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独身アラサー、しかも年齢=彼氏いない歴だった前世の自分は事故で死に、幸か不幸か乙女ゲームの悪役令嬢クラリス・ブランフォードとして異世界に転生した。
十年前に記憶は戻ったものの、男性恐怖症なので攻略はきっぱり諦め、早々に恋愛戦線から離脱。
くる日もくる日も、かくれんぼのように王子様やヒロインを避け続け、婚約破棄イベントも大人の対応(?)で乗り越え、どうにか到達した悪役令嬢の最善エンドで迷子になり──ラスボス予定の王太子殿下に拾われて介抱され、わずか一日で婚約。逆転の悪役令嬢ハッピーエンドかと思いきや──何故か現在、やさぐれたひよこモドキの聖霊に頭の上を占拠され、こっぴどく説教されています。
《アンタたちに任せたらこの国は滅ぶ。間違いなく滅ぶ》
説教と言うか、だんだん呪いに近くなってきた。
「こ、怖い事を上から言わないでください!」
《怖いも何も、事実だからね。いい? ディアルクト王国を守護する神聖域結界を継続していくためには、バルドル神の祝福を受ける必要があるわけ。そ・し・て! それにはジェイクとアンタが真に愛し合ってなければいけないのよ》
「神聖域結界って……わたくしたちの祈りの力をもとに、大司教様が教会の結界石で作り出してるものではありませんの?」
バルドル神教はディアルクト王国の国教であり、信仰するのは国民の義務だ。
礼拝と神聖域結界の保持のため、東西南北に一つずつある教会には、国民の皆が週に一度、必ず足を運ぶ。
王族も平民もこの時ばかりは平等に、礼拝堂で大司教の説法を聞き、結界石に賛美歌や祈りを捧げる。
この国は自分たちの力で守っているのだ──という、高揚感すら覚えたものだが。
《確かに保持はそう。でもね、アレはただの依代なの。祝福のない結界石なんて、単なる石っころなんだから》
「い、石っころ……」
とたんに安っぽくなった。何か損した気分である。
《そして、国王になるジェイクはバルドル神の器。いわば分身みたいなものね。──祝福を受けた結界石と国王。この二つが揃わなければ、神聖域結界は崩壊してしまうのよ》
「ほっ、崩壊⁉︎」
《ありがたーい加護が綺麗さっぱり消え失せて、灰も残らないでしょうね》
ごくりと喉が鳴る。そうなればサーヴェだけでなく、他国も侵攻してくるかもしれない。
大陸の西側で、二十年くらい前── 信仰を怠ったが故、神に見捨てられて加護を失くし、複数の国に攻め込まれて滅亡した国があった。
その国のあった場所は緑も水も枯れ、今はだだっ広い砂漠地帯に変わり果てている。
「責任重大じゃありませんの。わ、わたくしなんかじゃとても」
『自信が無い』と募りかけた言葉が、頭から勢いよく飛び立ち、急降下してきたルッカの体当たりによって遮られる。
「──痛っ!!!」
《全く、往生際の悪いババアねえ。いいこと? その『光の系譜』は王太子一人につき一回のみ有効、取り消し不可の代物なんだから。アンタとジェイクが頑張るしかないのよ。いい加減、大人しく腹を括りなさい!》
「取り消し不可……」
《そう。──まあ、ジェイクが全く説明してなかったから、アンタには少し気の毒なんだけどね》
ぱたぱたと頭の上から飛び立ったルッカが、クラリスの手のひらにちょこん、と着地する。
つぶらな瞳で憐れむように見上げられると、何だかいたたまれない。
「な、なんですか? その目は」
《ねえアンタ、ジェイクがどうして家族に対する愛情がないのか知りたくない?》
黄色い毛玉がこてん、と小首を傾げる。全体的にまんまるいので、首かどうかは甚だ疑問だが。
「それは……。でも、ルッカ様は本当にご存知なんですか?」
《もちろんよ。だってアタシは聖霊だもの。──で、どうする? 話を聞く? それとも聞かない?》
信用するには少々理由が疑わしい。でも、聞きたいかと問われれば、迷う事なく答えはイエスだ。
家族愛すらないジェイクの心。その根底に横たわってる問題は、彼が人間嫌いになった原因と繋がっている気がする。
それを知らなければ、きっと先には進めない。
けれど──もし、自分がジェイクの立場だったらどうだろう。
自分の全く知らないところで、他人に心の傷を暴かれる。そんな事、どれだけ高尚な理由があっても許容できるはずがない。
それこそ、考えるまでもなかった。
「やめておきますわ。だって、そういう話はジェイク様に直接聞くべきだと思いますもの」
《……。アンタって、超がつくほど生真面目なのね。でも、ジェイクがずーっと話してくれなかったらどうするの?》
「話してくれるまで、いつまででも待ちます」
「いつまでも、って……それじゃこの国が滅亡しちゃうでしょ! アタシだって、バルドル様のとこに戻れなくて困っちゃうんだからね!」
そういえばそうだった。プリプリと怒鳴るルッカを見下ろし、ふと気付く。
「戻れない……って、どういう意味ですの?」
《アンタ、アタシを一番初めに見た時、なんて言った?》
質問を質問で返され、つい口を噤む。が、ぐっと足を踏ん張り攻撃体勢に入った黄色い毛玉を見て、クラリスは慌てた。
「ひっ、ひよこ! ピヨッピヨのひよこです!」
《ひと言多い!!》
「痛っ!」
結局ドゴッと制裁を加えられ、命中した額を押さえつつ、床で悶絶する。
「ひ、酷い……! あんまりですわ。ルッカ様」
《どっちが酷いのよ。みっともない二つ名付けんな、そして舐めんな。こちとら神の国で生まれ育った、生粋の聖霊様なんですからね》
「神の国って……雲の遥か上にあるっていう、アースガルズ?」
神話の中だけの世界だと思っていた。
乙女ゲームのタイトルにもなってはいたが、まさか本当に実在しているとは。
《このアタシのひよこボディーで辿り着けると思う?》
「思いません」
つい即答し、ハッと口を押さえる。しかし今度は、ルッカの真ん丸な目にじとりと睨まれただけだった。
《アンタの言う通りよ。アタシはこのままの姿じゃ、バルドル様のいるアースガルズまで飛んで行けない。だからこそ、アタシが魂を系譜で繋いだ、アンタとジェイクの愛の力が必要なの》
「わたくしとジェイク様の……愛の力」
なんだか少し照れくさい。つい頰を染めて俯くと、ぱたぱたと飛んだルッカが肩に留まった。
クラリスの黒髪に体を擦り寄せ、耳元で囁く。
《いいこと? よくお聞きなさい。真の愛が聖なる神に力を与え、祝福をもたらすの。このちっぽけなアタシの姿は、アンタとジェイクの心にある『愛』そのものなのよ》
「……その、ひよこが?」
《このショボい姿はお前らのせいじゃ! アタシの正体は元々、こんなんじゃないんだからね!》
喚き声がキーンと耳に響く。ついパッと顔を逸らすと──背後が急に明るくなった。
光り輝く金色の翼を広げ、羽根でふわりと空気を包む。
振り向いて見たその姿はまるで、鳳凰のようだった。
頭の上で揺れる立派な冠羽。天井まで舞い上がっても床につくほど長い尾羽根。
切れ長の金の瞳も、鋭いくちばしも。
ひよこっぽさはまったく微塵も感じられない。
《幻覚だけど、これがアタシの本来の姿よ。祝福を届けて欲しければ、残り一か月でしっかりここまで育ててちょうだい》
「い、一か月?」
《期限が切れると失効するから気を付けてね。ごはんは必ず一日一愛。キス程度でいいから欠かさずにするのよ! でないとアタシ、弱って死んじゃうから》
「なっ、流れるように無茶な要求を言わないでください!」
だいたい、情報量が多すぎる。
肝心のジェイクはなかなか戻ってこないし。
なんだか本気で頭痛がしてきた。気のせいか、悪寒もするし。
(……悪寒?)
《! クラリス?》
ひよこモドキに戻った聖霊が、初めて自分の名を叫ぶ。──覚えてたのか。
倒れ込んだ床の上で、クラリスはくすりと笑った。




