな魔力を有している。
が、今の彼からは魔力がほとんど感じられなかった。
「生命維持に必要な最低限の魔力しか残ってないみたいだ……もう今までみたいに魔法を使うのは無理だな」
ジグがうめいた。
「いや、生命維持さえ……どこまで持つか……」
この日――二人は未来を失った。
ジグは『魔力』を侵食された。
魔導人間であるジグは完全に魔力を失ったとき、すべての機能を停止するだろう。
リサは『生命』を侵食された。
やがては赤子にまで戻り、さらに若返れば完全に無に還るだろう。
失った未来を取り戻すべく、リサとジグは手を取り、動き始めた。
その後、自分たちと同じく『天の遺産』を持つ者たちに出会い、二人は新たな目的を得た。
【星の心臓】にたどり着き、力を得られれば、二人は失った未来を取り戻すことができるだろう。
侵食された魔力や生命を、取り戻すことができるだろう。
だから――。
「あたしとジグが手を組んでいるのは――」
ちらりと隣のジグを見る。
道具として生み出した魔導人間。
自分を助けてくれた恩人。
そして、自分を助けるために呪いを受けてしまった被害者。
「ただ利用し合ってるだけだぞ。他の保持者と変わらない」
「……ふん」
ジグが口の端をわずかに釣り上げた。
「思惑はそれぞれ違うだろ。それでいいよ。僕は僕の意志で【星の心臓】に行く。そして望みを叶える――」
「あたしの【探査】はすべてを『視る』力。常人ならその生い立ちから能力まですべてを見ることができる。その未来さえも、ある程度は……」
メリーアンが眼帯越しに二人を見つめる。
「けれど、保持者に関しては何も見えないのよねぇ。『遺産』の力同士が干渉してるせいかな?」
「仮に見えたとしても、未来なんて所詮は不確定だぞ」
言ってリサは自分の体を見下ろす。
あの日から随分と『若返り』が進み、今の自分は13歳相当の肉体になっている。
自分の未来は、あとどれくらい残っているのだろう。
不安も恐怖も消えてなくなることはないが、それでもリサは希望を捨てていなかった。
隣にいる少年と一緒に歩んでいく限り。
「あたしは――あたしたちは、自分の力で未来を勝ち取る」
「かっこいいなぁ。うふふ」
メリーアンが不気味に笑う。
「何も見えないから、せめて祈っておくねぇ。二人に幸せな未来が訪れますように」
――三人が『星の声』を聞き、【星の心臓】へと転移するのは、このすぐ後だった。
※リサの年齢表記、誤っていた部分があったので修正しました(ネットでお見かけした感想で気づけた……ありがたや)
明日の夜0時(正確には明後日ですが)にマガポケで、明後日の昼12時には月マガ基地、コミックDAYS等でそれぞれチー付与コミカライズの更新がありますので、よろしくお願いします~!
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