表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/15

12

 誰もいない客間の窓は、開け放たれていた。


「自分でバルコニーに出て行ったのか……や、やっぱりクラリスは、僕と結婚するのが嫌で」

「もう、いつまでもグズグズ言ってないで、さっさと魔法で探知してください!」


 花柄エプロンで腕組みする部下に怒鳴られ、ハッとしてクラリスの気配を探す。だが離れすぎてしまったせいか、何度試みても全く探知出来なかった。

 かくなる上は──あまり出したくはないが、奥の手を使うしかない。


「フェン! 今夜に限り、魔狼に戻る事を許可する。すぐにクラリスを探しに行ってくれ」

「はっ、はい。でも、森の外に出て大丈夫なんですか? ……通報されるかも」

「責任は僕が取る。──未来の王妃の危機なんだ。誰にも文句は言わせない」

「畏まりました!」


 跪いたフェンの周りに黒煙が渦巻く。

 濃い靄の中から一歩足を踏み出したのは、馬よりも大きな黒い狼。

 怪しく光る赤い眼、鋭く尖った爪も牙も魔力が漲り、永き眠りから解き放たれた喜びに、打ち震えているようだった。


「うわあ、デカい犬」

《しっ、失敬な。(われ)魔狼(フェンリル)です! 狼の中の狼、神話級の怪物なんですからね!》

「お前の自慢話なんかどうでもいい。クラリスのカバンがあるから、匂いを嗅いでさっさと追え!」

「匂いで追うんだ……やっぱりイ」

《犬じゃない! 狼ですもん!》


 ムキになってフェルドにぎゃんぎゃん喚く様子はどう見ても、馬鹿デカいただの犬だ。


(だが、フェンとなら思念伝達で連絡も取り合える。地上でサーヴェの進軍に備えながら、クラリスの発見を待つことにしよう)


 一抹の不安はよぎるが、今はこいつに賭けるしかない。


《まったく失礼なんだから。……あれ? ジェイク様。このカバン、あんまり匂いがしないんですけど》

「そういえば、まだ真新しいな。他のものを探してみるか」


 といっても、昨日の今日でそんなに色々あるわけがない。

 ドレッサーの引き出しに手をかけた時、浴室の辺りでウロチョロする魔狼の姿が視界に入った。


《あっ! ドレス。これ、さっき着てましたよね。綺麗だったなー。クラリス様》


「ちょっと待て」


 フェンが鼻で器用に開けたクロゼットを、ジェイクがパタンと閉じる。


「ドレスはダメ。無論、靴もダメだ」

《えー? で、でもそれじゃあ匂いが……あっ! それならネグリジェ──》

「もっとダメだ! だ、だって破廉恥だろう。ひとの妻が身に付けてたものを、かっ、嗅ぐだなんて」

《ええー? じゃあ、何を嗅いで探せばいいんですか?》

「使用済みの下着とかでいんじゃない?」

「いいわけないだろ! ──このカバンで何とか手を打て。持って行って、嗅ぎながら追いかけてこい!」


 ジェイクは魔狼の鋭い牙に手提げカバンの取っ手をぶら下げると、さっさと窓から追い出した。

 夫として、クラリスの純潔をどうにか守りきり、ホッとした──と思った矢先、花柄の悪魔が寝台の上にバタンと倒れ込む。


「こっ、こらフェルド! 何を」

「人妻の匂いってのを堪能してみたくて」

「お前には部隊の召集を頼んであるだろ! し、シーツに顔を擦り付けるな!」


 力ずくで寝台から引っぺがし、床に転がった部下を睨む。

 しかしフェルドは、にやにやしながらエプロンを外すと、こっちにポンと投げつけてきた。


「ジェイク様って、けっこう嫉妬深いんですね」

「……べ、別に。僕はただ、夫として当然の事をしているまでで」

「へえ。じゃあ婚約前だったら、ミカエル様とクラリス様がキスしてるのを見ても、なんとも思わなかったと?」


 なんでミカエルが、と言いかけて気付く。


(さっき、あのふたりは一瞬見つめ合っていた)


 今は破棄したとはいえ、婚約してからもう十年。その間、ミカエルが『クラリスは冷たい』と愚痴ってる事がたまにはあったが、ケンカもしないし、仲の良いふたりに見えた。

 好き合っている者同士、キスくらいしてもおかしくはない。……いや、むしろしていて当然だろう。

 自分のよく知らない、その先の事だって──


「……ふふふ」

「な、何を笑ってるんだ? こっちは真剣に」

「だって今、すごく怖い顔してますよ? ジェイク様」

「! そっ……」


 そんなはずは、と反論する前に部下はマントを翻し、窓辺に立っていた。

 少年のような顔で振り返り、両側に泣きボクロのある頰でニカっと笑う。


「ご婚約おめでとうございます、総督」

「祝いを言うのが遅すぎだ。──罰として、僕がいない間の代理をしっかり務めてこい、副官」

「御意」


 おどけて敬礼してみせた、フェルドがバルコニーから飛び立つ。

 まったく、口の減らない男だ。それでも秘密は守るのだから、矛盾した性格をしている。


(それに嘘つきだ。この僕が、やきもちを焼いてるだなんて)


 自分はただ、クラリスの涙を見たり、声を聞いたりするのが好きなだけ。

 結婚するのも、裸を見た責任を取るためだ。ちょうど都合も良かった。神聖域結界を維持するため、光の系譜を結ぶ相手を、そろそろ探さなければならなかったし。

 大丈夫だ。──あの、父と母でも出来たのだから。

 夫としての役割をきちんとこなし、クラリスを大切にさえしていれば、きっと愛なんかすぐ育つ。


(さて、準備運動しに行くか)


 部隊への合流前に神聖域結界の確認と──他に潜んでいる竜がいないか、見て回らなければ。

 ジェイクは漆黒のマントを羽織ると、魔力を込めた足で床を蹴り、宵闇の迫る空へ向かって飛び立った。







「きゃーーーーーっ!!!」


《うっるさいわねえ。ガタガタ騒ぐんじゃないわよ。これくらいで》

「だっ、だって。竜の足に掴まれて、く、雲の上を運ばれちゃってるんですのよ⁉︎ ──死亡エンド確定じゃありませんか!」


 ルッカの《あ、竜》のひと言で飛び起き、ついバルコニーに出てしまったのが運の尽きだった。

 あっという間に攫われ──もうどれくらい経つだろう。


 日も暮れて、月のない夜空は暗いし風も冷たい。眼下には雲しか見えず、どこの国の上を飛んでるのかすら分からない。

 頭痛は酷いし……真っ赤な竜は相変わらず無言だし。まあ別に、仲良くしたいわけでもないが。


《何の事だか知らないけど、アンタはまだ死にはしないから安心しなさーい。そして黙れ》

「そっ、そんな冷たい言い方……! 大体、わたくしが死なないなんて、どうして断言できるんですの? い、いくら聖霊でも、未来が見えるわけじゃないでしょう?」


 涙目でややキレ気味に言い、肩に留まったひよこモドキをキッと睨む。


 このままではどうせ竜のエサにされるか、落ちて死ぬかのどちらかだ。今さら、怖いものなど何もない。

 クラリスは、やさぐれた顔でジロリと睨み返す、ルッカの視線をまばたきもせず受け止めた。


 小さなくちばしから、ハア、とため息が漏れる。


《……見えるわよ》

「え?」

《これが最初で最後だから、耳の穴かっぽじってよーくお聞きなさい。アタシにはアンタとジェイクの未来が見えてる。けれどそれをアンタたちに伝えることはできない。それが、神に仕える者としての(ことわり)だからね》

「理……」

《そう。アタシにできるのは、アンタたちを導くことだけ。……いい? この一か月、アンタもジェイクも死にものぐるいで、自分たちの運命と戦いなさい》

「! ルッカ様、それって」

《しっ。──前方から何か来るわ》


 耳を切るような冷たい風が止み、ふと顔を上げてみると──雲間から黒い影が飛び出して来るのが見えた。

 薄暗いため、その正体はよく分からない。

 だが自分の身体を鷲掴みにしている赤竜が、ヴヴヴ、と低い唸り声を上げ始めた。

 敵対する魔物か何かだろうか? ──もう、嫌な予感しかしない。思わずスッと目を逸らす。


「ル、ルッカ様。あれ、魔物ですか?」

《そうかもねー。でも、一体何の魔物かしらねー? 当てられたら教えてア・ゲ・ル》

「あ、当てられたらって! 教えてくれる気ゼロじゃないですか!」

《ああもう、ピーピーうるさいわねぇ。ほら、そろそろ姿が見えてくるから、自分で確かめてごらんなさい》

「は、はあ……」


 できれば見たくない。目をつぶったままで再び顔を上げると──竜の足にパッと体を離された。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ