はじまりのスレ
帰宅すると、まずパソコンの電源をつける。
その後自分の部屋から出て、冷蔵庫に飲み物を取りに行く。
明るい雰囲気の起動音を聞きつつ椅子にゆったりと腰掛けて、ため息を一つ。これで、疲れがかなり取れた気がする。
使い慣れたマウスで、インターネットのボタンをクリック。
最初に開かれるページは――――『はなびちゃんねる』。
パソコンを買ったのは、中学生になってすぐだった。
小学生の頃から貯めていたお年玉を全部使って、当時最新機種のノートパソコンを思い切って購入した。だが、家族でパソコンを使いこなせるのは意地悪な姉しかおらず、インターネットの接続から何まで全部自分でやった。そのおかげで、かなりパソコンに詳しくなった。そして、それから高校に上がるまでの三年間、僕はずっとパソコンにのめり込んでいた。
高校の入学式から帰り、いつもと同じようにパソコンで遊ぼうとすると、姉に声をかけられた。
「雄一、お前にやってもらいたいことがある」
姉が僕に頼みごととは珍しい。いつもは命令形のくせに。
もちろんそんなことを口にしたら鉄拳を食らうことは確実なので、僕は黙って姉の後ろについていった。
姉がリビングにあるソファに腰掛けたので、僕もその向かいに座る。
だが姉は口を開こうとしないで、僕を見定めるように眺めている。早く話せよ。もちろんそんなことを口にしたら以下略。
それからたっぷり十分後、姉はようやく話しだした。
「――――掲示板の管理人になってくれ」
姉が話したことを要約すると、このような内容になる。
今日僕が入学した花灯高校には、ある裏サイトがある。そのサイトは掲示板方式で、全校生徒のほとんどが書き込み、閲覧を行っている。昔からの伝統で、管理人の任期は一年間。任期が終わった管理人は、次の管理人を指名しなければならない。そして前回の管理人が、今年卒業した姉だったということ。これで、全てのはずだ。
「管理人になる、ということはとても名誉なことなんだ。それに、このサイトは荒らしや、スパムメールも来ないだけでなく、教師にばれることも決して無い。パスワードを打ち込まなければ、サイトが開かないからな。もちろん、掲示板内でのいじめ行為も無い。だから、頼む。どうか引き受けてくれ」
そう言うと、僕に向けて頭を下げた。信じられない。あの姉が、まさか。
「ちょ、ちょっと待ってよ姉さん。誰もやらないなんてことは言ってない――――」
「言ったな」
・・・・・・はい?
姉はにやりと笑うと、さっきとは打って変わって傲慢な表情を顔に浮かべて言い放った。
「言ったな、と言ったのだ。お前は今確かに、管理人をやってのけると言った」
「イヤイヤイヤ! あれは言葉のあやというもので、」
何とか前言撤回しようとすると、姉はポケットから小さい機械を取り出した。
あれは――――ICレコーダー?
姉の指が再生ボタンを押す。
『ちょ、ちょっと待ってよ姉さん。誰もやらないなんてことは言ってない――――』
「卑怯者!」
「誰が卑怯者だ。こんな単純トラップに引っかかる奴が悪い」
くそ、今までのも全部演技か! 完璧に騙された!
まあいい。引き受けるふりだけして、実際何もしなければいいんだから。
「私も元管理人として、時々サイトを覗くからな。もしお前が管理人として何もしていなかったら、」
なんだろう、この感じ。背筋がゾワリと音を立てる。
「お前の本名と、エロ本の隠し場所を書き込む」
「卑怯者!」
なんてことだ! そんなことが書き込まれたら、僕の社会的信用はガタ落ちだ!
「同じツッコミとは芸の無い奴だな。というか、本当にエロ本持ってたのか・・・・・・」
「悪いか! こっちは健全な高校生男子なんだよ!」
どうやら、姉は僕がエロ本を持っていたことを知らなかったらしい。よかった。これで、本当の隠し場所を書き込まれることもない。いやあ、本当に、
『というか、本当にエロ本持ってたのか・・・・・・』
『悪いか! こっちは健全な高校生男子なんだよ!』
「Noooooooooooooo!」
しまった! まさか、同じ罠に引っかかるなんて!
「バカだろ、お前」
姉が向けてくる視線が痛い。うっさいやい!
「よし、これで脅迫できる。何もしなかったら、これを掲示板に貼り付けてやればいい」
脅迫って言っちゃいましたよこの人。
「さて、お前に残された選択肢は?」
そう言って、またにやりと笑う姉。
僕は――――へたり込んで、カクカク頷くことしかできなかった。
〜その後のお話〜
「姉さん、なんて名前のサイトなの?」
「花灯高校の『はなび』をとって、作られたんだ。ネット業界だと、そこそこ有名だぞ」
「へー、そうなんだ。で、なんて名前?」
「はなびちゃんねる」
どこの巨大掲示板だ、それ。
すがもちゃんねるに、感謝。