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曖昧な黒

12/10


SIDE シロ


早朝、旧音楽室に入るとすぐに異変に気付いた。黒板が荒らされている。私たちの大事な思い出が。いったい誰がこんな酷いことを。綺麗に消してあるなら悪意は感じないが、無理やりこすったような跡がある。犯人が必ずいるはずだ。許せない。

ニコからのメッセージも恐らく消えてしまったのだろう。

私は改めて黒板にメッセージをしたためた。


ニコ大丈夫?誰かが黒板消しちゃったみたいだね。今までのは消えちゃったけど、また新しく思い出作っていこうね


素直な気持ちを綴った。私はきっとニコが好きなんだと思う。ここに立つとなんだか暖かい気持ちになるんだ。


少し時間を潰してから生徒会室に向かう。下駄箱で上履きに履き替えている私の後ろからすごい勢いで男子生徒が来た。

ドンっ!

私を下駄箱の間に挟んで詰め寄ってくる。所謂壁ドンてやつだ。

「おい会長っ?!あんたリムに何した?」

私は突然の事過ぎて思考停止してしまった。リム?よく見たら男子生徒はリム君の彼氏だった。

「え?あの」

ドンっ!!

「え?じゃねーよ!リムに何したかって聞いてんだよっ!」

さらに強く下駄箱を叩く。私は怖くなって震えてしまった。

「いいから少し落ち着いて。私がリム君に何かしたっていうのか?」

何とか喉の奥から声を絞り出す。

「いいから答えろや。あんたが昼に来た話はダチから聞いた。それからリムの様子がおかしいんだよ」

少しだけトーンを落とした声でさらに詰め寄ってきた。

「いや、私は何も知らない。君に張られた頬が痛くないか聞いただけだ」

「本当か?」

「あぁ。リム君の姉と私は親しくしていてね。様子を見てほしいと頼まれたんだ」

「嘘だったらただじゃおかねーからな?」

そう言って彼は私を軽く突き飛ばしてどこかへ行ってしまった。

怖かったー。ほっと胸を撫で下ろして前を見ると、昇降口の入り口に立つ小さな男子生徒と目があった。

え?あれはもしかして

「ニコ?」

私と目が合ったのに気付いた途端、小さな男子生徒は脱兎の如く走り出した。

「まさか会長がキスしてるなんて気づかなくて。し、失礼しましたぁっ!」

「ちょっと待ってぇ!」

手を伸ばして訴えるけど彼の背中はもう消えていた。


キスだと?馬鹿な。あの角度からだとそう見えたのか。

生徒会室に向かう私の足取りは重かった。ニコに勘違いされた。最悪だ。ただでさえ怖がられてしまっているというのに。頭の整理が追いつかない。


そうしているうちに生徒会室に着いてしまった。

ガラガラ。

「会長っ!!」

また副会長が開口一番詰め寄ってきた。

「会長聞いてください!リムが、リムが元気ないんです。もう今にも消えそうなぐらい。何があったかどうしても教えてくれなくて」

やっぱりか。よほどのことがあったんだろう。でも、さっきのを見る限りどうやら彼氏が原因ではないらしい。

「リム君の彼氏と接触したんだが、どうやら彼氏が原因ではないらしいんだ」

「どういうことですか会長?」

首を傾げる副会長。

「今朝、私が昨日リム君に会いに行ったことを問い詰められたんだ。彼自身もリム君に元気がない事を心配していた。つまり原因はわからないんだよ」

「大丈夫だったんですか会長?」

「あぁ心配いらないよ。それより私自身も心当たりがあるんだ。ニコ君の事なんだが」

「ショウ君がどうかしたんですか?」

「どうやら彼が関係しているみたいだ。でも私は彼に会いに行きづらい事情があってだね。君が会いに行ってみてはどうかな?」

本当は私が行きたい。でも私が行っても彼は逃げてしまうだろう。

「わかりました。ありがとうございます。それより会長ニコ君と何かあ」

「さぁ、時間だ会議を始めよう!」

誤魔化した。副会長が行くことによって何か変わってくれることを切に願った。


お昼時、私はまたあの黒板の前に立っていた。

返事は来ていない。私が書いたメッセージだけが空しく残っている。

ニコの書くスペースにも私の心にもぽっかりと穴が開いていた。



SIDE  ニコ


リムからの裏切りは僕の心を思いっきり抉った。しばらくは誰とも口を利きたくない。

シロという心の支えも失ってしまった。今度こそ僕は独りぼっちだ。

もうあの場所に行くこともない。僕はゆっくりと直接教室に向かった。


校門をくぐり昇降口へ。少しだけグラウンドの向こうを見つめてから向かう。やっぱり女々しい僕。


昇降口に入ったところで、ドンっ!という大きな音が聞こえた。

3年生の下駄箱の方だ。行ってみるとカップルがキスをしていた。

あれ壁ドンってやつだ。アニメとかでしか見たことないけど。ほんとにあるんだ。

怖いもの見たさに少し近づいてみた。すると、あれ?男の方は黒崎君だ。あいつリムと付き合ってるのにあんなこと。少し見ていたら黒崎君はどこかへ行ってしまった。

残された女の人と目が合う。あれ、会長?今一番顔を合わせたくない人に会ってしまった。

「失礼しましたぁっ!」

慌てて逃げ出す。会長が背後で何か言ってたけど聞く余裕なんてなかった。


教室に着いて息を整える。

どうなってるんだ。黒崎君はリムと付き合ってるんだろ?それが会長とキスなんて。許せない。リムを傷つけて。僕を裏切ったリムを助けてやる義理なんて僕にはない。でも、リムが心配だ。僕の心は揺れていた。

今日も授業に集中できそうにない。


お昼休み意外な人物が僕を訪ねてきた。

「ショウ君今大丈夫かな?」

「急にどうしたのちぃ姉?」

ちぃ姉とはリムのお姉さんで3年生だ。千草さんという。ちなみに乳房と言ってからかうとお尻に爆竹を詰められるから厳禁。

「あっちで話そ」

そう言って僕を階段の踊り場に誘導した。


「それにしても久しぶりだねちぃ姉」

昔はよく遊んでくれたけど。中学以降、リムと距離があいてからというもの関係も疎遠になっていた。

「うん、久しぶり。いきなりで悪いんだけどリムの様子がおかしいの。ショウ君何か知らない?」

やっぱりそうだよな。この人重度のシスコンだったし。

「ううん、何も。どうかしたの?」

僕は惚けた。正直もうリムには関わるのも嫌だ。

「そう。最近元気がないの。部屋に籠りっきりでご飯も食べない。この前なんて頬を腫らして帰ってきたのよ」

「え?」

そんなの聞いてない。まさか黒崎君リムにまで暴力振るったのか。

「そうなの。でも何も言ってくれないの」

ちぃ姉は俯いて黙り込んでしまった。見ていられない。

「僕がなんとかしてみるよ。任せてちぃ姉」

口をついて出た言葉に僕は心底後悔した。今更僕に何ができるっていうんだ。

「ありがとうショウ君。お願いします」

そう言って涙目のちい姉は3年のフロアに帰っていった。


でも・・・どうしたものか。任せてなんて言った手前放置はできない。

まずは黒崎君に聞いてみよう。僕は勇気を振り絞った。

教室で友達と談笑している黒崎君の席に向かった。


「く、黒崎君ちょっといいかな?」

声が震える。ほんとは今すぐにでも逃げ出したい。

「っち。んだよザコが。俺は今機嫌が悪りぃからあとにしな」

机を脚で弄びながら僕を睨みつける。

「あとじゃダメなんだ!君はリムと付き合ってるんだろ?それなのに会長と浮気なんてして・・・リムが可愛そうだとは思わないのかよっ!?」

渾身の勇気を振り絞って言ってやった。次の瞬間に拳が飛んでくることを覚悟して僕は目を閉じた。

・・・しばらくたっても拳は飛んでこなかった。

黒崎君は何か考え込むような素振りをしていた。

「っち。今はめんどくせぇ話してる暇はねぇからこれだけ言っとく。俺が好きなのはリムだけだ」

黒崎君は僕の目を真っすぐ見つめて言った。とても嘘を付いているようには見えない。

「わかった。信じるよ。邪魔したね」

僕はそれだけ言い残して僕は彼の前を後にした。


もうなりふり構っていられない。僕は3年生のフロアに足を向けた。会長に会うために。


ガラガラ。

「す、すみません。会長はいますか?」

生徒会室の前に立ち扉を開けた。

「あ、ショウ君どうしたの?さっきぶり?」

僕に気づいたちぃ姉がすぐに来てくれた。

「うん、ちぃ姉。会長に用があるんだ。呼んでもらえる?」

「え?いいけど大丈夫?」

僕の顔色を心配してくれるちぃ姉。先ほどの黒崎君とのこともあり僕は疲れ切っていた。でも、泣き言は言ってられない。

「うん、お願い」


ガタン。席を立って僕の方へ歩いてくる綺麗な人。会長だ。

「どうかしたのかいニコ・・・水島君?」

凛々しい声でまっすぐな瞳で僕を見つめてくる。プレッシャーに押しつぶされそうだ。

長くは持ちそうにない。僕は一言だけ告げて生徒会室を逃げ出した。

「黒崎君はリムの彼氏なんです!だから諦めてください!浮気なんて間違ってます。会長は素晴らしい人なんだから、もっと真面目なお付き合いをしてください!」


SIDE  リム


私はお姉ちゃんに心配かけないようにと事情を話すため生徒会室の前にいた。

って言っても何から話せばいいんだろう。ニコに嫌われてもう生きる意味も失くして。このまま黒崎の言いなりになるだけならいっそのこと。暗い事ばかり考えてしまう。

ドアの前に着いたとき中から怒鳴り声が聞こえた。耳をすませた次の瞬間

「お付き合いしてください!」

勢いよく扉を開けてニコが飛び出してきた。

あたしになんて目もくれずにどこかへ走って行ってしまった。

それを追いかけて会長が出てきた。

「待ってくれニコ君っ!」

「あ」「あ」

目が合った。え?どういうこと?ニコがなんで会長に告白するの?

「やぁ、リム君。何か生徒会に用事かい?」

すぐに平静を取り戻した会長。あたしにはそんな余裕ない。

「ニコと付き合うんですか?」

伏し目がちに聞くあたし。

「いや、待ってくれ。そもそもそんな話」

「やめてっ!ニコはあたしの彼氏なんだからちょっかい出さないで!!」

嘘を付いた。どうしてもニコに誰かと付き合ってほしくなかったから。

「どういうことだい?君は黒崎君と」

「いいからっ!ニコに関わらないでくださいっ!」

それだけ言い残してあたしもニコみたいに飛び出した。



SIDE  シロ

「なにがどうなっているんだ・・・」

生徒会室の椅子に座って頭を抱える私。

私が黒崎と付き合ってる?冗談だろ?

そしてその黒崎はリム君と付き合っていてリム君はニコと付き合っている。

なんだこの昼ドラみたいな展開は・・・。

「会長大丈夫ですか?さっき出て行ったのリムですよね。ショウくんも。何があったんです?」

心配そうに私を見つめている副会長。

「私が聞きたいよ。リム君はニコ君と付き合っているのかい?」

到底ほしい答えが返ってくるとは思えないが聞いてみた。

「いや、それはないですね」

「だろうね。リム君が付き合っているのは黒崎のはずだ」

「そうですか。でもその黒崎って人には問題はなかったんですよね?」

「ないと言えばウソになるが。彼女の元気がない理由には直接関りはないみたいだよ」

「もう何がどうなっているんですかねぇ~」

私たちは二人でしばらく頭を抱えていた。


SIDE  千草


このまま頭を抱えていても仕方ない。私は、ひとまず飛び出していったリムを追いかけると会長に告げて生徒会室をあとにした。


「やっぱりここにいた」

いつもの非常階段。東棟の2階から3階に上がる踊り場にリムはいた。

「冷たっ!何?!あ、お姉ちゃん?」

後ろからこっそり近付いて頬にコーラを当てる。

「何?じゃないわよあんた。最近のあんた怪しすぎ。何があったかお姉ちゃんに話しなさい」

リムは少し俯いて黙り込んだ後に答えた。

「ニコにね・・・嫌われたの」

「ショウ君に?なんで?」

「あたしがね、ニコを裏切ったの。でもそれは守りたかったからで」

リムはたどたどしく語った。

「落ち着いて。ゆっくりでいいから」

私が優しく諭すと落ち着いたのかリムはポツリポツリと語りだした。

「あたしが悪いの。上手くできなくて。黒崎からニコを守りたかった。でも、もうニコには会えないの」

嗚咽交じりに続けるリム。

「それはどうして?」

「シロと間違われて。シロはニコの心のよりどころで。でもそれを裏切って」

噛み合わない会話の中から答えを探すのは大変だった。でも、ひとつはっきりしている事がある。私の可愛い妹が傷ついている。なんとかしないと。

「私に任せてリム。あなたは疲れているんだから今はゆっくり休みなさい」

「・・・うん」

リムは力なく頷くと教室に帰っていった。


ガラガラ。

「どうだった副会長?」

生徒会室に戻ると会長が声をかけてきた。

「ええ。なんとなく話はわかったんですが、わからないことが一つ」

「それは何だい?」

会長が少しだけこちらに身を乗り出す。

「会長はシロって誰かご存知ですか?」

「ごほっごほっ!」

会長が噴出した。

「どうかしましたか会長っ?!」

「なんでもないよ。シロ?心当たりはないな」

「そうですか。私の方でも引き続き調べてみます。妹を守らないと」

「ああ、そうだね」

私は決意を胸に行動を開始した。


放課後の2年生のフロアの教室の前。私は授業終わりの鐘を待っていた。

キーンコーンカーンコーン。

チャイムと同時に教室がザワつく。

少し待っていると私のお目当ての彼が出てきた。

「ショウ君!」

ショウ君は少し驚いた後応えてくれた。

「あ、ちぃ姉。今日は良く会うね。どうしたの?」

「少しだけ話いいかな?」

そう言って階段の踊り場を指さすとショウ君は頷いて付いてきてくれた。


「ショウ君、シロって知ってる?」

私が尋ねると少しだけ表情をゆがめる彼。

「どうしてそんなこと聞くのさ?」

少しだけ敵意をむき出している感じも見受けられる。

「リムが元気ない理由がその人にあるみたいなの。何か知らない?

ダンっ!

「知らないよっ!あんな裏切り者僕には関係ないっ!」

ショウ君は近くの壁を殴ると走って逃げて行ってしまった。

シロは裏切り者?

いよいよわけがわからなくなってしまった。

私は頭を抱えて家に帰ることになった。

明日のまた会長に話してみよう。



12/11


SIDE  シロ


朝から心のモヤモヤが取れない。

朝食のコーヒーは零すし、階段で躓くし。

使用人に心配される始末。九条院として許されるものではない。

いくら顔を洗ってもこのモヤモヤは取れることはなかった。


黒板を確認する為に旧校舎へ向かう。少しだけ足が重い。

きっとまた返事は来ていないだろう。そんな気がするからだ。


「・・・ない」

黒板は相変わらず掠れた思い出しか残っていない。

目頭が熱くなる。ただでさえ掠れた文字が何故か歪んで見えた。


「会長っ!」

生徒会室に入ると副会長がまた飛びついてきた。

「なにかな?」

「シロの正体まではわかりませんでしたが、ショウ君にとってどんな人かはわかりました」

え?心臓がバクバクいっている。

「それはどういう?」

恐る恐る聞き返した。

「裏切り者・・・だそうです」

「え?」

裏切り者?私が?私が何かしたのか?いやそれはない。だって彼は私がシロだって知らない。何がどうなればそんな結論になるんだ。

「・・・私は何もしてないのに」

ついつい零れてしまった一言を副会長は聞き逃さなかった。

「会長?どういうことですか?」

一歩詰め寄ってくる。

「いや、なんでもないよ」

もう一歩詰め寄ってくる。

「ダメです。誤魔化されませんよ。妹が元気になるならなんでもやります。話てください会長!」

もうこれ以上は無理だな。私は諦めて副会長に全てを打ち明けた。自分がシロであること。黒板でニコと文通をしていたこと。そして・・・ニコが好きなこと。

副会長はしばらく黙って考え込むと口を開いた。

「会長好きな人いたんですねっ」

「え?それだけ?」

なんて暢気なんだ。私もそこそこシリアスに話したつもりだが。

「細かいことは気にしません。会長にもいろいろあるでしょうし。むしろ素の会長を知れて少し嬉しいっていうか」

そう言って私に微笑みかける副会長の笑顔になんだか救われた。

「ありがとう。でも、これからどうしたらいいだろうか」

「えへっ」

副会長は困っている私とは裏腹になんだか嬉しそうだ。

「何がおかしいんだい?」

私が少し苛立った口調で言うと

「すみません。でも、初めて会長が私に頼ってくれたみたいで嬉しくて。会長はなんでもできるから負担押し付けてばかりでしたし。私にも何かさせてほしくて」

唖然とした。遠ざけていたのは私だったんだ。何でもできる自分を作るためにみんなを遠ざけて勝手に一人で辛くなっていたのは私だった。すぐそばにこんなに優しい優れた仲間がいたのに。大事なものほどすぐそばにあるっていうのは本当だったんだ。

「あれ?会長泣いてるんですか?」

不思議と涙が溢れていた。

「いや、泣いてなんていないよ。さぁ、これからどうするか考えよう!さしあたって副会長にお願いがあるのだが」

私は自分の作戦への協力を求めた。久しぶりに顔を上げた気がする。窓から見える空は青々として高かった。



SIDE  千草


会長に頼ってもらえたのは嬉しいけど

「ショウ君は会ってくれるかなぁ」

昨日あれだけ怒らせて逃げられた相手だ。再び2年生のフロアに立った私は憂鬱だった。

朝の喧騒の中ショウ君を探すとちょこんと可愛らしく自分の椅子に座って本を読んでいるところだった。今がチャンス。

私は目立つのも覚悟で下級生の教室にずかずかと踏み込み

「ショウ君少しいいかな?」

と有無を言わさぬ威圧感で向かっていった。上級生だからこそできる力技だ。

「あ、ちぃ姉。もう昨日からなんなんだよ。話す事なんてないだろ?」

不貞腐れてるショウ君。しかしこの目立ちよう。私を無視するわけにもいかないのは自明の理だ。

「そんなこと言わないの。すぐに終わるからちょっと来て」

そう言って私は渋る彼を強引に踊り場に連れ出した。


「お願いは一つだけ。今日の放課後旧音楽室の前に立ってほしいの。それだけ」

私は会長から伝えられたことをそのまま伝えた。

「なんだよそれ?もう僕には関係ないでしょ?またリム絡み?もう顔も見たくないんだよあんな裏切り者は」

彼は吐き捨てるように言った。

「いいから。このお願いだけ聞いてくれればもう迷惑はかけないから。いい?絶対に来るのよ?それじゃ」

一方的に告げて私は2年生のフロアをあとにした。


SIDE  ニコ


「っち。朝からなんなんだよちぃ姉は」

ちぃ姉まで僕をからかうのか?でも

「そんなことして彼女になんのメリットがあるっていうんだ」

たしかに、引っかかることはいくつかあった。リムはピアノを弾けるのか?陸上部の部活があるのにどうやって黒板にメッセージを残していたのか?そもそもどうして僕はあの場所を僕らしか知らないと決めつけた?

考えれば考えるほどドツボにはまる。頭が痛い。

いや、考えても仕方ない。どのみち今日で全部終わるんだ。

頭の中を空っぽにして僕は放課後まで過ごした。


キーンコーンカーンコーン。

放課後のチャイム。待ち遠しいような憂鬱なような複雑な感情が入り混じっていた。


数日行かなかっただけなのに長い間行ってなかった気がする。それだけ、シロとのやりとりは楽しくて時間を忘れられたんだ。それも今日で終わる。

なんだか重い足を引きずりながら僕は旧校舎へ向かった。


それにはすぐに気が付いた。

旧音楽室からこぼれ出ているピアノの音色。シロのピアノだ。愛しくてしょうがなくて、でも今は憎くて。いや、未練がましいのはよくないな。はっきりさせよう。

僕はしっかりと地面を踏みしめて階段を昇って行った。


教室の前に人影が。

「あ、ニコ。来てくれたんだね」

リムだ。顔も見たくないと言っておきながらやっぱり話しかけられると少しうれしい。僕の意地と心の中は二律背反。

「何の用?」

冷たく突き放した。

「お願い話を聞いて」

話す事なんて何もない。会話中もうるさく聞こえるピアノがうっとおしい。いい加減に・・・え・ピアノ?リムはここにいるのに何でピアノの音が。

「中には誰がいるの?」

黒崎君との約束なんて気にしている余裕はなかった。反射的に僕は聞き返した。

「本当はもうわかってるんでしょ?シロだよ」

確かにうすうす感づいてはいた。状況が証明しているんだ。

「シロ?じゃーこの向こうにはシロが・・・開けてもいいの?」

恐る恐る聞いた。

「うん、そういう話みたい」

リムは少し俯いて力なく答えた。

「・・・この向こうにシロが・・・」

心臓がうるさい。手汗が止まらない。ずっと会いたくてでも会えなかった彼女、一度はあきらめた彼女がこの扉一枚へだててそこにいるんだ。

スーハー。

僕はゆっくりと深呼吸をしたあと扉に手をかけた。



糸は彼らを弄ぶようにさらに深く絡まっていく

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