ジェネレーション・ギャップ
ローライトは流浪人のような怪しいなりのままホテルのフロントに堂々と歩を進めた。私は言われたとおりにロビーの黒い革張りのイスに座って待ち、その様子をうかがっていた。
(……あんな怪しいやつが説得したところで、どうにもならないのじゃないかしら)
すると、ローライトが私の方を見て、なんとなく私の方に指を指した。私の耳には子爵家の証であるイヤリングが付けてあり、そのことをフロントの人間に伝えているらしかった。
私は気を遣って、フロントマンにうなずいて見せた。その者は私の連れです、とでも言わんばかりに。フロントマンはそれを確認してもなお難しい顔をしたが、最後にローライトが何かを小さくささやくと、フロントマンが顔をこわばらせて、すぐに部屋の鍵をよこした。
ちょいちょい、と手招きされて、私は自称執事の彼についていった。
「ちょっと、ローライト、あなた、どうやって説得したの」
「なぁに、フロントの彼が親切だっただけさ」
「嘘おっしゃい、めちゃくちゃ怪しんでたわよ」
「……やはり服を新調せねばならんな」
「貴族の従者じゃ通らなかったんでしょ」
「そうだ。だから最後に納得できる講釈を彼に差し上げたよ」
「なに?」
「――私は実は貴族に雇われた殺し屋で、ついさきほど任務でターゲットを射殺してきたばかりなんだ、とな。訳ありの客だと知ったら彼は震え上がった! この店を断わられれば、ご同行していただいている雇い主の娘の顔に泥を塗ることになってしまう、ああどうしよう、他に宿もないしなぁ……。なんて冗談を言っている間に気づいたら手のひらに鍵が与えられていたのさ」
「それって半分脅しじゃない」
「ごもっとも」
たしかに、殺し屋の風情だと思えなくもない。私の軽装を見て、誘拐されていた貴族の娘を回収することに成功した殺し屋が宿を探している、というような都合のいい解釈をされてもおかしくはない。私は納得した。
「ここだ」
彼は502号室の鍵を差し込み、扉を開けた。
「もう夜遅い、先に湯浴みしてこい」
「わかったわ」
私はバスルームで着ていた普段着のワンピースを脱ぎ捨て、シャワーを浴びた。温水が裸の全身をくまなく流れていく。小さな痛みを感じて下を見ると、なぜか左の膝をすりむいていて、赤くなっている。牢屋のごつごつした石壁にでも当てたのだろうか。
私はその赤みを見つめながら小考した。私の家は、いったいなぜ彼のような大男を地下に封印していたのだろうと。彼は私の家の執事だと言っていた。執事を封印するとは、どういうことなのか。
(そういえば、彼は出会ったとき、何か言っていたわね、本家とか分家とか。なんだったのかしら……?)
バスルームから出て、寝間着で部屋に戻ると、彼は氷漬けにされていたウェルカムシャンパンをグラスに入れて、一面ガラス張りの窓から夜景を眺めていた。
「さっぱりしたか、囚われの我が主よ」
「もう囚われてないわ、あなたのおかげでね」
「ふむ、では私も湯を浴びるとしようか。残りのシャンパンはくれてやる」
私は残り少なくなったシャンパンを飲みながら、だんだんと眠くなっていった。まだ聞かないといけないことがたくさんある気がする。意識の端でそんなことを考えながらうつらうつらしていると、バスルームの中で声が聞こえた。
(何かしら?)
気になってバスルームの扉の前まで行ってくると、中からローライトの声が聞こえた。私は扉に耳を当てて、何と言っているのか聞き取ってみた。
「――なんという、ことだっ……。現代の科学力は、ここまで進歩していたのかっ……!」
(……はぁ? なんのことを言って……)
「分かる、私には分かるぞ。これは湯船を暖めるマッシーンだな。そしてこれは、……体を清めるための、小さな滝をつくりし、小型マッシーン……。すごい、なぜか細長い湯の直線がたくさんでる機構になっている……、そうか、これは肌触りを良くするための、機械工たちの配慮っ! ブラボー!」
私は何か恥ずかしい事態がバスルームで繰り広げられている気がして、思わず扉をノックした。
「あなた、何やってるのよ!」
「む。そこにいるのはレイラか?」
中から足音がして、ふいに扉が開いた。彼は腰に布を一枚巻いただけで、ほとんど全裸だった。
「きゃっ!」
「なんだ、男の体が珍しいのか。……ふん、まぁいい、それよりこっちに来てくれ、すごいぞ、このホテルの湯殿は!」
「な、何を言って……。あ、こら、引っ張らないで!」
強引に中に引き連れられて、ほぼ全裸の大男が解説を始めた。
「一から湯を張っていたのね、……どうりで戻ってくるのが遅いと思ったわ」
「湯を張っただけではないぞ、湯が生ぬるいと思ったらだ、このマッシーンのスイッチを押すと、浴槽の内部がいつの間にか暖まるのだ!」
「はぁ……」
「そして、これだ。これは何というのだレイラよ」
「……シャワーヘッド」
「しゃわーへっど……、なるほど、珍妙な名だ、しかしこれは頭を洗い出すものだろう、そうだろう? これは下部の機構によって手動で水量が調節できる優れものでな、しかも湯が細く長く分離して吐き出される仕様になっているのだ! 私の生きた時代にはこんなものはなかった!」
勝手に感動している彼をよそに、私は彼の無骨な肉体に目が行っていた。男らしい筋骨隆々とした肉体は、同時にしなやかさも備えていて、1200年間日に当たらなかったせいで、女の私よりも色白だった。がっしりしていながら、同時に艶っぽさもあり、生娘の私は顔が赤くなるのを感じて、恥ずかしさのあまりバスルームを飛び出した。
「あ、レイラ、まて」
「待たない! ばーか!」
扉を大きな音を立てて勢いよく閉じ、そのまま部屋に戻って、ベッドに潜り込んだ。ついつい田舎娘のように言葉遣いが荒くなってしまい、なおさら恥ずかしかった。