18 伝説のS級冒険者2
「へえ、彼のことを随分評価してるんですね――それになんだか嬉しそう」
シリルが言った。
「そうですか?」
「うん。だって今、笑ってましたよ?」
シリルが指摘する。
「あたくしはいつも笑顔を絶やさないでしょう」
「それ、作り笑顔じゃないですか」
と、シリルがツッコむ。
「けど、今のは……何か違いましたね。嬉しそうな、自然な笑顔」
「自然な……」
おうむ返しにつぶやくフローラ。
「あたくし、そんな顔をしていました?」
「してたしてた」
「彼に出会ってから――」
フローラはレインの顔を思い浮かべた。
「気持ちが浮き立つのを感じます」
先日、彼と交戦した際、フローラのスキルと彼のスキルが交じり合い、新たなスキルとして発現したことがあった。
あれは、もしかしたら互いの精神の『相性の良さ』によって起きた現象なのではないか、とフローラは推測している。
『天の遺産』とは保持者の精神に大きく依る力だからだ。
ならば彼女にとってレインは――。
「えっ、何? 何? もしかしてフローラ、恋しちゃったんですか?」
シリルがニヤニヤしてたずねる。
「恋……」
「堅物っぽいのに、意外と……うふふ」
「あるいは、そうなのかもしれません」
「えっ、ほんとに!?」
真顔でうなずいたフローラに、シリルは驚いた顔だ。
「憧れのコイバナ……あたくしも、その当事者になれる日が来たのかもしれません」
「えっ? えっ?」
「ふふふふ。冗談ですわ」
フローラは茶目っ気たっぷりに笑ってみせた。
「ところでシリル……あなたはなぜここに戻ってきたのです?」
「ん?」
シリルが首をかしげた。
「ジグたちと同じく、あなたやディータもとっくに旅立ったのかと思っていましたが……」
「んー、そうだね……ちょっと気になることが」
次の瞬間、背後に殺気が生まれた。
がきんっ!
フローラは振り向きざまに、繰り出されたナイフを剣で止める。
「ひええ、ノータイムで【転移】を使って、完全に死角から斬りつけたのに」
「目線の動きと殺気の変化で丸わかりですよ、シリル。『今からお前を斬る』――その気配が漂っていましたから」
「さっすが『黒天閃のヴァーミリオン』ですねぇ」
シリルが苦笑した。
「あたし一人じゃ、やっぱり無理そう」
「だから、そう言ったのだ」
と、ふたたび背後に殺気が生まれる。
今度は別の人物――。
「!」
フローラは考えるより早く、側方に大きく跳んでいた。
がおんっ!
次の瞬間、彼女が一秒前まで立っていた床がバターのように切り裂かれ、えぐり取られる。
「【破壊】の『天の遺産』――」
振り返ったフローラの前に、黒いボンデージ衣装をまとった美女がたたずんでいた。
凄艶な色香と、そして威圧感。
「シリルがいる以上、あなたも来ていると思っていましたよ、ディータ」
「【転移】を使った二連撃をものともしないか。さすがだな、フローラ」
「あら、これくらいはあなたたちにとって小手調べでしょう?」
フローラは微笑みつつも、内心では警戒心を最大限に高めていた。
いくら伝説のS級冒険者と謳われるフローラでも『天の遺産』保持者二人を同時に相手にするのは簡単なことではない。
「ここからが本当のつぶし合い――殺し合いですわね」
ディータ・クリシェ。
シリル・ゼルベスト。
二人のことは『天の遺産』保持者として出会う以前から知っていた。
五年前、S級冒険者として二人の国に招かれたことがあったからだ。
そのときディータ――いや本当の名であるエシャルディータ・クリシェは、クリシェ王国の女王であり、シリルは近衛騎士の筆頭だった。
「あのころのあなたは――『殺し合い』などという単語を口にするような方ではなかった。気高く、穏やかで、そして優しかった……」
フローラは遠い目になり、あの日の記憶を思い起こす。
すべては――五年前に始まった。
そう、王国が滅んだあの日。
【侵食】と呼ばれる正体不明のモンスターによって、ディータとシリルがすべてを失った日。
そして、フローラもまた――。