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珈琲の匂いとともに

「上のオフィスは後で見る。ちょっと中でゆっくりしていいか」

「ああ、コーヒーでも出すよ」

「パラノイア・マウンテンだぞ、分かっているな」

「もちろんさ」


 少し腰の曲がった推定1200歳のライルズさんは、私たちを工房の中に招き入れ、応接室のような場所に座らせた。それからいい匂いにする珈琲を持ってきてくれた。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます……」


 ローライトは礼など言わず、コーヒーカップをとって、その匂いを楽しんだ後、ぐいっと一飲みした。


「美味。久しぶりに飲んだが、記憶していたとおりの味わいだ」

「それはよかった」


 私は未だにライルズさんのことをしげしげと見つめてしまっていた。本当にローライトと同い年なのだとしたら怪物だ、千年の時を超えてなお生き続ける錬金術師なのだ。


「そんなに見つめられると困るねぇ」

「あ、すいません、……つい」

「聞きたいことがあったら聞いておいてね、きっとローのことだから、説明不足が深刻だと思うし」

「だったら、まず、私の家のことについて、確認を」

「はいよ」

「ローライトから紹介を預かったときに、彼は私をレイラ・ナサニエル・ヴィクトリアといいました。彼はかたくなに私のことをヴィクトリア家の追放された本家の末裔だとうそぶきます。これは本当なのでしょうか?」

「それは本当。君の家は名前を変えて存続し続けてきた。いつしか誰もが本家であることを忘れてしまうほど、影が薄まったんだ。そうしないと生き残れなかったんだよ」

「……でも、信じられません。私があのヴィクトリア家と関係していたなんて……」

「関係どころか、君、女帝なんだよ、いまは玉座に着いていないだけで」


 私は軽く息をのんだ。証言だけで、証拠はないが、女帝と呼ばれると、どうしても緊張してしまう。


「……あなたたちのような、人知を越えた存在は、世の中にたくさんいるのでしょうか?」

「たくさんってほどじゃないけど、一定数いるよ。首都近郊に住居を構える高位な貴族たちは基本的にそういう『いわくつきの人材』を取り合っていてね、それだけで殺し合いが勃発してしまうくらいなんだ」

「そうですか……」


 急に世の中が怖くなったと同時に、田舎貴族で何も知らない頃が平和だったのだとも思った。私が曖昧な表情のまま無言でいると、ローライトが横から言った。


「心配するな、私がいるではないか」


 ライルズさんは丸眼鏡の奥の優しそうな目を細めて、小さく笑った。


「そうだね、レイラちゃんにはローがいる。第一次世界大戦で孤軍奮闘して帝国建国の立役者となり、その後、本家を狙う敵襲との戦闘をほとんど一人でまかなっていた伝説の用心棒がね」

「おい、ライルズ、それでは語弊がある。言うなら、伝説の執事だ」

「役職名が執事なだけで、実質戦ってばかりいたじゃないか。君に皇族の接待なんかできやしなかった」

「接待などしない契約だったのだ、しかし礼儀は尽くしたつもりだ。セリーヌからはたびたび感謝されたものだぞ」

「あの……セリーヌって?」


 私が口を挟むと、二人は昔を懐かしむようにして顔をほころばせた。ローライトは言った。


「知らぬのも無理はない。遙か昔、私が仕えていたヴィクトリア家の女だ。夫は初代皇帝で、名をジャックといった。フルネームは……なんだったかな」

「ジャック・ドヌーヴ・ヴィクトリアだよ、忘れたのかい?」

「ああ、そうだ、ドヌーヴだ。――あぁ、人のミドルネームを忘れるとは、私ももう年だな」

「肉体は封印されたときから老いていないくせに、よく言うよ」


 そうだったのか、と私は素直に感心した。1200年ほど前といったら、もはや帝国の黎明期にあたる。そのころに生きていたなら、初代の皇帝とその妻のことを知っていても不思議ではない。


帝国が誕生したばかりの歴史は詳細な情報が残っていない。過去の歴史書はなぜか処分されていて、学ぶことができないようになっている。たぶん、本家と分家の関係性が露呈するのを防ごうとして、国の力が働いたのだと思う。


「本家の皇后だった方なのね、セリーヌさんとやらは」

「そうだそうだ、ちょうど貴様によく似た女だったのだ」

「そう、……そういうことだったのね」


 旧知の仲である二人はまだまだ私の知らないこの国の歴史を知っていそうだったが、私はひとまず今聞いたことを鵜呑みにして、気持ちを整理した。


(……とにかく、私の家には複雑な事情があるらしいわね。……ローライトは私の家に仕えていた昔の執事で、腕っ節の強い用心棒……ようするに私のボディーガードってところかしら。ひとまずそのくらいに考えておきましょう……)


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