5 魔導研究所
リサは五年前のことを思い出していた。
当時二十八歳だった彼女は、出身地である東方からこの中央大陸に来たばかり。
カーライルという名の小さな国の魔導研究所で主任研究者として働いていた。
彼女は錬金術師であり、数々の魔導具から魔法生命体の創造まで幅広く手掛ける有能な術師だ。
魔導人間とは、魔法技術によって生み出された人造人間である。
他の実験体に比べて異様に高い魔力を持っていたことで注目していたが、それでも彼女にとってはただの実験体であり、道具でしかなかった。
そんな彼女が所属する魔導研究所は『星』についての研究を行っている。
リサが魔導人間を何体も制作しているのも、将来『星』の実地調査に乗り出すときに働いてもらうためだ。
ただ、『星』の研究について最近、気になる報告がある。
「この星は何者かの侵食を受けて、少しずつ弱っている――」
リサは十代のころにそれを発見し、以来星の現状について研究を重ねてきた。
星を侵食する存在の正体はなんなのか。
このまま星が弱っていった場合、最後にはどうなるのか。
それを調べるためには、星の最深部まで行く必要があった。
『星の心臓』と通称されるその場所は、未だ到達する方法が確立されていない――。
「あんたの魔法能力は他の実験体と比べても異常に高いな、49号」
リサは『彼』に声をかけた。
今日は魔導人間の実験体40号から60号までの魔法能力チェックだ。
特に魔力のコントロールや狙撃能力において、49号は他の実験体よりも優れていた。
それも圧倒的に。
「君が僕をそう作ったんだろ、タカマガハラ博士」
彼――魔導実験体00049号がリサをジロリとにらむ。
その背後には粉々に砕けた鉄板があった。
厚さ十メートル以上あるそれを、49号は魔力弾一発で粉砕してみせたのだ。
それでも彼はまだ全く本気を出していない様子だった。
「基礎設計はあたしがやった。けれど、実験体が発揮できる能力については『造ってみなければ分からない』というのが実際のところだぞ」
リサが説明する。
「ふん、結構いい加減なんだな」
「魔導人間製造の技術は未だ確立されていないだけだぞ。かつては人間を改造して魔導能力を付与するやり方が主流だったけど、ここ最近は無から新たな魔導生命を作り出す方法が生まれつつある……あんたもそうやって製造された一つだ」
リサは彼を見つめた。
色素の薄い薄茶色の髪に、どこか儚げな雰囲気のある美しい少年。
身長はリサの腰の辺りまでしかない。
こうして見ると、小さな子どもにしか見えない彼が、実際には宮廷魔術師クラスか、それ以上の魔法能力を備えている。
しかも、その能力は成長途上にある――末恐ろしいものだ。
「……怖くないのか? もし僕がその気になれば、研究所ごと壊滅だ」
49号がたずねる。
その瞳に彼女の姿が映っていた。
無造作に肩のところで切った黒髪と紫色の瞳、理知的な容姿。
すらりとした長身に白衣を着ている。
その美貌で研究所内の男から言い寄られることも多いリサだが、研究一筋の彼女はそれをすべて断っていた。
「それは無理だぞ。すべての実験体はあたしたちに逆らえないように、呪縛が仕込まれている」
リサは平然と言った。
そう、魔導実験体の『性能』を完全に規定することはできないが、『行動』を縛ることはできる。
彼らは、リサたち研究者が望まない行動を取ることはできないのだ――。
49号は他の魔導人間とは大きく異なっている――。
そう、まるで人間のように繊細な感情や自我を持っているように思えた。
「あんたの精神性は他の個体とは随分と違うな」
リサが49号に言った。
「そうか?」
49号はクールな性格で、口数も多くない。
けれどその瞳は言葉よりも雄弁に彼の感情を物語る。
「ほとんどの実験体は自我を持ってないんだ。ただ命令通りに動く人形みたいな……だから、あんたみたいに明確に自分の意志を持っている個体は珍しい。というか、初めて見るかもしれないな」
リサがうなった。
「興味深い現象だぞ」
「僕は……人形ではなく、人間……そう考えていいのか?」
49号がこちらを見つめる。
「人間――」
その言葉を繰り返すリサ。
「他の個体はそんな認識を持たない。やはり、あんただけが違うのか……」
ふと思いついて、リサは言った。
「そうだ、あたしがあんたに名前を付けてあげるぞ」
「名前?」
49号が首を傾げた。
「唐突になんだよ?」
「人間なんだから、もっと人間っぽい名前が必要かなって。そうすることで、あんたの精神性にさらなる変化が訪れるかもしれない」
彼女にとっては単なる思いつき程度の提案だったが、49号は嬉しそうに目を輝かせた。
「いいな、それ」
言って、身を乗り出す。
「どんな名前なんだ?」
「うーん……そうだな」
リサはしばらく考え、
「49号だから――ジグっていうのはどう?」
「じぐ……?」
「49で……ジグ。はは、語呂合わせだぞ」
「ジグ、か」
彼はつぶやいた。
その口元にかすかな笑みが浮かぶ。
「……いいな、それ」
意外と気に入ってくれたようだ。
その日以来、実験体49号こと『ジグ』は、魔導実験のたびに彼女に積極的に話しかけてくるようになった。
「ん? 今日はなんの用なの、ジグ?」
「用っていうか、その、なんとなく……」
ジグが顔を赤らめる。
どうやら照れているようだ。
クールな外見だが、意外と照れ屋なのだ、彼は。
「まさか、あたしに会いたくて来たとか?」
「い、いや、僕は別に君に会いたいとか、そこまでの好意は抱いてないっていうか、だから……」
「あはははは! 魔導人間もそんな顔するんだ。面白いぞ」
リサは笑った。
まるで年の離れた弟のようだった。
とはいえ、彼女にとってジグはただの実験体だ。
いくら人間そっくりの反応をするといっても、しょせんは作り物。
過度に感情移入してはならない、と己を戒めることを忘れなかった。
――そんな研究生活の中、半年ほど経って事件が起きた。
二人の運命が大きく変わる事件が。
明日の夜0時(正確には明後日ですが)にマガポケで、明後日の昼12時には月マガ基地、コミックDAYSでそれぞれチー付与コミカライズの更新がありますので、よろしくお願いします~!