審判者と貴族とネメシス
『黄金食らうは財ある示し・無情に喰らえ。ふーん……ダメだな。ギリシアに伝わる物なら使えてたはずなのにな……仕方ない』
土塊を金に変えようとしたが、土は土のままだった。
『えむぴー、とやらなのかい?全く甚だしい』
ネメシスは前回擬似使用した神格の影響で日常活動程度まで力が落ちていた。
冒険者業はかれこれ1週間参加していない。
サーフも初めは心配そうに見舞いに来ていたが、遠征に行く事になった2日前から姿を消している。
人と関わるのが好きなネメシスは少しばかり残念そうだったが今はルンルンな気分でいた。
「約束道理来たぞ、自分を着飾る何ぞ何時ぶりか」
自分の格好が気に喰わないとノウラが嘆く。
やれやれと頭を抱えつつも半目でネメシスに何かを期待する
『やっぱり。君は可愛いよ!うん、うん厳しいお姉さんの話は退屈だけど可愛い子との対談なら死ぬまでだって語らえるさ』
「は?!え、私は腐っても審判者だ!品格を貶める様な発言は控えて欲しい」
照れ隠しか、仕事モードに入るノウラ
『まぁまぁ、真剣な話は夜しようじゃないか。今日はゆったり街を見回る約束だろ?』
「すまない、慣れない事で」
『いいさ、それに私は君が何を切り出そうが''受け入れる''つもりさ。だけどそのまま受け入れるのはどうかと思うからね、君の違う側面を見て考えたいなと』
「そうか……」
手を洗い、軽く着替えたネメシスがノウラと街を歩き出した
「あまり街に出向いたことはなかったが思ったより賑わっているな」
『私より長いんだろぅ?いいかい?いい統治者は末端まで知り尽くしてこそだ。君はもう少し世界を広げるといい』
「なるほど、一理ある。それはそうと何故冒険者ネメシスよ、燕尾服に身を纏っている?それは男性従者の格好だぞ」
『それ言ったら君だって可愛い服が似合うのにあんな堅苦しいもの着てるだろ?それと同じさ』
「私のは仕事服だ!仕方あるまい、それにその、私がこんな服を着ていては審判者としての品位が」
『品位か、他の審判者は分からないがノウラ。君ならしっかり保てて居るさ、仕事モードとこう乙女チックなモードを使い分けているだろ?』
「そ、そうなのか?それなら良いのか」
腑に落ちないが納得してしまったことに疑問符を浮かべるノウラ
『へい!そこのお兄さん、焼き鳥2本ちょうだい!』
それを他所に、露店で買い物をし始めるネメシス
『ほら、今日は私の奢りだ!』
「大丈夫だ、私は冒険者の3倍は稼いでいるぞ」
『奢るのは金持ちだからとかそんな理由がいるのかい?』
「奢るのは強者の余裕、もしくは裏があるかどちらかだ」
『では、私は両方で行こうか!今君の中で私の好感度は爆上がりなはずさ』
「確かにな、私がこうして誰かと話すなんて昔では考えられなかった。ネメシス、君は良いルールブレイカーとしての評価は高い」
『いいねぇ、その命名。2つ名でルールブレイカーを名乗ろうかね』
「それはやめた方がいい、ルールブレイカーは危険リスト入りした人達につける名前だ」
『ちぇー』
「ほら、行くぞ。奢るのだろ?」
露店に出されていたイヤリングを指さすノウラ
『ふむ』
「そのだな、私に合うものを見繕って欲しい」
『何でも似合うって言いたいけど、それは答えから最も遠い。青色さ、落ち着きを表す青は君の象徴とも言える色だ』
「そ、そうか」
ネメシスが購入しノウラの耳にそっと付けた。
「どうだ、似合っているか?」
『あぁ、とても美しい』
言葉に行き詰るノウラ
『積極的になったと思ったら思考停止か、ふむ。やはり面白い』
その後も一日中街中を駆け巡り、疲れ果てたふたりは酒屋に倒れ込むように入った。
『やぁマスター。エールを2杯くれないかい』
「あいよ。ほれ」
「お酒は……いや、今日ばかりはありだろう。夜に出向く仕事などない」
一瞬出てきた仕事モードを殺し、ネメシスのグラスに自身のグラスをぶつけるとノウラは一気にエールを流し込んだ。
『お、いい飲みっぷりだ!私も飲むかねー』
「マスター。おかわりを」
「ほい、所であんたらあんましみない顔だがほかの街から来たのかい?」
「へ?あんた私を知らないの~」
『あぁ、とても遠い場所から来たのさ。そこの彼女はお忍びだから触れないでくれよ?』
「そんなぁ、ネメシスぅ私のことも話して」
『だらしないなーノウラは。【眠れ】』
「お、おいネメシスと言ったか?連れを眠らせちまっていいのか?」
『酔っ払うと何でも話しちゃうからね。それに、彼女のためさ』
「なら、ネメシスの方はなんか面白い話とか聞かせてくれるのか?」
『お、本来酒屋の主人が話をする側だ。でも私は求められる事が好きだし話してあげよう』
「すまんね、ここ来るのは常連ばっかで身内でしか分からないような笑い話ばっかでな」
しばらくネメシスがマスターと語っていると、仕事終わりなのか続々と人が増えてきた。
「ょぉー、マスター!たんと冷たいの」
「マスター、つまみくれー」
『おっと、では話は切り上げようか』
「助かる。にしても壮絶だったな、その若さでよくもまぁ」
『若いか、そうだね。この世界での私は……っともう聞いていないか』
話の最中に出されたツマミを軽く平らげ机に2人分の料金を置いた。
『マスター、ご馳走様!また縁があれば空いてる時に沢山聞かしてあげるよ』
ノウラを担いで店を出るネメシス。
お店を出るまでは良かったが、出てすぐ辺りで膝を折る
『あちゃー、力が人並みまで落ちてるなんて。他に楽な持ち方は』
ネメシスがキョロキョロしていると近くを馬車が通り掛かった
『すいませーん。ギルドまで』
「あいよ、相席だが大丈夫か?」
『あぁ、むさ苦しいのには慣れているよ』
馬車に乗り込み、自身にもたれ掛かるようにノウラを座らせるとネメシスは現状に向き合った。
「まぁ、見ました?凛とした表示に、軽々とお連れの方を持つ姿」
「ええ、ええ。あんなに可憐なのに冒険者ギルドの札を付けていますよ?」
『(ふふ、お姉さん最高過ぎて天に召されそうだよ)』
双子と思われる少女2人が反対側に座っていたのだ。
だらしなくなりそうな顔を必死で守ろうとキメ顔を続けていると、向こうからコンタクトがあった。
「あの、もしかしてオーガを両断した冒険者様ですか?」
『両断……あぁ、したさ』
「ならちょうど良かったわ、御父様に頼まれたギルドに出す依頼は決まったわね」
『ん?さてはお姉さんに頼むつもりかい?』
「えぇ、あれ程の物を簡単に倒せるのですよ?私達の領地に頻繁に現れる盗賊の討伐をお任せしたいのですが」
『それはレベルとやらはどれほど想定なのかな?お姉さんは確か……あれ、まぁいいか。ギルドのさじ加減だからね』
「そう、ですね。あ、紹介が遅れました。私はユーヌリィ・ミシミィです、それと」
「妹のユーヌリィ・ミシェリーです」
『私はネメシスだ、連れは寝ているから勝手に語ることは出来ない』
「知ってますよ、その方の名前はこちらまで響いています」
「知ってますが、日常生活について何か口を出すつもりはありません。私達領主家も何も無い日は娘に赤ちゃん言葉を使う父親がいるくらいですから」
『そんな父が居るのか。私の父は会った時から冷酷で残酷で慈悲深かったな』
「あら、まだギルドまではあるので聞かせてくれますか?」
『良いとも。私の父は子供達を見るなり最初に【死ね】と言ってきたのさ、まぁその程度で死ぬ程弱くないけどね。その後は、死を拒むならば貴様らが与える側に付け。俺はその手段を問わないと』
「暗殺者なのですか?」
『いや、私の父は産まれ持ちの特異体質でねー、死の上位とも言える存在の消失を振り撒いていたのさ。そんな父から生まれた子だ、何かしら持ってるだろ。それを使って世界を掌握しろってね』
「あら!もしかして御伽噺で見ましたマオーという方だったのですか」
『いや、違うよ。そうだね、人々の恐怖により信仰されてきた物かな』
ネメシスの言葉に理解不能と言わんばかりの思考停止をする2人
『君達の世界には神様って居ないかな?悪魔でもいい』
「どちらも居ますよ、でも教会が主権を握る為に捏造した物ですが。昔は本当に居たそうですが人々に全てを任せて消えたそうです」
『なるほど、だからこの世界はこうも人らしいのか。まぁ簡単に言うと、私はその神のような存在でありながら悪魔の様な行いをしてきたってことさ』
「今は違うのですか?」
『今も昔もやりたいように生きてるだけさ、お姉さんの昔は同胞の為にだったけど。今はいかに楽しく生きて、託して死ねるかだね』
「ずいぶんと変わっていらっしゃるのですね」
「でも、この方ならしっかり任せれるよね?」
『なんだい?疑心暗鬼もいいけど目の前でされるとお姉さん悲しいよ』
「いえ、我々権力を持ち、財を持つ者は依頼料を2分割して、前金を払うのです……下手な人に頼むと負けて着服やそもそも成果を出せないなんて有り得るんです。前金の額が額ですから」
『あの人の良さそうな集団にそんな悪徳がいるなんて。まぁそうだね、私は前回ちょっとやらかして力は出にくいけど。盗賊の討伐だけなら余裕さ』
馬車がギルドに着いたようだ。料金を払おうとしたが馬車はもう去っていた
『馬車ってもしかして無料なのかい?』
「そうですよ?知らなかったのですか」
「実は馬車に乗せて走った分、国から支給される野ですよ」
『なら私もこれからたくさん使おー』
流石に酔の覚めたノウラは少し覚束無い足で立ち、ネメシスに事情を聴き始めた。
「少し眠ってしまったようだ、それで?なぜギルドに」
『君が寝てしまったから送ろうとしたのだが家を知らなくてね、それで困ったらギルド!で、あとはその子達にあってと』
擬音語混じりの解説でも何とか状況を把握したノウラは手続きを手伝うといい、少女2人と受付に向かった。
ネメシスはその間に図書館に入り込んでいた。
世界の成り立ちについての資料をと、踏み込んだが魔法についてや冒険者としての生き方と、ギルドらしいと言えばギルドらしいが。求めるものはなかった。
『この世界に神格がいるならそっから奪えば戻れるのになー、もぉー!ルシファーがボタンなんて作らなければ良かったのに!』
グチグチと愚痴を垂らしながら廊下を進むとギルドマスターが奥からやって来るのが見えた。
『はー、こう何だろう。使える回数は足りないけど強さを誇れば良かったのかい?この世界は謎過ぎる。神のかの字も存在がないんだから!隠してるのかい?』
「冒険者よ、またソナタか……廊下で騒ぐのはよせ」
『お、おっさんじゃなくて小僧?だっけおはよう』
見るからに怒りのオーラを出すギルドマスター
『いやー、前回は悪かったね。年上に年上扱いされるのが癪だったんでしょ!』
ポンポンと肩を叩き軽口を叩くネメシス。
だがネメシスが通りすがろうとすると、少し慌てた様子で背中を隠すギルドマスター
『何を脅えているんだい?もしかして私の方が肌綺麗とかそんな理由?それはもう乙女だから』
「いや、今回の件は不問にしよう。じゃから真っ直ぐ進むのじゃ。決して振り返るでないぞ」
『なにか隠しているね。見せてくれないかい?』
ネメシスが楽しそうに見ようとするが、ギルドマスターは逃げるように隠す
『連れないなぁ、少しして見ようか【ヘルメス】』
「あ、何をするんじゃ!」
『なるほどね。お孫さんの模写かい?随分と可愛らしいじゃないか、なにか不具合でもあるのかい?』
「はぁ……やれやれじゃな。わしの威厳という物じゃ。小さい子に惚れ惚れする姿なんぞは他には見せれん。それにそもそもこのようなものを持ち歩いているなんて知られては困る」
『威厳に品位、君達は振る舞いこそにその概念が宿るなんて思っているのかい?』
「あぁ。そうじゃないのか?行動を正せばその身にそれが宿るものだと」
『間違ってはない。だが必須なのは人間味だ、今君がそれを隠したがる感情と仕事の感情。両立を認められてこそ本当にその存在を知らしめれる』
「うぬぬ、じゃが!見せれぬものは見せれぬわい。それとこのこと漏らすなよ!」
ギルドマスターは走って逃げていった。
ネメシスはやれやれと思いながら少し優しげな目で見送った。
『人とはそうであるべきさ……無心な信仰心程嫌いな物は無いからね』