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6 リサとジグ、運命の変遷

「クリシェ王国が……滅亡……!?」


 他の研究員からの報告に、リサは呆然と立ち尽くした。


 クリシェ王国といえば、ここカーライル王国にほど近い国だ。


「まさか……【侵食】がそこまで活性化しているの?」

「ええ、クリシェ王国の騎士団や魔法師団もまったく為すすべがなく一瞬で全滅したとか。さらにすべての都市も同じように飲みこまれ、消滅した……という話です」


 その研究員は真っ青な顔をしていた。


 リサよりも三つほど年若い彼女は、魔法学園(アカデミー)時代からの後輩だ。


 当時から今に至るまでリサのことを慕ってくる可愛い後輩だった。


「これから、どうなるんでしょう……? 【侵食】はこのまま世界中を飲みこみ、滅ぼすんでしょうか」

「そんなことはさせない」


 リサが力強く語った。


「あたしたちはそのために研究を続けてきたんだぞ。気をしっかり持って」

「は、はい、タカマガハラ主任……!」

「大丈夫。戦闘用の魔導人間だって控えてる。あたしたちは【侵食】の性質や生態、そして弱点をも解き明かし、必ずこの世界を――星を救う」

「主任……」

「あんただって、そのための戦力――大切な研究者の一人なんだぞ。気をしっかり持って」

「はい、がんばります!」


 後輩の研究員が叫んだ。


 と、そのときだった。




 ごごごごごご……っ!




 研究所を激しい震動が襲った。


「何……? 地震……!?」


 リサはとっさに机の下に隠れようとする。


 次の瞬間、壁の一部が轟音とともに吹き飛んだ。


 そこから黒く輝く円錐形の物質が飛び出していた。


 巨大な円錐形のそれは、ウネウネとした柔らかな質感を持っている。


 まるで、触手だ。


 それが二つ、三つ……次々に研究所の壁に穴をあけていく。


「あいつは――」


 リサは呆然と立ち尽くす。


 それを、彼女は知っていた。


 何体かの魔導人間を使った実地調査でサンプルも得ていた。


 だが、調査したときの個体とは明らかに違う。


 威圧感が、存在感が、魔力が――。


 本能的に悟る。


 調査で入手したサンプルは、それの欠片にすぎず、目の前にいるそれこそが――。


「本体……!? 星を【侵食】する存在……! ここにも来たっていうの――!?」


 クリシェ王国を襲ったというそれが、今度は近隣にあるここにやってきたというのか。


 うぉぉぉぉぉ……んっ!


 咆哮が響き、【侵食】による攻撃が始まった。


「う、うわぁぁぁぁっ!」

「な、なんだ、こいつはぁぁぁぁっ!?」


 黒い触手群は、研究者たちを次々に襲い、貫いていく。

 たちまち研究所内が悲鳴に包まれた。


「きゃあっ!?」


 そのうちの一本が、リサの近くにいた後輩を貫いた。


「こ、これは――」


 倒れた後輩の体がどんどん縮んでいく。


「いや、違う。まさか、これって……」


 若返っているのだ。


 三十歳ちょうどだった彼女が、あっという間に十代後半くらいの少女の顔に、さらに十代前半に、さらに児童に、さらに赤ん坊に――。


 どんどんと体が縮んでいった彼女は、最終的に跡形もなく消滅した。


「若返り過ぎて……消えた……!?」


 リサは呆然と立ち尽くした。


 ゆらり……。


 黒い触手が次の獲物を探すように揺らめく。


「っ……!」


 恐怖で叫びそうになるのをこらえ、リサは走り出した。


 とにかくこの場を離れるのだ――。




 それから、わずか十五分。


【侵食】によって研究所は完全に制圧されつつあった。


「落ち着け! ありったけの魔導武器で攻撃するんだ!」


 リサは声を張り上げつつ、自身も手近にあった剣を取った。


 魔導剣――遠近両方の攻撃が可能なS級魔導武器だ。


 リサに剣の心得はないが、この魔導剣はある程度使い手の腕を補正してくれる。


「はあっ!」


 気合いとともに振り下ろした剣から赤い閃光が飛んだ。


 ばしゅんっ!


 が、リサの放った閃光は黒い触手に弾かれ、あっさりと消滅する。


 逆に黒い触手が魔導剣を叩き落とし、絡みつき、あっという間に粉々にしてしまった。


「そんな!? S級の魔導武器でも全く通じない――」


 と、


「タカマガハラ博士!」


 一人の少年が走ってきた。


「あんたは……」


 ジグだ。


「【ウィンドボム】!」


 風魔法を放ちながら、黒い触手群を押し返していくジグ。


 触手を破壊できないまでも、強烈な風圧で押しとどめている。


 その間に、ジグがリサの元までやって来る。


「……地下にもこいつらが現れた。僕以外の実験体は――」


 言って、彼は目を伏せた。


「全員殺された」

「っ……!」


 リサは表情を険しくした。


「博士のことが気になって、こっちに来たんだ」


 ジグも険しい表情だ。


「……よく来てくれた。助かったぞ」


 言って、リサは目の前でうごめく触手群を見据える。


 彼女の本分はあくまでも『魔導研究』。


 攻撃魔法も防御魔法も大した腕前ではないし、実戦では役に立たないだろう。


 対して、ジグはさすがに能力が高く、ある程度は戦えそうだ。


「……悪いけど、あんたに任せるしかなさそうだぞ」

「問題ない」


 ジグがうなずいた。


 その頼もしさに、リサの口元が緩んだ。


 ――これなら、生き残れるかもしれない。




 二人は、かろうじて研究所の外へと脱出した。


 小高い丘の上まで逃げ、眼下を見下ろす。


「……全滅、か」


 リサはため息をついた。


 シグとリサは力の限り戦ったものの、相手の戦闘能力が高すぎた。


 逃げるのが、精一杯だった。


 眼下に広がるのは、無数の瓦礫と化し、黒煙を上げている研究所の残骸。


 研究員もおそらく全員殺されたことだろう。


 いつもリサを慕ってくれていた、あの後輩のように……赤ん坊まで若返り、さらに消滅したに違いない。


 ただ、彼らも懸命の抵抗で研究所全体の自爆装置を起動させ、黒い触手を道連れに吹き飛ばしたようだが……。


「あいつは何者なんだ?」


 ジグがたずねた。


「あいつは――」


 リサは口ごもった。


【侵食】に関しては第一級の極秘事項だ。


 限られた者だけが研究を許されている。


 とはいえ、研究所がここまで大打撃を受けている以上、今後の対処のためにはジグにも正確な情報を与えておいた方がいいだろう。


「星を食らう存在」

「星を……食らう?」


 ジグが眉をひそめた。


「いつごろから現れたのか、どこから現れたのか、どうやって現れたのか――すべては謎の存在。奴はすべての『力』と『命』を食い尽くし、やがて星そのものをも食らいつくす……と推定されている」


 リサが説明する。


「ここ数百年の間、休眠期に入っていたんだけど、また活発化し始めたんだ。先日は国が一つ消滅した」

「国が……!? そこまで強力な存在なのか?」

「星をも食らいつくす存在だからね……」


 リサがうつむく。


「奴に狙われたら、どうしようもない。この研究所だって各所にS級の迎撃用魔導兵器が設置されていて、要塞以上の防衛能力があったのに――ほとんど一瞬で壊滅状態だ」


 と――、


 ざぐぅぅぅっ……!


 突然、胸に熱い衝撃が走り抜けた。


「か――は……っ……!?」


 何かが自分の中から失われ、すり抜けていくような、嫌な感覚。


「ああ……ぁぁ……」


 胸元を見下ろす。


 そこを黒い触手が貫いていた。


 心臓のある位置を。


 どうやら、研究所の自爆から逃れた個体がいたようだ。


「博士! くそっ……!」


 ジグが攻撃魔法を連発して、黒い触手を吹き飛ばした。


「う……く……」


 リサは小さな苦鳴をもらし、その場に崩れ落ちる。


「かは……ぁ……ひゅー……ひゅ……っ」


 声が出なくなってきた。


「博士……!」


 ジグの声が、やけに遠く聞こえる。


 意識が薄れていくのが分かる。


 このまま死ぬのか――。


 リサは静かな諦念ともに、自らの死を予感する。

 と、


「今、僕が治癒する!」

(ジグ……!?)

「大丈夫だ、僕は一通りの魔法を使える――【ヒール】!」


 治癒魔法の淡い光がリサの胸元を照らす。

 だが――、


「く……うぅ……」


 痛みが引かない。


【侵食】によって受けたダメージが、少しずつ進行しているのだろう。

 このままではリサも、あの後輩のように若返っていき、消滅する――。


【ヒール】による治癒速度にも限界がある。


 あまりにも傷が深すぎると、簡単には治らないのだ。


 より上位の治癒魔法でも使わない限り。


 だが、そこまでのクラスの治癒魔法となると、使うことができるのは世界でもトップクラスの僧侶に限られるだろう。


 ジグは様々な魔法を器用に使えるが、さすがにそのレベルの魔法を使うのは無理だった。


「くそっ……治れ……治れよ……」


 ジグの表情に焦りが濃くなっていく。


 彼のこんな顔は初めて見る。


「ちくしょう……っ! だめだ、タカマガハラ博士……リサ……死ぬんじゃない……リサぁっ!」


 リサは薄れる意識の中で、そんな彼を茫洋と見つめていた。


「どう……して……?」


 なぜジグは――こんなに必死なんだろう。


「友だちじゃないか……!」


 ジグがうめいた。


「この半年間、君は僕を『実験体』としてじゃなく『人間』として接してくれた」


 彼の瞳が揺れている。


 彼は自分のことをそんな風に感じてくれていたのか。


 リサは驚き、同時に胸が痛くなった。


「……ごめ……ん……それはたぶん……あたしの……気まぐ……れ……」


 ジグのことは気に入っているし、友だちとして接してきたのも事実ではある。


 けれど――ジグが自分に対して向けている想いに比べれば、ここまで強く、重い気持ちで彼に接していただろうか?


 否、だ。


 だから――彼の真っすぐな思いは、リサの心を痛める。


 罪悪感のような気持ちが湧いてくるのだ。


「君がどう思っているかなんて関係ない」


 ジグが首を左右に振った。


 振りながら、なおも治癒魔法をかけ続ける。


「僕がそうしたいから、するんだ。大切な友だちを助けたいから! 君が大切だから! これは僕の、僕だけの気持ちだ……生まれて初めて感じた、自分の内側から出てくる、誰かに対する想いだ……だから……!」


 そのときリサは不思議なものを見た。


 ジグの額に淡く輝く何かが現れる――。


(なんだ、あれは……!?)


「死ぬなぁぁぁぁぁぁあああああああああああっ!」


 ジグが、絶叫した。


 その額から輝きがあふれた。


 王冠によく似た形の紋章が浮かんでいる。




 ――どんっ!




 同時に、リサの胸元に何かが流れこんでくる。


「これ――は……?」


 驚き、そして自分が声を出せるようになっていることに気づいた。


「胸の傷が……進行が、止まってる……!? あんたの治癒魔法のおかげで……!」

「これは治癒じゃない」


 ジグが首を左右に振った。


「今、頭の中で変な『声』が聞こえた。そして教えてくれた。これは僕が授かった力。すべてを止めることのできる力――」

「何を……言って……?」




「力の名は『天の遺産(レリクス)』。その効果は【停止】――」




 ジグが厳かな口調で告げた。

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