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ウェイツトラバリエの錬金術師

「耳飾りは外しておけよ、これからは貴族としてではなく、一般人、レイラとして生きていかねばならん」

「そうね」


 私は子爵の耳飾りを外し、ポケットにしまった。


「これからどうするの」

「ある男と連絡が取れた」

「ある男?」

「昔の知人だ」

「……はぁ?」


 ホテル前から乗り込んだ馬車はどんどん先へと進んでいく。1200年の時を超えて知人に会いに行く意味がまるで分からないまま。


 一時間ほど揺られていると、馬車が止まった。窓の外から見える店の看板には「ウェイツトラバリエのおいしいパン屋」と書かれている。


「ウェイツトラバリエ! 懐かしいわ」

「なんだ、来たことがあるのか」

「祖母がこの街の資産家の娘だったの。それで幼いときに、何度か連れてきてもらったわ」


 馬車から降り、財布から最後の紙幣を取り出して御者に渡す。相変わらず釣り銭嫌いで受け取らない。


「お客さん、こんな古い町に何のようなんですか」


 御者が興味本位でローライトに尋ねた。ローライトは「仕事があるのさ」と言った。二人ともまじめな正装だったので、御者は「そうですか」と言い、何の疑問も持たないままそそくさと馬車を引いて去って行った。


 ローライトはすっからかんになった財布を、街のベンチで居眠り中のおじいさんの懐にこっそり入れた。かなり高級な銘柄の財布だったので、売れば資金になっただろうけれど、彼はそんなことには無頓着に先を急いだ。


 ここには古い町並みがまだ残っている。木造建築が散見され、コンクリート建築は明らかに後から立てられたものと分かり、周囲から浮いている。私はあたりを見回してみたが、待ち人はいない。


「待ち合わせているわけではないのね」

「出迎えはいらんと言った。場所はウェイツトラバリエ・十二番街・ダフネストリート42―3だ」

「そう」


 平和な街を行く人々は穏やかな表情で歩き、主婦や老人、子供たちがすれ違っていく。時折目線を感じるのは、となりのデカブツのせいだった。彼曰く、背は193センチあるのだそうで、遙か昔の平均身長を考えれば恐ろしく大きい人物だっただろうと思われる。


 ウェイツトラバリエは近年、再開発が進み、インフラが整備されつつある。首都のハイネスヴェリナでは伝統を重んじる貴族領地を除く全地域が近代化し、科学技術の発展によって鉄道が他方へ敷かれ、アクセスは容易だ。


もちろんウェイツトラバリエからも電車が出ているが、私の住んでいた貴族領地からは乗車できず、馬車で来ることになった。ローライトはどこで調べたのか、電車の存在を知っていたが、馬車の中での会話で、「高速で動く乗り物などいまだに信用できん」などと言っていた。彼の時代では、乗り物と言えばもっぱら馬車だったので、安心感があるのかもしれない。


 そんな私たちが向かっているダフネストリートはこの街の最大の大通りである。私はその通りへ近づいていくたびに、街が新しくなっていく感じがした。


「この街は変わったな、やはり科学の力はすさまじい」

「そうね、あなたからしてみると、驚愕しかないでしょう。ビルなんて見たことないんじゃない?」

「てれび、とやらを見て、あれ以来何を見ても驚かないメンタルが出来た。あれが可能なのであれば、きっと何でもありなのだろう?」

「何でもってわけじゃないけど、便利にはなったわね、頭の固い貴族は受け入れがたい気持ちがあるみたいだけれど」

「かつては軍事目的に使われていた音声通信機が安売りしているのには驚いたな、20ギルで通信がとれた」

「公衆電話のことかしら。通信じゃなくて通話って言いなさい」

「はん、どちらでも良いわ」


 休日の大通りの人混みを切り抜け、指定された場所に着くと、そこはダフネストリートに並ぶビルの中でもかなり年季の入ったビルで、なかなかの雰囲気があった。


 階段があって、それは上に上る方と、下の地下に降りていく方があった。ローライトは地下に入っている店に用があるらしく、すぐに降りていった。私はテナント案内板をちらっと見てから階段を降りていった。案内板には地下一階「テイラー技術加工」と書かれていた。


 ローライトがにやけ面をしながら扉をノックする。中から弱々しい返事が聞こえて、小さな足音が近づいてくる。


(……エンジニアの経営する店かしら、無一文のくせに何しに来たんだか)


 私はあきれていたが、ローライトは大きな口の端をにゅっと引き延ばして、楽しそうに微笑している。


 扉がゆっくり開き、中から出てきたのは白髪に丸眼鏡の老人技師だった。彼はローライトを見ると、その濁った琥珀色の目を点にして、少しの間声が出せないほど放心していた。


 老人は何かを確信したように顔つきをこわばらせて、渋い声色で言った。


「――……あの電話は、本当に、君だったか」


 ローライトはフフンと鼻で笑ってから、挨拶をした。


「待たせたな、ライルズ。ちょっと見ないうちにずいぶん老けたじゃないか」

「遅すぎだよ、ロー。もう二度と会えないかと思っていた」


(……え、知り合い? いったい、どういうこと?)


 私が横で困惑していると、老人技師がこちらを見て、言った。


「君が現れたということは、彼女が……?」


ローライトは私の肩をがしっとつかみ、ぶらぶらと揺さぶって、雑な紹介をした。


「ああ、そうだ。彼女はレイラ・ナサニエル・ヴィクトリア、私の新しい主だ」

「ヴィクトリア本家のお嬢様がお出ましか。……コバルトブルーの瞳に、わずかにウェーブした茶髪……、セリーヌを思い出す」

「奇遇だな、私もそう思っていたところだ」

「先祖返りかもしれないね」

「ハッハ!」

「ちょっと、ローライト、この方はどなたなの?」

「彼はライルズ・ゴッド・シュバルツ。一流の錬金術師だ。かつては私の仕事道具の手入れを頼んでいた、数少ない信用できる人間だ」

「……失礼ですが、ライルズさん、あなた、今おいくつですか」

「表向きは82歳ということになってるけどねぇ。ローとは同い年だから、もう正確な年は覚えていないよ」

「いいか、レイラ。この男はその天才的な才覚で不老不死の薬を自分で調合して、自分で飲んでしまったお茶目さんだ。実際その薬は半端な出来映えでな、老化をきわめて遅くするだけのまがい物だったのだ。そのせいで長い人生を緩やかに老いながら生きる羽目になった」

「お茶目さんなんて言わないでくれよ、錬金術を極めるには100年や200年じゃ効かなかっただけさ」

「で、結局金は生み出せたのか?」

「まさか。君が現世にいたときから、金は合成できないと知っていたよ。僕のやっていた錬金術は邪道だったから、金儲けには興味がなかったし、それは君が一番知っていてくれたじゃないか」

「フハハ、そうだったな」


 どうしてこんな輩ばっかりなのだろうと思った。年齢詐称も甚だしい。こんな化け物たちが日常の中に紛れ込んでいたなんて、信じられない。もしかしてこんな法外な人は世間にたくさんいるのだろうか? のんきな田舎貴族の私が知らなかっただけ?


私は頭を抱え、心の中で、やれやれと言った。


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